
(写真:敬称略)
本会選奨規程第9条イ号(電子工学及び情報通信に関する新しい発明,理論,実験,手法などの基礎的研究で,その成果の学問分野への貢献が明確であるもの),ロ号(電子工学及び情報通信に関する新しい機器,又は方式の開発,改良,国際標準化で,その効果が顕著であり,近年その業績が明確になったもの),ハ号(電子工学及び情報通信並びに関連する分野において長年にわたる教育の質向上に資する教育施策の遂行,教育の実践(教育法,教材等の開発を含む),著述及びその普及を通じて,人材育成への貢献が明確になったもの)による業績に対し,下記の6件を選び贈呈した.
学習型画像符号化に関する先駆的な研究

受賞者 甲藤二郎

受賞者 孫 鶴鳴
画像符号化は,JPEG,JPEG2000,HEVC等の国際標準方式により三十年以上にわたり高度化され,放送,通信,インターネット配信,モバイル端末に至るまで,現代の情報社会を支える基幹技術として発展してきた.従来方式は,線形変換,量子化,エントロピー符号化を中核とし,理論解析と経験的設計の積み重ねにより最適化されてきたが,近年の深層学習の飛躍的進展は,信号表現そのものをデータ駆動的に最適化するという新たな設計思想を提示し,画像符号化分野に根本的変革の可能性をもたらした(図1).

受賞者らは,この潮流に世界に先駆けて取り組み,深層自己符号化器を中核とする非線形解析・合成変換と主成分分析による潜在表現の直交化を組み合わせた画像符号化の枠組みを提案した (1).これは,従来の線形変換中心の理論体系を拡張し,データ駆動型の画像符号化という新しい枠組みを明確に示したものであり,学習型画像符号化という研究領域の体系化に大きく貢献した.
更に受賞者らは,離散化ガウス混合分布及び注意機構を組み込んだ高精度な学習型エントロピーモデルを導入し (2),潜在変数の確率分布推定精度を飛躍的に向上させることで,従来の国際標準方式を凌駕する圧縮効率を実現した.加えて,TransformerとCNNを融合した混合アーキテクチャを提案し (3),長距離依存性と局所構造を同時に高精度に捉える表現能力を実現するとともに,当時のState-of-the-Art性能を更新した.これらの成果はCVPR等の難関国際会議に採択され,学術界のみならず産業界にも大きな影響を与え,広く引用されている.
受賞者らの貢献は理論的性能向上にとどまらない.学習型圧縮は高い計算量が実用化の障壁とされていたが,受賞者らは固定小数点演算化による整数実装技術を確立し (4),非線形量子化設計,ネットワーク枝刈り,並列処理構造の最適化を導入することで演算量を大幅に削減した.その結果,FPGA上で世界初となる学習型画像符号化の実時間実装を達成し,理論的優位性のみならず実用可能性を具体的に実証した.この成果は,その後の軽量化・高速化研究の方向性を決定付け,学習型圧縮を実用技術として確立する重要な転機となった.
また,受賞者らは動画像符号化への拡張研究も推進し (5),時間方向の冗長性を学習的に扱う枠組みを提示するとともに,静止画像圧縮で確立した理論を動画像領域へ発展させた(図2).更に,ハイパープライアモデル (6),ハイパープライアと自己回帰の結合モデル (7),高忠実度画像生成型圧縮 (8)といった国際的研究動向とも整合する理論的深化を主導し,学習型圧縮研究の基盤強化に寄与した.

特筆すべきは,これら一連の研究成果が国際標準化活動に直接的影響を与えている点である.ISO/IECにおいて進められているJPEG-AI標準化活動において,受賞者らの研究はベースラインモデルとして参照され (9),学習型画像圧縮の標準化の方向性を決定付ける役割を果たしている.これは単なる学術的貢献にとどまらず,国際標準という形で社会実装へと波及する顕著な成果である.
以上のように,受賞者らは基礎理論の創成 (1),(2),(3),実装技術の確立 (4),応用展開 (5),国際標準化への波及 (9)に至るまで一貫した研究を推進し,画像符号化技術及び関連分野の学術的・技術的発展に極めて顕著な貢献を果たした.その業績は,情報圧縮と人工知能の融合という新たな学術領域を切り開き,今後の国際標準化と産業応用の進展に持続的影響を与えるものであり,誠に顕著である.本会業績賞にふさわしい卓越した研究成果である.
文 献
(1)Z. Cheng, H. Sun, M. Takeuchi, and J. Katto, “A deep convolutional autoencoder-based lossy image compression,” Proc. PCS, pp. 1-5, June 2018.
(2)Z. Cheng, H. Sun, M. Takeuchi, and J. Katto, “Learned image compression with discretized gaussian mixture likelihoods and attention modules,” Proc. IEEE/CVF Conf. on Computer Vision and Pattern Recognition(CVPR), pp. 7939-7948, June 2020.
(3)J. Liu, H. Sun, and J. Katto, “Learned image compression with mixed transformer-CNN architectures,” Proc. IEEE/CVF Conf. on Computer Vision and Pattern Recognition(CVPR), pp. 14388-14397, June 2023.
(4)H. Sun, L. Yu, and J. Katto, “Learned image compression with fixed-point arithmetic,” Proc. PCS, pp. 1-5, June 2021.
(5)C. Zhang, H. Sun, and J. Katto, “Neural video compression with learned motion representation,” Proc. IEEE/CVF Conf. on Computer Vision and Pattern Recognition(CVPR), pp. 12345-12354, June 2025.
(6)J. Ballé, D. Minnen, S. Singh, S.J. Hwang, and N. Johnston, “Variational image compression with a scale hyperprior,” Proc. ICLR, 2018.
(7)D. Minnen, J. Ballé, and G. Toderici, “Joint autoregressive and hierarchical priors for learned image compression,” Proc. NeurIPS, pp. 10771-10780, 2018.
(8)F. Mentzer, G. Toderici, M. Tschannen, and E. Agustsson, “High-fidelity generative image compression,” Proc. CVPR, pp. 11913-11922, 2020.
(9)ISO/IEC JTC1/SC29/WG1, “JPEG AI Committee Draft,” ISO/IEC CD 6048-1, 2025.

情報幾何学および量子情報理論の建設と先駆的研究

受賞者 長岡浩司
受賞者は,情報幾何学と量子情報理論という現代の数理工学・情報科学における二つの重要な分野において,理論体系の建設から発展まで,世界的に高く評価される先駆的業績を上げてきた.
(1) 情報幾何学の建設と発展
情報幾何学とは,確率分布や量子状態などの集合を微分幾何学的に解析する理論体系であり,統計学のある種の問題を契機として甘利俊一博士によってその基礎が築かれた.そこでは,確率分布の空間上にリーマン計量(フィッシャー情報量)と一連のアファイン接続(α -接続)が導入され,特にα=±1に対応するe-接続・m-接続について相対エントロピーとの密接な関連性が示された.ただし,相対エントロピーの統計学・情報理論における重要性と比較して,接続との関連性について数学的な必然性は明らかではなかった.
受賞者は,α -接続と(-α)-接続がリーマン計量を介して双対的な関係にあることを示し,特にα=±1の場合にはその双対平坦性から相対エントロピーが自然に導出されることを鮮やかに証明した.この双対接続理論 (1),(2)は現代情報幾何の理論的根幹をなし,情報幾何の適用範囲を確率分布空間から量子状態空間その他の一般的な多様体に広げる大変革であった(図1).代表著書 (2)の引用件数は4,500件以上に上り,本成果は電子情報通信学会マイルストーンにも選出されている.

現在,情報幾何はリーマン幾何を内包する微分幾何体系として数学的にも確立されており,その応用は機械学習・深層学習・AI・制御理論・物理学など純粋数学から工学的応用まで広範にわたる.例えば,双対接続から導かれる拡張ピタゴラスの定理(図1)は,確率伝搬法・平均場近似・EMアルゴリズムの幾何学的解析を可能にし,AIの理論的基盤としても不可欠な成果となっている.また,受賞者は情報幾何の機械学習への応用としてよく知られている自然勾配法の導入にも寄与している (3).
(2) 量子情報理論の建設と発展
量子情報理論は,Shannonの古典情報理論をミクロな量子力学の世界へ拡張した理論体系であり,量子コンピュータや量子通信など次世代情報技術の理論的基盤をなす.受賞者は,この分野が未整備であった草創期から,量子推定理論・量子仮説検定理論・量子通信理論・量子情報幾何・量子情報スペクトル理論の構築 (4),(5),(6),(7),(8),(9)と多岐にわたる先駆的研究を展開し,現在の量子情報理論の礎を築いた.特に,韓太舜,S. Verdu両博士によって創始された情報スペクトル理論の量子系への拡張を企図して量子ネイマンピアソン検定の一般理論 (8)を整備し,これに基づき量子通信路容量の一般公式 (9)を確立した.この一連の成果は,現在の量子情報理論で標準的に用いられる手法である.また,量子推定理論 (4)において推定精度の理論限界を与える評価式を独創的な視点で導出した成果は,近年の量子メトロロジー・量子センシング実験においてもその有効性が実証されており,応用上の重要性も極めて高い(図2).受賞者は量子情報分野の先駆者として国際的に高い評価を受けており,情報理論のトップ国際会議ISIT2003において基調講演を行っている.

以上のように,受賞者の業績は情報幾何学と量子情報理論の双方において学問分野の建設に決定的な貢献をなしており,国内外で高く評価されている.受賞者の業績は極めて顕著であり,本会業績賞(イ)号にふさわしいものである.
文 献
(1)H. Nagaoka and S. Amari, Differential geometry of smooth families of probability distributions, Info. Geo., 2026.https://doi.org/10.1007/s41884-025-00187-y(Originally, Technical Report METR 82-7, Dept. Math. Eng. and Instr. Phys., Univ. of Tokyo, 1982.)
(2)S. Amari and H. Nagaoka, Methods of Information Geometry, AMS, 2000.
(3)S. Amari, K. Kurata and H. Nagaoka, “Information geometry of Boltzmann machines,” IEEE Trans. Neural Networks, vol. 3, pp. 260-271, 1992.
(4)H. Nagaoka, Asymptotic Theory of Quantum Statistical Inference, M. Hayashi (ed.), Chapter 2, 4, 8, 9, 10, 11, 17, 19, 27, World Scientific, 2005.
(5)H. Nagaoka, “An asymptotically efficient estimator for a one-dimensional parametric model of quantum statistical operators,” Proc. Int. Symp. on Inform. Theory, p. 198, Kobe, Japan, 1988.
(6)A. Fujiwara and H. Nagaoka, “Quantum Fisher metric and estimation for pure state models,” Phys. Lett. A, vol. 201, pp. 119-124, 1995.
(7)T. Ogawa and H. Nagaoka, “Strong converse and Stein’s lemma in quantum hypothesis testing,” IEEE Trans. Inf. Theory, vol. 46, pp. 2428-2433, 2000.
(8)H. Nagaoka and M. Hayashi, “An information-spectrum approach to classical and quantum hypothesis testing for simple hypotheses,” IEEE Trans. Inf. Theory, vol. 53, pp. 534-549, 2007.
(9)M. Hayashi and H. Nagaoka, “General formulas for capacity of classical-quantum channels,” IEEE Trans. Inf. Theory, vol. 49, pp. 1753-1768, 2003.

マイクロ波・ミリ波ダイオード回路のIC化とその無線システム適用への先駆的研究

受賞者 伊東健治
マイクロ波におけるダイオード回路は,受信用コヒーラに端を発し,ミクサなどに適用される古典的な回路である.現時点においても広く用いられており,サブミリ波にまで広がる通信技術への適用や,実用化が進められる無線電力伝送へ適用されており.その価値は減じていない.
受賞者は1983年の三菱電機入社以来,ダイオードミクサの研究開発を行い,更に2009年の金沢工業大学への着任以来,無線電力伝送用レクテナの研究開発を行っている.
その中で1980年代後半にIC化されたダイオードペアの良好な特性整合により,極端に偶数次混合積が抑制されることを見いだし,高周波とベースバンドの間を直接周波数変換(DC : Direct Conversion)する送受信機に資することを示した.地上通信用40 GHz帯DC送信機に用いる偶高調波ミクサMMIC (1)を開発し,現在もミリ波ミクサの雛形の一つである.次にこの技術をX帯移動体衛星通信用DC送受信機 (2)に適用した.更に世界初の第3世代携帯電話用DC受信機 (3),(4)に適用し,携帯電話として実フィールドで実証した.これにより2002年電気科学技術奨励賞(オーム技術賞)を受賞した.この偶高調波ミクサと従来の基本波ミクサについて,出力電力,3次歪みを世界で初めて定式化し,送信ミクサとしての限界性能を示した (5).
無線電力伝送では,アンテナと整流用ダイオードを直結し回路損を抑制するDoA(Diode on Antenna)構成のレクテナ (6)を提案した.回路機能をアンテナで実現し,回路損失を抑制した.その結果5.7 GHz帯において世界最高の整流効率92.7%@入力電力1 W,83.7%@入力電力10 Wを得 (7),(8),2022年に本会エレクトロニクスソサイエティ賞を受賞した.更に約1 mm角のGaAsチップ上にアンテナと整流器を集積化した24 GHz帯レクテナICでは世界最高の受電効率72.7%@入力電力1 Wを実現し (9),2025年に開催されたIEEE WPTCE2025においてBest paper awardを受賞した.更に,これらのダイオード整流器の限界性能を理論的に明らかにしている (10),(11).
以上のようにマイクロ波・ミリ波ダイオード回路のIC化とその無線システム適用のみならず,学術面でも貢献している.
また,本会のTJMW2014,VJMW2015のGeneral chair,無線電力伝送研究専門委員会委員長,URSI-C国内委員長などを務めるとともに,IEEE MTT-Sにおいては,2006~2008, 2010, 2012~2014にelected ADCOM memberを務め,アジア太平洋地域のマイクロ波研究コミッティとの連携を進めた.これにより2014年にN. Walter Cox Awardを受賞するとともに,2017年からIEEE Fellow,2026年からIEEE Life Fellowである.
以上のように,受賞者はマイクロ波・ミリ波ダイオード回路のIC化と応用において,世界的な成果を挙げており,その功績は大きく,また学会貢献の観点からも本会業績賞にふさわしい.
文 献
(1)K. Itoh, A. Iida, Y. Sasaki, and S. Urasaki, “A 40 GHz band monolithic even harmonic mixer with an antiparallel diode pair,” 1991 IEEE MTT-S Int. Microw. Symp. Digest, pp. 879-882, 1991.
(2)H. Ikematsu, K. Tajima, K. Kawakami, K. Itoh, Y. Isota, and O. Ishisa, “Distortion characteristics of an even harmonic type direct conversion receiver for CDMA satellite communications,” IEICE Trans. Electron, vol. E82-C, no. 5, pp. 699-707, May 1999.
(3)K. Itoh, T. Yamaguchi, T. Katsura, K. Sadahiro, T. Ikushima, R. Hayashi, F. Ishizu, E. Taniguchi, T. Nishino, M. Shimozawa, N. Suematsu, T. Takagi, and O. Ishida, “Integrated even harmonic type direct conversion receiver for W-CDMA mobile terminals,” 2002 IEEE MTT-S Int. Microw. Symp. Digest, pp. 9-12, 2002.
(4)野島俊夫,山尾 泰,高野 健,伊東健治,楢橋祥一,モバイル通信の無線回路技術,pp. 191-241, 電子情報通信学会(編),2007.
(5)J. Hashimoto, K. Itoh, M. Shimozawa, and K. Mizuno, “Fundamental limitations on the output power and the third-order distortion of balanced mixers and even harmonic mixers,” IEEE Trans. Microw. Theory Techn., vol. 64, no. 9, pp. 2853-2862, 2016.
(6)K. Itoh, N. Sakai, and K. Noguchi, “Highly efficient high-power rectenna with the diode on antenna(DoA)topology,” IEICE Trans. Electron, vol. E105-C, no. 10, pp. 483-491, Oct. 2022.
(7)N. Sakai, K. Noguchi, and K. Itoh, “A 5.8-GHz band highly efficient 1-W rectenna with short-stub-connected high-impedance dipole antenna,” IEEE Trans. Microw. Theory Techn., vol. 69, no. 7, pp. 3558-3566, 2021.
(8)N. Sakai, N. Furutani, K. Uchiyama, Y. Hirose, F. Komatsu, and K. Itoh, “5.8 GHz band 10 W rectenna with GaAs E-pHEMT gated anode diode on the aluminum nitride antenna for thermal dispersion,” 2023 IEEE/MTT-S Int. Microw. Symp. Digest, pp. 1003-1005, 2023.
(9)K. Itoh, R. Sato, Y. Hirose, N. Sakai, M. Tsuru, and K. Noguchi, “A 24 GHz band highly efficient GaAs 1 W rectenna MMIC electromagnetically coupled with an external AlN antenna for thermal dispersion,” Proc. 2025 IEEE Wireless Power Techn. Conf. and Expo(WPTCE), pp. 1-4, 2025.
(10)K. Kikkawa, T. Saen, N. Sakai, and K. Itoh, “A 2.4-GHz 10-W class bridge rectifier and its efficiency analysis with the behavioral model,” IEEE Trans. Microw. Theory Techn., vol. 70, no. 3, pp. 1994-2001, 2022.
(11)Y. Hirose, N. Kakutani, F. Komatsu, N. Sakai, M. Tsuru, and K. Itoh, “K-Band high-power rectification with GaAs E-pHEMT gated anode diodes,” IEEE J. Microw., vol. 6, no. 1, pp. 204-214, 2026.

自律分散協調によるレジリエント情報通信基盤の研究開発・実用化・社会展開

受賞者 井上真杉

受賞者 大和田泰伯
今日の一般的な情報通信ネットワークは,平常時の運用とコストを最適化できる階層構造と集中制御方式が採用され,普段は高品質で安定したサービスが提供されている.しかし災害等の非常時には脆弱性を露呈することが多い.その一つは「通信の脆弱性」で,階層構造ゆえに各通信装置の障害が下層の通信途絶をもたらす.第2は「情報処理の脆弱性」で,クラウドまでの経路での通信不全によりサービスが停止する.第3は「制御の脆弱性」で,集中制御方式では制御装置や制御網の動作不良によるシステム停止のリスクがある.更に停電によって通信装置が停止する「電源の脆弱性」も課題である.
受賞者らは,これらを克服するため,レジリエンス確保に優位な自律分散協調アーキテクチャによる情報通信基盤の研究開発に取り組んだ.第1の特徴はメッシュを含む任意の形状のネットワークを構成可能とし,可能な限り障害を回避する通信経路へ切り替えることで通信の脆弱性を改善したことである.切り替え速度は市販無線メッシュ製品の1/100程度(数十ミリ秒)と非常に高速である.第2の特徴は,各中継装置(以下,基地局と呼ぶ)に情報処理機能を付加して全体が分散データベースを構成し,インターネットと不通でも一定の情報アプリケーションを実行可能にして情報処理の脆弱性を改善した.第3の特徴は,各基地局が制御管理機能を持ち自律分散かつ協調動作可能としたことであり,全体停止のリスクを低減し制御の脆弱性を改善した.このようなアーキテクチャの発想の原点は,地域やユーザに関する動的で大量のセンサデータはクラウドよりも地域内で処理する方が安全・効率的で迅速なサービスが可能になると考えたことにある.後に地域の神経網になぞらえてNerveNet(ナーブネット)と命名したこのネットワークシステム(図1)は,今の分散エッジコンピューティングにも通じる斬新なものであり,2007年に論文発表 (1)後,招待論文 (2)や依頼解説 (3)の形で評価を得た.

東日本大震災後には耐災害性と実用性をより一層向上させ,2013年には企業との技術移転契約に至った(対象特許7件 (4),その後4件を追加).並行して,震災被災地の宮城県女川町の協力を得て基地局4局構成で女川湾監視映像伝送の実証を2014年に開始,翌年には南海トラフ巨大地震と津波に備える和歌山県白浜町の協力を得て10局構成による世界初の耐災害ネットワーク実証実験を開始した (5).白浜町は2022年に町予算で平時から利用可能な地域情報通信基盤として再構築し,これが最初の社会展開事例となった (6).現在は33局構成にまで拡大し,23か所のWi-Fi無料接続エリアが住民や観光客に提供され,またLGWAN(総合行政ネットワーク)にも接続され行政業務にも利用されている.システム構築では受賞者らも技術面で協力し,全局が太陽光パネルと蓄電池を備え最低連続72時間稼動可能なシステムとして運用されている.同様のシステムを現在は宮崎県延岡市が52局,北海道更別村が10局,ネパール山間地のDullu自治区が3局,スリランカ丘陵地域のGampola市内の紅茶工場とその周辺に10局導入し,各地域の基盤として運用し利用している (7),(8)(図2).

以上のように,約20年にわたり,独創的な構造のネットワークシステムを研究開発したばかりでなく,長期の検証や実証を経て実用化し,国内外への社会実装や情報発信 (9)も行い社会のレジリエンス向上に貢献したことは高く評価されており (10),本会業績賞にふさわしいものである.
文 献
(1)井上ほか,“無線論理メッシュパスに基づくコミュニティ通信サービスプラットフォーム,”信学技報,AN2007-26, Aug. 2007.
(2)M. Inoue, M. Ohnishi, C. Peng, R. Li, and Y. Owada, “NerveNet : A regional platform network for context-aware services with sensors and actuators,” IEICE Trans. Commun., vol. E94-B, no. 3, pp. 618-629, March 2011.
(3)井上ほか,“地域・個人適応サービスの実現を目指すユビキタスセンサネットワークプラットフォーム,”情報処理,vol. 50,no. 9, Sept. 2009.
(4)井上ほか,通信管理システム及びソケット管理サーバ及び通信管理方法,特許第4873743号.
(5)M. Inoue, Y. Owada, “NerveNet architecture and its pilot test in shirahama for resilient social infrastructure,” IEICE Trans. Commun., vol. E100-B, no. 9, Sept. 2017.
(6)総務省地域社会DXナビ,“頑丈な通信「NerveNet」で,災害対策も企業誘致も(和歌山県白浜町).”URL : https://dx-navi.soumu.go.jp/support_r6/digital_kiban/article/006.
(7)大和田,カフレ,井上,“ネパール山間部におけるネットワークとサービスの構築,” NICT News, no. 5, 2024.
(8)大和田,井上ほか,“Private LoRaメッシュネットワークを用いたスマートビレッジアプリケーションシステムの開発とスリランカへの実装,”信学技報,SeMI2025-11, May 2025.
(9)“Local-area resilient information sharing and communication systems,” APT REPORT, no. APT/ASTAP/REPT-60, April. 2025.
(10)井上,大和田,浜口,“耐災害性に優れた自律分散協調通信システムの開発,”科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞,2019.

スピーカ背面から発生させる逆相の音波による新たな音の閉じ込め技術の研究開発と実用化

受賞者 千葉大将

受賞者 加古達也

受賞者 小林和則
イヤホンやヘッドホンなどの音響デバイスを装着する場合,これまでは音漏れを防ぐために耳を物理的に塞ぐ密閉型のデバイスが主流であった.しかしながら耳を塞ぐデバイスは受聴音への没頭を可能にする一方で,周囲の音が聞こえにくくなり,自身の置かれた環境を把握しにくくなるという課題があった.この課題に対し受賞者らは,単一のスピーカユニットから放射される前面の正相音波と背面の逆相音波の伝搬経路を制御することで広範囲において音波を相殺し,音を「閉じ込める」革新的な技術を考案した.この技術により,耳を塞がないにもかかわらず音漏れを大幅に低減するオープンイヤー型イヤホン・ヘッドホンを実用化した (1),(2),(3).
スピーカを覆う筐体の側面の適切な位置に複数の開口部を設けて逆相音波を外部へ放出することで,単一のスピーカのみによって所望の局所的な領域以外での音圧を大幅に低減できる原理を発見し,その新原理を最適に実現する設計技術を開発した.筐体構造の工夫のみで音場を制御するこの技術は他に類を見ないものであり,電気的な信号処理が不要なため追加の電力を消費せず,製造コストの抑制や小型化といったメリットにも寄与する.
従来のイヤホン設計では,スピーカユニット背面から放射される逆相音波が再生音を打ち消してしまうことを避けるため,その影響が最小となるように長年にわたり筐体設計がなされてきた.本技術はこれとは逆の発想に基づいており,逆相音波の性質を積極的に活用して,周囲への音漏れを抑制するものである.具体的には,ヘルムホルツ共鳴の原理を援用してモデル化を行い,スピーカ正面からの音波とスピーカ背面からの逆相音波との経路差及び筐体内部の共振による位相反転を考慮した,音の閉じ込め効果の高い設計手法を確立した(図1).オープンイヤー型イヤホン・ヘッドホンは耳への装着時の負担が少なく周囲の音を同時に聴取できる利点を有しており,ディジタルコンテンツの視聴やスポーツ利用にとどまらず,コロナ禍以降に定着したリモートワークやシェアオフィスでのWeb会議など,多様な生活場面において広く活用されている.本技術の適用によって音漏れを気にせずに受聴できるようになり,その利用範囲は一層拡大した(図2).


上記技術を活用した耳を塞がないのに音漏れしないオープンイヤー型イヤホン・ヘッドホンが商品化され市場に普及してきている (4).耳を塞ぐことなく周りに気兼ねせず音を楽しめ,周囲の環境音が自然に聞こえる新たな音響体験により,音に関わるライフスタイルの変革をもたらし,それを活用したビジネスも始まりつつある.このように,音響理論に基づきつつ実用化・商品化まで手掛けることで迅速に市場を切り開いた受賞者らの業績は極めて顕著であり,本会業績賞にふさわしいものである.
文 献
(1)耳を塞ぐことなく利用者にしか聞こえないイヤホンの設計技術を開発~利用者に音を届けながら周囲への音漏れを打ち消す音波制御を単一スピーカーで実現~,日本電信電話株式会社,2022年11月9日.https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/11/09/221109a.html
(2)加古達也,“逆相音波の放射により音漏れを最小限に抑えるオープンイヤー型イヤホンの開発と音響XRのサービス実現に向けて,”信学技報,応用音響研究会(EA), vol. 123, no. 170, EA2023-27, pp. 53-60, Aug. 2023.
(3)千葉大将,加古達也,伊藤弘章,野口賢一,鎌土記良,中山 彰,“新たなライフ・ワークスタイルを創造する音空間技術──パーソナライズドサウンドゾーン『逆相の音を活用した新たな音の閉じ込め手法PSZスポット再生技術』,” NTT技術ジャーナル,vol. 36, no. 4, pp. 13-16, April 2024.
(4)<CES>nwm,PSZ技術搭載の耳を塞がないヘッドホン「MBH001」参考出展,PHILE WEB,2024年1月11日.https://www.phileweb.com/news/d-av/202401/11/59615.html

超高速Transmission Control Protocol通信技術の研究・開発と実用化

受賞者 長谷川洋平

受賞者 地引昌弘

受賞者 水越康博
通信システムは過去20年間で1,000倍以上高速化され,ギガビットを超える通信サービスを利用できる機会が増える一方で,端末の通信制御方式であるTCPの制御がこれに追いつかずにデータ転送性能が十分に発揮できない場面が増えている.特に,通信回線に遅延とエラーがあるとTCPのデータ転送性能が低下する場面が顕著になった.
受賞者らは,革新的な新概念により従来の1,000倍級のデータ転送高速化を達成する超高速TCP技術(TCP-FSO)を世界に先駆け開発した(図1) (1).本技術は,広く普及しているTCPとの互換性を保ちつつ,TCPとIP/Ethernetのフロー制御が連動するクロスレイヤ輻輳制御や,パケット往復遅延に基づく確認応答レート制御により飛躍的な性能改善を達成した.2009年には,13,600 kmの10 Gbps回線にパケットロス率0.2%を発生させ国際通信環境を模した試験において,従来の高速TCPによる実効性能11.5 Mbpsに対して,665倍の7.89 Gbpsを発揮した(図2).また2011年には,将来の超高速無線通信技術として期待される光空間通信による移動体通信において,最大10 Gbpsのデータ転送を世界に先駆けて実証した(図3).更に,光空間通信衛星群による宇宙ネットワークでの活用では,ビットエラー率30%,往復遅延0.5秒の模擬環境において,従来比1,000倍を超える720 Mbpsのファイル転送性能を得ている.



本技術は,TCP-Boosterと呼ぶ装置として2012年に製品化し,放送事業者,通信事業者,研究機関において広く活用されており,累計250億円以上の事業成果を挙げている(図4) (2).具体的には,放送事業者は,全国50箇所の放送局にTCP-Boosterを導入し,高精細映像番組制作の迅速化を実現している.また通信事業者は,北米東海岸と日本を結ぶ広域仮想網において,距離にほぼよらない高速データ転送を実現している.

将来に向けては,本技術はエネルギー効率が高いネットワークシステム実現への貢献も期待されている.例えば,超高速TCP技術のエラー耐性を活用した高効率通信回線設計により,太平洋横断海底ケーブルの通信容量をケーブルへの給電を追加なしで100 Tbpsから160 Tbpsに増大できることを解析評価で確認した(図5) (3).また,電波利用の高度化が著しいモバイル通信向けに電波干渉がない光空間通信によるバックホールを提案しており,その高速化,高信頼化に本技術が有効であることを確認した (4).

これらの研究成果は国内外で高く評価されており,IEEE ICC2024 Best Paper Award,IEEE ICC2020 Best Paper Award,関東地方発明奨励賞(2017年),電気科学技術奨励賞(2015年),AIAA ICSSC 2011 Excellent Paper Award,本会フォトニックネットワーク研究賞(2020年),本会インターネットアーキテクチャ研究賞(2017年)などを受賞している.
以上のように,本業績は学術・産業の両面で顕著であり,本会業績賞にふさわしい.
文 献
(1)Y. Hasegawa, J. Katto, “A transmission control protocol for long distance high-speed wireless communications,” IEICE Trans. Commun., vol. E101.B, no. 4, April 2018.
(2)長谷川洋平,甲藤二郎,“TCP/IPデータ転送高速化システムの実証,”信学論(B), vol. J101-B, no. 10, Oct. 2018.
(3)Y. Hasegawa, et al., “Optical communication capacity and quality to maximize end-user TCP/IP throughput,” IEEE ICC, 2020.
(4)Y. Hasegawa, et al., “Free-space optical communication system with wide-steering beam for terrestrial access networks,” IEEE ICC, 2024.


