水中無線通信では電磁波,光,音を媒体とした通信手段が用いられるが,長距離伝送では水中音響通信が広く利用される.水中音響通信ではドップラーシフトの影響が大きく,その対策技術が必須となる.本稿では通信端末の相対速度が不規則に変動する不均一ドップラーシフト条件に耐え得る水中音響通信方式とその試験評価を紹介する.また,水槽環境での試験評価で有用となる音波反射に依存しないSNR測定法についても述べる.

高耐性を有する水中音響通信方式
Highly Resistant Underwater Acoustic Communication System

キーワード:水中音響通信,ドップラーシフト,ディジタル変復調,信号対雑音比
1. は じ め に
近年の海洋調査では水中ドローンや水中ロボットと呼ばれる自律型無人探査機(AUV:Autonomous Underwater Vehicle)や遠隔操作無人探査機(ROV:Remotely Operated Vehicle)が使用されており,これらのコマンド制御やデータ伝送には信頼性の高い通信が必須である.有線通信はコスト,重量,通信ケーブルの断線などの欠点があり無線通信のニーズは高い.水中で電磁波や光を利用した無線通信は吸収や散乱による伝搬損があるため,数km以上の長距離伝送用途には水中音響通信が適する.
最近の水中音響通信は陸上無線通信と同様に伝送速度を向上させるための研究開発が行われている(1).一方,長距離伝送で通信を途切れさせないためには,様々な妨害要因に耐え得るロバスト性が重要となる.水中音響通信の妨害要因としては,音波反射により生ずるマルチパス,通信端末が移動したときに生ずるドップラーシフト(用語1),波浪や気泡などによる周囲騒音が挙げられる.
水中音響通信では特にドップラーシフトの影響が大きいことが知られている.通信端末の相対速度が不規則に変動する不均一ドップラーシフト条件では受信信号が不規則に時間伸縮する様子が観測され,その信号を元の状態に戻すのは難しい.筆者らは不均一ドップラーシフト条件下でも復調可能なStretchable Symbols with Multiple Sequences(以降,SSMSと略)と呼ぶ通信方式(2)を発表し,その実験検証を行っている.
本稿では,水中音響通信でのドップラーシフト影響を説明し,その対策技術であるSSMS方式と試験評価結果を述べる.また,水槽環境での音響通信試験で有用となる音波反射に依存しない信号対雑音比(SNR:Signal-to-Noise Ratio)(用語2)測定法も紹介する.
2. ドップラーシフト影響
通信信号に対するドップラーシフト影響と従来手法のドップラーシフト補正方法を説明する.単一周波数の信号においてドップラーシフトにより観測される周波数
は周波数スケーリングにより式(1)で表される.
ここで,は音波の伝搬速度と端末の相対速度の比によって定義される変動比率である.通信信号
が広帯域であるとき,その変動比率は周波数ごとに異なるため,水中音響通信でのドップラーシフト影響は式(2)で示す時間領域での信号伸縮で表現することが多い.
図1にドップラーシフト影響を受けたときの通信信号を示す.通信信号は複数のデータシンボルから成る通信フレームで構成される.図1(a)は送信信号における通信フレームとシンボルを表し,それぞれの長さはと
である.図1(b)は均一ドップラーシフトを受けた受信信号を表している.このときの変動比率は式(3)となる.
ドップラーシフト影響を受けた信号を補正する手法としてリサンプリングが挙げられる.式(2)に離散時間とサンプリング周期
を適用すると,離散系列における時間スケーリングは式(4)でモデル化される.

