2-2 応用研究に取り組む研究機関(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA))

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Vol.103 No.2 (2020/2) 目次へ

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2. 応用技術の通信の「仕事」─基盤技術から生まれる応用技術─ 2-2 応用研究に取り組む研究機関(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)) 冨木淳史 若き通信技術者に贈る「深宇宙探査機との超遠距離通信の仕事」

冨木淳史 正員 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所

Atsushi TOMIKI, Member (Institute of Space and Astronautical Science, Japan Aerospace Exploration Agency, Sagamihara-shi, 252-5210 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.103 No.2別冊 pp.212-216 2020年2月

©電子情報通信学会2020

01 序     文

 宇宙通信技術者を志す諸君が,将来進路を考えるにあたり,興味を持つ業務の中で必要とされ得る技術を把握し,その本質を理解する上での一助となるように,これまで私自身が関わってきた研究開発業務,関係するミッション・部署の一部を紹介します.

02 日本の宇宙探査計画と将来

 近年,国際宇宙探査の潮流は国際宇宙ステーションから月・火星探査へと移りつつあり,次いで深宇宙領域(地球から200万km以遠)に集約され,世界中で競争と協調を繰り広げる時代が到来しています.中でも新興国の安価な重量級ロケットにより中国,インドといった宇宙機関のみならず,民間のベンチャー企業の探査機・ローバなどの無人ロボットミッションが計画され,技術発展が目覚ましい分野の一つとなっています.

 我が国の宇宙科学・探査は,宇宙の始まりと銀河から惑星に至る構造形成の解明や,太陽系と生命の由来の解明等の科学的探求と同時に,宇宙開発利用の拡大に関する産業・科学技術基盤の維持・強化を目的として,2020年から2040年までの期間の戦略的なキー技術獲得のための研究開発及び実証を,宇宙科学技術ロードマップ(1)の中で宣言しました.ここで提示されたミッションロードマップから宇宙探査を中心にまとめたものが,図1の宇宙科学研究所深宇宙船団構想です.ここで目指すべきフロンティアの一つである外惑星領域には,日本学術会議「大型研究計画に関するマスタープラン」(2)における重点大型研究計画にも,サンプルリターンミッションとして取り上げられ,図2に挙げる技術開発と実証計画が提案されています.こうした宇宙探査ミッションの衛星運用に必要不可欠な技術の一つが無線通信・軌道決定技術です.

図1 JAXA宇宙科学研究所深宇宙船団構想

図2 マスタープラン2017に採択された日本の外惑星領域のサンプルリターンミッション

03 小惑星探査機や,はやぶさ2と深宇宙通信システムの概要

 2014年に打ち上げられたはやぶさ2(3)は2018年6月に小惑星「りゅうぐう」に到着し,これまで人類が目にすることのできなかった姿を非常に近くから観測することに成功しました.そして2018年9月に2機のMINERVA-II-1ローバを,続く10月にはDLR(ドイツ航空宇宙センター)のMASCOTを小惑星表面に向けて分離し,両機は無事に着陸に成功しました(4),(5).世界初となる跳躍中のMINERVA-II-1ローバからの鮮明な小惑星表面の写真は,インターネットを通じて瞬く間に世界中に速報され,記憶に新しいものとなりました.こうした観測データを地球に超遠距離無線伝送し,かつ探査機に指令を出すために使用されているワイヤレスシステムが,図3に挙げる深宇宙通信システムです.

図3 代表的な深宇宙通信システムの構成

 図3(a)の地球局から送信される電波を(b)の探査機で受信し,コマンド(指令)データを復調・復号して探査機搭載コンピュータ(OBC)に受け渡して,ミッション遂行のための探査機の制御を行います.一方で,OBCで収集したエンジニアリングデータや観測したサイエンスデータをテレメトリーとして符号化・変調して同様に電波を使用して地球に送信します(6).更に探査機は宇宙空間での居場所を正確に知る必要があり,データ通信と同時に受信信号からコヒーレントな搬送波信号を再生し,また測距信号を折り返すことで,地球局との距離・距離変化率を計測しています.深宇宙探査では主に「Xバンド(8~12GHzの範囲に含まれる電波の周波数帯域)」が使用されていることから,Xバンドトランスポンダ(中継器)と呼んでいます.

 (1)はやぶさ2とKaバンド通信用大形地球局アンテナ

 はやぶさ2では,更に通信実験を目的として,Kaバンド(32GHz帯)の送信機を搭載しており,Xバンドと比較して2倍程度の通信速度の改善を目標にしています.ところが,日本国内にはKaバンドに対応する大形アンテナを持つ深宇宙局がないことから,全て,NASA(米国航空宇宙局)/JPL(ジェット推進研究所)の深宇宙通信網(DSN)や,ESA(欧州宇宙機関)が持つ同様の深宇宙通信網(ESTRACK)に頼って,通信実験が行われてきました.現在,はやぶさ2の運用に使用されている臼田宇宙空間観測所の図3(a)の口径64mアンテナは1984年に設立され,既に設備としての設計寿命を大幅に超えており,これに代わるアンテナが不可欠であるため,深宇宙探査用地上局(GREAT)プロジェクト(7)を立ち上げ図3(c)の美笹54mアンテナの新規開発・整備を進めています.GREATでは64mアンテナの代替にとどまらず,高い鏡面精度と受信機の低雑音化によりアンテナ口径を縮小しつつも64mアンテナと同等のXバンド受信能力を持たせ,更に,はやぶさ2で必要とされるKaバンド受信機能を拡張しています.また大電力の固体電力増幅装置の採用(8)によって,地上局の運用性を大幅に改善します.

 (2)はやぶさ2搭載ローバのMINERVA-II-1とMASCOTミッション

 はやぶさ2母船と搭載ローバはUHF(950MHz)帯ISM周波数を使用する独自のストアアンドフォワード方式の近傍無線通信システムを搭載しています.子機であるローバから近傍無線通信によりはやぶさ2の親機側に一旦情報を蓄積し,その後はやぶさ2本体のXバンド送信機を中継することで,地球に観測データを送信しています.このほかにもUHF帯ISM周波数は,衝突装置による人工クレータ生成を撮像する分離カメラにも使用されています.このような超小形探査機の近傍無線通信活用は,母船である探査機本体を危険にさらすことなく,長期間にわたって表面探査を遂行することができるため,今後,複雑・高度化していくミッションの中で,更なる活用が見込まれます.

04 深宇宙通信システムの通信性能向上への挑戦

 深宇宙通信システムは古くからパラボラアンテナといった高利得指向性アンテナの利用や周波数帯域幅の狭帯域化,真空管増幅器と位相変調方式の組合せによる送信電力効率の追求,そして低雑音増幅器や超低位相雑音発振器といった通信システムの低雑音化を背景に超遠距離通信を実現し,また個々の技術レベルの限界を追求してきました.一方で近年,地上の情報通信技術の著しい発展に伴って,新しい半導体プロセスや高集積回路の登場により高効率変調・符号化等の高度な信号処理技術が活用できるようになりました.共通の技術課題として,特に今後更に活用が見込まれる図4の超小形探査機(9),(10)の通信性能向上への方策として考察します.

図4 超小形衛星による深宇宙探査ミッション

 (1)探査機の超小形化に対する等価等方放射電力(EIRP)の改善

 探査機が小形化すると実効表面積が減少して,太陽電池パネルによる発生電力が小さくなり,また指向性アンテナの搭載スペースに制約を受け,電波を空間に放射するEIRPも低下することから,深宇宙通信においては,この改善が不可欠なものとなっています.初歩的なものとして挙げられるのは,計装損失低減を目的とした導波管の採用ですが,探査機サイズが小さくなると配管が困難になるため,コンポーネント間の同軸計装長をいかに短くできるかが鍵になっています.特にパッチやスロットアレーアンテナといった平面高利得アンテナの採用は開口効率を改善し,結果としてEIRPを増やすことができます.また,ターボ符号や低密度パリティ検査符号(LDPC)といった前方誤り訂正を採用することで、更なる符号化利得をもたらし,伝送速度を改善します.このほかにワイドバンドギャップ半導体の固体電力増幅器や直流変換器の採用は飛躍的に電力付加効率(PAE)を改善するため,送信機の小形・高効率化に寄与します(11).このような技術は既に地上において広く普及しているものもありますが,例えば符号化のように,深宇宙通信においては宇宙データシステム諮問委員会(CCSDS)(12)による標準化を経て地上受信機の復調器に実装されるようになり,ようやく宇宙探査に使用されるようになりました.

 (2)搭載通信機の集積化による超小形低消費電力化

 探査機の超小形化の搭載リソース減少に対して,移動体通信向けの民生用集積回路や超小形部品のいわゆる商用オフザシェルフ(COTS)品のデュアルユースは極めて効果的なものとなります.しかしながら,これまで探査機の開発から打上げまでをスピーディに行うため,FPGA(Field Programmable Gate Array)が広く活用されてきましたが,このような高集積回路を使用しても,小形化は部品実装上の限界に近付いています.特に通信システムでのFPGAの活用は,SN比改善のための複雑な信号処理を回路に取り込むことが可能になります.今後,更なる小形化のためにアナログフロントエンドである高周波回路のモノリシックマイクロ波集積回路(MMIC)化や,共通機能部の特定用途向け集積回路(ASIC)化,またはSoC(System-on-a-Chip)や混載技術による集積化は,不可欠な要素技術になります.

05 探査機の運用に不可欠な追跡インフラの維持管理

 ミッション中の探査機の運用は,24時間365日欠かすことなく地球との交信が継続するため,計画性のある維持管理が不可欠となっています.JAXAにおいて,宇宙探査ミッションを影で支えている組織を,以下に紹介します.

 (1)衛星管制システムと追跡ネットワーク

 JAXAでは科学衛星を運用するための衛星管制システムや運用によって得られる観測データライブラリの維持管理を宇宙科学研究所の科学衛星運用・データ利用ユニット(C-SODA)(13)が担っています.これらのシステムは汎用計算機を有線接続したイントラネットにより構築されており,地球局設備とそれを統合制御する局運用管制システム,地球局運用計画系システムといった設備を追跡ネットワーク技術センター(14)が維持・管理しています.探査機の運用には不可欠なシステムであり,搭載系通信システムだけに閉じることなく,運用・保守といった広範囲に業務範囲は広がっています.

 (2)無線局と周波数管理

 宇宙探査の無線通信には主に電波を使用しており,周波数資源の有効利用の観点から,主管庁である総務省の無線局免許が必要になります.特に人工衛星は,宇宙空間を飛翔することができるため,国内の他免許人に限らず,他国の上空において,その国の衛星通信網に有害な混信妨害を与えないために,無線通信規則の手続きに基づいて,国際的な調整が完了したものに免許されます.こうして得られた周波数資源には既得権があり,主管庁である日本国に帰属します.このような周波数の利用調整は,国際機関(ITU)を通じた調整にとどまらず,代表的な宇宙機関であるNASAやESAといった組織間において情報交換を通じて共有がされており,JAXAにおいて対外機関・組織と周波数調整を行っているのが,周波数管理室(15)です.

06 さ い ご に

 無線通信の歴史をひも解いて俯瞰してみると,発明以来変わらない技術革新のモチベーションは,通信品質の向上,容量の拡大,そしてシステムの小形・高効率化といったシステムトータルのコストであるエントロピーを低減することであり,これはばく大なコストがかかる深宇宙探査においても,システムの最適化として不可欠なものとなっています.その上で昨今の宇宙探査の現場は世界的な競争とミッションの複雑・高度化によって,厳しいシステム制約条件が生じており,複数の部署・組織,宇宙機関,大学,メーカ・運用者といった多くの人たちの総力を結集し協働して,初めてミッションが結実し,目標が達成し得るものになっています.本稿を機会に,宇宙分野に興味を持った若い読者諸君と,宇宙大航海時代を目前に宇宙通信システムの新たな進歩に向けて,共に働くことができることを期待しています.なお,黎明期から宇宙探査の先端を切り開いた米国NASA(米国航空宇宙局)/JPL(ジェット推進研究所)により文献(16)(18)の教科書や貴重な運用成果が無料で公開されていますので,特にこの分野に興味を持った諸君は一読することをお勧めします.

文     献

(1) 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所,“宇宙科学技術ロードマップ (初版),”March 2019.

(2) 日本学術会議科学者委員会学術の大型研究計画検討分科会,“第23期学術の大型研究計画に関するマスタープラン(マスタープラン2017),”Feb. 2017,
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/kohyo-23-t241-1.html

(3) はやぶさ2プロジェクトサイト,“小惑星探査機はやぶさ2,”
http://www.hayabusa2.jaxa.jp

(4) T. Yoshimitsu, T. Kubota, A. Tomiki, and T. Adachi, “Surface exploration robotics system of MINERVA-II onboard Hayabusa-2 asteroid mission,” 信学技報,SANE2013-7, pp.35-39, April 2013.

(5) C. Lange, Tra-Mi Ho, C. Grimm, J. Grundmann, C. Ziach, and R. Lichtenheldt, “Exploring small bodies: Nano-and microlander options derived from the mobile asteroid surface scout,” ELSEVIER Science Direct Advances in space Reserch, vol.62, no.8, pp.2055-2083, Oct. 2018.

(6) 山田隆弘,“小惑星探査機はやぶさ2とその通信,”日本航空宇宙工業会会報「航空と宇宙」,Jan. 2016.

(7) 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構,“JAXA深宇宙探査用地上局,”
http://www.jaxa.jp/projects/sas/great/index_j.html

(8) 冨木淳史,湯地恒次,田渕 豪,大西 徹,関川純人,戸田知朗,内村孝志,沼田健二,領木萌子,米倉克英,山本善一,奥居民生,山田庸平,石山洋平,浅尾博之,小東幸助,泉倉健司,“地上局向けX帯固体電力増幅装置の研究開発,”第62回宇宙科学技術連合講演会,no.1O20, Oct. 2018.

(9) 橋本樹明,OMOTENASHIプロジェクト,“超小型月着陸機OMOTEMASHI,”第62回宇宙科学技術連合講演会,no.1A02, Oct. 2018.

(10) 船瀬 龍,“宇宙科学最前線地球―月ラグランジュ点探査機EQUULEUSによる深宇宙探査CubeSat実現への挑戦,”Oct. 2017,
http://www.isas.jaxa.jp/feature/forefront/171020.html

(11) 冨木淳史,“超小型深宇宙探査機のスマート通信システム,”宇宙科学研究所ISASニュース,no.409,宇宙科学最前線,April 2015.

(12) CCSDS,
https://public.ccsds.org/default.aspx

(13) 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所,“科学衛星運用・データ利用ユニット(C-SODA),”
http://c-soda.isas.jaxa.jp/index.html.ja

(14) 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構,“追跡ネットワーク技術センター,”
http://track.sfo.jaxa.jp

(15) 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構,“周波数管理室,”
http://stage.tksc.jaxa.jp/recruit/jaxa/dept08-08.html

(16) J.H. Yuen, “Deep space telecommunications systems engineering,” Jet Propulsion Laboratory Publication 82-76, California Institute of Technology Pasadena, California, July 1982,
https://descanso.jpl.nasa.gov/dstse/DSTSE.pdf

(17) J. Hamkins, “Deep space communications and navigation series,” JPL DESCANSO Book Series, California Institute of Technology, Pasadena, California,
https://descanso.jpl.nasa.gov/monograph/mono.html

(18) Jet Propulsion Laboratory, “Design & performance summary series,” California Institute of Technology, Pasadena, California,
https://descanso.jpl.nasa.gov/DPSummary/summary.html

(2019年10月15日受付 2019年12月9日最終受付) 

冨木淳史

(とみ)() (あつ)()(正員)

 平14東京電機大・工・電気卒.平16同大学院博士前期課程了.平19同博士後期課程了.博士(工学).同年国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所入所.助教.科学衛星の宇宙通信システム,フライバイワイヤレス,電磁環境両立性の研究開発に従事.平15年度本会学術奨励賞,平28年度本会論文賞,平29年度文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)各受賞.


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