2-3 移動体通信系の研究開発に取り組む企業(ソニー株式会社)

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Vol.103 No.2 (2020/2) 目次へ

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2. 応用技術の通信の「仕事」─基盤技術から生まれる応用技術─ 2-3 移動体通信系の研究開発に取り組む企業(ソニー株式会社) 古市 匠 周波数共用技術に関する研究開発,法制化・標準化活動への取組み

古市 匠 正員 ソニー株式会社R & Dセンター

Sho FURUICHI, Member (R&D Center, Sony Corporation, Tokyo, 141-8610 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.103 No.2別冊 pp.217-220 2020年2月

©電子情報通信学会2020

01 は じ め に

 昨今,5G向け周波数帯域の割当が世界中で進み,各国で5G商用開始に向けて大きな盛り上がりを見せている.現在では,次世代の6Gに向けた技術開発に関する議論が各所で起こり始めている.5Gによって電波利用形態が拡大することが期待される一方,6Gの時代には更なる周波数帯域の確保が必要になると考えられる.しかしながら,新たに周波数帯域を確保するためには,後述する電波資源枯渇問題を解消しなければならない状況にある.

 ソニーは,5Gをはじめとする無線通信技術の研究開発・標準化活動に積極的に取り組む一方で,電波資源枯渇問題を今後の大きな社会課題であると捉えている.そこで,電波資源枯渇問題の緩和・解消を目指して,「周波数共用技術」に関する研究開発・法制化・標準化活動について積極的に取り組んでいる.本稿では,筆者が仕事で取り組んでいる周波数共用技術に関する研究開発や法制化・標準化活動と,これらの面白さ,やりがいについて紹介する.

02 周波数共用技術に関する研究開発や法制化・標準化の概要

2.1 電波資源枯渇問題

 図1に我が国の30MHz~10,000MHz帯の電波使用状況を示す(1).モバイル通信に適した周波数帯域は既に多くが割当済みで,電波資源が枯渇していることが同図から読み取れる.このような状況では,空き帯域の割当が非現実的であると言える.世界的に同様の状況であり,電波資源枯渇問題をいかにして解消するかが,各国・地域の重要課題として議論されている.

図1 30MHz~10,000MHz帯における我が国の電波の使用状況

2.2 周波数共用技術と電波法制度,標準化

 ソニーは電波資源枯渇問題を解消する手段として「周波数共用技術」に注力しており,筆者は入社以来,研究開発に加えて法制化や標準化活動にも携わってきた.

 周波数共用という言葉は様々な意味合いで使用されることが多いが,本稿では,「特定の無線システムまたは事業者に一次業務(プライマリサービス)として割当済みの周波数帯域を,別の無線システムまたは事業者が,二次業務(セカンダリサービス)として,プライマリサービスの無線システム(プライマリシステム)に有害な混信を生じさせない範囲で同一周波数帯域を使用すること」という意味で使用している.周波数共用の基本的なアプローチは以下のとおりである.

 (1)プライマリサービスが割当周波数を未使用の場所や時間(ホワイトスペース)を特定し,その範囲内でセカンダリサービスの無線システム(セカンダリシステム)が電波利用を行う.

 (2)プライマリシステムに有害な混信が生じないようセカンダリシステムの通信パラメータに制限を設け,その制限下で電波利用を行う.

 これらのアプローチは人手を介して実施することも考えられるが,様々な要因から現実的でない.そこで,周波数共用による電波資源の捻出を容易にする技術的手段として「周波数共用技術」に注目している.

 ここで,電波資源は各国・地域の電波監督機関の管理下にあることを念頭に置かなければならない.換言すれば,周波数共用技術そのものが確立されていても,法制度上許容されていなければ周波数共用技術を活用した電波利用を行うことはできない.そのため,ソニーでは,世界中の電波監督機関の法制化動向を注視しながら周波数共用技術の研究開発を進めている.

 これまで,主に欧米諸国が積極的に法制度化を進めてきており,代表的には,TV放送波帯における米連邦通信委員会(FCC: Federal Communications Commissions)及び英情報通信庁(Ofcom: Office of Communications)のホワイトスペースデバイス規則(2),(3),米国防総省(DOD: Department of Defence)や固定衛星通信事業者等が使用する3,550~3,700MHz帯におけるCBRS(Citizens Broadband Radio Service)が知られている(4).これらに共通した特徴的な技術要件が「民間企業が運用する電波資源管理用データベースサーバ(以下,DB)が周波数共用技術を用いて電波利用を管理すること」であり,これが現在の周波数共用法制及び仕組みの根幹を成している.

 図2にDBの動作例を示す.いずれのアプローチが採用される場合であっても,運用に関わる法制・技術要件策定,アルゴリズム開発,DB-セカンダリシステム間通信プロトコルの開発,そして法制・規格適合性保証及び機器間互換性確保のための認証試験が必要になる.そのため,周波数共用の仕組み作りにおいては法制化と標準化の両方が非常に重要であり,ソニーはホワイトスペースやCBRS向けのDB(それぞれWSDB(White Space DB),SAS(Spectrum Access System)という)を開発しながらこれらの活動に取り組んできた.

図2 DBの動作例

03 仕事の面白さ・やりがい

3.1 研究開発:新しい課題発見と解決へのチャレンジ

 周波数共用にDBを用いるというコンセプトは,登場してから10数年程度である.DBの実運用となるとほんの数年程度であり,セルラシステムや無線LAN等に比べるとまだまだ歴史は浅い.ソニーはれい明期から研究開発活動に取り組んできているが,未知の領域はまだまだ多く,大なり小なり,日々,新しい発見の連続である.後述する法制化・標準化活動を通じて新しい潜在的な課題を発見することも非常に多く,そのたびに,将来に向けた新しい技術開発に取り組んでいる.このように,新しい課題を発見する機会と解決に向けたチャレンジの機会が多いということが,周波数共用技術の研究開発に取り組む面白さの一つであると考える.

3.2 法制化・標準化:多岐にわたるステークホルダー

 これまでの周波数共用技術の法制化・標準化活動を通じて,最も重要なことは,多岐にわたる多くのステークホルダー(利害関係者)を巻き込むことではないかと筆者は考えている.周波数共用においては,法制化・標準化の最優先事項が,スループットや遅延といったセカンダリシステムの通信性能の向上ではなく,有害な混信からのプライマリシステム保護である.そのため,周波数共用の仕組み作りにおいては,電波監督機関やプライマリサービス事業者を含む数多くのステークホルダーと議論を重ね,干渉保護要件(Interference Protection Criteria)及び干渉保護手法についての合意形成を図ることが必要になる.

 筆者が現在携わっているWireless Innovation ForumのSSC(Spectrum Sharing Committee)を例に挙げる.SSCはCBRS標準化を行うマルチステークホルダーグループとして設立され,これまで,図3に示すように,モバイル通信関連企業に加えて,米国政府関係者,プライマリ事業者等をオブザーバとして迎えて標準化作業を進めてきた(5).議論は長期にわたり,およそ3年の期間を経て,2018年初頭にCBRS基本規格群の初版が発行された.

図3 SSCを取り巻くステークホルダー

 この活動を通じて,ステークホルダーが異なれば,周波数共用の仕組みに対する要求事項が大きく異なるということを非常に痛感した.このことは,特定の無線通信技術の研究開発だけに取り組んでいては得られない発見であると考えている.議論対象の国・地域・帯域が変わればステークホルダーも変わるので,ここで得られた知見を別の場所でそのまま生かせるとは必ずしも限らない.そこに周波数共用の仕組み作りの難しさが存在し,大きな困難を伴うものの,同時に大きな面白さややりがいも感じる.

3.3 実証実験と社会実装,そして社会貢献

 周波数共用の仕組み作りが完了して終わりではない.社会実装,実用化に向けた最終フェーズとして,図4に示すように実証実験が必要である.法制度・標準規格に基づいて開発されたDB及びセカンダリシステムを実環境でプライマリシステムに有害な混信を与えずに運用可能かどうかを示すことが目的である.机上検討では考え付かないような,法制度・規格の実運用上の“穴”が実証実験の段階で見つかれば,イコール実運用に耐えない法制度・規格であることを意味する.すなわち,再び法制度・規格の再検討が必要になる可能性は非常に高い.実際,英Ofcomは,WSDB管理会社に許認可前にフィールドトライアルを義務付け,米FCCもSAS管理会社の認証最終試験としてフィールド試験を設けている.実運用に耐える周波数共用の仕組みの構築に向けて電波監督機関が細心の注意を払っていることがうかがえる.

図4 周波数共用の研究開発から実用化までに必要な活動

 ソニーは2015年にOfcomからWSDB管理者認証を取得しており(6),SASについても2019年9月にFCCからフィールド試験を実施するための承認を得たところである(7).複雑かつ困難なプロセスではあるが,近い将来,本格的に社会実装され,実用化していく.達成感も大きく,かつ社会貢献度も非常に高い取組みであると考える.

04 ま  と  め

 本稿では,周波数共用技術に関する研究開発や法制化・標準化活動に関して,筆者が感じるやりがいや面白さについて紹介した.電波資源の枯渇という無線通信業界全体が直面する社会問題を解決するための新しいコンセプトであり,これから本格的な社会実装・運用が始まる,社会貢献度の非常に高い取組みであると考えている.これから先も,無線通信システムそのものの研究開発に加えて,有限な電波資源をいかに有効利用していくかを考え続けることの重要性を読者に感じ取ってもらえれば,大変本望である.

文     献

(1) 総務省,我が国の電波の使用状況,平成31年3月,
https://www.tele.soumu.go.jp/resource/search/myuse/use/ika.pdf

(2) “Code of Federal Regulations, Title 47, Part 15, Subpart H White Space Devices,”
https://www.ecfr.gov/cgi-bin/text-idx?node=sp47.1.15.h

(3) “The Wireless Telegraphy (White Space Devices)(Exemption) Regulations 2015,”
http://www.legislation.gov.uk/uksi/2015/2066/contents/made

(4) “Code of Federal Regulations, Title 47, Part 96, Citizens Broadband Radio Service,”
https://www.ecfr.gov/cgi-bin/text-idx?node=pt47.5.96

(5) Wireless Innovation Forum, “Wireless Innovation Forum webinar series, webinar#21: CBRS Baseline Standards,” 22 Feb. 2018,
https://www.wirelessinnovation.org/assets/Webinar_Slides/winnforum%20cbrs%20baseline%20standards%20webinar.pdf

(6) The Office of Communications, “TV white space databases,” Jan. 2016,
https://www.ofcom.org.uk/spectrum/spectrum-management/TV-white-space-databases

(7) Federal Communications Commissions, “Wireless Telecommunications Bureau and Office of Engineering and Technology approve five Spectrum Access System administrators to begin initial commercial deployments in the 3.5GHz band,” Sept. 2019,
https://www.fcc.gov/document/wtb-oet-approve-initial-commercial-deployments-35-ghz-band

(2019年9月19日受付 2019年10月24日最終受付) 

古市 匠

(ふる)(いち) (しょう)(正員)

 平22東京農工大・工・電気電子卒.平24同大学院博士前期課程了.平24ソニー株式会社入社.以来,周波数共用技術の研究開発,周波数共用システム開発並びに欧米法制化活動やWireless Innovation Forum等における標準化活動に従事.


(注1) National Telecommunications and Information Administration,商務省国家電気通信情報管理庁.国防総省含む米政府機関の使用周波数はFCCではなくNTIA所管であるため,NTIAがオブザーバとして参加している.

(注2) Grandfathered Wireless Broadband Services,FCC規則Part 90に従って3,650~3,700MHzで運用される広帯域無線業務のこと.3,550~3,700MHzの無線基地局はSASによって管理されなければならないというCBRS規則の適用免除(grandfathered)を一定期間受けており,本稿執筆時点では,CBRS規則上の非政府系プライマリサービス(non-federal incumbent)として扱われている.


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