業績賞贈呈

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Vol.105 No.7 (2022/7) 目次へ

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2021年度 第59回 業績賞贈呈(写真:敬称略)

 本会選奨規程第9条イ号(電子工学及び情報通信に関する新しい発明,理論,実験,手法などの基礎的研究で,その成果の学問分野への貢献が明確であるもの),ロ号(電子工学及び情報通信に関する新しい機器,又は方式の開発,改良,国際標準化で,その効果が顕著であり,近年その業績が明確になったもの),ハ号(電子工学及び情報通信並びに関連する分野において長年にわたる教育の質向上に資する教育施策の遂行,教育の実践(教育法,教材等の開発を含む),著述及びその普及を通じて,人材育成への貢献が明確になったもの)による業績に対し,下記の6件を選び贈呈した.

限定方向に陰解法を用いた高並列・分散処理型三次元電磁界解析と設計最適化手法

受賞者 浅井秀樹 受賞者 海野正樹

 従来の三次元電磁界シミュレーションでは,そのままの物体形状を細かい三次元メッシュで表現し,陽解法で解析することが一般的であった.それに対して,限定方向に陰解法を用いることで収束性を高め,それをGPU等の加速手法や並列分散処理・アニーリング手法を用い効率的,かつ高速に最適解を求めるための手法HIE-FDTDを提案し,勘に頼っていたEMC設計が視覚的に明確になり定量的,理論的にも示され,その解析例を示した.受賞者の1名浅井秀樹氏は,回路シミュレーション技術に関する研究,SPICE相当からスタートし,カップリング・EMI/EMCに関する数値解析技術に移行し,電磁雑音の定量化をテーマとして研究するに至る.

 その研究過程として,半導体,パッケージ,ボード間協調設計のためのシグナルインテグリティ(SI),パワーインテグリティ(PI)及び電磁環境設計とそれらに関連する計算機援用工学(CAE)の統合化を目的とし,主に,HPCと高速SI/PIシミュレータ及び三次元電磁界シミュレータの開発,マルチGPUシステムによる大規模高速数値解析技術,車載用電子機器における雑音低減化(図1)に取り組んできた.

図1 高密度多層基板のレイアウト

 三次元の最適設計にも寄与できる手法は,多様な分野で極めて重要となっている.そこで,三次元電磁界数値解析を活用して,三次元設計に用いることが考えられる.(可能であれば最適設計が望ましい.)そこで,本研究では,三次元数値解析から三次元最適化設計に向け,その中心的役割を果たすであろう,高速三次元シミュレータと,その最適化について研究を実施した.回路解析に対応する形で,LIM(Latency Insertion Method)を開発するとともに,三次元電磁解析技術に展開し,刻み幅に収束性が依存しない三次元HIE-FDTD法を提案した(1),(2).もう1名の受賞者海野正樹氏においては,この実用化に向け多大なる貢献を実施した.また,雑音低減を含む最適化設計を可能とする最適設計アルゴリズムを考案した.基本となる技術は,以下の五つで目指した.

 (1)GPUデバイス等を有する並列分散三次元高速シミュレータを基本とした高速シミュレーション技術(並列分散型・三次元電磁界シミュレータBLESSの開発:文部科学大臣賞受賞)

 (2)アニーリングに基づく最適化を目指したメタヒューリスティック手法の適用

 (3)ネットリストの自動更新

 (4)シミュレーテッドアニーリングなどの手法に基づく最適化手法(図2

図2 アニーリングを使用した設計最適化

 (5)最適化設計での配線,及びケーブルなどの影響により発生する電磁雑音の低減を含む最適化の実現(STARC半導体理工学研究センターと9年間共同研究:共同研究賞受賞)

 ネットリストの更新部では,反復ごとにアニーリング手法・摂動法により更新された微小パラメータを計算結果ごとに更新する.アニーリングにおいては,GA法,タブサーチ法等を用いた.一般的にアニーリング等の数値解析には,多くの反復演算と膨大な時間を要するが,強力なGPUハードウェアを用いることで,旧来は,並列PCの活用でしのいでいたところを研究室単位のシステムで構築,運用することができた(HIE-FDTD法).すなわち,特別,または,高価な装置は不要である.このことにより,本システムを安価に手軽に扱えるようになり,最適化設計がどこでも可能になったことにより,日本の産業に貢献が高まることが示された.高密度多層モジュールに応用することで電子機器分野においても非常に価値がある.以上述べたように,受賞者たちの功績は極めて顕著であり,本会業績賞にふさわしいものである.

文     献

(1) M. Unno and H. Asai, “GPU-based massively parallel 3-D HIE-FDTD method for high-speed electromagnetic field simulation,” IEEE Trans. Electromagn. Compat., vol.54, no.4, pp.912-921, Aug. 2012.

(2) M. Unno and H. Asai, “HIE FDTD for hybrid system with lumped element and conductive media,” IEEE Microw. Wireless Compon. Lett., vol.21, no.9, pp.453-455, Sept. 2011.

(3) J. Chen and J. Wang, “A three-dimensional semi-implicit FDTD scheme for calculation of shielding effectiveness of enclosure with thin slots,” IEEE Trans. Electromagn. Compat., pp.354-360, May 2007.

(4) F. Xiao, X. Tang, and L. Wang, “Stability and numerical dispersion anaysis of a 3D hybrid implicit-explicit FDTD method,” IEEE Trans. Antennas Propaga., vol.56, pp.3346-3350, 2008.

(5) W. Sui, D.A. Christensen, and C.H. Durney, “Extending the two-dimensional FDTD method to hybrid electromagnetic system with active and passive lumped elements,” IEEE Trans. Microw. Theory Tech., vol.40, no.4, pp.724-730, 1991.

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二次元プラズモンの共鳴現象を用いたテラヘルツ光源・検出素子の先駆的研究

受賞者 尾辻泰一

 電波と光波の遷移域に位置するテラヘルツ(THz)波は,被ばく危険性のないイメージング・物質同定や次世代超高速無線通信:6G,7Gなど,Society5.0の実現に必須の未開拓周波数資源である.しかしながら,従来のデバイス技術には本質的な物理限界(THzギャップ)が存在し,その克服が焦眉の課題であった.

 受賞者は,独自の新材料・新原理・新構造の導入・考案によるブレークスルーによって,室温動作が可能な集積型の高強度THz光源及び高速・高感度THz検出素子を開発し,上述の“THzギャップ”の克服を果たした.第1に,トランジスタ内に凝集した二次元電子集団の荷電振動量子である二次元プラズモンが室温下でもTHz帯で共鳴することを,独自の赤外レーザ二光波混合法により,世界で初めて実証した(1).これはM. Dyakonov, M. Shurによる理論発見(2)を実証したもので,本研究の礎を築いた成果として学術的価値が極めて高い.第2に,光学励起グラフェンのTHz利得発現・誘導放出の理論発見と実証(3),(4),及びグラフェンプラズモンのTHz巨大利得作用の理論発見と実証に成功した(5)図1).更に,それらの成果を基にTHzレーザ素子の創出に挑み,独自の分布帰還形デュアルゲート構造を有するグラフェントランジスタレーザ素子を試作し,100K動作において電流注入による単一モード・コヒーレントTHz発光と広帯域THz増幅自然放出発光に成功した(6).グラフェンのTHzレーザ応用への道をひらく画期的成果である.第3に,プラズモンの光整流作用と不安定性の高効率な発現に有効な非対称二重回折格子ゲート(ADGG)と呼ばれる新たな素子構造を考案し,InP系ヘテロ接合量子井戸構造を用いたトランジスタ素子を試作し,ショットキーバリヤダイオードによる従来の記録を一桁以上上回る高感度をより優れた低雑音性能で実現した(7)図2).同素子の高速THz無線通信や安心安全用途の被接触非破壊イメージング等への有効性が確認されている(8).これらの先駆的業績により,受賞者は文部科学大臣表彰科学技術賞をはじめ関連する著名な学会や国際会議において数多くの賞を受賞している.第4に,上記ADGG構造をグラフェントランジスタに応用し,直流電圧を印加するだけでグラフェンプラズモン不安定性を励起し,室温動作においてもグラフェン内電子がTHzフォトンと直接相互作用して得られる理論限界を4倍も上回るTHz利得増幅作用の実証に世界で初めて成功した(9),(10)図1).これは,グラフェンTHzレーザの発振しきい温度向上と高利得化のブレークスルーとして室温・高強度THzレーザ実現に資する先駆的業績であり,次世代6G,7G超高速無線通信用光源・検出デバイス技術の新たな地平をひらく極めてインパクトの高い成果である.

図1 グラフェンプラズモンの不安定性を利用したTHz増幅及びレーザトランジスタの実現

図2 化合物半導体ヘテロ接合量子井戸内二次元プラズモンの非線形整流作用を利用した高速高感度THz検出器の実現

 以上のように,受賞者の業績は極めて顕著であり,本会業績賞にふさわしいものである.

文     献

(1) T. Otsuji, M. Hanabe, and O. Ogawara, “Terahertz plasma wave resonance of two-dimensional electrons in InGaP/InGaAs/GaAs high-electron-mobility transistors,” Appl. Phys. Lett., vol.85, no.11, pp.2119-2121, 2004.

(2) M. Dyakonov and M. Shur, “Shallow water analogy for a ballistic field effect transistor: New mechanism of plasma wave generation by dc current,” Phys. Rev. Lett., vol.71, no.15, pp.2465-2468, 1993.

(3) V. Ryzhii, M. Ryzhii, and T. Otsuji, “Negative dynamic conductivity of graphene with optical pumping,” J. Appl. Phys., vol.101, no.7, pp.083114-1-4, 2007.

(4) T. Otsuji, S.A. Boubanga Tombet, A. Satou, H. Fukidome, M. Suemitsu, E. Sano, V. Popov, M. Ryzhii, and V. Ryzhii, “Graphene-based devices in terahertz science and technology,” J. Phys. D: Appl. Phys., vol.45, no.30, pp.303001-1-9, 2012.(invited)

(5) T. Watanabe, T. Fukushima, Y. Yabe, S.A. Boubanga Tombet, A. Satou, A.A. Dubinov, V. Ya Aleshkin, V. Mitin, V. Ryzhii, and T. Otsuji, “The gain enhancement effect of surface plasmon polaritons on terahertz stimulated emission in optically pumped monolayer graphene,” New J. Phys., vol.15, no.7, pp.075003-1-11, 2013.

(6) D. Yadav, G. Tamamushi, T. Watanabe, J. Mitsushio, Y. Tobah, K. Sugawara, A.A. Dubinov, A. Satou, M. Ryzhii, V. Ryzhii, and T. Otsuji, “Terahertz light-emitting graphene-channel transistor toward single-mode lasing,” Nanophotonics, vol.7, no.4, pp.741-752, 2018.

(7) T. Otsuji, T. Watanabe, S. Boubanga Tombet, A. Satou, W. Knap, V. Popov, M. Ryzhii, and V. Ryzhii, “Emission and detection of terahertz radiation using two-dimensional electrons in III-V semiconductors and graphene,” IEEE Trans. Terahertz Science and Technology, vol.3, no.1, pp.63-71, 2013.

(8) W. Knap, M. Dyakonov, D. Coquillat, F. Teppe, N. Dyakonova, J. Lusakowski, K. Karpierz, M. Sakowicz, G. Valusis, D. Seliuta, I. Kasalynas, A. El Fatimy, Y.M. Meziani, and T. Otsuji, “Field effect transistors for terahertz detection: physics and first imaging applications,” Journal of Infrared, Millimeter, and Terahertz Waves, vol.30, no.12, pp.1319-1337, 2009.

(9) S. Boubanga-Tombet, W. Knap, D. Yadav, A. Satou, D.B. But, V.V. Popov, I.V. Gorbenko, V. Kachorovskii, and T. Otsuji, “Room temperature amplification of terahertz radiation by grating-gate graphene structures,” Phys. Rev. X, vol.10, no.3, pp.031004-1-19, 2020.

(10) S. A. Boubanga-Tombet, A. Satou, D. Yadav, D.B. But, W. Knap, V.V. Popov, I.V. Gorbenko, V. Kachorovskii, and T. Otsuji, “Paving the way for tunable graphene plasmonic THz amplifiers,” Front. Phys., vol.9, pp.726806-1-10, 2021.(invited, review)

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複素および四元数ニューラルネットワークに関する先駆的研究

受賞者 廣瀬 明

 近年,人工知能(AI: Artificial Intelligence)の社会浸透が目覚ましい.現代AIの最重要基盤は,ディープラーニングなどを含むニューラルネットワーク(NN)である.それはWebページ利用やクレジットカード決済などのビッグデータを学習材料としながらそれらの情報処理を行い,人類に有用な情報抽出を行って社会に大きく貢献している.更にセンサネットワークの進展に伴い爆発的に増大した監視カメラや環境センサのデータ処理でもその威力を発揮している.加えて最近は可視光観測だけでなく,霧中・障害物環境での安全確保や人の見守りのためのマイクロ波・ミリ波によるイメージング,人工衛星搭載のマイクロ波位相・偏波イメージングでのAI処理の需要が急速に高まっている.本会やIEEEでも,位相情報・偏波情報を有効活用するAIイメージングの研究が活発である.

 電磁波などの波動の位相や偏波という物理情報は,強度や振幅と異なる独特の情報構造を持つ.それらに適したニューラルネットワーク理論が,それぞれ複素NN及び四元数NNである(1),(2).NNでは一般に,既知の情報をうまくNNに入れ込むことで,少ないデータ量でも素早い学習で未知の情報を適切に処理できるようになる(3).受賞者は,この物理情報の構造とNNの情報学習方式とを固く結び付ける理論を構築し,エレクトロニクスに応用展開するという,学際的な先駆的研究を進めた(4).それは現在,波動を用いる物理リザバーコンピューティング(5)などを含む広い分野に波及している.

 広範な応用例の一つが,地球上のグローバルで高解像な地表分類である.世界の熱帯雨林では開発に伴い森林の伐採が進んでおり,それを監視する必要があるが,それら地域は常に雨雲に覆われているため通常の可視光監視が難しい.しかし人工衛星搭載マイクロ波リモートセンシングと四元数ニューロAIによって偏波情報から地表状況を判断することで,天候や昼夜にかかわらず恒常的に監視できる.

 図1は富士山の北東部を人工衛星によって偏波合成開口レーダ観測したデータに対し,四元数NNの学習により適応的な地表分類を行った結果である(6)図1(e)は対応する領域の実際の植生のラフなスケッチである.図1(a)~(c)の従来法では森林を街と誤る箇所が多く見られ,また,山の斜面にある森林を草原に誤ることも少なくない.これでは森林伐採を見分けられない.しかしここで四元数NNによる処理で判断することで,これらの誤りが大幅に減少し,高い分類精度を得ている.

図1 従来法((a)~(c))及び本業績((d))の理論に基づく手法による植生分類結果例(6)

 当該技術はそのほかにも,森林バイオマス推定による地球環境モニタリングや氷河の監視による地球温暖化及び水源評価,地震や洪水の災害状況の迅速な把握といった防災・減災,農作物の生育状況の大規模把握など,リモートセンシングの高度化にその寄与を高めており,社会的重要性も極めて高い基盤技術である.

 このように本業績は,電子工学と情報工学を融合する新しいニューラルネットワーク理論を構築した基礎的研究であるとともに,その成果がニューラルネットワーク分野にとどまらずリモートセンシング工学や電磁波・光波工学,音波・超音波工学,物理リザバーコンピューティングにも波及する学際的な枠組みの構築であって,それら学問分野への貢献が極めて顕著であり,本会業績賞にふさわしいものである.

文     献

(1) A. Hirose, SCIシリーズ400 Complex-Valued Neural Networks (2nd Edition), Springer, 2012.

(2) 廣瀬 明,複素ニューラルネットワーク(第2版),サイエンス社,東京,2014.

(3) A. Hirose and S. Yoshida, “Generalization characteristics of complex-valued feedforward neural networks in relation to signal coherence,” IEEE Trans. Neural Networks and Learning Systems, vol.23, no.4, pp.541-551, 2012.

(4) 廣瀬 明,丁 天本,“複素振幅を扱うニューラルネットワークとそのエレクトロニクスにおける利点,”信学論(C), vol.J98-C, no.10, pp.184-192, Oct. 2015.

(5) G. Tanaka, T. Yamane, J.B. Héroux, R. Nakane, N. Kanazawa, S. Takeda, H. Numata, D. Nakano, and A. Hirose, “Recent advances in physical reservoir computing: A review,” Neural Netw., vol.115, pp.2272-2279, 2019.

(6) F. Shang and A. Hirose, “Quaternion neural-network-based PolSAR land classification in Poincare-shapre-parameter space,” IEEE Trans. Geosci. Remote Sens., vol.52, no.9, pp.5693-5703, 2014.

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デジタルコヒーレント通信用狭線幅波長可変光源の研究開発と実用化

受賞者 向原智一 受賞者 木村俊雄 受賞者 黒部立郎

 近年,スマートフォンの普及によるワイヤレスバックボーンの拡大や,クラウドコンピューティング,動画像配信の普及などによりトラヒック総量が指数関数的に増加し通信容量の更なる拡大が急務となった.このため光の位相(波の状態)を用いる「光ディジタルコヒーレント方式」による大容量伝送システムの導入が急速に進められた.この方式では,位相変調された信号光に受信側で局発光を干渉させることで,強度変調に復調する.その際,発振スペクトル幅の狭い(狭線幅)波長可変光源(1),(2)が求められる.

 広帯域波長可変光源は種々な方式が提案されていたが,受賞者らは光通信用光源として実績のあった単一波長特性を有する位相シフトDFB(Distributed FeedBack)レーザを基本構成デバイスとした波長可変レーザを研究開発した.12個のDFBレーザアレー,光カップラ,半導体光増幅器から成る機能素子を同一基板上に形成したモノリシック集積型レーザであり,結晶成長技術とドライエッチング技術を用いてモノリシック集積した(3),(4).更に,狭線幅化と高光出力化を同時に実現させるため集積レーザに工夫を加え新たにDR(Distributed Reflector)レーザアレーとAWG(Arrayed Waveguide Grating)カップラを集積させたモノリシック集積型波長可変光源(5),(6)を新たに開発した(図1).このレーザにおいて,光出力19dBm,線幅70kHz以下と世界最高レベルの特性を実現した.同時に比較的複雑なモノリシック集積型レーザを量産レベルで安定的に製造できるよう設計した.

図1 DRレーザアレーとAWGカップラから成る波長可変光源と適用した集積技術

 レーザ素子と並行して,±8pm(1GHz)という高精度に波長を安定化させたレーザモジュール(パッケージ)の開発を行った.エタロンフィルタを用いた波長ロッカを開発し,また組立の部品固定については高信頼性の樹脂接着固定技術によりパッケージの小形化(従来に比べ体積半分)を図った(7),(8)

 また,電子回路を搭載した業界標準のITLA(Integrable Tunable Laser Assembly)形態の開発も行った(9).ディジタルコヒーレント通信に対応するには制御回路の低雑音化も必須であった.図2に実用化したITLA製品群を示す.外部環境や動作条件の影響で波長安定性や線幅特性の劣化を抑制する補正機能を強化した結果,当初に対し,サイズ1/3の小形化,高出力駆動時においても,低消費電力を実現した.

図2 実用化したITLA製品群

 受賞者らはディジタルコヒーレント通信用狭線幅波長可変光源として,複数の光機能素子をモノリシック集積させた化合物半導体技術,樹脂接着を用いた小形パッケージ技術,低雑音制御回路技術の総合技術開発により,世界最高水準の高光出力19dBm,高波長安定性,狭線幅70kHz以下の波長可変光源を世界に先駆けて開発に取り組み,実用化した.

 実用化したディジタルコヒーレント通信用の狭線幅波長可変光源は大規模化するデータセンター,電子商取引,Web会議等を引き金にした通信容量増大という喫緊の課題解決に世界的規模で貢献している.本製品は世界シェア40%以上を達成した.

 以上のように,受賞者らが実用化した光源は,業績は本格的な5Gの普及に欠かせない製品であり,世界的規模で電子情報通信分野に大きく貢献している.これらの成果は,桜井健二郎氏記念賞,大河内記念生産賞表彰など高く評価されており,受賞者らの功績は極めて顕著で,本会業績賞にふさわしいものである.

文     献

(1) 堀川浩二,山本篤司,伊藤慶孝,青柳 靖,越 浩之,黒部立郎,粕川秋彦,“Full C-band波長可変DFB-LD搭載ITLAモジュールの開発,”2005信学総大,no.C-4-13, March 2005.

(2) 木本竜也,小林 剛,向原智一,菅谷俊雄,有賀麻衣子,木村俊雄,“DFBレーザアレイ集積型波長可変光源のスペクトル線幅特性,”2012信学総大,no.C-4-10, March 2012.

(3) 清田和明,若葉昌布,岩井則広,黒部立郎,小林 剛,鍛治栄作,小早川将子,木本竜也,横内則之,“AlGaInAs系BH構造を有するDFBアレイ集積型波長可変レーザ,”2013信学総大,no.C-4-1, March 2013.

(4) 有賀麻衣子,菅谷俊雄,秋月一能,中島康雄,新子谷悦宏,木村敏雄,“樹脂固定技術による高信頼性フルバンドチューナブルレーザモジュールの開発,”信学技報,R2013-37, EMD2013-43, CPM2013-62, OPE2013-66, LQE2013-36, pp.45-49, Aug. 2013.

(5) 清田和明,鈴木理仁,奥山俊介,有賀麻衣子,稲葉悠介,山岡一樹,森 肇,黒部立郎,“DRレーザアレイとAWGカプラを集積した波長可変光源,”2017信学総大,no.C-4-15, March 2017.

(6) T. Kurobe, T. Kimoto, K. Muranushi, Y. Nakagawa, H. Nasu, S. Yoshimi, M. Oike, H. Kambayashi, T. Mukaihara, T. Nomura, and A. Kasukawa, “High fibre coupled output power 37 nm tunable laser module using matrix DFB laser,” Electron. Lett., vol.39, pp.1125-1126, July 2003.

(7) T. Kimoto, T. Kurobe, K. Muranushi, T. Mukaihara, and A. Kasukawa, “Reduction of spectral-linewidth in high power SOA integrated wavelength selectable laser,” J. Sel. Topics Quantum Electron., vol.11, pp.919-923, 2005.

(8) T. Sugaya, M. Ariga, T. Kimura, K. Akizuki, Y. Nakajima, and Y. Arashitani, “Reliable full band tunable laser module realized by adhesive bonding technology,” 17th Microoptics Conference (MOC), H-21, 2011.

(9) T. Suzuki, K. Kiyota, S. Okuyama, Y. Inaba, M. Ariga, and T. Kurobe, “Tunable DFB laser array combined by monolithically integrated AWG coupler,” ISLC2016, TuC3, 2016.

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ネットワーク連動型モバイル端末トラヒック制御技術の開発

受賞者 中村 元 受賞者 岸 洋司 受賞者 北原 武

 インターネットの爆発的な普及や映像サービスなどのリッチコンテンツの出現により,固定・モバイル網の大容量化が進展する中,通信トラヒックの制御技術は,ユーザに高品質な通信サービスを安定的に提供する上で不可欠な技術である.従来,トラヒック制御は,受付制御や帯域制御などがネットワーク側で一元的に行われてきたため,モバイルインターネットの初期には異なる通信環境に応じた端末ごとのきめ細かい制御は不可能であった.そこで,受賞者らは,ネットワークの状況や設定に応じて,ユーザ端末側で自律的にトラヒック制御を行う技術の研究開発を行ってきた.ネットワークやサーバとの連携により,実装負荷を軽減しつつ,ユーザ端末側で効率的なトラヒック制御機能を実現する方式を考案し(図1),モバイル端末並びにIoT端末へ実装した.モバイルネットワークにおいて,トラヒックのふくそう状況は,時間や場所,サービスにより変化し,容量が不足する設備も無線アクセス回線からコアネットワークやサーバまで多岐にわたる.そのため,ネットワーク側での一元的な制御では十分に対応できず,環境の異なる端末ごとの制御を自律的に行う必要が生じた.考案手法は,ネットワーク側からトラヒック制御のポリシーを端末に通知し,通知されたポリシーに従い端末内でサービス種別ごとに設定された制御条件を変更する.そのため,多様な料金プランや通信サービスに対するきめ細かい制御を実現し,多数の端末にもスケーラブルにサービス品質の向上を図る.

図1 ネットワーク連動型モバイル端末トラヒック制御技術の概要

 受賞者らは,通信ネットワークの容量設計や通信トラヒックのモデル化に関わる研究に従事し(1)(3),その専門性を生かしてネットワークと端末が連携するトラヒック制御技術の開発を進めてきた.放送コンテンツを契機としたサーバへの一斉アクセスに対して,ワンセグ放送波で通信タイミングを制御する方式を提案し,世界で初めて商用放送波を利用したふくそう制御のフィールドトライアルを成功させた(4),(5).更に,無線アクセス区間の混雑度を推定しながら自律的に帯域制御を行う方式の実装でPC接続定額制サービスや定額制モバイルデータ通信サービスを実現した.また,データ通信量の比較的少ないIoT端末においても,端末側で測定したスループットなどから設備の混雑状況を推定して,データの送受信のタイミングを制御した.本取組みは,天気予報サイトの各種気象情報のデータ収集などで利用され,再送回避による無線アクセス区間の有効利用の観点から評価された.一連の取組みの核となるネットワーク連動型モバイル端末トラヒック制御技術は,2021年4月に4G(LTE)端末の標準規格(3GPP規格)必須特許として認定された(6)

 受賞者らの業績は,モバイルインターネットのれい明期より将来必要となる端末側でのきめ細かい自律的トラヒック制御を行う先導的なものである.本技術は,通信環境に合わせて高品質なサービス提供が求められる5Gや6Gの時代においても,多様なニーズに応じて端末に実装される可能性があり,その発展性が期待される.モバイルインターネットが開始された3Gの時代から現在及び将来にわたり必要とされる,ネットワークと端末が連携したトラヒック制御を実現する本業績は,多くの利用者に多様な高品質の通信サービスを提供可能とし,技術的業績並びに社会生活への波及効果の観点から極めて顕著な成果であり,本会業績賞にふさわしいものである.

文     献

(1) 中村 元,横山浩之,小田稔周,“通信網における網状態依存型リソース要求量決定機構の提案,”信学論(B-I),vol.J79-BI, no.5, pp.251-261, May 1996.

(2) H. Nakamura and T. Oda, “Optimization of facility planning and circuit routing for survivable transport networks―An approach based on genetic algorithm and incremental assignment―,” IEICE Trans. Commun., vol.E80-B, no.2, pp.240-251, Feb. 1997.

(3) H. Furuya, H. Nakamura, S. Nomoto, and T. Takine, “Local poisson property of aggregated IP traffic,” IEICE Trans. Commun., vol.E86-B, no.8, pp.2368-2376, Aug. 2003.

(4) H. Koto, H. Furuya, and H. Nakamura, “Adaptive control method for massive and intensive traffic in communication-broadcasting integrated services,” Proc. APSITT2005, 2005.

(5) 稗圃泰彦,上村郷志,小頭秀行,中村 元,“一斉報知を用いた遅延発呼制御方式におけるサーバ同時接続数の安定化に関する一考察,”信学論(B), vol.95-B, no.3, pp.414-424, March 2012.

(6) T. Kitahara, M. Fukushima, Y. Kishi, and H. Nakamura, “Traffic control system, traffic control method, communication device and computer program,” United States Patent, US7974203B2, July 5, 2011.

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フレキシブルディスプレイの先駆的研究

受賞者 藤掛英夫

 今日の情報ネットワーク社会において,高品質な画像情報を提供する電子ディスプレイは,ハードウェアのプラットホーム技術と言える.携帯・設置・意匠の自由度を飛躍的に拡大するフレキシブルディスプレイは,多様な視聴形態やヒューマンインタフェースを創出するため,次世代メディアの基盤技術として待望されている.受賞者である藤掛氏がフレキシブルディスプレイの研究に着手したのは1997年頃で(1998年に初めて学会発表),中形のパソコン用液晶モニタの開発が盛んで,高画質のテレビディスプレイを曲げるという発想がなかった頃である.同氏は,高臨場感が求められる超大画面スーパハイビジョンテレビ(図1)や,携帯性に優れた動画像配信用の大画面携帯情報端末を実現するため,フレキシブルディスプレイの概念とその応用のインパクトを先駆けて提唱して,その実現に不可欠なデバイスの基盤技術をいち早く構築した.曲げられる柔軟素材で動画像表示が可能な電子ディスプレイを実現できることを実証したことで,高画質フレキシブルディスプレイの研究開発に先鞭を付けた.

図1 超大画面フレキシブルディスプレイの応用イメージ

 同氏の一連の研究の中で,フレキシブル化・大画面化が可能な液晶ディスプレイを実現するため(図2),柔軟で高精度加工が可能なプラスチック基板技術(図3),基板を保持するスペーサ形成,表示部材の印刷・塗布形成,フレキシブルバックライト,マトリックス電圧駆動用の低温形成薄膜トランジスタ(TFT)をはじめ,数々の先進技術を開拓してきた.特にユニークな成果として,硬いガラス基板を柔らかいプラスチックで置き換えた際に,液体である液晶が充塡される基板間隔の変動に伴う表示乱れが生じないように,2枚の柔軟基板を液晶・高分子複合膜で全面接着して固定した素子構造を提案している(1),(2).更に,液晶と高分子の自己組織的な相分離現象を詳細に調べて,液晶配向を乱さず高コントラスト表示が可能な分子配向性高分子壁スペーサの形成法(3)(5)を見いだした.これらの技術により,丸められるほどの柔軟性を有する液晶デバイスを実現した.後に,この液晶・高分子構造と,塗布はく離工程で形成された極薄プラスチックフィルム基板を組み合わせることで,液晶デバイスを数mm径まで丸められることを実証した(6)

図2 フレキシブル液晶ディスプレイの基本構造(断面)

図3 フレキシブル液晶デバイスの試作例

 また,液晶・高分子複合膜の作製工程に,大画面化に有利な凸版(フレキソ)印刷法を導入して,A4サイズの大形フレキシブルカラーパネルの開発に至った.その一方,フレキシブル液晶の広視野角化・高コントラスト化に向けて,プラスチック基板を用いた液晶の光学補償技術(7)も開発し,ガラスベースの液晶ディスプレイと同等の高画質を得ることが可能であることを示した.更に最近は,フレキシブルディスプレイの次世代技術として,人体を含め三次元構造物の曲面にも貼り付けできるように,液晶ゲル(8)を用いたストレッチャブル液晶ディスプレイを考案して試作した.変形可能素子において,ゲル材料の自己修復性の有用性と重要性を指摘した.

 フレキシブルディスプレイを駆動するTFT技術としては,柔軟化が可能な高移動度有機半導体(9)や,低温形成の多結晶シリコンを用いたTFT作製技術の開発を展開した.また色域の広い微小発光ダイオードを用いて,2種類のフレキシブルバックライト(導光板及び直下照明方式)を開発した.これらの要素技術を駆使して,TFT駆動の5インチフルカラーディスプレイを開発し,フレキシブルTFT技術により動画像表示が可能であることを明らかにした.

 液晶を用いたフレキシブルディスプレイは,大画面化・高精細化が容易,寿命フリーである一方,有機EL方式は高コントラストで薄膜化・柔軟化に有利で,双方が相補的な特徴を有する.そこでフレキシブル有機ELを大画面化するため,有機EL素子の高輝度化・高効率化,有機トランジスタの塗布工程(10),金属酸化物トランジスタの低温形成などの研究開発を推進した.これらを基に,同氏の研究グループはフレキシブルフルカラー有機ELディスプレイの開発とデモンストレーションを実現した.

 同氏が展開した画像電子工学と有機エレクトロニクスの分野横断的研究は,高く評価されており,多くの原著論文の執筆はもとより,国内外の招待講演・記事執筆を積極的に行っており,本会とともに映像情報メディア学会や応用物理学会からフェロー称号が授与されている.このように受賞者の功績は極めて顕著であり,本会業績賞にふさわしいものである.

文     献

(1) H. Fujikake, T. Aida, J. Yonai, H. Kikuchi, M. Kawakita, and K. Takizawa, “Rigid formation of aligned polymer fiber network in ferroelectric liquid crystal,” Jpn. J. Appl. Phys., vol.38, no.9A, pp.5212-5213, 1999.

(2) H. Fujikake, T. Murashige, H. Sato, Y. Iino, M. Kawakita, and H. Kikuchi, “Flexible ferroelectric liquid-crystal devices containing fine polymer fibers,” J. Soc. Inf. Disp., vol.10, no.1, pp.95-99, March 2002.

(3) H. Sato, H. Fujikake, Y. Iino, M. Kawakita, and H. Kikuchi, “Flexible grayscale ferroelectric liquid crystal devices containing polymer walls and networks,” Jpn. J. Appl. Phys., vol.41, no.8, pp.5302-5306, 2002.

(4) H. Fujikake, H. Sato, and T. Murashige, “Polymer-stabilized ferroelectric liquid crystal for flexible displays,” Displays, vol.25, pp.3-8, 2004.

(5) H. Fujikake and H. Sato, “Flexible display technologies using ferroelectric liquid crystal: Low driving-voltage panel fabrication,” Ferroelectrics, vol.364, pp.86-94, 2008.

(6) Y. Obonai, Y. Shibata, T. Ishinabe, and H. Fujikake, “Foldable liquid crystal devices using ultra-thin polyimide substrates and bonding polymer spacers,” IEICE Trans. Electron., vol.E100-C, no.11, pp.1039-1042, Nov. 2017.

(7) T. Ishinabe, A. Sato, and H. Fujikake, “Wide-viewing-angle flexible liquid crystal displays with optical compensation of polycarbonate substrates,” Appl. Phys. Exp., vol.7, no.11, pp.111701-1-111701-4, 2014.

(8) Y. Shibata, R. Saito, T. Ishinabe, and H. Fujikake, “Mechanical stability and self-recovery property of liquid crystal gel films with hydrogen-bonding interaction,” IEICE Trans. Electron., vol.E102-C, no.11, pp.813-817, Nov. 2019.

(9) Y. Fujisaki, H. Sato, H. Fujikake, Y. Inoue, S. Tokito, and T. Kurita, “Liquid crystal display cells fabricated on plastic substrate driven by low-voltage organic thin-film transistor with improved gate insulator and passivation layer,” Jpn. J. Appl. Phys., vol.44, no.6A, pp.3728-3732, 2005.

(10) Y. Nakajima, Y. Fujisaki, T. Takei, H. Sato, M. Nakata, M. Suzuki, H. Fukagawa, G. Motomura, T. Shimizu, K. Sugitani, Y. Isogai, T. Katoh, S. Tokito, T. Yamamoto, and H. Fujikake, “Low-temperature fabrication of 5-in. QVGA flexible AMOLED display driven by OTFTs using olefin polymer as the gate insulator,” J. Soc. Inf. Disp., vol.19, no.12, pp.861-866, 2011.

区切


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