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Vol.109 No.7 (2026/7) 目次へ

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タイトル

(写真:敬称略)

 論文賞(第82回)は,2024年10月から2025年9月まで本会和文論文誌・英文論文誌に発表された論文のうちから下記の12編を選定して贈呈した.


A Common Lyapunov Function Approach to Event-Triggered Control with Self-Triggered Sampling for Switched Linear Systems
(英文論文誌A 2025年4月号掲載)

著者

受賞者 中山翔太

著者

受賞者 小林孝一

著者

受賞者 山下 裕


 本論文は,スイッチド線形システムに対して,イベントトリガ型制御と自己トリガ型サンプリングを統合した新たな制御手法を提案するものである.スマートグリッド,自動運転,IoTシステムなどのサイバーフィジカルシステムにおいて通信量やエネルギー消費の削減が重要となる中,必要なときのみ状態計測や制御更新を行うトリガ型制御が注目されているが,従来手法は主に単一モード系に限定されており,複雑なシステムへの適用には課題が残されていた.

 本研究では,共通Lyapunov関数の上界に基づいて,制御入力更新時刻,モード切替え,及び次回サンプリング時刻を統一的に決定する理論枠組みを構築し,複数モードを有するスイッチド線形システムへと自然な形で拡張している.特に,現在状態及び初期状態に基づくLyapunov関数の上界評価を組み合わせることで,イベント発生条件とサンプリング間隔設計を体系的に与えている点に明確な独創性が認められる.

 提案手法は,共通Lyapunov関数の存在を前提とした厳密な理論展開に基づいており,補題及び定理の構成も論理的に明確である.特に,スイッチドシステムにおいて一様終局有界性を保証するための評価手法は慎重に導出されており,仮定条件及び適用範囲も明示されていることから,理論的妥当性と完成度の高さが際立っている.また,数値例により制御性能を維持しつつ状態サンプリング回数や制御入力更新回数の削減が確認されており,提案手法の有効性が具体的に示されている.

 以上のように,本論文はサイバーフィジカルシステムの基礎理論としての独創性,体系性,及び将来の研究展開への波及性を兼ね備えた優れた研究成果であり,電子情報通信学会2025年度論文賞にふさわしい内容である.


Shield-Based Safe Control with Compensation of Computation Delays of Nonlinear Discrete-Time Systems
(英文論文誌A 2025年5月号掲載)

著者

受賞者 潮 俊光


 本論文は,非線形離散時間システムにおいて計算遅延が存在する状況下でも安全性を保証する制御手法を提案したものである.近年,自動運転やロボティクスなどの分野では,安全性の確保が重要な課題となっており,システムが危険な状態に至ることを未然に防ぐ制御技術が求められている.このような背景の下,制御入力が安全性を満たさない場合にのみそれを修正するシールドが注目されている.

 一方で,デジタル制御系では計算遅延が不可避であり,これが制御性能の低下や安全性の損失を招く要因となる.本論文では,Mitaらによる計算遅延補償手法とシールド合成を組み合わせ,非線形離散時間系に対する新たな安全制御系を構築している.提案手法は,計算遅延に依存した予測器と安全仕様を満たすシールドから構成され,制御性能と安全性を同時に満たす統合的な枠組みを実現している点に特徴がある.

 提案手法の有効性は,一輪車型移動ロボットの離散時間モデルを用いた数値例により検証されている.その結果,危険集合を回避しつつ制御目標を達成できることが示されている.また,提案手法を用いない場合にはロボットが危険集合付近で停滞することが確認されており,本手法の有効性が示されている.

 本研究は,計算遅延と安全性という重要課題を統合的に扱い,非線形離散時間系への幅広い応用が期待される点で意義が大きい.以上の点から,本論文は論文賞にふさわしい優れた研究成果であると評価される.


Standard Cell Structure and Diffusion Reordering for Block Area Reduction in Double Diffusion Break FinFET Process
(英文論文誌A 2025年6月号掲載)

著者

受賞者 西澤真一

著者

受賞者 木村晋二


 集積回路の性能向上が一層求められる現在の情報社会では,従来のプレーナ型トランジスタに代わる微細トランジスタ構造としてFinFETが現行製品向けに用いられている.FinFET技術に基づきディジタル論理ゲートの物理レイアウトを作成する際には,FinFET間の距離が近接しすぎるとリーク電流を介して互いに電気的に導通し,回路の信頼性を損なうという本質的な問題がある.根本的な解決策としてFinFETを離して集積回路を設計する手段が用いられる.特に,2本のダミーポリシリコンゲートを挟んでFinFETを配置する構造をDDB(Double Diffusion Break)構造と呼ぶ.DDB構造は集積回路の信頼性を向上させる有力技術である一方で,FinFETの実装密度を悪化させる課題があった.

 著者らはディジタル論理回路の面積効率と信頼性を共に向上させる手段として,論理ゲート中のFinFETの同電位ノードを物理的に共有し,高信頼性と省面積を両立する手法を提案している.FinFETが1本のみのダミーポリシリコンゲートによって分離された高密度なSDB(Single Diffusion Break)構造であるにもかかわらず,隣接するFinFETの電位は同じであるためリーク電流による信頼性の低下が軽減される.著者らはディジタル論理ゲートのレイアウトを設計する際に,自動的に上記の配置問題を解くレイアウト生成アルゴリズムを提案している.仮想7 nmプロセステクノロジを用いた実験の結果,ベースライン論理ゲートライブラリにより合成されたディジタル回路と比べ,提案手法を用いた論理ゲートライブラリにより合成されたディジタル回路の方が,DDB/SDB由来の配置制約を満たしながら平均8.39%省面積であることが示された.本研究は追加のプロセス微細化を伴わずに,設計技術の工夫のみで高密度化できることを意味しており,実用上の価値が極めて高い.

 本研究の成果は,最先端プロセスにおける電力・性能・面積の最適化に大きく寄与するものであり,今後の微細化世代における回路設計の重要な指針となることが期待される.


八木・宇田アンテナを用いた28 GHz帯室内基地局用マルチセクタアンテナの設計と伝搬試験評価
(和文論文誌B 2025年7月号掲載)

著者

受賞者 木村泰子

著者

受賞者 井上祐樹

著者

受賞者 新井宏之


 最優秀論文賞(第8回)に別掲.


Coupling Quality Factor and Friis Formula Shake Hands on Wireless Power Transfer between Dipole Antennas
(英文論文誌B 2025年8月号掲載)

著者

受賞者 阿部晋士

著者

受賞者 袁 巧微

著者

受賞者 大平 孝


 近年,アンテナを用いたワイヤレス電力伝送の応用が広がる中で,送電側から受電側へどれだけ効率良く電力を届けられるかを,広い距離範囲にわたって統一的に理解することが重要となっている.遠方界の伝搬を記述する式としては古典的なフリスの伝送公式が広く用いられてきた.一方,近年では,近傍界の結合における最大電力伝送効率を評価する指標として,結合Qファクタ(kQ)理論が注目されている.しかし,これら二つの理論がどのような関係にあるのかは,必ずしも明確ではなかった.

 本論文は,アンテナ間ワイヤレス電力伝送におけるこの基本的な問題を理論解析と数値計算の両面から検討し,両者が遠方界で合致し,更に近傍から遠方まで滑らかにつながることを示したものである.まず,微小ダイポール対を出発点として遠方界におけるkQ式を導出し,そこから得られる最大電力伝送効率がフリスの伝送公式と一致することを明らかにした.更に,実用的な三種類の長さのダイポールアンテナを対象に,3 GHzにおいて,距離1 mmから10 mまでの範囲で電磁界シミュレーションを行い,近傍界から遠方界までを包含する挙動を詳細に評価した.その結果,kQ理論から得られる効率は距離に応じて滑らかに変化し,遠方界ではフリスの伝送公式で与えられる特性へ漸近することが確認された.

 また,近接時に効率が不自然に100 %を超えないという物理的に妥当な振る舞いを保つことも示された.以上より,本論文は,従来は別個に扱われることの多かった二つの理論の関係を明確化し,アンテナ・電波伝搬減衰とワイヤレス電力伝送効率を統一的に理解する枠組みを与えた点で価値が高い.理論的な意義に加え,近傍界から遠方界にまたがるアンテナ及びワイヤレス電力伝送系の設計に有用な知見を与えるものであり,本会論文賞に値する論文と判断できる.


High-Performances Color Images Method for Estimating Radio Propagation Characteristics of Outdoor Environments
(英文論文誌B 2025年12月号掲載)

著者

受賞者 富永貴大

著者

受賞者 須山 聡

著者

受賞者 北尾光司郎

著者

受賞者 久野伸晃

著者

受賞者 猪又 稔

著者

受賞者 山田 渉

著者

受賞者 佐々木元晴


 移動体通信システムでは,基地局から端末までの電波伝搬特性を高速かつ高精度に推定することができれば,基地局の最適な設置,基地局の動的なパラメータ最適化及びシステム全体の低消費電力化等に寄与することができる.特に,超高速・大容量,超信頼性,超低消費電力,超カバレッジ等の様々な厳しい条件を満たせる6Gシステムでは,様々な周波数を利用する膨大な数の基地局を最適化する必要があるため,より高速かつ高精度な電波伝搬特性の推定法が要求される.これまで,電波伝搬特性を推定するためにはレイトレース法が広く利用されてきたが,計算時間と推定精度に課題があった.

 本論文では,高速かつ高精度に電波伝搬特性を推定可能な手法として,画像処理に基づいたカラーイメージ法を提案している.提案手法では,電波が散乱する建物の壁を特定するために,あらかじめ評価エリア内の全建物の壁に対して異なるRGB色を割り当て,送受信点からの視界をそれぞれ2枚のRGB画像として作成及び色比較を行う.2枚の画像に同色の壁が存在する場合,当該壁を電波の散乱する壁とする.次に,当該壁のピクセル数をカウントする.上記のピクセル数は,送受信点から当該壁までの距離及び壁の方向に応じた送受信点から当該壁の見える面積と相当するため,ピクセル数と送信電力,アンテナ利得を乗算することにより,当該壁による電波の散乱強度を計算できる.更に,送受信点の位置,当該壁の位置及び画像内のピクセルの位置の関係により,伝搬経路の遅延時間及び角度情報も計算できる.複数の屋外環境及び周波数における伝搬損失の実測結果を対象に計算時間と推定精度の比較を行った結果,提案手法はレイトレース法に比べ,計算時間は1/数百倍以下に短縮でき,推定精度は推定誤差の標準偏差を7 dB以上改善できることを確認した.

 このように本論文は,移動体通信システムに対する高速かつ高精度な電波伝搬特性の推定法の実現という課題に対して,画像処理という新たな視点を導入することで解決の方向性を示すものであり,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.


波長可変レーザを用いたテラヘルツ波生成法による300 GHz帯無線信号伝送
(和文論文誌C 2025年1月号掲載)

著者

受賞者 桝冨直人

著者

受賞者 葉 聖鴻

著者

受賞者 貝出凌汰

著者

受賞者 三上裕也

著者

受賞者 上田悠太

著者

受賞者 加藤和利


 本研究は,波長可変レーザを用いた新しいテラヘルツ波生成法により,300 GHz帯の無線信号伝送を実証したものである.近年,6Gに向けた大容量無線通信の実現においてテラヘルツ波の活用が注目されているが,従来のフォトミキシング方式では複数のレーザと外部変調器が必要であり,装置の大型化や消費電力の増大が課題であった.

 本論文では,単一の波長可変レーザのみを用いてテラヘルツ波を生成し,更に変調まで同時に行う手法を提案している.この方式では,レーザの発振周波数を高速に切り替え,自己遅延干渉系によって時間的にずれた光波を合成することで,結果として異なる周波数の二光波を同時に生成する.その差周波によりテラヘルツ波が生成されるため,従来よりも簡素な構成でテラヘルツ信号を得ることが可能となる.

 実験では,反射型トランスバーサルフィルタ(RTF)レーザを用い,約300 GHzのテラヘルツ波を生成し,150 Mbit/sの無線信号伝送を実施した.ビットエラーレート及びアイパターンの評価により,良好な伝送品質が確認され,最大で3.5×10^-6の誤り率を達成した.これは提案手法が実用的な通信方式として有効であることを示している.

 更に,本方式はレーザの周波数切替速度に依存してビットレートが決定されるため,今後デバイスや駆動回路の高速化が進めば,Gbit/s級の高速通信への展開も期待される.単一光源でのテラヘルツ生成と変調を両立した本技術は,低消費電力かつ小型なテラヘルツ無線システムの実現に寄与するものであり,将来の超高速無線通信において重要な基盤技術となる可能性が高い.以上のことから,本会論文賞に値する論文として高く評価できる.


メタサーフェスによる空間・偏波多重コヒーレント受信器
(和文論文誌C 2025年4月号掲載)

著者

受賞者 小松憲人

著者

受賞者 相馬 豪

著者

受賞者 石村昇太

著者

受賞者 高橋英憲

著者

受賞者 釣谷剛宏

著者

受賞者 鈴木正敏

著者

受賞者 中野義昭

著者

受賞者 種村拓夫


 マルチコアファイバ(MCF : MultiCore Fiber)とデジタルコヒーレント技術の組合せはシングルモードファイバ(SMF : Single-Mode Fiber)の伝送容量限界を超えた大容量通信に欠かせない技術で,過去数年で海底ケーブル用途の商用化がなされた.現在のMCFを用いた伝送システムではファンイン・ファンアウト(FIFO : Fan-In/Fan-Out)素子で各コアの信号をSMFに分岐し,コア数だけ並べたコヒーレント送受信器に接続する構成となっている.今後マルチコアコヒーレント方式が中短距離システムで活用されるためには,FIFOを含めた送受信器の小型化が課題になると考えられる.

 本論文では,誘電体メタサーフェス(MS : MetaSurface)を活用することでFIFOを用いず,コア数に対してスケーラブルでコンパクトなマルチコア偏波多重(DP : Dual-Polarization)コヒーレント受信器が実現できることを提案し,実験的に実証した.誘電体MSは波長未満の誘電体(本論文ではSi)の構造により入射光の位相,偏波状態を制御する表面入射型の光学素子で,イメージング分野で特に注目が集まっている.DPコヒーレント受信には受光器(PD : PhotoDetector)に加えて偏波や位相を制御するパッシブ光部品が必要となる.従来は光導波路等で実装されていたこれらの機能をMSに置き換え,更に表面入射型素子が有する空間多重性を利用することで,1枚のMSとコア当り5個のPDのみという極めて簡素な構造の受信器を提案した.提案した受信器はPDの数を増やすだけでコア数の拡張が可能である.著者らはSOQ(Silicon On Quartz)基板上にMSを作製し,4コアMCFからのDPコヒーレント信号を同時に受信し,全てのコア,偏波チャネルについて3%未満のEVM(Error Vector Magnitude)で復調できることを実証した.

 本論文は光通信向け素子としてのMSの設計,作製,評価を詳細に記述し,MSが従来のイメージング用途のみならず通信用途でも有望な技術であることを示している.このことから,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価することができる.


Non-Contact Characterization of Two-Dimensional Electron GasBy Using Circularly Polarized TE 11n Modes
(英文論文誌C 2025年10月号掲載)

著者

受賞者 荒川智紀

著者

受賞者 昆 盛太郎


 二次元電子材料は,現代の電子デバイスに不可欠であるだけでなく,次世代通信を支える高速デバイスや,量子コンピュータ向けの低雑音・低温デバイスの開発においても重要な基盤材料である.近年では,グラフェン,遷移金属ダイカルコゲナイド,酸化物界面など,多様で固有の物性を有する二次元電子材料が次々と報告されており,新規デバイス創出の観点からもその重要性はますます高まっている.

 一般に,二次元電子材料を特徴づけるキャリア移動度は,試料に電極を作製した上でホール測定などを用いて評価される.しかし,二次元電子の多くはヘテロ接合などの界面に形成されるため,材料系ごとに適切な電極作製プロセスが必要となり,これが材料開発のスループットを阻害する要因となっている.そこで本論文では,電気的コンタクトを用いず,マイクロ波を利用してキャリア移動度を非接触に評価する手法を提案している.

 本手法では,円筒空洞共振器内にミリサイズの二次元電子基板(GaAs/AlGaAs)を配置し,円偏波の共振モード(TE11nモード)を利用して試料の電気的特性を検出する.著者らは,円偏波自由度に着目することで,従来の直線偏波モードでは実現困難であったキャリア移動度の算出法を導出し,その有効性を実験的に検証している.また,高次TE11nモードまで利用可能とするため,円筒対称性の破れを最小限に抑える共振器構造及び測定ライン結合方式を開発し,複数周波数点での評価を実現している.更に,市販の冷凍機システムを用いることで,300 K及び77 Kでの実証を行い,本評価手法の汎用性の高さを示している.

 界面に存在する電子を非接触で評価できる技術は,二次元電子材料研究のスループットを大幅に向上させる可能性を有しており,高く評価される.また,円偏波を活用することでマイクロ波帯においてサイクロトロン共鳴を検出し,キャリア有効質量の評価にも成功しており,新たな基礎材料定数の測定手法として学術的な意義も大きい.


大規模DNAデータベースに対する効率的な相関問合せ
(和文論文誌D 2025年5月号掲載)

著者

受賞者 八木隆一

著者

受賞者 直井悠馬

著者

受賞者 塩川浩昭


 DNAデータベースから特定のDNA配列と高頻度に共起する部分配列を抽出する「相関問合せ」は,ゲノム配列アセンブリングやバイオマーカー発見において重要な基盤技術である.従来は,編集距離や配列アラインメントに基づく文字列類似検索が主に用いられてきた.しかし,これらの手法は文字列としての類似性のみを評価するため,配列長が大きく異なる場合は合理性に欠き,生物学的機能に基づく相関を直接的に捉え得ないという限界があった.

 本論文は,この課題に対し相関問合せ問題を新たに定式化し,大規模DNAデータベースからクエリに対して高い相関値を有する上位k件の部分配列を効率的に抽出する手法を提案したものである.特筆すべきは,当該問題をグラフ検索問題へと帰着させた着想にある.DNA配列をグラフ構造として表現することにより,頻出部分グラフ検索における枝刈り技術を援用し,上位k件に含まれないことが理論的に保証される候補を探索初期段階で排除することで,計算量の大幅な削減を達成している.更に,当該枝刈りが結果の正確性を損なわないことを,実データによる評価を通じて示している.

 本研究の貢献は,計算論的に困難な相関問合せに対し,近似やヒューリスティクスに依拠することなく,相関値の上界に関する理論的基盤を厳密に構築・適用することで,偽陰性を許容しない厳密かつ効率的なTop-k探索を実現した点にある.データ駆動型ゲノム解析の進展が著しい今日において,解析結果の完全性を担保し得る本手法の数学的堅牢性は特に意義深い.以上より,本論文は当該分野の発展に資する顕著な成果であり,本会論文賞に値するものと認められる.


子宮収縮圧データに対する分娩ステージ推定
(和文論文誌D 2025年5月号掲載)

著者

受賞者 田村優香

著者

受賞者 松原靖子

著者

受賞者 木村 輔

著者

受賞者 関谷 毅

著者

受賞者 町村栄聡

著者

受賞者 遠藤誠之

著者

受賞者 木村 正

著者

受賞者 櫻井保志


 子宮収縮圧(UC : Uterine Contraction)信号は,妊婦の子宮収縮圧を記録したものであり,医師の内診と併せて分娩の進行段階の診断に用いられる.UC信号を用いて分娩の進行段階を自動推定できれば,医師の内診回数を削減でき,妊婦の負担低減や内診による感染症リスクの抑制,医師の人手不足軽減が期待できる.

 本論文は,分娩時に計測されるUCデータから,分娩の潜在的な進行段階を自動推定する解析手法であるUCscanを提案している.UCscanは,UC信号から陣痛波形とその発生間隔を抽出し,系列間で共通する波形パターンを解釈可能なコンポーネントとして集約することで,不可逆的に進行する分娩ステージを推定する.実データを用いた実験では,既存手法と比較して高い推定精度と大幅な計算効率の向上を達成した.

 UC信号は入手が困難であるため,そのモデリングや解析に関する研究があまり進んでおらず,この問題に取り組んだこと自体に大きな価値を持つ.大規模データも整備されておらず,深層学習や基盤モデルを使ったアプローチが難しい.それに対して本研究では,複数の医学的知見を有効的に取り入れつつ,コンポーネントと呼ばれる波形パターンと不可逆的なステージ遷移を隠れマルコフモデル(HMM)をベースとして丁寧にモデル化することで,新たなモデルUCscanを提案している.大学病院等で計測された実際のUCデータを用いて評価を行っており,TS2Vecや一般的なHMMに基づく既存手法と比較してステージ割当精度を向上させつつ,計算時間を大幅に短縮できることを示している.また,実際のUC信号が抱える欠損値の問題に取り組んだ応用実験も行っており,実用的な応用も視野に入れた評価実験の構成となっている.

 本論文は,UC信号の実データ解析による実用的価値を有するだけでなく,時系列信号の数理モデリングの研究としても非常に興味深い手法である.生体信号解析と時系列モデリングの分野に大きく貢献しており,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.


Efficient Two-Party Exponentiation from Quotient Transfer
(英文論文誌D 2025年12月号掲載)

著者

受賞者 盧  儀

著者

受賞者 原 啓祐

著者

受賞者 大原一真

著者

受賞者 Jacob SCHULDT

著者

受賞者 田中圭介


 Secure Multi-Party Computation(セキュア多者計算,MPC)は,複数の参加者がそれぞれ秘密の値を保持したまま,それらを直接公開することなく計算結果のみを共同で得るための技術である.MPCは学術的に重要であるだけでなく,医療分野における病院間の患者情報を共有しない統計処理や,金融分野における経営情報・個人情報を開示しないリスク計算・信用スコア算出など,実社会での幅広い応用が期待されている.

 加算や定数倍などの線形演算は秘密分散と相性が良く,MPCとして比較的容易に実現できる.一方,実際の応用では,乗算や指数計算などの非線形演算が不可欠であり,これらを安全かつ効率的に実現することは容易ではない.特に指数計算は,暗号処理や確率計算などにおいて重要な役割を果たす一方で,既存のMPC手法には安全性,計算量及び通信量の面で大きな課題がある.

 本論文は,指数が秘密で底が公開されている場合の指数計算について,特に2者計算の設定において効率的なMPCプロトコルを実現することを目的とする.提案手法は,加法的秘密分散に基づき,不誠実な参加者が多数存在する状況でも安全性を保証できる既存MPCフレームワークとの親和性が高い.既存手法では,指数のビット分解若しくは指数計算の算術回路展開が必要であり,通信を伴うMPC乗算をビット長に依存して多数回実行する必要があった.

 本論文では,既存研究で用いられていた処理を整理してQuotient Transfer(QT)と定義し,QTに基づくビット分解を伴わない指数計算プロトコルの新たな構成を示した.QTにより分散した計算結果を最小限の補正で統合できるため,指数計算の大部分を各参加者がローカルに実行でき,通信コストを大幅に削減できる.更に,入力が偶数の場合にはQTをより効率的に実行でき,奇数の場合も入力を2倍して補正することで対応可能であることを示した.その結果,64 bitの指数計算において,既存手法が20ラウンド・10,508回のMPC乗算を要するのに対し,提案手法では2~3ラウンド・3~4回のMPC乗算のみで計算を実現し,顕著な効率改善を達成した.以上の理由から,本論文は本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.



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