
教育テクノロジーにおけるマルチモーダル生体情報活用の展望
Prospects for the Use of Multimodal Biosignals in Educational Technology

学習者の習熟度や特性に応じて学習を支援する個別最適化学習の研究は長く行われてきた.従来は学習ログを用いた支援システムが中心であったが,近年は脳活動を含むマルチモーダル生体情報から学習者の内部状態を推定し,個別最適化を高度化する試みが進んでいる.しかし,生体情報の教育テクノロジーへの応用は工学・教育学・認知科学・脳科学にまたがる学際領域であり,全体像を把握することは容易でない.そこで本稿では,学習や知識探求に関わる「エピステミック情動」と新情報の「記憶定着度」の推定に焦点を当て,教育テクノロジーにおけるマルチモーダル生体情報活用の動向と課題を議論する.
キーワード:学習支援,生体情報,エピステミック情動,記憶
1. マルチモーダル生体情報の基礎
近年,オンライン学習やデジタル教材の普及により,学習の個別最適化へのニーズがこれまで以上に高まっている.これに伴い,学習者一人一人の特性に応じた学習支援システムの実現が大きな関心を集めている.従来の学習支援システムでは,学習履歴や正答率などの学習ログデータを基に,学習者にとって適切と考えられる教育コンテンツを推薦する方法が主流であった.これに加えて,脳内の情報処理や心理状態を反映した生体情報を有効に活用することで,こうした個別最適化を更に高度化させる取組みが進められている.
認知機能や心理状態と生体情報との対応については,これまでに多くの研究が行われ,様々な知見が蓄積されてきた(表1).中でも,被計測者への負担が少なく,比較的安価な装置で安定した測定が可能な心電図(ECG: Electrocardiogram)や瞳孔径を用いた学習支援システムの開発研究例が数多く報告されている.更に,大脳皮質を中心とした脳活動の時間的変化をミリ秒単位で捉えることができる脳波(EEG: Electroencephalography)を,ECG・瞳孔径と同時記録したマルチモーダル生体情報を学習支援システム開発に活用する試みも広がりを見せている.

学習支援における生体情報の活用は,情報工学,教育学,認知脳科学をはじめとした複数の分野にまたがる学際的な研究領域であり,その全体像を俯瞰するのは容易ではない.そこで本稿では,特に近年注目を浴びている「エピステミック情動(Epistemic Emotion)」と,認知脳科学分野の長年の研究の蓄積に立脚した「記憶定着度」の推定に焦点を絞り,教育テクノロジーにおける生体情報活用の動向を概観する.
2. 学習時の心理状態モニタリング
学習中の心理状態が,学習への取組み方や理解の深まりに大きな影響を及ぼすことはよく知られている.しかし,正答率などの学習ログを用いた従来の方法では,学習の成果や達成度を数値として捉えることはできるものの,学習の過程で生じる感情の変化を十分に把握できていないことが,重要な課題となっている.

