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10.
ゲノム編集から分子ロボティクスへ
――生命を設計する時代の倫理――
From Genome Editing to Molecular Robotics: Ethics in the Age of Engineered Life
本稿は,工場畜産に端を発する動物倫理学の視座から,ゲノム編集と分子ロボティクスによる生命操作技術が倫理的枠組みに与える影響を検討する.まず,両技術に通底する「利用目的に合わせて生命を最適化する」という技術合理性が,動物の苦痛や欲求を制御可能な変数へと還元し,倫理的問題を単なる「技術的課題」へとわい小化し得ることを論じる.次に,従来の倫理的議論がこの合理性に対抗できない点で限界を露呈していることを示し,科学技術の進展が倫理の前提そのものを揺さぶる現代において,倫理的枠組みも技術と連動して更新すべき「倫理イノベーション」の必要性を提起する.
キーワード:動物倫理学,技術合理性,ゲノム編集,分子ロボティクス,倫理イノベーション
「現代社会が抱える様々な課題を解決する鍵は,科学技術のイノベーションにある」と考える人は多いのではないだろうか.実際,私たちの社会は技術革新とともに発展し,豊かさを享受してきた.18世紀の産業革命は蒸気機関で手工業を工場生産へと転換し,生活水準を劇的に押し上げた.1960年代の日本の高度経済成長期には,自動車の大量生産体制が整い,テレビ・洗濯機・冷蔵庫の「三種の神器」やマイカーが豊かさの象徴となった.今日では,再生可能エネルギーや電気自動車が脱炭素社会への道筋を示し,生成AIが知的労働の在り方そのものを塗り替えつつある.こうした歩みを振り返ると,科学技術が社会にもたらす恩恵の大きさに期待が集まるのも当然と言える.
しかし,一方で,その影響力の大きさゆえに,科学技術は新たな社会問題も生み出してきた.経済成長を支えた産業技術やそれによって可能となった大量生産システムは,公害や資源の枯渇といった環境問題を引き起こし,地球規模での気候変動を加速させた.また,食肉需要を満たすために普及・拡大した工場畜産は,劣悪な飼育環境下での大量飼育・と殺に伴う動物福祉上の問題に加え,温室効果ガス排出という環境負荷の要因としても批判されている.こうした事例はどれも,人間の豊かさや幸福を追求する過程で見過ごされてきた倫理的・社会的問題を浮き彫りにし,「技術の進歩が誰の幸福を支え,誰に負担を強いるのか」という問いを私たちに突き付ける.
動物倫理学は,正にこうした問いに焦点を当て,科学技術が依拠してきた人間中心的な枠組みを問題視してきた.特に工場畜産への批判を通して,これまで十分に顧みられてこなかった動物の苦痛や利益に対する道徳的配慮の必要性を提起し,従来の倫理的思考に対して新たな地平を切り開いた.本稿では,こうした動物倫理学上の展開を,科学技術の進歩によって喚起された「倫理イノベーション」の一例として捉え,そこから更に,ゲノム編集技術や分子ロボティクスといった新たな技術が今後の倫理的議論にどのような影響をもたらし得るのかを,「技術合理性」という観点から「無痛動物」という具体例を交えて考察する.
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