業績賞贈呈

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Vol.102 No.7 (2019/7) 目次へ

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2018年度 第56回 業績賞贈呈(写真:敬称略)

 本会選奨規程第9条イ号(電子工学及び情報通信に関する新しい発明,理論,実験,手法などの基礎的研究で,その成果の学問分野への貢献が明確であるもの),ロ号(電子工学及び情報通信に関する新しい機器,又は方式の開発,改良,国際標準化で,その効果が顕著であり,近年その業績が明確になったもの),ハ号(電子工学及び情報通信並びに関連する分野において長年にわたる教育の質向上に資する教育施策の遂行,教育の実践(教育法,教材等の開発を含む),著述及びその普及を通じて,人材育成への貢献が明確になったもの)による業績に対し,下記の6件を選び贈呈した.

CMOSミリ波無線機の先導的研究開発

受賞者 松澤 昭 受賞者 岡田健一

 第5世代携帯端末無線機では,10Gbit/sを超える超高伝送速度の無線通信を実現するために,ミリ波帯を用いた無線技術が必要とされる.従来のミリ波帯無線機にはGaAsやSiGeなどの化合物半導体が使用されており,今後,安価で大量生産可能なCMOS集積回路技術での実現が期待されるが,従来は伝送速度が不十分であった.

 伝送速度を上げるには,16QAM(Quadrature Amplitude Modulation,4bit/シンボル)や64QAM(6bit/シンボル)などの多値変調技術と,ヘテロダインではなくダイレクトコンバージョン技術を用いた広帯域化が必要であり,これらに必須の低位相雑音の直交発振器のためにQ値の高いLC発振器が必要であるが,周波数が高くなるほど受動素子,特に容量素子のQ値が著しく低下するため,20GHz以上の周波数で低位相雑音の実現は困難であった.例えば16QAMには,-90dBc/Hz@1MHz以下の位相雑音が必要であるが,60GHzの直交VCOの実力は-75dBc/Hz@1MHzであったため,QPSK(Quadrature Phase Shift Keying,2bit/シンボル)の使用が限界であった.

 受賞者らは,位相雑音特性が良好な20GHz帯の発振器を用いてPLLを構成し,この信号を60GHz帯の直交VCOに注入することにより,注入同期現象を用いて発振を安定化する回路技術を開発し,-96dBc/Hz@1MHzという,従来比で1/100以下の低位相雑音特性を実現した.この技術と,負帰還抵抗を用いたインピーダンスマッチング技術などの広帯域化技術を開発・統合し,2011年には60GHzで世界初のダイレクトコンバージョントランシーバを開発し,16QAMを用いた11Gbit/sの超高速伝送を実現した.これに続いて,2012年には世界初の60GHz帯4チャネル対応のベースバンド回路を含むミリ波無線通信を,2014年には28Gbit/sの超高速伝送と世界初の64QAMミリ波無線通信を,2016年には64QAMと全4チャネルを用いて42Gbit/sの伝送速度を,更に2017年には50Gbit/sの伝送速度を,それぞれ実現した.また,2018年には100GHz帯を用いて未踏の120Gbit/sの世界最高速のミリ波無線通信を実現した.

 これら一連の技術開発は,他の開発例に比べ,データ伝送が圧倒的に高速なだけでなく,ダイレクトコンバージョンの実現により圧倒的に低消費電力であり,CMOSミリ波帯トランシーバの伝送速度において一貫して世界を大きくリードし,ミリ波帯における超高速伝送の可能性を広げた.また,受賞者らはこれらミリ波集積回路の開発に加え,ベースバンド集積回路を開発し,スマートフォンなどの携帯端末に搭載できる小形モジュールの共同開発試作を行い,ミリ波帯による超高速データ伝送を実証した.

 受賞者らによるCMOSミリ波無線機の先導的研究開発により,従来のマイクロ波帯での通信伝送速度を大幅に上回る120Gbit/sが実現され,研究成果は,本会論文賞や,ISSCC(IEEE International Solid-State Circuits Conference)等の主要国際会議での多数の発表論文を通して広く知られている.また,考案された各種の設計技術を基に企業による商品開発が進められており,今後の飛躍的普及によりICT社会インフラを構築する原動力となることが期待される.

図1 60GHz帯CMOS無線機のチップ写真及び伝送速度向上の成果

 以上の業績は極めて顕著であり,本会業績賞にふさわしいものである.

文     献

(1) K. Okada, N. Li, K. Matsushita, K. Bunsen, R. Murakami, A. Musa, T. Sato, H. Asada, N. Takayama, S. Ito, W. Chaivipas, R. Minami, T. Yamaguchi, Y. Takeuchi, H. Yamagishi, M. Noda, and A. Matsuzawa, “A 60-GHz 16QAM/8PSK/QPSK/BPSK direct-conversion transceiver for IEEE802.15.3c,” IEEE J. Solid-State Circuits, vol.46, no.12, pp.2988-3004, Dec. 2011.

(2) K. Okada, K. Kondou, M. Miyahara, M. Shinagawa, H. Asada, R. Minami, T. Yamaguchi, A. Musa, Y. Tsukui, Y. Asakura, S. Tamonoki, H. Yamagishi, Y. Hino, T. Sato, H. Sakaguchi, N. Shimasaki, T. Ito, Y. Takeuchi, N. Li, Q. Bu, R. Murakami, K. Bunsen, K. Matsushita, M. Noda, and A. Matsuzawa, “Full four-channel 6.3-Gb/s 60-GHz CMOS transceiver with low-power analog and digital baseband circuitry,” IEEE J. Solid-State Circuits, vol.48, no.1, pp.46-65, Jan. 2013.

(3) R. Wu, R. Minami, Y. Tsukui, S. Kawai, Y. Seo, S. Sato, K. Kimura, S. Kondo, T. Ueno, N. Fajri, S. Maki, N. Nagashima, Y. Takeuchi, T. Yamaguchi, A. Musa, K.K. Tokgoz, T. Siriburanon, B. Liu, Y. Wang, J. Pang, N. Li, M. Miyahara, K. Okada, and A. Matsuzawa, “64-QAM 60-GHz CMOS transceivers for IEEE 802.11ad/ay,” IEEE J. Solid-State Circuits, vol.52, no.11, pp.2871-2891, Nov. 2017.

(4) K.K. Tokgoz, S. Maki, J. Pang, N. Nagashima, I. Abdo, S. Kawai, T. Fujimura, Y. Kawano, T. Suzuki, T. Iwai, K. Okada, and A. Matsuzawa, “A 120Gb/s 16QAM CMOS millimeter-wave wireless transceiver,” 2018 ISSCC, pp.168-169, San Francisco, USA, Feb. 2018.

区切

垂直共振器型面発光レーザの実用化への貢献および機能構造集積化の研究開発

受賞者 小山二三夫

 垂直共振器型面発光レーザ(VCSEL: Vertical-Cavity Surface Emitting Laser)は伊賀健一氏(東京工業大学元学長,名誉教授,本会名誉員)により1977年に発明された超小形・低消費電力・二次元アレー集積化が可能な半導体レーザである.受賞者である小山二三夫氏は1984年度から,伊賀健一氏とともにVCSELの研究を初期から先導し,1988年に世界で初めて室温連続動作に成功したことをはじめとして,そのコア技術となるVCSELの高性能化と新機能の創出,集積化に尽力してきた.その後から,世界的に研究開発が広がりを見せ,光インタコネクション,乾電池駆動が可能なレーザマウス,スマートフォンの顔認証システムに用いられるセンシング用小形・低消費電力レーザ光源として実用化されている.その研究過程で産業界との連携も積極的に推進し,選択酸化膜狭さく構造による低しきい値動作などの極限性能の開発に従事し,当時としては世界最小電流である100µAを下回るしきい値電流でのレーザ動作を実現するとともに,傾斜基板上に作製したVCSELの偏波面制御の安定動作を実証した.その成果の一部は,高解像度レーザプリンタ用光源への二次元アレー光源の世界初の実用化に大きく貢献している.

 その後,受賞者はVCSEL高性能化に研究を展開し,カンチレバー型のマイクロマシン構造を独自に集積したVCSELを提案することによって,温度無依存・波長可変機能に成功している.また水平方向に集積化した導波路のスローライト効果を有効に活用して光フィードバック・注入同期による水平結合共振器(TCC: Transverse-Coupled Cavity)構造により直接変調帯域として20GHzを超える高速動作を実証している.更にスローライトモード導波路の特異な角度分散特性を用いたビーム偏向機能を有する集積化光源も実現している.以上は,VCSELの実用範囲を大きく広げるVCSELフォトニクスの研究を先導するものであり,その可能性を広げた上で意義が大きい.

 以上の成果に対して,受賞者は460報を超える学術論文,国際会議発表件数として600件以上(招待講演・論文は100以上),成立特許8件を有する.

 以上により,受賞者のVCSELの性能向上並びに実用化に関する成果,更に新機能構造のVCSEL集積構造によるVCSELフォトニクス技術の先導的な業績が世界的に高く評価されていることから,受賞者の功績は顕著であり,業績賞にふさわしいと認められる.

文     献

(1) F. Koyama, S. Kinoshita, and K. Iga, “Room temperature CW operation of GaAs vertical cavity surface emitting laser,” IEICE Trans., vol.E71, no.11, pp.1089-1090, Nov. 1988.

(2) F. Koyama, “Micromachined vertical-cavity surface emitting lasers-Athermalization, tuning, and multiwavelength integration,” IEEE J. Sel. Top. Qauntum Electron., vol.21, no.4, 1700310, 2015.

(3) H. Dalir and F. Koyama, “40Gbps modulation of transverse coupled cavity VCSEL with push-pull modulation scheme,” Appl. Phys. Express, vol.7, no.11, 092701, 2014.

(4) M. Nakahama, H. Gu, T. Sakaguchi, A. Matsutani, M. Ahmed, A. Bakry, and F. Koyama, “Sub-gigaherz beam switching of vertical-cavity surface-emitting laser with transverse coupled cavity,” Appl. Phys. Lett., vol.107, 071105, 2015.

区切

量子アルゴリズムに関する先駆的研究

受賞者 谷 誠一郎 受賞者 高橋康博

 近年,量子コンピュータの研究開発が世界中で急速な盛り上がりを見せ,日本においてもその重要度は増すばかりである.これらは,長年にわたる地道な基礎研究を通じて,量子コンピュータに関する知見が蓄積されてきた結果にほかならない.量子コンピュータは,現在のコンピュータとは全く異なる原理で動作することにより,現在のコンピュータの延長線上にはない超高速性能を目指している.そのためには,全く新しいハードウェア技術ばかりでなく,ハードウェアから超高速計算能力を取り出すための全く新しいアルゴリズム技術を生み出すことが必須である.量子コンピュータは,全ての問題を高速計算できるわけではないことから,まず,量子コンピュータで高速化可能な問題を特定し,その上で,具体的な計算手順(アルゴリズム)を開発することが求められてきた.

 受賞者らは,上記の課題に対して,(1)ネットワーク接続された多数の量子コンピュータによる分散計算(1)(5),及び,(2)それらを構成する量子コンピュータ単体の計算(6)(10),の両面から量子アルゴリズムの研究を行い,先駆的な成果を上げてきた.以下に,代表的な研究成果を紹介する.

 (1)分散計算における代表的な問題である「リーダー選挙問題」は,最も一般的な状況下において,決定的には(有限時間で誤りなしでは)解けないことが知られている.これに対し,量子通信及び量子計算を使用することで,この問題を決定的に解くアルゴリズムを考案した(2)図1).それまでの量子アルゴリズムの研究は,多くの時間さえかければ現在のコンピュータでも解ける問題を,量子コンピュータを用いて高速に解くものであった.本成果は,どんなに通信・計算を行っても現在のコンピュータでは計算不可能な問題に対して,量子アルゴリズムが存在する例を世界で初めて示した,という点で画期的である.

図1 リーダー選挙問題を解く量子アルゴリズム

 (2)アルゴリズムを構成する際に計算の基本要素となる算術演算(乗算・除算等)やニューラルネットワークで用いられるしきい値関数などを,量子コンピュータ上で高速実行するためのアルゴリズムを考案した(8)図2).算術演算やしきい値関数を論理回路で計算する際,入力ビット数の対数に比例する計算ステップが必要であることが知られている.これに対し,受賞者らが考案した量子アルゴリズムを量子回路で記述すると,入力ビット数によらない定数の計算ステップで計算できる点に特徴がある.このため,特に,入力ビット数が多い場合,論理回路では原理的に到達し得ない高速計算を達成できるという点で画期的である.この高速性により,量子コンピュータの弱点とされる雑音からの影響を,最小限に抑えた計算を実行できる可能性を示した.

図2 算術演算のための定数ステップ量子回路

 以上述べたように,受賞者らは,自然な問題に対して量子アルゴリズムを生み出すことにより量子計算の潜在能力を具現化し,量子アルゴリズムの基礎理論構築に顕著な役割を果たした.よって,受賞者らの研究成果は,業績賞にふさわしいものである.

文     献

(1) S. Tani, M. Nakanishi, and S. Yamashita, “Multi-party quantum communication complexity with routed messages,” IEICE Trans. Inf. & Syst., vol.E92-D, no.2, pp.191-199, Feb. 2009.

(2) S. Tani, H. Kobayashi, and K. Matsumoto, “Exact quantum algorithms for the leader election problem,” ACM Trans. Computation Theory, vol.4, no.1, Article 1, 2012.

(3) S. Tani, “Compression of view on anonymous networks―folded view―,” IEEE Trans. Parallel Distrib. Syst., vol.23, no.2, pp.255-262, 2012.

(4) H. Kobayashi, K. Matsumoto, and S. Tani, “Simpler exact leader election via quantum reduction,” Chic. J. Theor. Comput. Sci., vol.2014, article 10, 2014.

(5) S. Tani, “A fast exact quantum algorithm for solitude verification,” Quantum Inf. Comput., vol.17, no.1 & 2, pp.15-40, 2017.

(6) Y. Takahashi, S. Tani, and N. Kunihiro. “Quantum addition circuits and unbounded fan-out,” Quantum Inf. Comput., vol.10, no.9 & 10, pp.872-890, 2010.

(7) 高橋康博,“ステップ数の少ない量子回路の計算能力,”信学誌,vol.97, no.12, pp.1110-1114, Dec. 2014.

(8) Y. Takahashi and S. Tani, “Collapse of the hierarchy of constant-depth exact quantum circuits,” Comput. Complexity, vol.25, no.4, pp.849-881, 2016.

(9) Y. Takahashi, S. Tani, T. Yamazaki, and K. Tanaka, “Commuting quantum circuits with few outputs are unlikely to be classically simulatable,” Quantum Inf. Comput., vol.16, no.3 & 4, pp.251-270, 2016.

(10) Y. Takahashi and S. Tani, “Power of uninitialized qubits in shallow quantum circuits,” Proc. 35th Int’ Symp. Theoretical Aspects of Computer Science (STACS 2018), pp.57: 1-57: 13, 2018.

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高機能電波吸収体の研究開発と実用化

受賞者 橋本 修

 電波を吸収する技術については,古くはレーダの監視から逃れるための非探知法としてその研究が始まった.一方,近年では,移動通信システムやETCシステムといった社会基盤の安全かつ確実・効率良い運用のため,またEMCやアンテナ特性評価用電波暗室等の特性改善のため,更には電子機器内の雑音対策等のため,幅広く用いられている.受賞者は,電波吸収体の実用化研究に長年取り組み,その成果は,ETC用,無線LAN用,レーダ偽像用,近傍電磁界吸収用など電子工学及び情報通信分野の発展に寄与するだけではなく,建築分野などにおいても広く応用されている(1)(4)

 受賞者は電波吸収体の用途に応じて,抵抗膜を用いた複層吸収体,電磁界解析を駆使して最適設計した特殊形状吸収体,更には損失誘電体・磁性体の材料探索との融合により実現した吸収体などを提案している.その中でも代表的な研究業績として,ETCシステム用電波吸収体の実用化(4)(8)がある.ETCシステムにおいては,ゲートや路面からの反射波や隣接レーン間干渉波の抑圧のため電波吸収体が必須であるが,それぞれの設置箇所に対して,規格によって定められた吸収特性だけではなく耐環境性やその運用方法まで考慮して電波吸収体を提案・実現する必要があった.年間30億台の利用に達したETCシステムの普及は,受賞者の開発した超薄形吸収体によるところが大きい.図1には,一例として隣接レーン間における干渉波抑圧用の格子形電波吸収体を示している.レーン間には大きな板状かつ強風に耐え得る電波吸収体が求められるため,高い通風性を実現可能な格子形を採用している.一方で,ゲート天井用電波吸収体には,薄形化かつ軽量化に対する高い要求があった.これに対し受賞者は,従来その電気的異方性のために回避されていた黒鉛を用い,高誘電率化を発案した.そして,その異方性を緩和するために黒鉛含有シートを90度ずつ回転させながら積層する高誘電率化技術を開発し,従来の吸収体と同等の吸収特性を維持した上で,比重を1/4まで軽量化,更に1/2までの薄形化を実現した.

図1 ETCレーン間干渉抑圧用格子形電波吸収体

 更に受賞者は,これらの電波吸収体実現のために必要な高損失材料の高精度材料定数測定についても高い業績を上げている.図2に示す材料定数測定システムを開発し,自由空間において試料へ電波を照射,高精度な反射・透過特性の測定値から,逆問題として異方性材料の各テンソル要素まで含めた推定を可能とする手法を考案した(9),(10).目的,周波数帯に応じて最適な測定系を選択,高精度な材料定数測定を実現するプロトコルを体系化した点も特筆に値する.

図2 誘電体レンズアンテナを用いた材料定数測定システム

 以上述べたように,受賞者の業績は極めて顕著であるとともに,建築分野,交通分野など多岐にわたり活用され,本会の学問的枠組みを広げ得るものであることから,本会業績賞にふさわしいものである.

文     献

(1) D. Kitahara, R. Suga, K. Araki, and O. Hashimoto, “Circular patch array absorber design for oblique incidence by using winding ratio model of transformer,” IEEE Trans. Electromagn. Compat., vol.61, no.1, pp.65-72, Feb. 2019.

(2) 北川真也,須賀良介,橋本 修,“電波吸収/反射切替板を用いたX帯アレーアンテナの電波反射低減効果に関する検討,”信学論(C), vol.J97-C, no.12, pp.542-548, Dec. 2014.

(3) T. Yasuzumi, N. Kamiya, R. Suga, O. Hashimoto, Y. Matsushita, and Y. Matsuda, “Miniaturization of parallel-plate lens antenna for evaluation of wave absorber placed on ceiling of ETC gate,” IEICE Trans. Commun., vol.E95-B, no.10, pp.3225-3231, Oct. 2012.

(4) 電波吸収材及びシールド材の開発とその応用,橋本 修(監修),シーエムシー出版,2016.

(5) 土井 亨,橋本 修,田代了嗣,井上貴雄,藤田 淳,“黒鉛と変性ポリアミド系樹脂を用いたETC用電波吸収体に関する実験的検討,”信学論(B), vol.J90-B, no.8, pp.761-763, Aug. 2007.

(6) 松本好太,滝本 真,橋本 修,酒井正和,“ETCレーン間に設置する格子型電波吸収体に関する検討,”信学論(B), vol.J90-B, no.4, pp.447-451, April 2007.

(7) K. Matsumoto, A. Kitamoto, T. Nakamura, T. Aoyagi, O. Hashimoto, and T. Miyamoto, “Wave absorber by using cylindrical bars with magnetic loss covers arranged metallic mesh for improving ETC environment,” IEICE Trans. Electron., vol.E91-C, no.2, pp.220-223, Feb. 2008.

(8) K. Matsumoto, T. Ozawa, T. Nakamura, T. Aoyagi, O. Hashimoto, and T. Miyamoto, “Wave absorber formed by arranging cylindrical bars at intervals for installing between ETC lanes,” IEICE Trans. Electron., vol.E89-C, no.11, pp.1700-1703, Nov. 2006.

(9) K Sasaki, H Segawa, M Mizuno, K Wake, S Watanabe, and O Hashimoto, “Development of the complex permittivity measurement system for high-loss biological samples using the free space method in quasi-millimeter and millimeter wave bands,” Phys. Med. Biol., vol.58, no.5, pp.1625-1633, 2013.

(10) 酒井泰二,橋本 修,“ミリ波帯における集光レンズアンテナを用いた自由空間透過法による複素比誘電率テンソルの測定法,”信学論(C), vol.J90-C, no.3, pp.235-237, March 2007.

区切

地雷検知センサALISの開発と人道的地雷除去活動

受賞者 佐藤源之 受賞者 高橋一徳

 内戦終了後地中に残された地雷は,多くの国で国土の利用や農業活動へ大きな影響を与え,経済復興の妨げとなっている.1997年オタワ条約を契機に地雷で汚染された土地から地雷を除去し住民に返還する人道的地雷除去活動は世界から注目を集めてきたが,地雷被災国で実際に埋設地雷の撤去を終えた数は少なく,今後20年以上地雷除去作業が続くことが予想されている.

 日本学術会議は1999年に「人道的地雷探知・除去技術の研究推進検討小委員会」を設置し,その答申を受け文部科学省はJST人道的対人地雷探知・除去技術研究開発推進事業を開始した(1).この事業の一環として受賞者らの研究グループでは地雷検知センサALIS(Advanced Land Mine Imaging System)を開発してきた.ALISは電磁誘導センサ(金属探知機)と地中レーダ(GPR)を組み合わせたセンサであり,操作員が手動で走査することで地雷検知作業を行う.ALISは加速度計によるセンサ位置追跡システムを搭載しており取得したデータに対して合成開口レーダ(SAR)処理を施し,地下埋設物を三次元可視化できる世界唯一の地雷検知センサである.

図1 カンボジア地雷原で活動するALIS

図2 ALISで得られたカンボジア地雷原の対人地雷のGPR画像

 ALISの開発はJST推進事業において基礎的な研究を経てプロトタイプを完成し,日本学術振興会科学研究費補助金の支援を受けて,ソフトウェアの開発並びにカンボジアへの実践的導入を成功させた.ALIS開発と活動について多くの学会発表を行い,SAGEEP(米国環境学会)(2),電子情報通信学会(3)など論文賞受賞として学術的な成果も認知されている.

 ALISの開発段階ではカンボジア地雷除去センター(CMAC)に6人で構成する1チームを結成しALISプロトタイプの評価試験を実施した.評価試験では金属反応があった全地点について掘削確認を行い,位置と判定結果の真偽を記録する.2009年から2台のALISプロトタイプを用いて行った評価試験で検知された対象物は15,621個であり,総計254,867m2の農地の地雷除去を完了した.この中で総計82個の対人地雷をALISは検知したが,そのほとんどが旧ソビエト製対人地雷PMN-2であった.総計15,621個の金属反応の中で3,522個は実際には金属片であるのに地雷として作業員によって報告されたが12,081個は金属片を,ALISによって正しく金属片として識別し,82個の地雷は全て正しく地雷として識別された.したがって本計測範囲の場合,15,621か所の金属検知地点のうち,12,081か所つまり約77%の金属片を地雷の可能性はないとして掘削確認する作業を省略できることを示すことができた.この比率の高さがALISが従来の金属探知機より作業効率が高いことの証であり,金属探知器に替えて地雷検知作業に導入する最も重要な理由である.

 大形機械で地雷を踏み潰す「機械除去」の手法も地雷除去作業で利用されているが,農村内部での利用は限られ,また機械除去作業後の検証にハンドヘルド型地雷検知センサが利用されていることは,余り知られていない.

 ALISはハードウェアの小形軽量化を企業との共同研究で推進し,2017年に商品化した.本装置には受賞者らが開発した2件の特許を含むソフトウェアがタブレット端末上のAndroidに実装されている.評価試験によってその性能が確認できたためCMACでは2019年1月からカンボジア地雷原での本格運用を開始した.本研究は電波科学技術を国際的な平和構築に利用するという点でも極めて独創的かつ重要であり,本会業績賞にふさわしいものである.

文     献

(1) JST,“人道的対人地雷探知・除去技術研究開発推進事業,”
http://www.jst.go.jp/kisoken/archives/jirai/list_jirai.html#chuuki

(2) M. Sato, K. Takahashi, and Y. Yokota, “ALIS-GPR 3-D imaging for humanitarian demining,” SAGEEP Meeting, p.627, Tucson, Arizona, March 2012,
https://doi.org/10.4133/1.4721812(Best Paper受賞)

(3) R. Karlina and M. Sato, “Model-based compressive sensing applied to landmine detection by GPR,” IEICE Trans. Electronics, vol.E99-C, no.1, pp. 44-51, Jan. 2016.(2017年本会論文賞,喜安善市賞受賞)

区切

低歪雑音抑圧・消去技術の開発と実用化

受賞者 杉山昭彦 受賞者 加藤正徳 受賞者 佐藤 幹

 2000年代の第3世代(3G)携帯電話登場に先駆けて,携帯電話用の世界標準制定を主導する第3世代パートナーシッププロジェクト(3GPP)は1入力雑音抑圧技術(ノイズサプレッサ)の国際標準化を目指したが,提案された6方式はいずれも必要な音質を達成できなかった.そこで,3GPPは3G向けノイズサプレッサとして満たすべき技術要件と評価の方法を国際標準として制定した(1).受賞者らは,これらの技術要件を満足するノイズサプレッサNS-WiNE(Noise Suppressor with Weighted Noise Estimation)を開発し,2002年に3GPPから基本アルゴリズム(2)と低演算量アルゴリズム(3)で,全ての技術要件を満足していることの公式認証を取得した(4)

図1 ノイズサプレッサ

 高音質達成の鍵は,重み付雑音推定にある(2).信号対雑音比(SN比)を重みとして,入力信号を比例配分することで雑音パワーを推定する.雑音推定が困難であった非定常雑音に対しても有効で,残留雑音を従来の1/10に低減した.また,入力端にある高域フィルタを周波数領域演算に変換し,聴覚感度の低い高域で信号帯域が広くなるように分割してから雑音を抑圧することで,音質を劣化させることなく演算量を55%削減することに成功した(3).受賞者らは,携帯電話の受信側信号や記録媒体からの再生信号のような符号化ひずみを含む信号に対してもひずみの少ない,受信・再生版アルゴリズムを開発した(5).音声の有無と長時間SN比に応じた最大抑圧量の適応制御で音声ひずみの発生を低減し,抑圧係数のチャネル間共用で音像定位と低演算量を維持しながら,遠隔会議や音声録音機器で必須なマルチチャネル入力に対応している.また,残留雑音と音声ひずみのバランスを利用者が自由に調整できる機能は,国際標準MPEG SAOC(Spatial Audio Object Coding)(6)に採用された.

 NS-WiNEは,世界初の3GPP認証雑音抑圧技術搭載携帯電話として出荷されて3,000万台に及ぶ累積出荷を記録しただけでなく,世界シェア1位のボイスレコーダに搭載されて300万台近くの累積出荷を達成した.また,携帯カメラの合焦雑音やコンパクトカメラのズーム雑音の抑圧に展開され,携帯電話やディジタルカメラに搭載された.NS-WiNEは,2002年本会論文賞,2010年独創性を拓く先端技術大賞,2011年地方発明表彰を受賞し,書籍(7)の1章として収録されている.

 受賞者らは,より低いSN比で低ひずみ・少残留雑音を両立する,2入力雑音消去技術(ノイズキャンセラ)も開発した.パイロットフィルタ(PF)を用いたSN比推定と係数更新の適応制御を従来構成に導入し,雑音消去後の音声ひずみを低減した(8).音声の雑音への漏れ込みであるクロストークが無視できない場合も,クロストーク用適応フィルタを有したCCPF(Cross-Coupled PF)構成によって対応できる(9).しかし,入力信号のSN比が広範囲で変動すると,SN比推定精度が低下する.受賞者らは二つの入力信号の比をSN比の近似値としてパイロットフィルタの係数更新を適応的に制御する一般化CCPF(GCCPF)を開発し,残留雑音と音声ひずみを共に1/10以下に低減した(10).GCCPFを適用した音声認識は,過酷な雑音環境で認識率を最大65%向上した.複数の子供と会話を通じて遊ぶチャイルドケアロボットに搭載されたGCCPFは,愛知万博で半年間のデモを成功させ,展示会騒音下での音声認識が可能であることを世界で初めて実証した.更に,名刺大音声対話モジュール上に1チップで実現され,手のひらに乗る対話ロボットの実現にも貢献した.GCCPFは2005年人工知能学会研究会優秀賞を受賞し,書籍(9)の1章として収録されている.

図2 ノイズキャンセラ

 受賞者らの開発した低ひずみ雑音抑圧・消去技術は,複数の製品搭載や長期デモを通じて優れた性能が実証され,各種受賞や国際標準への貢献を通じて広く認知されている.したがって,その業績は極めて顕著であり,本会業績賞にふさわしいものである.

文     献

(1) “Minimum performance requirements for noise suppresser application to the AMR speech encoder,” 3GPP TS 06.77 V8.1.1, April 2001.

(2) M. Kato, A. Sugiyama, and M. Serizawa, “Noise suppression with high speech quality based on weighted noise estimation and MMSE STSA,” IEICE Trans. Fundamentals, vol.E85-A, no.7, pp.1710-1718, July 2002.

(3) M. Kato and A. Sugiyama, “A low-complexity noise suppressor with nonuniform subbands and a frequency-domain highpass filter,” Proc. ICASSP2006, pp.473-476, May 2006.

(4) “TSG SA WG4 status report at TSG SA#17,” TSGS#17-020431, Sept.2002.

(5) K. Yamato, A. Sugiyama, and M. Kato, “Implementation of a multipurpose noise suppressor based on a novel scalable framework,” Proc. ICASSP2007, pp.337-340, April 2007.

(6) ISO/IEC 23003-2: 2010, “Information technology--MPEG audio technologies--part 2: spatial audio object coding (SAOC),” Oct. 2010.

(7) A. Sugiyama, M. Kato, and M. Serizawa, “Speech enhancement,” in Single-microphone noise suppression for 3G handsets based on weighted noise estimation, J. Benesty, S. Makino, and J. Chen, eds., Chap.6, pp.115-134, Springer, Berlin, 2005.

(8) S. Ikeda and A. Sugiyama, “An adaptive noise canceler with low signal-distortion for speech codecs,” IEEE Trans. Signal Process., vol.47, no.3, pp.665-674, March 1999.

(9) A. Sugiyama, “Speech and audio processing in adverse environments,” in Low distortion noise cancellers―Revival of a classical technique, E. Hansler and G. Schmidt, eds., Ch. 7, pp.229-264, Springer, Berlin, 2008.

(10) M. Sato, A. Sugiyama, and S. Ohnaka, “An adaptive noise canceller with low signal-distortion based on variable stepsize subfilters for human-robot communication,” IEICE Trans. Fundamentals, vol.E88-A, no.8, pp.2055-2061, Aug. 2005.

区切


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