特集 1. 令和6年能登半島地震におけるTV/FM中継局と避難所の対応について

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Vol.108 No.5 (2025/5) 目次へ

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通信インフラの災害時対応及び防災・減災に向けた通信技術
――令和6年能登半島地震を風化させないために――

特集

令和6年能登半島地震におけるTV/FM中継局と避難所の対応について

Continuity of TV/FM Transmitting Site Operation and Temporary Installation Activities of Receiving-antenna/Receiver after the 2024 Noto Peninsula Earthquake

阿部雅夫 白井規之 川那義則

阿部雅夫 日本放送協会金沢放送局

白井規之 日本放送協会名古屋放送局

川那義則 日本放送協会名古屋放送局

Masao ABE, Nonmember (Kanazawa Station, Japan Broadcasting Corporation, Kanazawa-shi, 920-8644 Japan), Noriyuki SHIRAI, and Yoshinori KAWANA, Nonmembers (Nagoya Station, Japan Broadcasting Corporation, Nagoya-shi, 461-8725 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.108 No.5 pp.411-417 2025年5月

©2025 電子情報通信学会

abstract

 2024年1月1日に発生した能登半島地震は奥能登地域を中心に甚大な被害をもたらした.半島先端で発生した地震は放送インフラにも大きな被害が発生し,地理的な要因もあり復旧作業は困難を極めた.本稿では,中継局の停電状況とその対応,鉄塔が折損した中継局の対応,BS103chによるNHK金沢の総合テレビの放送,避難所に放送を届ける取組みについて,それぞれ報告する.

キーワード:放送,中継局,停電,発電機,BS,避難所

1.は じ め に

 2024年1月1日16時10分に能登半島を襲った最大震度7の地震は,奥能登地域を中心に甚大な被害をもたらした.道路や電力・水道・通信等のライフラインが寸断され,TVやラジオの放送電波を送信している中継局にも被害が発生した.地震の揺れによる被害で放送電波が停止した中継局は1局所のみであったが,奥能登地域の全中継局が一時停電し,1か月弱の長期にわたって停電した中継局もあった.NHKは被災地に放送を届けるために様々な対応を行った.本稿では,中継局の停電状況とその対応,鉄塔が折損した中継局の対応,BS103ch(旧BSプレミアム)によるNHK金沢の総合テレビの放送,避難所に放送を届ける取組みについて,それぞれ報告する.

2.中継局の停電状況とその対応

 図1に中継局の位置を,表1に中継局のカバー世帯数と下位局の有無をそれぞれ示す.また,図2に中継局の停電日数を示す.これより,被害が大きかった奥能登地域の中継局で停電が長期間に及んでいる.東門前TV/FM中継局で約28日間の停電が発生した.また,輪島町野TV/FM中継局で約23日間の停電が発生したが,安全に機材を運搬できるルートがないため,停電バックアップ対応が困難であった.

図1 中継局の位置  国土地理院白地図に中継局の位置を追記して掲載.

表1 中継局のカバー世帯数と下位局の有無  (TV中継局の場合の一例)

図2 中継局の停電日数

2.1 輪島TV/FM中継局における停電対応

 輪島TV/FM中継局は,奥能登地域で最大級のカバー世帯数を有する中継局である.更には,下位局や自治体ケーブルテレビへ放送を供給するための拠点の役割を担っており,この中継局が停波すると輪島市のほぼ全域にTVとFMラジオの放送を届けることができなくなる.そこで放送を継続するために,以下の三つの対応を行った.

 (1)ヘリによる発電機の燃料運搬

 輪島TV/FM中継局は非常用電源として発電機を設置している.2011年の東日本大震災を教訓として燃料タンクの増量工事を行っているため,1月1日の停電発生時点の残量から12日程度は稼動できる見込みであった.しかし,図3に示すように中継局に至る道路の各所で崩落や地割れが発生しており,陸路で燃料を運搬するのは困難な状況であった.また,図4に中継局に至る道路の電柱の状況を示す.道路沿いの複数の電柱で倒壊や断線が発生しており,電力会社による復旧も見通しが立たない状況であった.

図3 輪島TV/FM中継局周辺の道路の状況

図4 輪島TV/FM中継局に至る道路の電柱の状況

 このような状況下,自衛隊の協力を得て,ヘリで燃料を運搬することができるようになった.NHKで用意する燃料をヘリで山頂まで運搬し,その後はNHK職員が中継局まで人力で運搬して給油作業を実施することとした.

 北陸地方の冬の天候は目まぐるしく変わるのが特徴であり,雪や強風そして雷が頻繁に発生する.このためヘリによる輸送も荒天の影響を受け,開始当初は3回連続で給油作業を延期することになった.しかし,その後は順調に運搬でき,計5回の飛行で1,580Lを給油した.また,中継局近辺に着陸できるスペースがないため,地上10~20m程度上空でホバリングしている状態で,補助を介しNHK職員と燃料を降下させた.降下後はNHK職員が背負子等で燃料を運搬した.図5にヘリによる燃料運搬作業の様子を示す.積雪が1m以上あるときや,降下地点によっては400m程度を徒歩で運搬することもあった.この作業により,復電した1月22日までの約22日間において燃料が枯渇することなく,放送を継続することができた.

図5 ヘリによる燃料運搬作業の様子

 (2)発電機の長期運転に伴う補修作業

 発電機は運転時間に応じて,エンジンの動力を発電機に伝達するVベルトやエンジンオイルなどの消耗品を交換する必要がある.輪島TV/FM中継局の発電機は1月1日に発生した停電以降,長期間の連続運転となっていたため,目視点検したところVベルトに「たわみ」が確認された.早急に補修を実施する必要があったため,燃料給油とは別の民間ヘリを手配して,補修作業中に現用発電機をバックアップする仮設発電機を運搬して設置することとした.この一連の補修作業も冬の荒天に阻まれ,予定していた飛行が延期することもあったが,発電機が故障する前に仮設発電機に切り換えることで放送を継続したまま補修作業を完了することができた.図6に仮設発電機の運搬の様子と設置状況を示す.

図6 仮設発電機の運搬の様子と設置状況

 (3)別の場所にバックアップ用の中継局設備の設置

 (1),(2)で述べた燃料運搬作業や発電機補修作業によって,結果として輪島TV/FM中継局の放送を継続することができたが,発電機の故障や燃料枯渇などの事象が発生することで,いつ放送が停止してもおかしくない状況が続いていた.このため,輪島TV/FM中継局とは別の場所にバックアップ用の中継局設備の設置を検討した.机上検討の結果,輪島市内にあるAMラジオ放送用のNHK輪島ラジオ中継局からTV電波を送信すれば,市内中心部をカバーすることが可能であると判明した.設置の条件が整ったことから早急に工事を行い,輪島TV中継局の放送が停止したときには,この設備でバックアップできるようにスタンバイした.図7に設備の様子を示す.結果として,この設備を使用することはなかった.

図7 輪島ラジオ中継局に設置したバックアップ用の中継局設備の様子

2.2 東門前TV/FM中継局,輪島門前FM補完中継局,能登柳田FM補完中継局の停電バックアップ対応

 中継局の非常用電源は,送信機出力やカバー世帯数などの影響度により,発電機ではなく蓄電池のみを採用している中継局もある.非常用電源が蓄電池のみの中継局は,停電時のバックアップ可能時間が1~2日程度である.このため放送継続のために携帯発電機を中継局に設置してバックアップをする必要があるが,設置後は給油のための現地対応を毎日行う必要がある.

 表2に今回の地震で携帯発電機によるバックアップを実施した中継局と日数を,図8にバックアップ作業の様子をそれぞれ示す.中継局の出向条件としては,車横付けではなく,車止めから徒歩出向が必要なケースも一般的である.東門前TV/FM中継局は,通常,車止めから徒歩5分程度であるが,車道が地震による地割れや崩壊で使用できない区間があり,徒歩で1時間程度かけて出向していた.東門前TV/FM中継局で実施した約27日間のバックアップは,NHKで前例がない長期間であった.

表2 携帯発電機によるバックアップを実施した中継局と日数

図8 バックアップ作業の様子  東門前TV/FM中継局の例.

2.3 輪島町野TV/FM中継局の対応

 停電が発生した中継局の中で,停電バックアップの対応ができず,放送が停止したのが輪島町野TV/FM中継局である.この中継局がある輪島市町野地区は地震による被害が大きかった地区の一つであり,この中継局に至る国道や県道では大きな被害が発生していた.また,山麓の上り口から中継局へ至る道路においても同様の状況であった.図9に周辺道路状況を,図10に山麓の登り口から中継局へ至る道路の状況をそれぞれ示す.

図9 輪島町野TV/FM中継局の周辺道路状況  国土交通省 令和6年能登半島地震 道路復旧見える化マップ(1)から.

図10 輪島町野TV/FM中継局の山麓の登り口から中継局へ至る道路の状況

 輪島町野TV/FM中継局は非常用電源として蓄電池が整備されていたが,東門前TV/FM中継局などのように,安全に機材等を運搬できる徒歩出向ルートが確保できず,蓄電池が枯渇して放送が停止した.その後も,幾度となく現地で調査をしたが,中継局までの安全なルートを確保することが困難であった.1月24日の復電により放送が復旧した.

3.鉄塔が折損した中継局の対応

 羽咋FM中継局は石川県中央部に位置する中継局であり,発災直後から金沢会館にある監視装置で送信空中線のアラームが発報していた.このため,金沢局と名古屋局が連携して,送信空中線専門業者による緊急点検と名古屋局所有の非常用送信空中線機材の緊急輸送を実施した.翌日(2024年1月2日)に点検したところ,局舎屋上にある鉄塔が中間部分で折損していた.図11に鉄塔被害と仮復旧の状況を示す.このため,緊急輸送した非常用送信空中線を設置して仮復旧した.なお,総務省北陸総合通信局の許可を得て,臨機の措置(2)で放送電波を送信した.

図11 羽咋FM中継局の鉄塔被害と仮復旧の状況

4.BS103chによるNHK金沢の総合テレビの放送

 奥能登地域は,地上テレビ放送のディジタル化(地デジ化)のタイミングでケーブルテレビによる視聴が普及した.今回の地震ではケーブルテレビの施設にも甚大な被害があり,テレビの視聴に大きな影響が発生した.これらの視聴者への対策方法として,2024年3月31日に停波を予定していたBS103chを使用することが検討された.総務省など関係各所との調整の結果,BS103chを利用してNHK金沢の総合テレビを放送することとなり,1月9日からは地域向けニュース及び全国ニュースの同時放送を開始し(3),1月12日からは総合テレビのほぼ全ての番組を同時放送することとなった(4).その後,ケーブルテレビの施設の復旧が進み,その役目が終了したとして,6月30日にBS103chでの放送が終了した.

5.避難所に放送を届ける取組み

 NHKは日本放送協会防災業務計画(5)で「災害時における受信の維持・確保のため,受信設備の復旧や避難所等への受信機の貸与・設置などの対策を講じる」と定めており,東日本大震災など大規模災害時に開設された避難所に放送を届けるために,ラジオやテレビの受信機設置活動を行ってきた.能登半島地震においても,一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)の協力を得ながら,約1,200台のラジオ受信機の配付と約120か所の受信アンテナ・テレビ設置を実施した.図12に避難所での受信アンテナ・テレビ設置の様子を示す.避難所では情報を得るリソースが少ないこともあり,発災初期から貴重な情報源として放送を届けることができた.

図12 避難所での受信アンテナ・テレビ設置の様子

6.お わ り に

 今回の地震は半島先端で発生した大規模地震であり,被災地に至る主要道路が寸断するなどライフラインに甚大な被害が発生している中で,放送を継続するための対応をした.これまで経験したことがない課題にも直面したが,関係する皆様と協力して乗り越えてきた.改めて感じたのは,日頃からの備えが大事であるということである.今回の地震では,2011年の東日本大震災を教訓にして整備された設備や仕組みが効果を発揮した.能登半島地震での事例が今後の災害対応の参考となれば幸いである.今後も公共放送として災害時にも放送を維持できるように取り組んでいく.最後に,総務省をはじめとする関係機関,関連業者及び民間放送事業者の方々から御支援や御指導を頂いた.この場を借りて改めて御礼申し上げる.

文     献

(1) 国土交通省,“令和6年能登半島地震 道路復旧見える化マップ.”
https://www.mlit.go.jp/road/r6noto/index2.html

(2) 総務省北陸総合通信局,“非常災害時における無線局免許の臨機の措置.”
https://www.soumu.go.jp/soutsu/hokuriku/shisaku/rinkinosochi.html

(3) NHK,“能登半島地震に伴う衛星放送活用の臨時対応について,”2023年度のプレスリリース(経営),2024.
https://www.nhk.or.jp/info/otherpress/pdf/2023/20240109.pdf

(4) NHK,“能登半島地震に伴う衛星放送活用の臨時対応の拡充について,”2023年度のプレスリリース(経営),2024.
https://www.nhk.or.jp/info/otherpress/pdf/2023/20240111.pdf

(5) NHK,“日本放送協会防災業務計画(要旨).”
https://www.nhk.or.jp/info/pr/bousai/

(2024年12月5日受付 2024年12月24日最終受付) 

阿部 雅夫

()() (まさ)()

 1994 NHK入局.金沢放送局をはじめ,名古屋放送局,技術局,福井放送局を経て,2019から金沢放送局に勤務.放送所の整備や保守業務を中心に送受信技術業務に従事.

 

白井 規之

(しら)() (のり)(ゆき)

 2004 NHK入局.名古屋放送局,技術局,放送技術研究所を経て,2020から名古屋放送局に勤務.東海北陸地域における放送所の整備や保守業務を中心に送受信技術業務に従事.

 

川那 義則

(かわ)() (よし)(のり)

 1999 NHK入局.名古屋放送局,技術局,帯広放送局などにて地上デジタル放送送信設備整備,ISDB-T国際展開などに従事.2023から名古屋放送局に勤務.


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