3-5 IoTプラットホーム事業者(株式会社ソラコム)

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Vol.103 No.2 (2020/2) 目次へ

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3. サービスの通信の「仕事」――私たちが日々利用している身近なサービス―― 3-5 IoTプラットホーム事業者(株式会社ソラコム) 松下享平 クラウドを最大限活用した“IoT通信プラットホームSORACOM”の生い立ちと運用の現場奮闘記

松下享平 (株)ソラコム

Kohei MATSUSHITA, Nonmember (SORACOM, INC., Tokyo, 107-0052 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.103 No.2別冊 pp.241-244 2020年2月

©電子情報通信学会2020

01 今や,ISSでも使われている「通信」

 皆さんは「通信の仕事」に対してどのようなイメージをお持ちでしょうか?

 通信に関わる仕事は目に見えづらく,想像力を必要します.黒い画面に表示されている謎の英数字を見ながら通信相手のシステムまでの通信経路を頭で描きつつ,パズルを解くように多くの機器を調整して接続できるようにしていきます.

 私たちが普段利用しているパソコンやスマートフォンはもちろん,ISS(国際宇宙ステーション)のクルーが地上との情報交換が気軽にできるようになった(1)のも,このような通信の仕事の成果と言えるでしょう.

 また,クラウドコンピューティング(以下,クラウド)やIoT(Internet of Things;‘もの’のインターネット)においても通信は不可欠であり,これまで以上に重要度を増しています.

 本稿では,「IoTプラットホーム」“SORACOM”を通じて「通信の『仕事』」について皆さんに興味を持ってもらい,通信の役割や重要性,ソラコムが目指している世界観,そして,お読み頂いている方の中から通信に携わる仕事に進みたいと思った際に知っておいて頂くと役立ちそうな事柄をお伝えできればよいと考えております.

02 通信に不可欠な「交換機機能」をクラウドで動かす“SORACOM”

 皆さんが普段持ち歩いているスマートフォンがつながる理由は御存じでしょうか? このスマートフォンの通信は専門的には「セルラ通信」と呼ばれるものです.電波を使って近くの基地局と通信することで,動画像閲覧やチャットができる仕組みです.その基地局の先には「交換機」と呼ばれるデータを適切に送受信して,必要に応じてインターネットとの通信を行うハードウェアがあります.この交換機は,一般的にはデータセンターと呼ばれるコンピュータシステムを格納するビルの中で,24時間365日動き続けるように保守運用されています.このようなネットワークを支える仕組みがあることで,通信が安定的に確保されています.

 ソラコムが提供するIoTプラットホームSORACOMは,2015年9月にサービス開始して以来,15,000を超えるお客様に100万を超えるセルラ通信回線を提供している「通信事業者」です.

 ソラコムは,通信キャリヤの基地局などの通信インフラを借り通信事業を提供する仮想通信事業者,MVNOです.加えて,通常ハードウェアで構築する交換機の機能を「ソフトウェアでクラウド上で動かす」ことを実現しています.この仕組みを背景に,通信費用の低価格化,柔軟な価格設定,回線管理やリアルタイムな通信速度の変更,デバイス管理,クラウドへのデータ転送サービスといった,大量のIoTの‘もの’をつなげる際に必要な機能を付加価値として通信を提供しています(図1).

図1 SORACOMはクラウド上で仮想的な交換機を実現

03 遠くに離れた‘もの’の状態や,現場で起こっている‘こと’を「ディジタル化」するのがIoT

 IoTとは,ネットワークを用いて「遠くに離れた‘もの’の状態や,現場で起こっている‘こと’をディジタル化する」技術です.情報通信白書(平成30年版)によると,2020年には世界中で400億を超える‘もの’がつながると予想されています.IoTの仕組みは,「‘もの’」「ネットワーク」「クラウド」という三つの要素で構成されています(図2).

図2 IoTは三つの要素で構成されている

 より技術が使いやすくなったことで,従来からIoT活用が検討されてきた車や人の動態管理,工場の可視化,スマートメータなどの分野だけではなく,皆さんの生活の身近なところにも利用され始めています.例えば,冷蔵庫の食材の残量を重量センサでディジタル化すれば,通信を利用してクラウドにデータを集めることができ,そのデータを見れば商品補充のタイミングが分かるのですが,これも“IoT”です(図3).

図3 冷蔵庫内の食材の減り具合を重量センサで感知し通信を組み合わせた例(2)

3.1 「IoT」は誰でも利用できる技術へ

 従来このような取組みは,大規模な投資が必要でしたが,2010年頃から起こった「クラウド」と「‘もの’」のイノベーションによって状況が変わりました(図4).

図4 二つのイノベーションがIoTを進めてきた

 この二つに共通して言えるのが「誰でも使える,誰でも買える」ということに集約されると言えるでしょう.このようなイノベーションによって,一部の大企業だけだったディジタル化の技術が誰でも利用できるようになったわけです.

3.2 SORACOMはIoTの「ネットワークの課題を解決する」

 「‘もの’」と「クラウド」につなげるためには「ネットワーク」が不可欠となります.ここで改めて注目されているのが「セルラ通信」です(図5).

図5 クラウドと‘もの’をつなげるときのネットワークの課題

 これまでIoTで利用されてきた有線LANやWi-Fiは,設置・設定には工事やIT知識が必要です.一方,セルラ通信は,私たちが普段利用しているスマートフォンの通信そのものであり,基地局は日本全国に設置されているため,どこでもつなげることができ,IoT向けの通信としては最適なのですが,これまでは「人向け」として発展してきました.

 SORACOMは人向けだったセルラ通信をクラウドと融合することで,「‘もの’向け」の通信として,誰でも手軽に利用頂けるように提供しています.その結果,企業のシステムや工場,建設,介護などの様々な現場,店舗や農業・獣害対策などの屋外,更には新しいプロダクトを作るスタートアップや電子工作を楽しむ個人に至るまで,生活を便利にする,若しくは課題を解決するシステムやサービスを開発する際に通信を扱う機会が広がっています.

04 通信を安定的に提供するために

 次に通信事業者としての取組みを御紹介します.通信は「安定して提供されること」が大切です.

 SORACOMでは,通信を安定的に提供する「OpsDev(注1)エンジニア」という職種があり,彼らの仕事ぶりをWeb上で詳しく公開しています(3),(4)

 OpsDevエンジニアの仕事内容から,SORACOMの仕組み,そしてどのようにして安定的な通信を提供しているのかを紹介します.

4.1 マイクロサービス―組み合わせてサービスを提供

 SORACOMではパケット通信を処理するシステム,ユーザ管理をするシステム,課金を処理するシステムといった単位でサービスを作り,それらを組み合わせることで“SORACOM”というサービスを提供しています.このような構成を「マイクロサービス」と称します(図6).

図6 SORACOMのシステム概要

 マイクロサービスの利点は幾つかありますが,とりわけ「他のシステムへの影響を最小限にしつつ,機能の追加・更新が可能」という点をSORACOMとして必要としていました.IoTはまだまだこれから成長する市場であり,お客様のニーズも増えていきます.それに合わせてSORACOMの機能も増やすためにはなくてはならない利点です.

4.2 徹底した自動化

 OpsDevの“Dev”は,自動化を実現するためのプログラム開発という意味が含まれています.デバイス,インフラ,ミドルウェア,アプリなど複数レイヤでシステム監視を行い,問題を早期発見・早期解決できる仕組みを持っています.また,プログラム化された復旧手順と組み合わせることで,多少の問題は自動復旧できるように作られています.すぐに復旧できなかったとしてもクラウドアーキテクティング原則の一つである,Design for Failureの思想(2)の下多重化されており,システムの切換えなどを意識した設計となっています.このような継続的な運用効率化も,クラウドやソフトウェアの技術を駆使しているから実現できる利点です.

05 通信の第一歩は「近隣の機器と有線でつなげる」

 通信の中心であるインターネットに目を向けると,実用化され始めた約20年前から比べると飛躍的な進歩を遂げており,また,今後も更なる発展が予想されます.ただ,幸いなことに現在の通信の多数を占める「TCP/IPネットワーク」の本質は余り変わっておらず,例えば,安価に手に入る「Raspberry Pi」とパソコンを有線LANで通信ができるようにするところから始めたとしても,十分役立つ知識が得られます.

 通信の仕事に関心をお持ちの方には,是非‘もの’を通信接続し,そのデータを活用するIoTを試して頂きたいと考えています.大切なのは,通信ができた際に「面白い」と感じられたかどうかです.もしも,面白いと感じられたなら,通信の仕事に向いていると言えるでしょう.

06 お わ り に

 私は1996年頃に,地方のISP(インターネットサービスプロバイダ)でのアルバイトがキャリアのスタートでした.思い返すと通信の楽しさは「つながっていなかったものをつなげる」ところにあると感じています.

 SORACOMを題材に,IoTと通信の仕事を紹介してきました.皆さんの普段の生活に溶け込んでいる通信を安定的に提供しているエンジニアの方々の活動や,まだインターネットにつながっていない‘もの’を通信接続する仕事に興味を持って頂けたならうれしく思います.

 本稿への感想などはメールやTwitter等〈@ma2shita〉でお待ちしております.お気軽に御連絡をお寄せ下さい.

文     献

(1) “JAXA/ファン!ファン!JAXA!,”
https://fanfun.jaxa.jp/faq/detail/213.html (参照2019-6-20)

(2) クラウドデザインパターン協議会(2015),“クラウドアーキテクティング原則,”
http://aws.clouddesignpattern.org/index.php/クラウドアーキテクティング原則 (参照2019-6-20)

(3) (株)ソラコム(2018),“SORAZINE/社員レポート#5~OpsDevエンジニア~,”
https://sorazine.soracom.jp/entry/2018/10/04/OpsDev-Engineer (参照2019-6-20)

(4) (株)ソラコム(2019),“SORAZINE/【社員インタビュー】OpsDevメンバーが語る.僕がソラコムを選んだ理由,”
https://sorazine.soracom.jp/entry/2019/06/04/OpsDev-Engineer (参照2019-6-20)

(2019年6月30日受付 2019年10月24日最終受付) 

松下享平

(まつ)(した) (こう)(へい)

 (株)ソラコムのエバンジェリストとして,SORACOMだけでなくIoTを広く知って頂く講演活動を担当.1990年代半ばの地方ISPの立ち上げをキャリアのスタートとし,中堅ハードウェアメーカを経た後に2017から現職.共著に「公式ガイドブックSORACOM」など.1978静岡生まれ.


(注1) OpsDev:Opsは“Operations”math運用であり,Devは“Development”math開発という二つの略語から作られた造語です.一般的にはSRE(Site Reliability Engineer)という呼称でも呼ばれます.システムの信頼性を高めるためのエンジニアリング及びそれを担当する職種です.ソラコムでは,運用における開発を重視する点からOpsDevという呼称を用いています.


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