3-6 ICTを利用した交通事業者(東日本旅客鉄道株式会社)

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Vol.103 No.2 (2020/2) 目次へ

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3. サービスの通信の「仕事」――私たちが日々利用している身近なサービス―― 3-6 ICTを利用した交通事業者(東日本旅客鉄道株式会社) 岡本直樹 JR東日本情報通信部門の担う社会的役割と今後の展望――最新のICTにより鉄道事業と生活サービス事業を支える――

岡本直樹 東日本旅客鉄道株式会社東京電気システム開発工事事務所

Naoki OKAMOTO, Nonmember (Tokyo Electrical Construction & System Integration Office, East Japan Railway Company, Tokyo, 151-8512 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.103 No.2別冊 pp.245-248 2020年2月

©電子情報通信学会2020

01 概     要

 JR東日本は,1987年の会社発足以来約30年間,鉄道のインフラや技術を起点としたサービスの提供を通じ,様々な挑戦と自己革新を続けてきた.JR東日本グループは,輸送サービス,生活サービス,IT・Suicaサービスを展開し,海外事業など新たな事業領域の拡大にも果敢に挑戦している.

02 情報通信部門の仕事

 当社における情報通信部門では,最新のICTを駆使してより一層の安全・安定輸送に挑戦している.

 20年来,情報通信部門の仕事に従事しているが,構築したネットワークやシステムを,駅社員,乗務員,施設保守に関わる社員などが使用した結果,業務効率化で感謝され,非常にやりがいを感じている.

03 JR東日本のネットワーク

3.1 情報通信インフラの所有状況

 JR東日本では2万km以上の通信ケーブルを含む様々な情報通信インフラを整備している.通信キャリヤ以外で,自社設備として広大な通信インフラを所有している会社は国内でも希少であり,これらのインフラを活用することで高いセキュリティを実現することができ,また低コストで迅速なシステム改変などが可能となる.

 これらの独自で所有している通信インフラと一般のキャリヤインフラをシームレスに接続するなど最適なネットワークを構築し,列車を運行させるシステムやお客様に情報提供するシステムなど,様々なサービスを提供している.

3.2 当社のネットワークと稼動システム

 JR東日本では,鉄道事業に欠かせない列車無線などの保安通信システムのほか,列車や旅行の予約・販売を扱うシステム,自動改札機などを運用するシステム,Suicaなど主にICカードを扱うシステム等がある.

 情報通信部門では,9,400kmを超える光ファイバネットワークを活用し,大容量で信頼性の高いIPネットワークを整備している(図1).そのIPネットワークを用いて現在は300を超えるシステムが稼動している.

図1 JR東日本のネットワーク

3.2.1 業務系ネットワーク(JR-IPNet)

 業務系ネットワーク(JR-IPNet)として,JR東日本が保有する光ケーブルなどを利用した広域LANを形成して高速IPネットワークを実現している.各ネットワークはL3SWなどの機器で冗長化構成されており,通信継続が可能な信頼性の高いネットワークとなっている.

3.2.2 サービス系ネットワーク(JR-STnet)

 駅構内共通ネットワーク(JR-STnet)は,最新のSDN(Software Defined Network)技術を利用した仮想ネットワーク環境で構築されており,セキュリティの高い安全なネットワークをスピーディに提供できるようになっている.指令室や関係機関への映像情報の配信や,駅構内の公衆Wi-Fiサービスなど様々な情報通信サービスのネットワークとして活用している.

 次項からJR東日本の通信部門で提供している様々なシステムを紹介する.

04 保安通信システム

4.1 列車無線

 列車無線装置は,地上の指令員と走行中の列車の乗務員が直接通話できる装置である.設備の老朽化に伴い,データ伝送が可能なディジタル方式に順次更新している.

4.1.1 新幹線ディジタル列車無線

 新幹線列車無線システムは,在来線に先駆けて,東北・上越・北陸の各新幹線において,ディジタル化を実現している.図2にある装置で構成され,地上と車上の間に音声回線及びデータ通信回線を提供している.

図2 新幹線ディジタル列車無線システム

4.1.2 在来線ディジタル列車無線(1)

 在来線列車無線システムは当初アナログ方式で全国整備されてきたが,首都圏では列車本数の増加やお客様へのきめ細やかな情報提供を行うため列車無線の使用頻度が増加し,通話回線の使用チャネルがひっ迫してきた.そこで設備の老朽取替えに合わせてシステムのディジタル化を行い,音声通話回線の増強とデータ回線の構築をした.

4.2 防災情報システム

 防災情報システム(以下,プレダス)は,JR東日本管内において自然災害を検知するために鉄道沿線に設置されている地震計,風速計,落石検知装置などの防災用観測機器のデータを指令に伝送し,速度規制や運転中止などの規制発令及び警報鳴動するシステムである.あわせて,規制発令後の線路設備・土木設備の点検業務の管理も可能となっている.

4.2.1 プレダスの強化対策について

 近年,自然災害リスクが高まりプレダスの重要性が増していることから,システム強化対策に取り組んでいる.

 「ICTを活用してお客様の命を守る」という,最もやりがい・達成感を感じながら従事している業務の一つである.本項では,プレダスの各種システム強化対策について紹介する.

 (1)地震計観測データ高速伝送化

 2011年3月に発生した東日本大震災では,地震を検知してから列車を停止させるシステム動作まで5秒程度を要していた.震災による脱線事故は発生しなかったが,今後の大規模地震の発生に備え,より早く安全に列車を停止させるために,地震計観測データ通信の時間短縮化を図った(図3).

図3 地震計観測データ高速伝送化の概要

 地震計のデータ伝送は従来のアナログ方式からIP方式に変更し,情報伝送を光ファイバで専用回線化した.また,直接プレダス中央装置へ地震計観測データを伝送することとした.地震計観測データを端局装置から即時送信し,情報伝達における経由機器を減らすことで,伝達時間の短縮を図っている.

 列車は時速80kmで走行していた場合,4秒もあれば数十m進むので,数十mの停止距離の短縮は非常に大きく,脱線などのリスクを軽減できる.

 (2)気象レーダを活用した局地的大雨対策(今後)

 近年,局地的に短時間で急激に降る大雨が増加しつつあり,鉄道雨量計(math点の観測)では捕捉できない災害の増加が懸念されている.気象技術の高度化より,気象レーダなどの精度の高い降雨情報(math面の観測)の活用が可能となっている(図4).

図4 気象レーダ雨量指標による運転規制(イメージ)

 今後,局地的大雨による災害を捉えるレーダ雨量を新たに運転規制指標として追加し,いち早く災害検知する仕組みの構築を行っていく.

05 お客様サービス用のシステム

 輸送障害が発生したときに,お客様に対して運行情報を的確に伝える,目的地までの振替輸送案内を提供することは,鉄道会社にとって大切な使命である.以下の節において情報提供ツールの「異常時案内用ディスプレイ」,「JR東日本アプリ」等について紹介する.

5.1 異常時案内用ディスプレイ・JR東日本アプリ(2)

 異常時案内用ディスプレイは駅改札付近等に設置されており,輸送障害時に該当路線の運行状況や振替輸送案内を示す装置である.毎年機能向上の改修を実施しており,「JR東日本アプリ」との連携追加や,近年では訪日外国人向けの機能拡充を継続して実施している.

06 将来の鉄道通信イメージ

 今後5G(第5世代移動通信システム)やIoT(Internet of Things)社会の本格的な到来に向け,最新のICT導入を検討している.5G以降は有線無線が一体となり,通信速度,接続数,遅延時間などあらゆるユーザ要望やアプリケーションの要求条件に対応することが可能になる.特に注目しているのは,従来よりも低消費電力,広いカバーエリア,低コストを可能とするIoT時代の無線通信システムであるLPWA(Low Power Wide Area)の鉄道技術への適用である(図5).

図5  LPGAの鉄道技術への応用イメージ

07 学生さんへのメッセージ

 JR東日本は事業フィールドが広くプロジェクトも多いため,若手社員の頃から重要なプロジェクトの中心で活躍することができます.

 仲間とともに困難を乗り越え,成果が世の中に出ていく様子を見て達成感を味わい,自身も知識・経験を得て次のプロジェクトに臨んでいくというサイクルを若い頃から経験できるのはとても魅力的であると思います.

 鉄道の専門知識は,入社後にしっかり身につけることができますので心配無用です.就職活動も含め,勉強,研究,サークル活動,趣味,特技など,今やりたいこと,今やるべきことに納得いくまで打ち込んで下さい.そして,皆さん一人一人の個性・魅力を磨き,学生時代を完全燃焼して社会人デビューをしてほしいと思います.

文     献

(1) 目片竜太郎,坂本敏哉,竹村有二,“在来線デジタル列車無線の開発,”鉄道と電気技術,vol.24, pp.10-14, no.9, Sept. 2013.

(2) 小泉敦史,米永雄慶,“JR東日本におけるお客さまへの情報提供について,”鉄道と電気技術,vol.20, no.11, pp.20-25, Nov. 2009.

(2019年6月26日受付 2019年7月18日最終受付) 

岡本直樹

(おか)(もと) (なお)()

 平10早大・理工・電子情報通信卒.同年東日本旅客鉄道株式会社入社.以来,新幹線・在来線列車無線ディジタル化,防災情報システム構築等に従事.現在,同社東京電気システム開発工事事務所ICT・マネジメント副課長.平25年度電気科学技術奨励賞受賞.


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