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マイクロ波・ミリ波を用いた生体計測の最新動向
小特集 1.
ミリ波による生体信号計測センサの開発動向
――日常生活の中でさりげなく呼吸・心拍・血圧を同時計測――
Trend of Millimeter-wave Sensor Based Vital-sign Sensing Technologies
Abstract
超高齢化社会を迎え,日頃から自身や家族の心拍や血圧などの生体信号を測定し,体調を把握することが望まれる.一般に測定機器の装着や操作は少なからず負担を強いるもので,特に忙しい人や高齢者には時間的拘束や測定にストレスを感じる人も少なくない.そこで日常生活を拘束することなく,日々の生体信号をさりげなく測定する技術の必要性が指摘されている.本稿では,ミリ波センサが有する高周波と広帯域性,低プライバシー侵害性等に着目して心拍変動や連続血圧などの生体信号をストレスフリーで測定する技術や応用例を紹介する.
キーワード:ミリ波センサ,ヘルスケア,心拍変動,連続血圧
健康寿命の延伸のためには日頃から自身の体調や心身へのストレスなどを知ることが重要である.そのためには,心拍や血圧など健康に関わる生体信号を常時測定し,日常的に健康状態を把握する必要がある.特に,心拍変動は自律神経活動を反映する生体現象であり,循環器系疾患の診断だけでなく,ストレス指標にも用いられている.また血圧は一拍ごとに大きく変動しており,カフ式のように1回限りの測定で血圧変動を把握することは難しく,一拍ごとの連続測定が好ましい.一般に機器の装着や操作は少なからず負担を強いるもので,忙しい人や高齢者の中には時間的拘束や機器の操作にストレスを感じる人も少なくない.また白衣高血圧症のように測定環境によりストレスを感じ,正常にもかかわらず,測定値が高くなることもある.
そこで日常生活を拘束することなく,日々の生体信号をさりげなく測定する技術の必要性が指摘されている.また新型コロナ感染症の流行の中で機器を体に装着することなく,非接触で生体信号を測定する技術が注目されている.このような技術が確立されれば,測定ごとの消毒が不要になり,また他人との接触も回避できるため感染症予防にも大きく貢献できる.さてミリ波センサはマイクロ波に比べて高周波で広帯域化が可能なため小さな動きを高精度に測定できるという特徴がある.例えば,呼吸に伴う胸郭運動だけでなく,心臓の収縮運動が体表面に伝わる1mm以下の僅かな変位も非接触で捉えることができる.また心臓から大動脈への血液駆出量や心拍周期などは血圧との相関が強く,ミリ波センサで捉えた心拍波形の特徴量から一拍ごとの血圧を連続推定することも可能である.そこで本稿では,ミリ波センサにより心拍変動と連続血圧を測定する技術について概説する.
電波として最後のフロンティアであるミリ波による高速大容量通信や高分解能レーダが期待されて久しいが,近年になってようやくミリ波デバイスやモジュールを安価で入手できるようになった.その第1の理由はデバイス技術の発展で,CMOS(相補形MOS)によるミリ波モジュールの実用化が挙げられる.第2の理由として無線通信の高速大容量化や新しい電波応用分野の普及に伴い周波数が不足し,これまで余り使われることがなかった未開拓のミリ波帯に移行したためである.
一方,利用する側では,全天候性と高分解能性の観点から車載用ミリ波レーダが大きく注目され,身近な技術として感じるようになったことも大きい.特にミリ波が有する高周波と広帯域性,小形・軽量・低価格,低干渉性から家庭用向けへの応用が期待されている(1).例えば,非接触センシングによるホームヘルスケア,浴室内などプライベート空間での見守り,屋内セキュリティ監視など様々な応用システムがにわかに注目され始めている.また2019年に入ると無線局免許が不要な60GHz帯が開放され,最大7GHzの帯域幅によって1mm以下の僅かな動きなどを捉えるようになったことも大きい(2).
ミリ波センサ(車載用レーダ等と区別するために,本稿ではミリ波センサと定義)の回路構成の例を図1(a)に示す.半導体をベースにしたセンサでは,限られた送信電力と簡易な回路構成から図1(b)のようにFCM(Fast Chirp Modulation)などデューティ比が高いFM変調が用いられている(1).FM信号はローカル発振器(PLO)に所定のFM変調を与え,各アンテナ素子から送信される.一方,受信信号は低雑音増幅器(LNA)を通して直接検波される.
検波方式では,これまで微弱信号を効率良く増幅するためにスーパヘテロダイン方式が用いられていたが,近年では部品点数を減らして小形化を図るために受信信号は送信信号により直接検波している.(low-IF検波とも呼ばれている.)なお,直接検波は感度不足や相互変調ひずみなどの課題が指摘されていたがDSP技術の進歩によりシステムコストを低減しつつ,受信機性能を向上できるようになった(1).また,小さなアンテナ開口面から高い方位角分解能を実現するために仮想アレーMIMO(Multiple-Input Multiple-Output)技術が実用化されている(3).以上のようにミリ波帯の高周波と広帯域性,MIMO技術などによりセンサの高度化を実現している.
高齢者にとって,家庭内には様々な危険が潜んでおり,死亡事故は約1万2,000件と交通事故の約4倍にも上るが,これまで十分な対策や対応がないままに現在に至っている.特に,高齢者世帯数の増加に伴い,ベッドから離床時での転倒・転落や突発的な体調不良などによる事故が増えている.
ミリ波が有する高周波と広帯域性,低プライバシー侵害性,低干渉性などに着目し,家庭内での見守りやヘルスケアを行うホームヘルスケアシステムが提案されており,その概要を図2に示す(4).例えば,入浴中での事故は発見が遅れて重篤化するケースが多く,不慮の家庭内事故死の約半分を収める(3).この,入浴や起床時などでは動きや状態を監視し,事故や危険な状態を検知した場合には緊急アラームなどにより重篤事故を防止することが可能である.また高齢者が多い介護施設では,事故の約6割を転倒が占めており,寝たきりや死亡につながることもある.なお,ミリ波はマイクロ波と異なり,ガラスや壁などによる減衰が大きく,隣接する部屋への干渉は小さい(5).
これまでビデオカメラが用いられることもあったが,近年ではプライバシー保護の観点から利用が難しくなっている.また赤外線センサについては,離床時や寝返りなど細かな動作の特定が難しく,布団や衣類などによる影響によって測定精度も低い.更に家庭内事故の予防だけでなく,日頃から自身の体調やストレスを把握することも重要になっている.特に就労年齢や健康寿命を延伸するためには自身の心拍や血圧など健康に関わる生体情報を常時測定し,体調管理することが求められている.そこで居間や寝室などで,さりげなく心拍や血圧などの生体信号を測定し,図2のようにクラウド上で体調管理するシステムが検討されている.特に,高齢者や忙しい就労者にとって日常的な測定への負担やストレスは大きく,非接触・無拘束で健康状態を把握することが期待されている.
重要な生体信号として呼吸,心拍,血圧,体温の4項目が挙げられる.これまで非接触で体温を測定する赤外線センサが普及しており,コロナ感染者のスクリーニング検査を目的に公共施設や学校,店舗の出入口で広く利用されている.近年では,一拍ごとの心拍変動(心拍周期の揺らぎ)が心疾患やストレス,疲労度の評価だけでなくコロナ感染の診断にも有効ではないかと注目されている(6),(7).また血圧も一拍ごとに大きく変動しており,急激な血圧変動が脳・心血管疾患の発症リスクを高めるためカフを用いない連続血圧測定技術の確立が急がれている.
本章では,1個のミリ波センサで呼吸,心拍変動,連続血圧を非接触で測定する技術を紹介する.なお,呼吸については誌面の関係で省略する.では全体ブロック図を図3に示すが,被測定者の体動や動きに対して常に散乱点を追跡しながら生体信号を測定している.
大人の心拍数は,安静時で1分間に60~70回程度で平均すると1拍当り約1秒だが正確に測ると0.9~1.2秒ぐらいの幅で揺らいでいる.この心拍変動は主に心臓病や心身医療の診療の「心拍変動検査」や「自律神経機能検査」で使われている.高周波の電波を人体に照射するとその反射波には,呼吸に伴う胸郭変動波形と1mm以下の心拍変動波形が重畳している.では図3のフロー(左の①)に沿って受信した反射波から心拍変動を検出するアルゴリズムを紹介する.
反射波から心拍成分だけを抽出するためには周波数が接近している呼吸成分の分離が必要になる.例えば,フィルタにより心拍変動波形を抽出しようとすると一拍ごとの心拍間隔の非定常性が失われてしまう.そこで多重解像度解析法(MRA)により反射波を周波数分解し,心拍成分だけを再合成することによって非定常性を保持できる(8),(9).図4に受信した反射波から分解・再構成した心拍波形を示す.ここでは,反射波から0.8Hz~1.6Hzの心拍波形を再合成している.このように再合成した心拍波形から一拍ごとの心拍間隔を捉えるためには高い時間解像度に加え,高い周波数解像度が求められる.そのため再構成した心拍波形から1秒前後の心拍間隔を検出するために自己回帰(AR)モデルによるスペクトル解析を行う(8).なお,ARモデルでは次数の決定が重要である.例えば,低い次数を選択すると推定結果から心拍間隔の基本周波数に対応するピークを確認することが難しく,また高い次数を選択すると不要なピークが多数表れて誤ったピークを選択する懸念がある.そこで赤池情報量基準AICや最終予測誤差のような最適な次数を決定するアルゴリズムを用いることが適切である.
血圧は心身のストレスなどで上昇しやすく,日常生活を拘束することなく心拍変動や連続血圧の生体信号をさりげなく取得できれば本来の生理状態を把握できる.一般に,家庭や病院で見かける血圧計は血管壁の振動を圧力センサで測定するオシロメトリック法が採用されており,上腕部や手首の血管全体をカフで圧迫し,血流を一時的に止める必要がある.そのため連続測定が難しく,リスクの高い血圧サージなどを捉えることが難しい(10).
現在,脈波伝搬速度(PWV: Pulse Wave Velocity)法による連続血圧測定法の研究開発が活発に行われている.PWV法は,体表面の2箇所に機器を装着してそれぞれの波動(脈波)から2点間の距離と脈波の時間差からPWVを測定し,あらかじめ算出していた血圧とPWVの相関式から血圧を間接的に推定する.しかし,PWV法は,機器の装着や測定に伴う負荷が大きく,汎用性や無意識測定という観点から課題が多い.基本的に,血圧は心臓と血管との機能より生じた波動であり,カテーテルで測定しない限り血圧を直接測定することは難しく,心拍波形から血圧を数式で導出することもできない.したがって,PWV法と同じように血圧と相関が強い心拍波形の特徴量を抽出することによって血圧を推定できる.
心臓の物理的な動きを反映した心拍波形やその微分波形には複数の特徴量(特徴点)がある.そこで,最大血圧や最小血圧に対してそれぞれ相関が強い1個または複数の特徴量を見つけることによって連続血圧を検出できる.なお,心拍波形の振幅には雑音が重畳されやすく,時間軸での特徴量の選択が好ましい.本項では,誌面の関係で1個の特徴量から血圧を推定する方法を紹介するが複数の特徴量を用いることが推定精度の観点から好ましい(11).
図3のフロー(右の②)に沿って受信した反射波から連続血圧を推定するアルゴリズムを紹介する.ここで,受信した心拍波形を図6のように心臓と血管の機能を表す血圧曲線として捉えることにより最大血圧(SBP)と駆出量(SV)の関連性を把握できる.例えば,脈圧(PP)は(心駆出量SV)/(血管コンプライアンスC)で近似できる(12).なお,Cは個人ごとに異なる属性(動脈壁の硬化度)であり,数か月程度で変動することはないため,PPはSVに比例する.また1回の心収縮で駆出される血液量は心室容積に依存しているため,SBPは駆出時間(ST)に反比例する.一方,平均血圧(MBP)は動脈圧波を平均したものであり,(心排出量CO)×(全末梢血管抵抗TPR)で近似できる.そこで,TPRを一定と考えるとMBPは心拍周期(HT)に反比例する.したがって,血圧曲線のHTからMBPを推定できる.なお,最低血圧(DBP)は上記で求めたSBPとMBPから計算できる(12).
特徴量ST及びHTとSBP,MBPの相関特性をそれぞれ図7(a)及び(b)に示す.同図では相関データに対する回帰直線を示しており,相関係数はそれぞれ-0.94,-0.9で共に有意性がある.
図8に3.1.2の心拍測定と同じ条件で歩行している被験者に対して推定した連続血圧を示す.ここで同図上がSBP,そして下がDBPである.なお,カフ式血圧計を装着し,約40秒間隔でSBPとDBPを同時に測定した結果を参考値として同図に重ねている.(カフは動くと不能なので測定中はその場で立ち止まって測定.)同図からSBPとDBPは共に一拍ごとに揺らいでおり,大きく変動したとしても数拍以内で復元する機能が備わっている様子が視認できる.また同図からカフ式と直接比較することは難しいが,おおむね一致しており,動きなどを拘束しなくても(さりげなく)血圧を推定できると考えられる.
本稿では,ミリ波センサが有する高周波と広帯域性,低プライバシー侵害性等に着目して心拍変動や連続血圧をストレスフリーで計測する技術を紹介した.なお,誌面の関係でミリ波センサによるコロナ感染者のスクリーニング検査については紹介できなかったが,ホームヘルスケアと同様に応用できると考えている.
(1) 梶原昭博,ミリ波レーダ:技術と設計,科学情報出版社,2019.
(2) 陸上無線通信委員会,“60GHz帯の周波数の電波を使用する無線設備の高度化に向けた技術的条件.”
https://www.soumu.go.jp/main_content/000644184.pdf
(3) K. Jimi, A. Kajiwara, and Y. Yamasaki, “Bathroom monitoring with 79GHz UWB radar sensor using hidden Markov model,” IEICE Commun. Express, vol.9, no.9, pp.405-410, 2020.
(4) B. Feng, A. Kajiwara, Van. T. Do, N. Jacot, B. Santos, B. Dzogovic, and T. Do, “A secure 5G eldercare solution using millimeter-wave sensors,” 17th International conference on Mobile Web and Intelligent Information Systems (MobiSys2021), Aug. 2021.
(5) Y. Akiyoshi and A. Kajiwara, “Penetration loss of outer wall materials for co-existence of indoor and outdoor-use sensor at 79GHz,” IEICE Commun. Express, vol.8, no.8, pp.353-358, 2019.
(6) “ストレス指標としての自律神経の科学:機能活性度.”
http://hclab.sakura.ne.jp/stress_novice_LFHF.html
(7) 心拍変動の臨床応用,林 博史(編),医学書院,2017.
(8) 魚本雄太,梶原昭博,“ステップドFMセンサによる拍動推定,”電学論(C),vol.138, no.7, pp.921-926, July 2018.
(9) M. Shibao and A. Kajiwara, “Heart-rate monitoring of moving persons using 79GHz ultra-wideband radar sensor,” IEICE Commun. Express, vol.9, no.5, pp.125-130, 2020.
(10) 尾股定夫,“カフ(腕帯,圧迫帯)なし連続血圧計の開発と応用展開,”精密工学会誌,vol.82, no.8, pp.726-730, Aug. 2016.
(11) R. Kawasaki and A. Kajiwara,” Continuous blood pressure monitoring with MMW radar sensor,” IEICE Commun. Express, vol.10, no.12, pp.997-1002, 2021.
(12) 新しい血圧測定と脈波解析マニュアル,小澤利男(監),メジカルビュー社,2008.
(2021年12月22日受付 2022年1月11日最終受付)
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