本稿では,行動変容技術の概念と近年の動向を概説する.行動変容技術とは,人々の行動をより望ましい方向へ導くために科学的知見と技術を活用する仕組みである.ヘルスケアや教育,環境行動など幅広い分野での応用が期待されている.行動変容技術の定義と学際的背景,理論的枠組みを紹介後,AIによる心理状態推定の課題を通し,心理学と情報科学のアプローチの違いについて論じる.更に,理論的枠組みからスマートデバイスを活用した適応型介入への展開を概観し,従来の心理学実験に基づくAI推定技術の課題を論じる.最後に,複数ドメインへの適用状況,生成AIによる個別化介入,AI倫理・規制対応など,今後の研究課題を展望する.

行動変容技術の近年の動向
Recent Trends in Behavior Change Technologies
山本達也

キーワード:行動変容,行動理論,心理学,AI推定
1. は じ め に
行動変容技術(Behavior Change Technologies)とは,「人が今の行動を変えて,より良い行動をとれるようにサポートする方法や工夫」である.詳しくは,人々の行動をより望ましい方向へ導くために,科学的知見と技術を活用する方法や仕組みを指す.単に知識や情報を提供するだけでは,実際の人の行動はなかなか変わらないことが既に知られている.行動変容技術は,そうした現実に向き合い科学的にアプローチを探る分野である.本稿では,行動変容技術というキーワードが初見の方を想定し,用語の説明と技術を構成する要素,理論的側面及びAI規制との関連について御紹介する.
2. 行 動 変 容 技 術
行動変容技術は,心理学,行動科学を基盤に,情報科学や行動経済学など,複数分野の知見を融合し発展してきた学際的領域に位置づけられる.
例えば心理学は人間の動機づけや習慣形成の理解を支え,情報科学や機械学習(AI)の導入により,スマートフォンアプリやウェアラブルデバイスを通じて,個人に最適化された行動支援が可能となっている.これらは健康的な生活習慣の定着,環境に配慮した行動の促進,学習の継続支援など,私たちの日常生活の様々な場面で応用されている.表1に身近で具体的な行動変容の働きかけの例を示す.この表における通知などに代表される,人が行動を変えるために受け取る情報を「介入」と呼ぶ.行動変容技術は,人の行動の特徴を捉え,適切な介入を行うこと,及びそのための環境や報酬を用意することや,他者との関係から推進されるタイプなどがある.これらに共通する項目は「動機(モチベーション)」を喚起することである.そして動機は,内発的動機(自分の内側から湧き上がる動機)と,外発的動機(外から与えられる報酬やルールによる動機)の二つに分けられる.こうした行動変容の基本要素を考慮した行動変容に関わる理論が発展しており,3.で説明する.

3. 行動変容技術の理論的背景
行動変容技術の設計では,注目する心理メカニズムが重要である.表2に示す理論群は,それぞれ異なる設計課題に対応する視点を提供しており,タイミング,動機づけ,目標設定,環境要因,意図形成など,介入設計における論点に応じて活用される.これらの理論は,設計課題に応じて選択・組み合わせることで,介入の方向性や手法を構造的に整理する「心理的レンズ」として機能する.一部の理論は,意識的な意思決定だけでなく,環境の工夫による無意識な行動の誘導にも着目しており,介入設計の幅を広げている.行動変容技術の実践においては,こうした理論の背景にある心理メカニズムを理解し,対象者の状態や文脈に応じて適切に活用することが,行動変容の成功に直結する.

