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コミュニケーションロボットの現状
小特集 1.
コミュニケーションロボットの商業的な動向
Market Trends for Communication Robots in Japan
Abstract
これまで多くの企業が商業的な成功を目指してコミュニケーションロボットを売り出してきた.ロボットとの触れ合いや会話といった体験は新鮮で,消費者の注目を浴びてきたことは確かである.しかし,企業が思い描いたように売れたロボットは一握りだ.人間形ロボットPepperの登場が象徴した「第3次ロボットブーム」も,曲がり角を迎えている.ロボット事業を続ける各社は,あの手この手で生き残りを模索し始めた.本稿では,技術系記者である筆者の独断で印象的なロボットを選び,その取組みを紹介する.過去の取材や報道をひも解きながら,企業による挑戦を振り返ってみたい.
キーワード:第3次ロボットブーム,コミュニケーションロボット,スマートスピーカ,クラウド,見守り
「コミュニケーションロボット(以下,ロボット)」の売行きはすっかり頭打ちになっている.新型コロナウイルス感染症の流行で随分昔のように感じてしまうが,「第3次ロボットブーム」と言われた2013~2018年頃を振り返ると,多くの企業が新製品を発表して世間をにぎわせていた.2020年10月現在,その動きはすっかりしぼんでしまったように見える.「(ロボットの)バブルは終わった」――.筆者の取材に対してこう語るのは,モバイル型ロボット「RoBoHoN(ロボホン)」を担当する,シャープの景井美帆氏である.「製品のサポートや品質の担保,サービスを継続できる企業でないと生き残りは難しい」(景井氏)のが現状のようだ.
ロボットブームの定義は幾つかあるが,産業用ロボットが発展した1980年頃を第1次ロボットブーム,ソニーの犬形ロボット「AIBO(アイボ)」やホンダの2足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」が登場した2000年頃を第2次と位置付ける向きは多い.第3次ロボットブームを後押ししたのは,クラウドや人工知能(AI)といったIT技術の普及だ.従来は本体の組込みコンピュータほどだったロボットの計算資源が,インターネットの力で拡張されたのである.これまでにないロボットが登場して人々の生活を変えるかもしれないという期待が,にわかに高まった.
同ブームを象徴するロボットといえば,ソフトバンクロボティクス(東京・港)が2015年に発売した人間形ロボット「Pepper(ペッパー)」だろう(図1).ソフトバンクモバイル社長兼CEOの孫正義氏(当時)は「感情を持つロボット」だと宣伝してPepperを売り出し,世間の耳目を集めた.
ロボット市場は右肩上がりとの予測もあった.新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は2010年4月,サービス分野のロボット市場は2020年に1兆241億円に達するとの予測を公表している(1).このうち,コミュニケーションロボットの関連分野は1,336億円を占め,2015年の約2.4倍に拡大する見通しだった.
ところが,その期待は大き過ぎたようである.Pepperは「国内で1万台以上」(ソフトバンクロボティクス)を販売したものの,3年間のレンタル契約を更新する企業は少なかった(2.).シャープが2016年5月に発売したRoBoHoNは当初月産5,000台を掲げたものの,3年弱を経た2019年1月末時点で約1万2,000台にとどまっている(3.).「正確な数字は分からないが,予測どおりに推移している製品は少ないというのが正直な印象だ」――.かつて前出の予測を算出したNEDOの担当者はこう打ち明ける.
近年では,ベンチャー企業の撤退も続いた.例えば,家庭用ロボット「Jibo」の開発元だった米Jibo(ジーボ)である.同社はKDDIや電通といった日本企業から出資を受けつつも,2017年に同製品を発売してから僅か1年後に事業を停止してしまった(図2).また,2019年には玩具ロボット「COZMO(コズモ)」の開発元である米Anki(アンキ)が倒産している.
逆風として考えられるのは,スマートスピーカの登場だろう.「Amazon Echo」や「Google Home(現在のGoogle Nest)」といった製品群である.音声対話でクラウドサービスを呼び出す製品として見れば,ロボットの競合になる.価格は安く,可動部のあるロボットのおよそ10分の1だ.大手IT企業が手掛けるサービスだけあって,ユーザ体験も作り込まれている.
一方で,ヒット商品となったロボットはもちろんあった.その筆頭が,デアゴスティーニ・ジャパン(東京・中央)が2013年2月に発売した「週刊ロビ」(4.)である.続編「週刊ロビ2」と合わせると,合計約15万台のロビが市中に出回った.ロボットという枠で見れば,間違いなく売れた商品だろう.ソニーが1999~2006年に販売した先代AIBOの累計販売も,同じく15万台である.なお,2018年1月に発売した現行の「aibo」は,同年7月時点で「2万台以上」(同社)だ.
ただし,近年のロボットは本体とは別に月額利用料を収益源とする製品が多い.本体価格と販売台数だけの単純比較は注意が必要になる.
ロボット事業を続ける企業は,生き残りに必死だ.その中でも,コミュニケーションロボットの老舗であるNECの取組みは興味深い.同社子会社のロボット製品「PaPeRo i(パペロアイ)」を使い,2019年1月から高齢者の見守りサービスを販売している.自治体を経由したビジネスで,個人情報保護とコスト削減の両立を図ろうとしているのが特徴だ(5.).
今後の動向として気になるのが,GLOOVE X(東京・中央)が2019年12月に出荷を始めたペットロボット「LOVOT(らぼっと)」である(図3).2020年10月時点の販売台数は非公表だ.「役に立たない,でも愛着がある」という売り文句で勝負に出る.創業以来,同社は約100億円もの事業資金を調達した.ブーム後期を代表する同製品の行く末に注目したい.
「感情認識エンジン」を搭載したPepperは,小売・飲食店の案内受付や介護施設の人手不足に一役買っている.しかし,後述する2018年のアンケート結果を見ると,契約を更新する予定の企業は僅かだった.
法人向けモデル「Pepper for Biz」の販売は2015年10月から始まり,2019年3月末時点で約2,500社が導入している.36か月(3年間)のレンタル契約が必須の商品だ.2020年10月現在,1台当りの月額利用料は5万5,000円(税別),3年間の総額は198万円になる.アプリ開発などの費用は別途必要だ.
初めての契約更新が始まる2018年10月のタイミングに合わせて,日経クロステックはPepperの導入を表明していた企業44社を対象にアンケート調査を実施し,27社から回答を得た(2).以下に,その結果の一部を紹介する.
3年契約の更新予定を尋ねると,「更新予定」と答えた企業は27社中4社(15%),「更新しない」企業は9社(33%),「まだ決めていない」企業は13社(48%)だった(図4).
「更新しない」若しくは「3年を待たずに途中解約」と回答した10社に理由を尋ねると,「顧客案内の機能を果たせなかった」(小売り)など,費用対効果を鑑みて解約したとの声が届いた.更に,発売初年の2015年に契約した初期ユーザである11社に絞って見ると,更新予定と答えた企業はゼロで,「更新しない」若しくは「3年を待たずに途中解約」の企業は7社だった.この7社のうち3社はPepperを10台以上契約した大口顧客で,中には51台以上契約していた大手企業もあった.
もちろん,効果を上げた企業は存在する.「店頭でキャンペーンの説明をしてもらうことで,訴求効果が増し,アルバイトの人件費を削減できた」(飲食業).一方で,発売から3年が経過し,「集客力が低下した」(不動産)と,「広告塔」としての役目を終えたと感じた企業もあった.物珍しさによる集客だけでは,長期にわたってロボットを生かすことは難しいようである.
故障に悩まされた企業もあった.ある企業はアンケートに対して「エラーが多発して稼動できない状態が続いた.部品交換も頻発し,運用負荷が大きかった」(小売り)と明かした.「気温や照明などの環境による影響が大きく,停止や誤動作が多く発生する.開発面・運用面とも改善には限界があり,本体の性能向上も期待できないため,顧客相手の利用は困難と判断した」――.こう訴える企業もあった.
当時,日経クロステックはPepper事業を統括するソフトバンクロボティクスヨーロッパシニアエグゼクティブバイスプレジデントの坂田大氏(当時)にインタビューを敢行している.坂田氏は「顧客の期待に達せずお叱りもあった」とする一方,「大規模に人間形ロボットを開発・販売して運用し続けた実績は資産だ」とも話した.以下は,そのインタビューの抜粋である.
編集部契約更新が少ない状況をどう分析するか.
坂田氏顧客からは「思っていたものと違う」「人を認識したうえで反応してくれない」との声が届いた.人間型であるがゆえに,「人と同じように会話できる」という期待が先行した.その点は,犬型ロボットやスマートスピーカーとは違う.顧客の潜在的な期待に達せなかった.
編集部発売からの3年間で得られた知見があれば教えて欲しい.
坂田氏そもそもロボットである必要があるのかという疑問に答えることが大切だ.Pepperが活躍できるシーンをうまく取り出して設計する必要がある.そうした意味で蓄積があった.
編集部今後の施策を教えて欲しい.
坂田氏Pepperから外部のAIサービスを呼び出せるようにする.音声認識機能を向上させて,円滑なコミュニケーションを実現したい.
シャープのRoBoHoNはスマートフォンとロボットを組み合わせたユニークな製品だ(図5).2019年1月末時点の販売台数は約1万2,000台とされる.同社が当初想定したほどは伸びなかったものの,多数のユーザが利用を継続している.
同製品は本体価格である19万8,000円(税別)に加えて,月額980円(同)からのクラウドサービス「ココロプラン」への加入が必須だ.同社によると,2019年1月末時点で同プランの契約を継続している台数は,過去の出荷台数全体の81.3%だった.2020年10月時点での販売台数と継続率は非公表だが,ユーザの引き留め施策が一定の成果を上げているようだ.
その一つが,毎年5月に企画する「誕生日イベント」である.1周年となる2017年には,希望するユーザを製造元の同社広島事業所に招待した.ユーザ機体の「健康診断」や修理の見学時間を設けたという.4周年となる2020年は新型コロナウイルスの影響でオンラインに切り換えたものの,企画自体は継続している.前出のシャープの景井氏は「愛着を持てる製品づくりが継続利用につながった」と胸を張る.
販路を広げるべく,同社は企業向けモデルも売り出した.2019年2月に発表した現行モデルのラインアップに,2足歩行とLTE通信を省いた着座タイプ「RoBoHoN lite(ロボホンライト)」を用意している.価格は7万9,000円(税別)で,通信に無線LANを使う.電話(Phone)を意味するロボ「ホン」という名称は残しつつも,もはや可動部のあるスマートスピーカのようだ.
そんな同製品の導入を決めたのが,名鉄不動産(名古屋市)など4社が売り出したある新築分譲マンションだ.このマンションは2021年12月下旬から入居が始まる.RoBoHoN liteを「ロボットコンシェルジュ」として,全192戸に標準装備するという.入居者は同製品を経由してマンション管理組合からの連絡を受け取れるほか,エアコンや照明といった家電製品の操作を音声で指示できる.カメラで撮影した自宅の様子をスマホで閲覧する機能を使えば,子どもの「見守り」にも役立つとしている.
デアゴスティーニ・ジャパンの2足歩行ロボット「ロビ」は,「世界で最も売れた2足歩行のコミュニケーションロボットだ」(同社)(図6).2020年10月時点で,続編であるロビ2の組立て完成品は19万8,000円(税別)で手に入る.
ロビは,いわゆる「分冊百科」と呼ばれる商品だ.購読を申し込むと,70回(ロビ2は80回)に分けて部品が少しずつ届き,最終号までそろえて組み立てれば,1体のロボットとして完成する.前出の15万台という数字は,創刊号から最終号までの全巻を購入したユーザの数だ.国内だけでなく,イタリア,英国,台湾,中国,香港,シンガポール,マレーシアでも販売を伸ばした.
意外にも,ロビはインターネットの接続機能を持たない.音声対話の機能はあるが,内容は決まった種類だけだ.その数はロビで200種類,ロビ2で3,000種類ほどという.クラウドによる拡張性を売りにする他の多くのロボットとは,対照的に見える.一方で,「製作工程そのものを楽しめばよい」という製品コンセプトの分かりやすさが,国内外を問わず,消費者の支持を集めた.
自治体を経由してロボットを売り込むのがNECだ.ロボットで高齢者を見守るサービス「みまもり パペロ」を2019年1月から提供している.同社子会社が2016年に発売したPaPeRo iを利用する(図7).2020年10月までに,愛媛県西条市,兵庫県市川町,静岡県藤枝市が導入を決めた.同社はこれまでの販売台数を公表していない.
高齢者の自宅に同製品を設置すると,スマートフォンを持つ遠隔の家族とつながり,テキストや音声,写真を送り合える.また,部屋の明るさや温度を同製品のセンサで監視することで,家族はスマホ越しに消灯の有無や空調の加減を確認して安心感を得られる.とはいえ,IT技術を使った高齢者の見守りサービス自体は以前からあるもので,そう目新しいものでもない.
むしろ,興味深い工夫は販売方法にある.同社はユーザである高齢者に直接販売しないのだ,まずは自治体と契約を結び,その自治体がその地域の高齢者から利用を受け付ける.つまり,同社と高齢者の間に自治体が入る仕組みだ.同社担当者によると,これは高齢者の個人情報を保護する観点から必要だった.
同サービスを利用するには,作業員が高齢者の自宅の台所や居間に上がってロボットを起動し,インターネットに接続する.しかし,一企業の社員がユーザの生活を見てしまう状況はよくない.その点,自治体の「高齢福祉課」といった部署の職員ならば,高齢者も安心だ.同社にとっても,販路や保守サービスの手を闇雲に広げる必要がない.自治体職員がロボットの設置や管理のために高齢者の自宅へ出向いてくれるのであれば,コスト削減につながる.その結果,「ユーザが支払う利用料も抑えられる」(同社担当者)という考えだ.
モバイルルータを付属する場合,ユーザは1台当り3万8,500円(税別)の初期費用と,4,500円(同)の月額利用料を支払う.また,導入台数が100台以下の自治体は月額8万円(同)の運用支援費を同社に支払う.静岡県藤枝市のように,月額利用料の一部を補助する自治体もある.同社のこうした仕組み作りは一見して合理的だが,民間企業の力だけでは販売がおぼつかないというロボットの現状も透けて見える.
本稿では,国内におけるコミュニケーションロボットの商業的な動向について,筆者の取材と過去の報道を基に紹介した.もちろん,本稿で紹介したサービスや製品は全体のほんの一部でしかない.例えば,最近では新型コロナウイルスの流行をきっかけに「アバターロボット」の活用に注目が集まる.一過性のロボットブームは収束したものの,新しいロボットを社会に適用しようとする動きは止まらない.
謝辞 取材先の皆様をはじめ,本稿を執筆する機会を与えて下さった全ての方々に感謝致します.
(1) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構,“ロボットの将来市場予測を公表,”April 2010.
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_0095A.html
(2) 日経クロステック,“ペッパー4年目の真実,”Oct. 2018.
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00466/
(3) 日経クロステック,“「バブル終わった」コミュニケーションロボ,生き残りにもがき,”Oct. 2020.
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/04748/
(4) 日経クロステック,“先代「アイボ」と並んだ「ロビ」,ロボットブームでなぜ売れたか,”Nov. 2020.
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00138/102200654/
(2020年10月29日受付 2020年11月18日最終受付)
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