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新たな展開を見せる衛星通信・放送・応用技術
小特集 2.
技術試験衛星9号機による次世代ハイスループット衛星の通信技術確立に向けた取組み
Activity to Establish Communications Technology on Next Generation High Throughput Satellite by the Engineering Test Satellite 9
近年,衛星通信分野ではハイスループット衛星(HTS: High Throughput Satellite)による通信容量の大容量化が進んでいる(1).次世代のHTSでは,通信容量の効率的利用や更なる大容量化が課題である.そこで,我が国では技術試験衛星9号機による実証プロジェクトでその一部を実証することを目指している.本稿では,HTSの現状と次世代HTSの通信における技術課題を述べるとともに,技術試験衛星9号機による宇宙実証に向けた研究開発の取組を報告する.
典型的なHTSは,ビット単価の低減を目的として大容量化のために①Kaバンド等の高周波数帯を用いた広帯域の確保,②100ビーム級のマルチビーム化と周波数再利用による周波数利用効率の向上,③多数のゲートウェイ局(用語)によるフィーダリンク(用語)の大容量化,を特徴とする.サービスエリアを細かく分割するほど通信容量を向上できるため,HTSではスポットビームを多数照射するマルチビームを適用している.典型的なHTSはビーム数が80~100ビーム級,トータルスループットが数十~100Gbit/s程度である(2).また,次世代HTSとして,1,000ビーム級,1Tbit/s級の衛星システムが検討されている(3).HTSへフレキシビリティを導入するための検討も行われている.加えて,更なる大容量化に向け,フィーダリンクへのQ/Vバンドと光通信の導入が検討され始めている.
HTSのユースケースとしては,航空機,船舶といった移動体向けのブロードバンド通信の需要が高まっている.機内の乗客・乗員向けブロードバンド通信サービス,海洋資源調査のための大容量のデータ伝送といった高速通信のほか,運行管理情報(オートパイロットや機体のヘルスチェック)の伝送,自動管制や自律航行のための制御情報の伝送など,M2M(Machine to Machine)/IoT(Internet of Things)利用も考えられる.地上通信では,災害時の臨時回線や通信事業者のバックホール回線としての利用や,農業・インフラ監視等のセンサ情報収集などM2M/IoTの利用が考えられる.加えて最近,HTSによる衛星系の大容量化を背景として,地上系の5Gと衛星系を統合する議論が欧州を中心に進んでおり,研究開発や3GPP(Third Generation Partnership Project)での標準化が進展している(4). :line-gap
従来のHTSは,マルチビームの各ビームに対する通信容量の割当が固定的であることから,運用期間中の通信要求の要求帯域や利用地域等の変化に対応できず,通信容量の不足や無駄が発生することが課題である.そこで次世代HTSには,通信資源を効率的に利用するための衛星中継器のフレキシブル化が鍵となる(ディジタルチャネライザ,ディジタルビームフォーミング(DBF: Digital Beam Forming),ビームホッピング等).また,従来のHTSはKaバンドの利用が中心であるが,より高周波帯のQ/Vバンドを含め国際電気通信連合(ITU: International Telecommunication Union)への軌道・周波数の申請が多数行われており,将来的な電波資源の枯渇を踏まえた大容量化が課題である.そこで次世代HTSには,電波に比べ本質的に飛躍的な大容量化が可能となる光通信を特に大容量化が必要なフィーダリンクに利用する技術が鍵となる.
我が国では,宇宙基本計画(平成28年4月閣議決定)(5)において,技術試験衛星9号機の2021年度を目途とする打上げが明記され,次期技術試験衛星に関する検討会(6)で次世代衛星バス及び通信ミッションの技術的な検討が行われた.その結果,前述したHTSの動向を踏まえ次世代の通信ミッション技術としてKaバンドと光通信による衛星通信の大容量化とチャネライザ/DBF技術による衛星通信のフレキシブル化を主眼とした通信ミッションを開発目標とすることが結論付けられた.これを受けて文部科学省/宇宙航空研究開発機構が次世代衛星バス,総務省/情報通信研究機構が通信ミッションの開発を推進している.図1に通信ミッションの概要を示す.固定ビーム系通信ミッションとして広帯域チャネライザ技術とマルチビーム給電部の技術を中心とした開発(7),可変ビーム系通信ミッションとして広帯域DBF技術の研究開発(8),光フィーダリンク系通信ミッションとして光衛星通信技術の研究開発(9),このほかにビーコン送信等を目的とした共通部の開発(10)を推進している.以下に,各通信ミッションの研究開発の取組を述べる.
図2に示すように,従来のHTSにおいては,マルチビームを構成する各ビームに割り当てられる周波数割当は固定であり,トラヒック要求の変化に対応できないことが課題である.ディジタルチャネライザとは,ディジタル信号処理によって入出力ポート間の接続関係や各ポートへの周波数割当を柔軟に変更できる中継器技術である.ディジタルチャネライザによって各ビームへの柔軟な周波数割当を行うことで,周波数利用効率を改善することが可能となる.技術試験衛星9号機では,次世代衛星通信システムの目標として固定マルチビーム(100ビーム級)で大容量(100Gbit/s級)を実現すること,フレキシリビリティ確保による通信・サービス品質の向上のため広帯域(数GHz幅)を対象に周波数の可変化を実施すること,また,多数のビーム搭載を可能とするため,アンテナ給電系の小型・軽量・高密度実装等を実現することを目標とした.これを受け,コア技術の実証目標として5ビーム(フィーダリンク2ビーム),ポート当り帯域幅250MHzの帯域可変機能,伝送速度最大100Mbit/sを目標とし,平成28~令和元年度にて総務省委託研究「ニーズに合わせて通信容量や利用地域を柔軟に変更可能なハイスループット衛星通信システム技術の研究開発」にて研究開発を実施している.
ディジタルチャネライザに関しては,広帯域化に伴うディジタルデバイスの信号処理量の増加による発熱量の増加ときょう体内の高速データ伝送に対応するため,低消費電力化アルゴリズムの開発,及びきょう体内の高速データ伝送のための高効率排熱技術の開発を行っている.マルチビーム給電部については,高密度なビーム配列を実現するため,小型一体化技術のための各コンポーネントの加工,組立方法及び回路構成の最適化検討を実施し,回路構造の一体化を行っている.ディジタルチャネライザ・マルチビーム給電部は,令和元年度に衛星搭載ペイロードとして完成し,その後別途開発中の技術試験衛星9号機に搭載され,軌道上実証試験に供することを予定している.
通信エリアをユーザ局の位置・配置に合わせて柔軟に変更することが可能な,複数のビームを形成するロケーションフレキシビリティ技術については,従来技術で最も適用例が多い機械駆動の反射鏡方式から,電子走査アンテナであるAPAA(Active Phased Array Antenna)(用語)方式,更にはDBF方式への移行が期待されている.DBFとは,ディジタル信号処理によってビームの走査やビーム形状の変更,複数ビームの同時形成を行うビーム形成技術である.電子走査アンテナを適用した通信衛星としてはKaバンドのきずな(WINDS)の例があるが,DBFではなくアナログのAPAAにより実現している.同様のアナログAPAAの例として,KuバンドのQUANTUMの計画が欧州で進行中である.
DBF技術は既にレーダやL/Sバンドの狭帯域の通信衛星では実用化されているものの,広帯域通信衛星では必ずしも実用化の域に達しているとは言えない.Kaバンドの広帯域HTSにDBF技術を適用するための技術課題の一例として,広帯域化に伴い帯域内偏差が大きくなるため,帯域内の端と端のチャネルで異なる最適なアレー励振係数を生成するなど,偏差を補正する技術の必要性が挙げられる.そのほかにも,商用通信衛星へのDBF技術の適用には,必要電力や搭載重量等衛星本体へのリソース要求及びコストを考慮する必要がある.そのため,将来実用化に向けHTSとしての高データ伝送性能を確保しつつ,商用衛星搭載が可能となるアンテナ実装方式を選定し技術開発を行う必要がある.
以上を踏まえ,将来の商用衛星通信での適用を目指し,コア技術の実証目標として2ビーム,ビーム当り帯域幅125MHzのビーム可変機能,伝送速度最大100Mbit/sを目標とし,平成29~令和元年度にて総務省委託研究「Ka帯広帯域デジタルビームフォーミング機能による周波数利用高効率化技術の研究開発」が現在進行中である.この研究開発プロジェクトは,「課題ア:全体構成検討・総合評価」「課題イ:DBFプロセッサ部の開発」「課題ウ:アンテナ・RF部の開発」の三つの課題により構成されている.図3に,これら研究開発における各課題のイメージ図を示す.衛星通信システム検討から,各衛星搭載機器の開発,全体システム評価までをカバーしており,令和元年度に衛星搭載ペイロードとして完成する予定である.その後別途開発中の技術試験衛星9号機に搭載され,軌道上実証試験に供することを予定している.
レーザ光を用いた光衛星通信は,人工衛星に搭載する機器の小型軽量化,高速化,低消費電力化が容易というメリットがあり,衛星と地上の基地局との間の1対1の通信に向いているシステムと言える.
図4に光衛星通信の研究開発の概要を示す.現在開発中の技術試験衛星9号機では,衛星→地上,地上→衛星の双方向で速度10Gbit/sでの世界最高レベルの光フィーダリンク回線の実証を目指している.技術試験衛星9号機に搭載する光通信システムのことをHICALI(High Speed Communication with Advanced Laser Instrument)と呼んでいる.HICALIでは,波長が1.5µmの近赤外域のレーザ光を用いる予定である.この波長は,地上での光通信ネットワークで幅広く用いられているため,地上で利用されている高速のデバイスなどを宇宙光通信に適用することが考えられる.ただし,地上用として開発されたデバイスを宇宙空間で使うためには,宇宙放射線などの影響で壊れないことが必要であるため,情報通信研究機構の高度通信・放送研究開発委託研究を通して,環境耐性や信頼性を確保するためのスクリーニングプロセスの確立を目指している.
HICALIを用いた静止軌道から地上間の光通信実験では,①軌道上における光通信デバイスの動作確認,②伝送速度10Gbit/sの高速光通信機能の確認,③レーザ光の伝搬データの取得,④気象条件に応じたサイトダイバーシチ(用語)実験,⑤補償光学(用語)を含む光地上局における新技術の検証,を計画している.
HTSの現状と次世代HTSの通信における技術課題を整理し,技術試験衛星9号機の通信ミッションによる宇宙実証に向けた研究開発の取組みを報告した.今後も引き続き,2021年度打上げ予定の技術試験衛星9号機での宇宙実証に向けて研究開発と機器開発を進めていく予定である.
謝辞 本研究の一部は総務省委託研究「ニーズに合わせて通信容量や利用地域を柔軟に変更可能なハイスループット衛星通信システム技術の研究開発」及び「Ka帯広帯域デジタルビームフォーミング機能による周波数利用高効率化技術の研究開発」で実施している.関係各位に深謝する.
(1) “High throughput satellites: On course for New Horizons,” A Euroconsult Executive Report, Nov. 2014.
(2) https://www.inmarsat.com/service/global-xpress
(3) https://www.viasat.com/products/high-capacity-satellites
(4) “Study on new radio (NR) to support non terrestrial networks,” 3GPP TR 38.811 V15.0.0, June 2018.
(5) 内閣府,宇宙基本計画(平成28年4月閣議決定),2016.
(6) 内閣府,次期技術試験衛星に関する検討会報告書(平成28年5月),2016.
(7) 三浦 周,秋岡眞樹,吉村直子,岡田和則,鈴木健治,若菜弘充,山本伸一,高橋 卓,川崎和義,菅 智茂,小園晋一,久保岡俊宏,布施哲治,國森裕生,小山善貞,宗正 康,竹中秀樹,コレフ ディミタル,アルベルト カラスコカサド,豊嶋守生,西山大樹,加藤 寧,坂井英一,須永輝巳,金指有昌,石田博樹,谷口将一,林 俊彦,塚原克己,迎 久幸,“ニーズに合わせて通信容量や利用地域を柔軟に変更可能なハイスループット衛星通信システム技術の研究開発(1)―研究課題と計画―,”2016信学ソ大,no.B-3-20, p.206, Sept. 2016.
(8) 坂井英一,堀江延佳,須永輝巳,角田聡泰,尾野仁深,金指有昌,稲沢良夫,草野正明,“Ka帯広帯域デジタルビームフォーミング機能による周波数利用高効率化技術の研究開発―研究課題と計画―,”2018信学総大,no.B-3-11, March 2018.
(9) T. Fuse, M. Akioka, K. Dimitar, Y. Koyama, T. Kubo-oka, H. Kunimori, K. Suzuki, H. Takenaka, Y. Munemasa, and M. Toyoshima, “Development of a space laser communication terminal for an optical feeder link from geostationary orbit,” 2017信学総大, no.B-3-15, March 2017.
(10) 織笠光明,三浦 周,森川栄久,大川 貢,仙波新司,“技術試験衛星9号機搭載共通部通信サブシステム,”第62回宇宙科学技術連合講演会講演集,JSASS-2018-4480, Oct. 2018.
(2019年6月28日受付 2019年7月26日最終受付)
■ 用 語 解 説
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