1-6 大学(東北大学)

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Vol.103 No.2 (2020/2) 目次へ

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1. 基盤技術の通信の「仕事」――通信の基盤を支える―― 1-6 大学(東北大学) 川本雄一 研究と教育に向き合う自由な場所

川本雄一 正員 東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻

Yuichi KAWAMOTO, Member (Graduate School of Information Sciences, Tohoku University, Sendai-shi, 980-8579 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.103 No.2別冊 pp.204-207 2020年2月

©電子情報通信学会2020

01 は じ め に

 本稿では「大学」という立場,恐らく学生の皆さんがイメージする「企業」とは少し違った立場から,普段から取り組んでいる“仕事”について紹介する.特に大学の仕事である“研究”と“教育”について,私が関わる通信・ネットワークをテーマにこれまでの取組みの事例を交えつつ,仕事の中身や社会との関わりについて紹介するので,その面白さや社会的な意義について少しでも身近に感じてもらえれば幸いである.

 なお,本稿での紹介はあくまでも一大学の一研究室に所属する一研究者の視点によるものであり,数多くある仕事・考え方の中の一例であることを念頭に置いて頂きたい.(特に大学は多様性に富んだ場所であり,仕事の中身もやり方も様々である.と,私は思っている.)

02 大学の仕事とは

 本章ではまず大学教員の仕事について,特に大学の研究室というところでどんなことをしているのか,について,私が所属している東北大学大学院情報科学研究科の加藤研究室を例に紹介する.ただし前述したとおり研究室の在り方も本当に多様であり,研究室は一つの中小企業のようなところである,といった表現もあるように,隣の研究室だけ見ても既に違う会社であるかのように見えることもあるので,ここで紹介するのは研究室の在り方のあくまでも一例であることを忘れないで頂きたい.

 本題に戻り,私が所属する研究室で行っている主な仕事はというと,タイトルにもあるとおり“研究”と“教育”である.まずは研究に関わる部分について紹介するが,この研究というものもやり方は様々であり,基礎研究と応用研究の違いや,いわゆる実験系・理論系と呼ばれる違いだけでも非常に大きなものである.必ずしもそれぞれが明確に分けられているわけでもないが,私が所属する研究室は図1(研究室HPでも紹介している図である)にあるように,理論系であると言えるように思う.そのため,普段は機材をいじりながら実験を繰り返しているわけではなく,情報通信,ネットワークというものを勉強しながらそれをより良いものとすべくアイデアを考え,数学等を用いてモデル化をしながらそのアイデアの優位性を実証していく,といったことに取り組んでいる.

図1 私の所属研究室が目指すアプローチの形

 ただその一方で,理論だけでなく,その応用部分についても取組みを行っている.詳しい事例については次章で紹介するが,主に無線通信を研究対象とし,無人航空機やスマートフォンといった機器の通信について,実フィールドでの通信実験にも取り組んでいる.これらの取組みは企業の研究所などと似たような部分もあるが,“大学の仕事”という意味で一つ異なる点としては,やはり“利益”というものの捉え方ではないかと思う.もちろん企業の取組みが全て利益だけのために行われているわけではないことは承知しているが,より長期的な目線であったり,利益にはなかなか結び付かないようなフィールドでの取組みが比較的柔軟に実施されやすいといった点は,大学における研究開発の特徴的な部分ではないかと思う.

 次に教育についての取組みを紹介する.恐らく大学教員の教育に関する仕事と言った場合,学生の皆さんが最初に思い浮かべるのは講義ではないかと思う.実際,講義の実施は大学が担う非常に重要な仕事の一つであるが,私は立場上講義に関与することはまだ少なく,また学生の皆さんも講義については詳しいのではないかと思うので,ここではあえて研究室における学生指導をテーマとして話をしたい.

 私が所属する学科では大学4年生から研究室に配属され,卒業後すぐに就職する学生もいれば,大学院に進学し修士号・博士号を取得する学生もいる.進路次第で研究室に在籍する年数はそれぞれであるが,皆研究というものに(多くの人は初めて)触れ,学び,社会へと出て行く.研究に携わることでその分野のより深い知識を得ることも一つの目的であるが,時には就職後には全く別な分野で働いていく学生も一定数いる.この点から考えると,研究により専門性を身に付けることはもちろんであるが,研究の過程で身に付ける論理的な思考や未知のものに挑戦するための方法などを学んでもらうことも,大学の研究室での教育において非常に重要な要素ではないかと思う.そのため,私の研究室では研究を行う際,直接的な指示により進捗させることよりも,ディスカッションすること,自身の考えやアイデアを他人との議論を通じて一つの成果として昇華させていくことを大事にしている.このような,より実践的な学びの場を社会に出る前の学生に提供することも大学が担う仕事の一つなのではないかと考えている.

03 研究プロジェクトの実施

 本章では,大学での仕事がどのように社会と関わっているのか,将来どのように生かされていく可能性があるのかについて,“研究プロジェクト”という点に焦点を当てて話をしたい.私が所属している研究室では様々な研究プロジェクトに従事しており,それを通じて社会に研究成果を還元したり,同時に学生にいろいろな経験を積んでもらったりしている.ここでは,研究プロジェクトを“研究開発プロジェクト”と“研究交流プロジェクト”の二つに分類しそれぞれでの取組みを紹介する.前者は“研究”の色が強く,後者は研究に加えて“教育”の要素がより多く反映されているものであると思う.

3.1 研究開発プロジェクト

 まずは研究開発プロジェクトの一例として,私が所属する研究室がメンバーの一員として実施した総務省委託研究開発プロジェクト「無人航空機システムの周波数効率利用のための通信ネットワーク技術の研究開発」について紹介する.このプロジェクトは平成28年度から平成31年度までの期間において総務省委託により,無人航空機を利用した画像伝送システム実現,特に同システムの周波数利用効率向上のために実施されたものである.この無人移動体画像伝送システムは総務省主導で2.4GHz帯及び5.7GHz帯に一般業務用として平成28年8月に制度化されたものであり,送信出力も最大1Wと大きく,高画質な映像の長距離伝送を可能とするメイン回線用として周波数を新たに確保したものである.同システムでは従来方式の通信システムを利用した場合,基本的には1台の無人航空機が一つのチャネルを占有してしまうため,周波数の利用効率が悪く,将来的な無人航空機数の増加に耐えられないといった問題があった.そこでこの研究開発プロジェクトでは,図2(a)のような状況において複数の無人航空機が一つのチャネルを共有して通信可能とするための通信方式を検討し,小形かつ軽量な無線機に実装することで最終的に実フィールドにおける検証実験を実施した(図3(a)).図2(b)には採用した通信方式の概略を示しており,私が所属する研究室ではこの通信方式において各無人航空機にどれくらいの通信資源を割り当てるかを決定するためのアルゴリズム構築に携わった.このアルゴリズムでは各無人航空機の電波伝搬環境や通信要求,優先度などを基に資源割当量を計算している.ここではこのプロジェクトで研究開発された様々な技術の詳細について述べることはしないが,同プロジェクトは幾つかの企業や研究機関と共同で実施したものである.

図2 想定環境と採用した通信方式

図3 大学における様々な取組みの様子

 また私が所属する研究室はその他にも多数の研究開発プロジェクトに従事しており,今後打上げが予定されている日本の技術試験衛星に関するもの(2)や,耐災害のための通信技術に関するもの(3),(4)などがある.図3(b)の写真はそのうちの一つのプロジェクトにおいて海外で開催されたワークショップにおいて技術展示を行ったときの様子である.これらの取組みは,大学という立場から実社会において利用が期待される技術の発展に貢献する“仕事”の一例になるかと思う.また研究内容の例としては,プロジェクト化されてはいないものの,IoTのための通信技術(5)に関するものやAIを通信に利用しようとした取組み(6),(7)など多岐にわたり,いろいろな形で研究開発を進めている.

3.2 研究交流プロジェクト

 次は先に紹介した研究開発プロジェクトとは少し違い,“研究”が目的ではありつつ,同時に研究者間の人的交流の促進を目指したプロジェクトについて,これまた私が所属する研究室がメンバーとして参加した日中韓フォーサイト事業を事例として紹介する.このプロジェクトは平成23年から平成28年までの期間に実施されたものであり,日本,中国,韓国の各国から幾つかの大学が参加した.期間中は共通のテーマに関して研究を進めつつ定期的に各国においてワークショップを開催し,共同での研究実施を行いつつ人的な交流を促進するといった目的のものであった.特に学生を含む若手研究者間の交流を推奨しており,将来この分野でリーダーシップを発揮するような人材育成を目指した取組みを行った.また他国の同じような立場の研究者たちと交流することで,国際的な視野を身に付けさせることも目的の一つとし,約5年間にわたり様々な交流の場を提供してきた.図3(c)の写真は開催したワークショップにて撮影した集合写真である.かくいう私自身もこのプロジェクトの初期から学生として参加しており,他国の学生との交流を通じて様々な経験をさせてもらった.特に文化の違いによる根本的なものの考え方の差異を学び,それらが研究というものに及ぼす影響についても考えさせられた記憶がある.このような取組みは,大学という,教育についても役割を担う立場だからこそできる,長期的な目線での人材育成へとつながるものであり,これも一つの社会貢献の形ではないかと考える.

04 おわりに――大学の自由さ――

 さて,ここまで大学の仕事について,あくまでもその在り方の一例ではあるが,研究と教育という二つの観点から紹介してきた.最後に大学で仕事をするということの自由さに着目して,その楽しさを少しでも伝えられればと思う.これまで本稿では大学は多様性に富み,その仕事の仕方も様々である点について述べてきた.つまりこれは,大学というところがそれだけ自由な場所であるとも言えると思う.もちろん大学も一つの組織である以上,様々なルールがあり,時にはそれに縛られることもある.それでも私は,誤解を恐れずに言うならば,これだけ自由に自分の好きなことをやれる場所はほかにないのではと思う.研究する,科学に携わる,人を教育するということの責任は大きなものである一方,これをすべきという正解が載っている教科書はなく,常に自分で考えながら道を切り開いていく作業は易しくない.それでも,その道の選択肢は無数にあり,その中を自由に走れる場所が大学であり,そこを走ることが大学で仕事をするということでもあるのではないかと思っている.

 ここまで大学の仕事というものに関して大分好き勝手なことを述べてきたが,少しでも大学というところ,その自由さに興味を感じてもらえるきっかけになれば幸いである.私自身まだまだ大学での仕事を始めたばかりの立場でもあるので,今後もどんなことができるのか楽しみにしつつ,精進していこうと思う.

 謝辞 本稿で紹介した研究内容の一部は総務省委託研究「無人航空機システムの周波数効率利用のための通信ネットワーク技術の研究開発」によるものである.

文     献

(1) Y. Kawamoto, H. Nishiyama, N. Kato, F. Ono, and R. Miura, “Toward future unmanned aerial vehicle networks: Architecture, resource allocation and field experiments,” IEEE Wireless Communications Magazine, vol.26, no.1, pp.94-99, Feb. 2019.

(2) M. Takahashi, Y. Kawamoto, N. Kato, A. Miura, and M. Toyoshima, “Adaptive power resource allocation with multi-beam directivity control in high-throughput satellite communication systems,” IEEE Wireless Communications Letters, In press.

(3) H. Nishiyama, K. Suto, and H. Kuribayashi, “Cyber physical systems for intelligent disaster response networks: Conceptual proposal and field experiment,” IEEE Netw., vol.31, no.4, pp.120-128, July 2017.

(4) B. Mao, F. Tang, Z. Md. Fadlullah, and N. Kato, “An absorbing Markov chain based model to solve computation and communication tradeoff in GPU-accelerated MDRUs for safety confirmation in disaster scenarios,” IEEE Trans. Comput., In press.

(5) Y. Kawamoto, H. Nishiyama, N. Kato, N. Yoshimura, and S. Yamamoto, “Internet of things (IoT): Present state and future prospects,” IEICE Trans. Inf. & Syst., vol.E97-D, no.10, pp.2568-2575, Oct. 2014.

(6) Y. Kawamoto, H. Takagi, H. Nishiyama, and N. Kato, “Efficient resource allocation utilizing Q-learning in multiple UA communications,” IEEE Trans. Network Science and Engineering, In press.

(7) F. Tang, B. Mao, Z. Md. Fadlullah, N. Kato, O. Akashi, T. Inoue, and K. Mizutani, “On removing routing protocol from future wireless networks: A real-time deep learning approach for intelligent traffic control,” IEEE Wirel. Commun., vol.25, no.1, pp.154-160, Feb. 2018.

(2019年6月29日受付 2019年7月18日最終受付) 

川本 雄一

(かわ)(もと) (ゆう)(いち)(正員)

 平23東北大・工・電気卒.平25同大学院情報科学研究科修士課程,平28博士課程了.同年4月に同大学院の博士研究員に,同年10月から特任助教として勤務.令元10月から同大学院准教授に着任.博士(情報科学).平27年度東北大総長賞,平29年度東北大電気・情報系若手優秀研究賞各受賞.


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