小特集編集チーム 蔵田 武志 坂本 隆 池田 和史 石田 晧之 伊藤 伸一 内田 翼 鍬本 賢志 李 智

人間社会拡張
小特集編集にあたって
従来の人間拡張は,身体機能・認知機能・知覚機能といった個人の能力を強化し,その積み上げによって社会課題の解決を図ることを目的としてきた.しかし,近年の社会変容は,個々人の能力向上だけでは十分に対応できない規模と複雑さを示している.そこで注目されるのが,「人間社会拡張」という新たな概念である.これは,個々人の能力拡張にとどまらず,人と人,人と社会といった多層的な関係性そのものを対象とし,社会システムの振舞いや集団としての意思形成,協働,包摂,ウェルビーイングを包括的に拡張するアプローチである.
第1章では,人間拡張研究の学術界での潮流から,産総研における研究センター設立の経緯,コロナ禍・生成AI・ロボティクスの進展による社会的要請の変化,更に労働生産性とウェルビーイングを両立させるB2Bサービス創出への展開が論じられている.また,今後の社会課題に対応するためには,非認知能力の理解や社会的機能の拡張へと研究領域を広げ,社会との合意形成とリスク配慮を進める必要があることが指摘されている.
第2章では,視覚障害者の移動機能を拡張する「AIスーツケース」の社会実装への取組みが紹介されている.複雑な屋内外環境でのナビゲーションを実現するセンサ技術,音声対話,触覚提示などの統合技術に加え,大阪・関西万博における大規模な実運用の知見が報告されている.混雑環境での安全性や操作性,社会受容性の確保といった課題が整理され,アクセシビリティ技術を社会に届けるための制度設計や環境整備の重要性が示されている.
第3章では,遺伝子レベルから行動変容支援までを統合した「運動習慣の拡張」に関する研究が示されている.インターバル速歩と呼ばれる歩行方法を核とした1万名規模の実証研究から,運動継続を左右する身体的要因(BMI・性別・年齢・遺伝子多型など)や心理的・社会的要因(自己比較・他者比較・コミュニティ育成)が整理され,それらに基づく遠隔型個別運動処方システム,自発的な仲間づくり支援,効果の未来予測提示など,運動行動変容の促進手法が紹介されている.
第4章では,接客領域における「ディジタルワーク」による社会拡張の可能性が論じられている.移住相談や高校向け課題学習,カラオケの主観的評価といった人材の経験や主観的判断を社会に提供する仕組みを事業として展開する中で得られた実践知に基づく議論が本章の特徴である.更に,接客担当者の思考プロセスや対応パターンなどをAIに学習させることによる,個人の能力の「代替」から多様な接客スタイルの「複製」へのアプローチの転換が示されている.AIボットエージェントの構想を通じて,感情労働を含む領域でのサービス産業全体の構造転換に向けた展望も提示されている.
第5章では,人間社会拡張の概念と,情報過多と均一化,多様性・包摂,効率性と利他性など観点からの議論が整理されている.また,産総研に設立された人間社会拡張研究部門で実施されている遠隔VRリハビリ,運動主体感に基づく動機付け支援,ARによる検品支援とVRによる合意形成,プラットホーム型リビングラボに関する研究事例が紹介されている.更に,人間社会拡張に関する用語定義と国際標準化活動に関しても触れられている.
最後に,御寄稿頂いた著者の皆様,本小特集の企画・編集に御尽力頂いた編集チーム,並びに学会事務局の皆様に深く御礼申し上げる.
