1-1 基礎研究に取り組む通信系の研究所(NTT情報ネットワーク総合研究所)

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Vol.103 No.2 (2020/2) 目次へ

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1. 基盤技術の通信の「仕事」――通信の基盤を支える―― 1-1 基礎研究に取り組む通信系の研究所(NTT情報ネットワーク総合研究所) 福田亜紀 企業におけるNW系研究開発が担う社会的役割と今後の展望

福田亜紀 正員 日本電信電話株式会社NTTネットワークサービスシステム研究所

Aki FUKUDA, Member (NTT Network Service System Laboratories, NIPPON TELEGRAPH AND TELEPHONE CORPORATION, Musashino-shi, 180-8585 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.103 No.2別冊 pp.186-189 2020年2月

©電子情報通信学会2020

01 は じ め に

 「通信に関する研究」という言葉を耳にしたとき,そしてそれを一企業の一組織として取り組んでいくとした場合,皆さんはどのような技術領域,業務内容をイメージされるでしょうか?

 私は現在,日本電信電話株式会社(NTT)の研究開発組織,通称・NTT研究所において,主に情報通信事業者(キャリヤ)のトランスポートネットワークをターゲットとした将来アーキテクチャの研究開発に従事しています.現職に至ったきっかけは,元々学生時代からIP網に関わる研究に取り組んでいたこともありますが,何より「世代や地域にかかわらず広くユーザに価値を提供できる,影響を与えられる物事に携わりたい」という動機からでした.それが何なのかを突き詰めた結果,たどり着いたのがキャリヤネットワークの研究開発という仕事でした.本稿では,「企業の研究所」という今私がいる立場からの通信の仕事の内容や特徴,面白さや難しさ,やりがいなどについて紹介させて頂きたいと思います.

02 企業における研究開発とは

2.1 自組織について

 まず初めに,NTT研究所について簡単に紹介します.NTT研究所は三つの総合研究所から成り,主にユーザに近いコミュニケーションサービスの研究開発を行う「サービスイノベーション総合研究所」,サービスを展開するネットワークの基盤技術の研究開発を行う「情報ネットワーク総合研究所」,そして,10数年後の将来を見据えた先端的な基礎技術の研究開発を行う「先端技術総合研究所」があります.私が在籍するネットワークサービスシステム研究所は,情報ネットワーク総合研究所の配下にあり,主に将来向けのメトロネットワーク(モバイル基地局・アクセス収容)やコアネットワーク(県間・地域間や国際間中継)をターゲットとしたネットワークサービスや,それらを支えるネットワーク基盤に関する研究開発を行っています.

2.2 「企業の研究所」の仕事

 我々が取り組む「研究」とは,例えば①調査等を経て方式を検討し,②有効性についてシミュレーションや実験を実施し,③それらの取組みと得られた成果を論文化し投稿・発表,研究者としてのスキルアップにつなげる,といった皆さんが即座に思い浮かべるような業務だけではありません.我々はあくまでも「一企業の一組織」として研究業務に従事していますので,得られた研究成果が最終的に世の中のどのような場面・形態で展開されるのがベストか,それによりどのような効果・効能がもたらされるのかといったことも明らかにし,研究成果を実運用へ導いていくことまでが対象となります.

 ですから,NTT研究所が取り組む業務フェーズの範囲は大変幅広く,新たな技術のシーズを生み出す基礎研究から,研究成果をNTTグループ会社等へ商用導入する際の技術的な支援対応までが我々の業務範囲となります(図1).この点は企業における研究開発の最大の特徴と言えるかと思います.

図1 研究業務の範囲

03 キャリヤネットワークの研究開発

3.1 ネットワークを取り巻く状況と我々の取組み

 家電や自動車,ビルや工場など,世界中の様々な‘もの’がインターネットへつながるIoT(Internet of Things)の進展,社会全体のディジタル化・スマート化,そして5Gの普及などによりネットワーク上のトラヒックは増加の一途であり,更に市場における企業や業種相互の関係の変化からサービスの多様化が進んでいます.これに伴いネットワークに対する要件の多様化も進み,通信インフラについては,固定ブロードバンドサービスに加え,クラウドサービスの中核インフラであるデータセンター等の企業向けネットワークにおいてもトラヒックは増加していることから,それを支える基盤として光ネットワークやファブリックネットワークの利用が進展しています(1).こうした市中動向を踏まえ,私が在籍するネットワークサービスシステム研究所は,NTTで運用しているネットワークの中でも,高速・大容量のデータ転送や高度なサービス制御が求められるメトロ・コアネットワークの技術的課題の抽出とその解決,更に新たなビジネスモデル・価値を創出するネットワークシステムの実現を主なミッションとして研究開発に取り組んでいます.

3.2 現行キャリヤネットワークについて

3.2.1 キャリヤネットワークができるまで

 ではここで,キャリヤネットワークがどのような工程を経て運用に至るのかについて簡単に御紹介したいと思います(図2).

図2 キャリヤネットワークができるまで

 キャリヤネットワークの作製は,まず「グランドデザイン」から始まります.本工程では,現状の暮らしや社会・技術等の市中動向やキャリヤネットワークの運用・利用状況等を踏まえ将来の市中動向・サービスを想定し,長期的な視点でネットワークに求められる機能や技術要素を明確化することが求められます.生活インフラとして,一度作り上げ運用を始めたネットワークの装置や機能の変更・追加を途中で行うことは困難なため,綿密な計画が非常に重要なのです.

 次はグランドデザインを基にネットワークの設計を行います.キャリヤネットワークの構成要素は,「サーバ系」「トランスポート系」の二つに大別されます.サーバ系は,インターネットや電話,映像配信などのサービスを提供するための機能群,すなわちサーバ群の構成・制御方式の策定が主なポイントであり,トランスポート系はやり取りされる通信データを,高信頼かつ安定的に提供するためのトポロジーや転送制御方式の策定が主なポイントになります.その後,設計工程で具体化された機能要件に基づき装置の開発が行われ,開発された装置を用いてネットワークが構築されます.構築後には十分な検証工程が設けられます.設計・開発段階でも商用を想定した要件下での動作検証はもちろん行われますが,同工程では主に商用環境にほぼのっとった要件でのシステムとしての信頼性や安定性,そしてスケール性等の検証が行われ,ネットワークの品質を確実なものにしていきます.そして,運用開始へと至ります.

3.2.2 現行キャリヤネットワークの課題

 前章でも少し触れましたが,運用中のキャリヤネットワークについての機能の変更・追加を行うことが困難な理由の一つに「専用装置の利用」という要因があります.

 例えば,コアネットワークは主に高速・大容量転送に対応したコアルータで構成されていますが,それらは基本的に,サービスの実現に必要な機能要件を満たした専用のベンダ製装置です.ベンダ製専用装置は,要件に基づいた機能だけでなく様々なオプションも搭載されていますが,サービス提供において実際に用いられるのはその一部です.また,同じような機能でもベンダごとに動作や性能の違いがあるため,それらを考慮した複雑なネットワーク設計や運用が求められます.更に,各機能はハードウェアに依存する形で実現されているため,機能追加等の局所的な変更でもハードウェアも含めた装置丸ごとの変更を要するのです.

3.3 新たなコアNWアーキテクチャの提案

 3.2.2で述べた課題を踏まえ,私が所属する部署では現在,「コアルータの部品化・オープン化」をテーマとした新たなネットワークアーキテクチャ研究開発に取り組んでいます(2).従来コアルータに搭載されているサービス制御・転送制御・データ転送の各機能をソフトウェア化し,それぞれを異なる汎用サーバやスイッチに搭載し,それらをサービスの機能要件に応じて適宜組み合わせるというアーキテクチャにより(図3),従来のコアルータと同等の機能・性能の実現を可能にするとともに,ベンダ製専用装置では困難な各機能単位での部分的な改変を可能としています.

図3 我々が現在検討・提案中のネットワークアーキテクチャ

 提案技術では,SDN(Software-Defined Networking)技術やオープンソース,そしてソフトウェアを搭載しない自由度の高いスイッチであるホワイトボックススイッチ等の汎用品を活用しています.ホワイトボックススイッチについては,特に,これまでデータセンターネットワークへの適用において主に発展してきたという経緯から,余り対応されていなかったキャリヤ用途のプロトコルにも対応したホワイトボックススイッチ用ネットワークOSを世界のキャリヤに先駆けて内製し,オープンソース化しました(3),(4).現在は,運用実績の蓄積を目的とした実証実験(5)や,迅速な故障検知等に関わる追加開発を続けているとともに,グローバルオープンコミュニティTelecom Infra Project(6)において,ユースケースに関するリファレンスモデル確立に向けた議論や実証実験等にも取り組んでいます(7).この取組みを通じ我々は,キャリヤはもちろん,多くのユーザがキャリヤ品質のネットワークを手軽に導入・運用し多様なサービスを迅速に展開できる世界を示すとともに,通信ネットワーク市場の活性化にも貢献していきたいと考えています.

04 仕事の面白さ・難しさ・やりがい

4.1 これまでの仕事を振り返って

 私は2009年の入社以来,途中1年半ほどの産休・育休も経つつ,一貫して5~10年先の将来コアネットワークのトランスポートアーキテクチャや運用制御方式に関する研究に従事してきました.取り組んだ業務やテーマは様々で,例えば数学的アプローチによるIP網等の最適経路・最適パス選択アルゴリズム(8)やVPN等を想定した帯域オートスケーリングアルゴリズム(9)の検討等,ネットワーク機能の高度化に関する方式検討では,挑戦的なテーマに取り組む楽しさを実感しつつも,研究成果が最終的に実網でどのように運用されるのかといった視点までを明らかにすることはなかなか苦しいものでした.また,もう少し実用を意識したものとして,ネットワークのトポロジー構成を運用中に迅速に変更するためのSDN技術を活用したアーキテクチャ・制御方式の提案(10),(11)にも取り組みました.本検討では,市中に数多くある既出のSDN技術との差分を明確にするとともに我々の独自性をアピールしていくことに苦労しました.

 提案技術の性能評価を目的とした実証実験にも度々参画しました.その規模も様々で,国内の単独拠点内で完結することもあれば,産・学・官と連携し,国内外複数の拠点をつなげて,一つのグローバルな実験網で実施する大掛かりなものもありました.そこで得られた成果を外部に向けて戦略的にアピールすることもまた重要な業務の一つです.例えば所内外・国内外で開催される展示会への出展・説明対応や,技術紹介VTRの構成・台本作成,そして報道発表文の作成といった広報系業務にも度々取り組んできました.

 これまで述べてきたいずれの業務にも共通的に言えるのは,イベントや展開先の規模に比例して関係者の数や配慮すべき物事が増えるため,本番だけでなく限られた準備期間の中で漏れのない事前準備を行うのが純粋に大変で,そしてとにかく無事に遂行し成果を得なければならないというプレッシャーも非常に大きいということです.しかし,様々な業務を通じた国内外・NTTグループ内外の様々な専門性・個性を持った多くの研究者・技術者の方々との協業は,研究所内での机上作業だけでは見えない・知り得ない新たな視点や知見が得られるとともに,コネクションの広がりも,研究者としての成長・人としての幅の広がりにつながるモチベーションの一つだと感じています.

4.2 いつも意識していること

 我々の仕事は,端的に言ってみれば,いまだ誰もが経験したことのない将来を想像し,必要なサービスは? 技術的な要件は? 信頼性・安定性は十分か? といったことを常に考え続けることです.ですから,日頃の業務では,一般的なモデルに基づきその効果や有効性を数量的に示して終わりではなく,更にその先の,具体的な適用先やユースケースについてまで我々が先立って示し,ネットワーク基盤研究をリードしていく必要があるということをいつも意識しています.なかなか検討が進まず苦労することがほとんどですが,これが企業における研究開発のやりがいでもあると私は考えています.

05 最  後  に

 本稿で紹介させて頂いた内容はあくまでも私の視点から,そして全ての業務の内のほんの一部にすぎないので,「通信の仕事」としての魅力が読者の皆さんに十分に伝えられているかどうか少々心配ですが,本稿含め,本別冊が特に学生読者の皆さんの興味に少しでも引っ掛かってくれていることを願っています.

文     献

(1) 総務省,平成30年度版情報通信白書,2018.

(2) 高橋 賢,吉岡弘高,小野敢一郎,“柔軟なネットワークを実現するMSFアーキテクチャの推進,”NTT技術ジャーナル,vol.28, no.8, pp.25-27, Aug. 2016.

(3) 熊川成正,入野仁志,高橋 賢,岩井隆典,吉岡弘高,“仮想化ネットワーク適用に向けたホワイトボックススイッチ制御用ソフトウェアの実装,”信学技報,NS 2016-195, pp.217-222, Feb. 2017.

(4) https://github.com/beluganos, 2019年7月5日閲覧

(5) http://www.ntt.co.jp/news2017/1712/171212a.html, 2019年7月5日閲覧

(6) https://telecominfraproject.com/, 2019年7月5日閲覧

(7) https://www.ntt.co.jp/news2019/1910/191016b.html, 2019年10月18日閲覧

(8) A. Fukuda, R. Hayashi, K. Shiomoto, and A. Hiramatsu, “A study on optimal-domain selection scheme for multi-domain path control,” 信学ソ大,no.BS-6-13, pp54-55, Aug. 2011.

(9) 福田亜紀,林 理恵,増田暁生,笹山浩二,“ユーザスループット最適化を目的とした帯域制御方式,”信学総大,no.B-6-104, p.104, March 2013.

(10) 福田亜紀,鎌村星平,山本 宏,林 理恵,植松芳彦,“柔軟な網構成変更を実現する将来IP網運用制御方式の検討,”信学技報,NS 2017-2, pp.7-12, April 2017.

(11) 福田亜紀,入野仁志,小池良典,吉岡弘高,“広域マルチサービスIP網の運用課題に対するSDN適用の一検討,”信学技報,IA 2018-11, ICSS 2018-11, pp.67-72, July 2018.

(2019年7月5日受付 2019年8月1日最終受付) 

福田 亜紀

(ふく)() ()()(正員)

 平19秋田大・工学資源・情報卒.平21同大学院博士前期課程了.同年日本電信電話株式会社入社.以来,将来トランスポートネットワークのアーキテクチャや運用制御方式の研究に従事.現在,同社ネットワークサービスシステム研究所ネットワーク伝送基盤プロジェクト研究主任.


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