1-5 ネットワーク系の研究開発に取り組む企業(富士通株式会社)

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Vol.103 No.2 (2020/2) 目次へ

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1. 基盤技術の通信の「仕事」――通信の基盤を支える―― 1-5 ネットワーク系の研究開発に取り組む企業(富士通株式会社) 小金井洋平 通信ネットワークを支える光伝送装置の概要とそれらの製品を作る研究開発の仕事

小金井洋平 正員 富士通株式会社共通技術開発本部

Yohei KOGANEI, Member (Technology Development Unit, Fujitsu Ltd., Kawasaki-shi, 211-8588 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.103 No.2別冊 pp.200-203 2020年2月

©電子情報通信学会2020

01 は じ め に

 富士通というと,モバイル端末やパソコンなどのコンシューマ向けの機器を作っている会社であったり,ICT関連のシステムを構築している会社というようなイメージを持たれていることが多いのではないかと思う.そこで本稿ではまず,通信機器やネットワークサービスに関係する事業が,現在の富士通においてどのような位置付けになっているのかを紹介する.次に,その中から筆者が携わっている光伝送装置について,通信ネットワークにおける使われ方と装置の概要を説明する.最後に,光伝送装置に使われる技術の研究や製品を開発する仕事について,幾つかの異なる部署から選んで携わっている人にインタビューした内容を紹介する.

02 富士通における通信ネットワーク事業

 図1は,富士通ブランドとして事業が行われているものを大まかに分類して示したものである.なお,この図は実際の組織構成や部門の名称などに正確に対応したものではないことをお断りしておく.また,通信関連の事業の位置付けを強調して示しているため,分類的に関連性の低い部門はその中の事業内容が大きく省略されて示されていることも承知頂きたい.図に戻って話を進めると,富士通ブランドの事業は大きく三つに分けることができる.一つ目はコンシューマ向けの事業を行っているグループであり,例えば携帯電話やパソコンなどの開発や販売を行っている.二つ目はICT関連のインフラや企業向けに事業を行っているグループであり,業務システムのソリューションの提供及び,ハードウェアやソフトウェアの製品を開発して販売などを行っている.三つ目は半導体や電子部品などの開発・製造及び販売を行っているグループである.

図1 富士通ブランドにおける通信ネットワーク事業の位置付け

 通信ネットワーク関連の事業は,サーバやストレージシステムなどとともに,インフラ/企業向けのハードウェアやソフトウェアを提供する部門に分類される位置付けとなっている.そして,通信ネットワーク関連の事業の中では,モバイルネットワークの基地局装置や光伝送装置の開発と販売,及びそれらの機器を導入したネットワークの構築や管理を行うためのソフトウェア開発や運用サポートなどを行っている.

03 光伝送装置の概要

3.1 通信ネットワークを支える光伝送装置

 高速なモバイル通信の普及や動画像配信サービスの利用者拡大などによって,通信ネットワークを通るデータの量は年々増加している.この増加の速さは地域や通信手段によって多少の違いはあるものの世界的な傾向となっており,このトレンドは今後も続いていくという見方が多くなされている.

 このような通信量の需要増加に応えて快適に使えるネットワークを実現していくためには,ユーザに近いモバイルネットワークやアクセスネットワークだけを高速化させればいいのではなく,それらを通ってきたデータを集約して都市間をつなぐコアネットワーク若しくは基幹網と呼ばれるものも発展させていく必要がある.

 コアネットワークにおける通信の多くは光ファイバの中で波長多重された信号を伝送するようになっており,それらの信号を各拠点で送受信するものが一般的に光伝送装置や波長多重装置などと呼ばれている.都市間を陸上で結んでいる光ファイバは多くの場合,数百km程度の長さでリング状やメッシュ状に張られており,それらを結ぶ点の位置に光伝送装置は設置されている(図2).

図2 通信ネットワーク概念図

 光伝送装置は,特定の企業や機関が他のユーザのネットワーク使用状況に影響されずに一定の通信速度を確保するためや,データがネットワークを経由して届けられるまでの遅延を一定時間内に収めるためなどの専用線サービスなどにも用いられている.また,海底ケーブルの両端につなげられて数千km以上に及ぶ長距離通信などにも用いられる一方,サーバやストレージシステムなどを多数集めて建てられたデータセンターの間をつなぐ数十km程度の短距離通信における需要も近年急速に伸びてきている.データセンター間の通信距離は短いものの,使用する装置の数が増えてくることが問題となるため,一つの装置でやり取りできる通信データの量を増やしながらも消費電力を下げていくことの要求が強まってきている.

3.2 光伝送装置の構成

 光伝送装置は一般的に図3のような機能を組み合わせた構成となっている.この図では例として,一組ずつの送信側と受信側とで構成した波長多重ROADM(Reconfigurable Optical Add-Drop Multiplexer)の構成を示しているが,用途に応じて各構成要素のブロックを柔軟に増やしたり減らしたりすることができるようになっていることが多い.

図3 光波長多重伝送装置の構成

 送信側の各ブロックの機能を左から順に見ていくと,初めに時間分割多重の機能があるが,これはアクセスネットワークやサーバなどから送られてきたデータを複数束ねて,より高速な信号に載せ替える役割を持っており,一つの波長に載せられるデータを伝送距離の届く範囲でなるべく多くすると帯域効率などが良くなるためである.次に時間多重された信号は光送信機において長距離伝送や大容量伝送に適した変調方式の信号に変換される.なお,光送信機及びこれの対となる光受信機は光伝送装置の性能に差が付く部分となっており,ベンダ間における技術競争が最も激しく行われる部分となっている.複数の光送信機から出力された光信号は,光波長多重器によって光学的に一つのファイバにまとめられ,波長選択スイッチなどによって他の方角のルートからやってきた信号と合流された後,光増幅器によって増幅されてコアネットワークの伝送路に送り出される.

 受信側は,基本的に送信側と逆の順番に機能が並んでいる.順に見ていくと,伝送路を通るうちに弱まった信号の強度を回復させるために光増幅器がはじめにあり,次に光の波長単位で経路の切換を行うために波長選択スイッチがある.アクセスネットワークやクライアントのサーバにデータを渡す場合は,光波長分離器によって波長を一つずつばらしてから光受信機で受け,その後,クライアント機器のインタフェースに合わせて時間分割多重の逆処理を行って分離する.また,経路を切り換える場合は,受信側の波長選択スイッチから分岐した光信号を別の組の送信側の波長選択スイッチに入力させ,他の経路からの信号に合流させる.合流された信号は再び増幅されて別の伝送路に送られるようになっている.なお,図を描く上での便宜上,送信側と受信側を分離して片方向だけの通信をしているように見えているが,実際には送信側と受信側はそれぞれ対となる機能ごとに一体化されて作られており,双方向の通信をするようになっている.

 実際の装置の外観の例として,富士通の現時点で一番新しいシリーズの光伝送装置の写真を図4に載せた.このシリーズは光伝送装置を構成する機能をある程度分割して,平たいブレードの中に実装したものとなっている.ブレードは複数枚を水平方向に重ねて使用することを想定したデザインとなっているが,個別に単体で使用することもできるようになっており,ネットワークの使い方に合わせてブレードの種類や枚数の組み合わせ方を自由に選べるというのが,このシリーズの一つの特徴となっている.なお,写真の撮り方の都合によりそれぞれ違う大きさに見えているが,実際のサイズは厚さ約4.5cm,幅は約48cmに統一されており,奥行きは45~60cmとなっている.

図4 光波長多重伝送装置の外観

 簡単に主な機能を紹介すると,図4(a)のブレードは多数の1Gbit/sや10Gbit/sのイーサネットなどの信号を時間分割多重して複数の100Gbit/sの信号に載せ替えるものとなっている.図4(b)のブレードは,複数の100Gbit/sの信号を時間分割多重し,波長多重伝送できるように様々な変復調の機能を有したものとなっている.このブレードは業界で初めて1波長当り最大600Gbit/sの信号を送受信できるものとして開発され販売されている.図4(c)のブレードは,波長選択スイッチと光増幅器を内蔵したものとなっている.今回,光波長多重のブレードの写真は載せていないが,それと組み合わせて用いることにより,ROADM装置としての機能を持たせることができるようになっている.

04 光伝送装置の研究開発

 光伝送装置の開発プロセスは大まかなイメージとして図5のような流れとなっている.この中の幾つかのプロセスに該当する仕事について,担当している人にインタビューした内容を以下に紹介する.

図5 光波長多重伝送装置の開発プロセス

要素技術研究の担当から

 学会などにおける技術動向を把握しながら,ネットワークの効果的な運用方法や光伝送装置の新しい機能,光送受信機の性能改善を目的とした研究などを行っている.筆者は現在この仕事をする部署に属しており,研究成果を学会や論文誌に投稿することや,方式設計や伝送路設計のチームと協力しながら製品に反映させていくことにやりがいを感じる.筆者の場合,学生のときの専攻と大分離れた業界の仕事をしているが,大学で学んだレベルの数学は意外と今の仕事に役立っている.

企画担当から

 北米のキャリヤやクラウドサービスのプロバイダなどの顧客と直接対話しながら自社製品のアピールや売り込みを行っている.競合他社との競争において,伝送容量や距離,消費電力などで勝ち負けがはっきり分かるところがこの業界の魅力の一つで,フェアな競争がなされているのがモチベーションとなっている.今後,ビジネスの発展としては,サービスプロバイダなどに製品を提供するだけでなく,ネットワークの構築や運用サポートまで範囲を広げられたらいいのではないかと考えている.

システム設計担当から

 新たに開発する製品の全体的な品質や機能に対する要求事項をまとめることや,各設計部門のアウトプットを取りまとめていく役割を担っている.最近は,海外のパートナ会社と役割を分担して製品を開発することに取り組んでいるが,文化や作業の仕方が大きく異なるのが仕事を進める上で難しいところだと感じている.仕様書の書き方や,お互いの業務のインタフェースの取り方など課題は多い.しかし,作業スピードの速さなど相手の良いところもあるので,それらを生かすように工夫しながら最終的な品質を高く仕上げられるように協力していければと思っている.

ハード設計担当から

 国内や北米の通信ネットワークの基盤となるものを作っていることに誇りを感じる.最新技術による性能改善の効果などを量産でも安定して出せるようにすることが難しい.開発サイクルも早くなってきているのが今後の課題の一つであり,特にデータセンター向けの製品ではその傾向が強まるのではないかと思う.ただ,業界初の機能やスペックを製品化することに挑戦するのは面白い.また,単なる容量増大だけではなく先端技術は多彩なので,勉強を続けることも重要となっている.

サステイニング担当から

 新規開発からある程度時間がたったものに対して,改良やコストダウンのための設計変更を行っている.使用している部品が終息する場合の置き換えなど必要にかられる場合もあり,変更をかける必要性とそれに掛かるコストなどを比較しながら優先度を判断している.プロセスを最後まで終わらせたとき,コストダウンの効果が具体的に成果として見えるところはやりがいの一つとなっている.多部門にわたって関係者が多く,交渉するのが大変だったりもするが,この仕事は人とのコミュニケーションが好きな人は向いていると思う.

05 お わ り に

 本稿では,光伝送装置に関連する概要の説明と,それに関わる研究開発の仕事の幾つかを紹介した.紹介し切れなかったインタビューなどもあり,申し訳なかったと思う部分もあるが,快く協力して頂いた方々に感謝する.

(2019年8月16日受付 2019年9月2日最終受付) 

小金井洋平

()(がね)() (よう)(へい)(正員)

 1999埼玉大・理・物理卒.2001東北大大学院修士課程了.同年富士通株式会社入社.15年間ほど,光伝送装置のハード設計や試験,サステイニング業務に従事.現在,光通信向けの誤り訂正符号やProbabilistic shapingと呼ばれる変調技術などを研究.


(注1) Fujitsu 1FINITYは商標.


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