電子情報通信学会 - IEICE会誌 試し読みサイト
© Copyright IEICE. All rights reserved.
|
筆者は2016年6月から日本ネットワークイネイブラー株式会社(以下,JPNEと略す.)の代表取締役を務めており,それ以前は2006年12月から日本インターネットエクスチェンジ株式会社(以下,JPIXと略す.)に在籍していた.両社ともインターネットの重要な役割を担う会社である.本稿においては,主にJPNEで行ってきた事項について紹介する.筆者はインターネットのれい明期から構築運用に関わり,社会基盤となっていく過程に立ち会ってきた.
JPIXは1997年に設立された日本初の商用のインターネットエクスチェンジ(以下,IXと略す.)である.IXはインターネット関連の事業者のルータ同士の相互接続のためにデータリンク層での接続性を提供し,また事業者間の相互接続を推進する役割を果たす.JPIXは複数の通信事業者及びインターネットサービスプロバイダ(以下,ISPと略す.)の出資により設立され,直近のJPIXへの加入者数は190事業者近くとなる.
JPNEは2010年に設立され,3.で説明するIPoE方式によるIPv6ローミングサービスをISPに提供する.ここで言うローミングサービスとは,事業者間の提携により,提供外サービスを利用者に対して利用可能にするものであり,インターネットにおいては利用者のインターネットへの接続性の全部あるいは一部を担うのがローミング事業者であり,個々の利用者の管理やサポートはISPが行う.
2007年頃からNTT東日本/NTT西日本(以下,NTT東西と略す.)により提供されていたFTTHアクセス網であるNTT-NGNにおいて,2008年4月から,IPv6によるインターネット接続の実現方式についての検討が開始された.NTT-NGNはインターネットとは直接接続できないIPv6の閉域網として構築されていたが,制度上の理由によりNTT東西自らがインターネット接続を提供することができないことから,複数のIPv6インターネットへの接続方式が総務省の研究会において提案・議論された.この結果2009年8月にIPv4と同様の方式であるPPPoE方式と,新たにIPoE方式が認可されることとなった.この検討にあたり,大手ISPの一部とJPIXも含む商用IX3者が比較的中立な立場から議論に加わった.この延長線上で,IPoE方式によるIPv6インターネット接続を用いてISPに対しローミングサービスとして提供することを目的として,JPIXを母体として通信事業者とISP 6社の出資により2010年8月にJPNEが設立された.
筆者は設立時からしばらくの間は株主であるJPIXの立場からJPNEの事業運営に関与していた.当初IPv6の普及が余り進まなかったことにより,利用が拡大せずにJPNEは苦戦した.このため,v6プラス(注1)と名付けたIPv4への接続可能なサービスを2013年に開始することで徐々に利用者が増加した.また2015年から開始されたNTT東西による光コラボレーションによりIPv6やIPoE方式の利用者数が急激に増加することとなり,利用が一挙に拡大していった.この事情については4.で改めて述べる.
図1に総務省により認可されたPPPoE方式(トンネル方式)とIPoE方式(ネイティブ方式)の模式図を示す.IPoE方式はPPPoE方式との対比上のために付けられた名前という側面を持つ.基本的にはイーサネット上でIP(IPv6)を伝送しているものであり,一般的なIPv6のフレーム形式となる.それに対して,PPPoEはポイントツーポイントリンクをイーサネット上でエミュレートするために考案された技術であり,本来であればこちらの方がイーサネットの利用においては一般的とは言えないが,日本に限らずイーサネット上で利用者の認証を伴う収容を行うための技術としてIPv4において広く利用されてきたことを背景としてIPv6にも適用したものがIPv6におけるPPPoEとなる.
これに対して,IPoE方式は純粋にイーサネット上にIPv6を伝送するものであるが,NTT-NGNにおけるIPoE方式は日本独自の機能も存在する.利用者に割り当てされているIPv6アドレスを持つパケットがそのままIPv6インターネットに転送できれば特に解決すべき技術的課題はない.しかし,日本においてはNTT東西のIPv6をそのままIPv6インターネットに接続することは制度上不可であるため,IPv6インターネット接続はISP等の他事業者が行う必要がある.しかも独占を避けるためにはこの事業者は複数存在しなければならない.このため事業者(複数)のIPv6アドレスをNTT-NGN網内の各事業者の顧客である利用者に割り当て,そのアドレスが送信元となるパケットについては該当する事業者に振り向ける必要が生じる.すなわち,ソースルーチングによりパケット転送を行わなければならない.この機能を有しているのがIPoE方式となる.これについて,論文となっているものは非常に少ないが,最新状況を含めて参照可能な文書としては文献(1)(Webでも公開されている(2))がある.
IPoE方式の開始時,技術的制約により接続可能な事業者数は3者に限定されており,利用者への直接提供ではなくISPへ卸提供することが接続事業者の要件となった.3者制限はNTT-NGN網内において故障時に迂回終了までの時間がサービスに影響を与えないようにするために設けられたものであった.その後,技術的な見直しが行われたことで,2012年からは接続可能な事業者数は16者まで拡大している.16者制限は利用者を収容するルータの設定に必要なリソースの限界によるものであり,この制限を緩和するためには網設計の根本的な見直しが必要となる.2019年6月においてIPoE方式による接続事業者数は当初の3者に加えて5者増加し,計8者が接続完了か接続準備中となっている.これら事業者をIPoE接続事業者あるいはVNE(Virtual Network Enabler)と呼ぶ.
IPv6への普及が進まないことと,今後IPv6上でのIPv4の提供が必要になることから,移行技術としてIPv4 over IPv6(以下,4over6と略す.)の検討が様々なところで進んだ.最初に提案された方式は2008年のDual Stack Lite(DS-Lite)(3)である.その後,4over6の方式としては,複数の提案が行われた結果,標準化若しくは参照可能なものとして文書化された方式は,大きく分けると5方式存在することになった.各方式の特徴を模式的に示したものを図2に示す.具体的にはIPv4パケットを,カプセル化するかアドレス変換するか,中央装置側で状態を持つか持たないかで計4通りとなる.各方式は各々利害得失があり,提供主体や形態に関する拘束条件に応じて適した方式が異なるため,実サービスとして提供済みの4over6も複数が併存している.各方式が個々に実装を必要とすることから関係する全ての当事者の負担となっているのも事実である.
JPNEにおいては,回線を終端し利用者のデバイスを収容するカスタマエッジ装置(Customer Premises Equipment,以下CPEと略す.)に関与できることや,中央装置での速度と規模適応性のメリットを重視してIPv4パケットをカプセル化しIPv6アドレスにIPv4アドレスとポートの情報を埋め込むMAP-E方式(図2内右上)を採用した.4over6の提供のためには,中央装置の用意,CPEへの4over6機能の実装,及びCPEでの設定が必要となる.CPEの設定を利用者に実行させるのではなく,プロビジョニング(開通作業)のプロセスに含めることにより,4over6の自動開通が可能になる.MAP-Eを採用しかつIPv6による通信を利用したプロビジョニングのための機能を含むものが「v6プラス」となる.各VNEも個々の判断で4over6の方式を選択している.
IPv6は1995年に仕様に関する最初のRFC(4)が発行され,既に20年以上経過しているが,十分に利用が進んだとは言えない.このような環境の中で,NTT-NGNにおけるIPv6インターネット接続の対応について,PPPoE方式は2011年6月,IPoE方式は同年7月に開始されている.開始当初しばらくは実際に利用者数は徐々にしか伸びなかった.その事態が大きく変わったのは2015年にNTT東西により光コラボレーションが開始されたことによる.光コラボレーションとは,それまでアクセス回線とインターネット接続が別契約であったものが,NTT東西が事業者に光回線を卸提供することにより,事業者から一体提供できるようにした仕組みであり,NTT東西から事業者に対して光回線の転用が行われる.この際にオプションとなっているIPv6サービスも同時申込できることで,転用回線の増加に併せてIPv6サービスも増加することとなる.図3にNTT-NGNにおける光コラボレーション回線数とIPv6回線数を比較したグラフを示す.2015年まではIPv6化率は数%で推移していたが,光コラボレーションが開始された以降に急激に拡大している.
これと同時期にPPPoEによるIPv4インターネット接続において夜間帯のふくそうが目立つようになった.これは,PPPoEの終端装置の増設が一定の基準に従って行われていたものが,1利用者当りのトラヒック増により,現実との不整合が発生したことによる.しかもこの基準については制度の中で定められたもので,速やかに変更できるというものではないため,ふくそうが緩和されるまでに年単位での時間を要している.
この性能劣化を回避するために注目を浴びたのがIPoE方式とIPv6である.これは,グローバルな事業者が積極的にIPv6を進めて,中でもGoogleと配下のYouTubeが戦略的にIPv6対応を行ったため,IPv6を利用するとYouTubeの動画像が画質劣化なく視聴できるという評判が広がり,それを聞いた利用者が積極的に乗り換えた.更に,VNEの4over6でも同等品質が得られるために,IPv4においてもふくそうが発生していないとの評判が広がった.これにより,IPoE方式の利用者すなわちIPv6接続可能な利用者が大幅に増大した.
IPv6の普及が当初の想定とは異なる形で進み始めたが,未来の予測は結局のところ不可能であったということにはなる.一方で十分な技術に関する予見と準備を行っておくことで,社会基盤の安定的提供が継続できているということに大きな面白みがある.
ここにきて,更にIPv6の実装を進めるため,コンテンツの中でも国内コンテンツのIPv6化を図る必要がある.
国内のコンテンツ事業者において,大規模コンテンツについては内外のCDNを利用している.グローバルに展開している有力CDN事業者においてはIPv6が利用可能になっており,明示的に止めない限りはIPv4/IPv6のデュアルでコンテンツ配信するという仕様となる.しかしCDNを利用している大手コンテンツ事業者に確認したところ,配信エリアの制御がIPv6では困難であるために配信を行っていないとのことであった.具体的には国内外の判定と,場合によって都道府県単位での判断をIPv4アドレスの持つ地理情報に関する属性値により行っている.このため,同等機能をIPv6アドレスに対しても用意するべく,国内のIPv6アドレス情報を有しているVNEとその情報を利用するコンテンツ事業者が協力するための仕組み作りを行うこととした.
NGN IPoE協議会(5)は,日本におけるインターネット普及拡大,IPv6の利用促進により,国民が利用しやすい環境を形成し,新しい生活と産業の具現化を目指すために,2018年3月にVNEにより設立された業界団体である.この活動の一環として,VNEとコンテンツ側でIPv6における地理情報の共有のために,2019年4月に「IPv6地理情報共有ワーキンググループ」が発足した(6).これは,重要な課題を解決するという積極的な目的のために必要な調査を行った上で協力者を募り仕組み作りを行ったものであり,やりがいを感じる活動となる.
インターネットはしばらく前から社会基盤となっており,また市場としても十分に成熟したものとなっている.純粋な技術として改善や向上はあるにせよ,革新はなくなりつつあるようにも見える.しかし,その中でも次々と新たな課題は発生し続けており,解決のために様々な取組みを行う必要がある.そのような機会においては,当たり前のことではあるが,関連する情報を収集した上で,方向性を決定し,適切な協力者を募った上で何らかの仕組みを構築し,課題にあたらなければならない.安定化を求められ続けている情報通信インフラの提供においても,このような機会はまだまだ少なからず存在していると筆者は考えている.
(1) 日本ネットワークインフォメーションセンター.“インターネット10分講座IPv6におけるPPPoE方式とIPoE方式とは,”JPNIC newsletter: for JPNIC members, no.70, pp.28-31, Nov. 2018.
(2) https://www.nic.ad.jp/ja/newsletter/No70/0800.html
(3) RFC6333
(4) RFC1883
(2019年8月1日受付 2019年9月3日最終受付)
(注1) 「v6プラス」は日本ネットワークイネイブラー株式会社の登録商標.
オープンアクセス以外の記事を読みたい方は、以下のリンクより電子情報通信学会の学会誌の購読もしくは学会に入会登録することで読めるようになります。 また、会員になると豊富な豪華特典が付いてきます。
電子情報通信学会 - IEICE会誌はモバイルでお読みいただけます。
電子情報通信学会 - IEICE会誌アプリをダウンロード