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解説
Beyond 5G(6G)に向けた情報通信技術戦略の推進
Promotion of ICT Strategy for Beyond 5G(6G)
A bstract
Beyond 5G(6G)は,2030年代に導入される次世代の基幹的な情報通信インフラであり,あらゆる産業や社会活動の基盤となることが期待されている.総務省では,国際競争力の強化や経済安全保障の確保等の観点から,情報通信審議会において技術戦略の検討・取りまとめを行い,新たな研究開発基金の創設や社会実装・海外展開までを見据えた研究開発・標準化等の戦略的推進に取り組んでいる.
本稿では,Beyond 5G(6G)に関する新たな技術戦略や制度整備など総務省の政策動向について紹介したい.
キーワード:Beyond 5G(6G),情報通信技術戦略,革新的情報通信技術(Beyond 5G(6G)基金事業)
Beyond 5G(6G)は,5Gの次世代の情報通信インフラとして,2030年代のあらゆる産業や社会活動の基盤となることが期待されている.
総務省では,Beyond 5G(6G)に向けた国際競争力の強化や経済安全保障の確保等が重要との認識の下,情報通信審議会において2022年6月に新たな技術戦略(中間答申)を取りまとめ,これを踏まえて基金の創設など研究開発の抜本強化のための予算措置と法律改正を含む制度整備を通じた新たな政策を遂行している.
本稿では,これらの審議会答申や総務省の政策動向のポイントについて紹介したい.なお,本稿の文責は筆者にあり,所属組織等の公式見解を示すものではないことに御留意願いたい.
現状,5G基地局の国際的な市場シェアにおいて,海外の主要企業が高い割合を占めており,日本企業の国際競争力は低い状況にある.一方で,基地局やスマートフォンにも組み込まれている電子部品の市場では,日本企業が世界シェアの一定割合を占めているなど,潜在的な競争力は有している状況である(図1).
そうした中で,諸外国では,Beyond 5G(6G)における技術優位性を確保するため,大規模な政府開発投資や開発計画の具体化について公表しているなど,世界的な開発競争が激化している状況にあり,今後も世界各国で開発や市場獲得に向けた主導権争いが進展していくことが見込まれる(表1).
我が国の通信トラヒックは,ディジタルトランスフォーメーション(DX)の進展等により増加傾向が続いており,コロナ禍における生活様式の変化もあり,近年はコロナ禍前の推計を上回る増加傾向にある.これに伴い通信ネットワークの消費電力は増大傾向にあり,このまま技術革新がなければ,情報通信分野の消費電力は将来的に激増していく見込みであることが大きな懸念となっている(図2).
そうした中で,我が国では,国際公約として2050年のカーボンニュートラルの実現を目指すことを宣言しており,情報通信産業については政府全体の方針の中で2040年のカーボンニュートラルを目指すことも示されている.
このため,情報通信分野における低消費電力化に向けた取組みの必要性が高まっており,次世代の情報通信インフラに向けた技術開発やネットワーク構築にあたっては,グリーン化への抜本的な対応が不可避という状況になっている.
Beyond 5G(6G)に向けた国際的な開発競争は激化し,国際競争力の強化や経済安全保障の確保,環境・エネルギー分野など社会課題が顕在化している中,我が国が進めるべき研究開発や知財・標準化等の戦略を具体化し,産学官が一体で戦略的に取り組む必要性が高まっている.
このため,総務省では,2021年9月30日に情報通信審議会に諮問し,同審議会の情報通信技術分科会技術戦略委員会において,Beyond 5Gに関わる産学官組織,主要な企業・大学・国研等の関係者の取組みや知見を共有しながら技術戦略について審議を重ね,2022年6月30日に「Beyond 5Gに向けた情報通信技術戦略の在り方」中間答申(以下「技術戦略答申」)を取りまとめた.
技術戦略答申では,Beyond 5G(6G)の実現が期待される2030年代の社会像として,国民生活や経済活動が円滑に維持される「強靭で活力のある社会」の実現を目指すとしている.具体的には「①誰もが活躍できる社会(Inclusive)」,「②持続的に成長できる社会(Sustainable)」,「③安心して活動できる社会(Dependable)」の三つの柱を掲げ,我が国の社会課題や国家戦略に照らしたそれぞれの対応について整理している(図3).
また,この社会像の実現を目指して,情報通信分野に限らず幅広い業界における2030年代に向けた課題や将来像を把握し,多くの産業や利用に関わる広範囲な情報通信の利用シーンを洗い出し,ユースケースとして整理している(図4).
これらのユースケースを実現し,様々な社会課題の解決や活力ある社会の実現を図るためには,今後あらゆる産業や社会の基盤になると見込まれるBeyond 5G(6G)の技術開発が必須である.
具体的には,5Gの特徴である「高速・大容量」,「低遅延」,「多数同時接続」の機能を更に高度化することに加え,「超低消費電力」,「通信カバレージの拡張性」,「自律性」,「超安全・信頼性」などの機能が期待されている.
技術戦略答申では,Beyond 5G(6G)は,従来の移動通信(無線通信)の技術やシステムの延長上として捉えるのではなく,有線・無線,光・電波,陸・海・空・宇宙などを包含し,データセンター,デバイス,端末なども含めたネットワーク全体として統合的に捉えることが重要であるとしている.
具体的には,光電融合技術を広く活用しつつ,オール光ネットワーク(固定網)と移動網を密に結合させることで革新的な高速大容量・低遅延・高信頼・低消費電力の次世代通信インフラを実現する.また,衛星やHAPSなどの非地上系ネットワークともシームレスに結合させ,通信カバレージを大幅に拡張する.更に,仮想化技術等も活用して,これらをセキュアに最適制御できる統合的なネットワークを実現する.
こうしたBeyond 5G(6G)ネットワークの姿を目指すことにより,我が国が世界市場をリードし,通信ネットワーク全体の省電力化によりカーボンニュートラルに貢献し,陸海空を含め国土を広くカバーできるディジタル田園都市国家インフラを実現していく.そのためにも日本が,先端技術開発等を主導し,グローバルな通信インフラ市場でゲームチェンジャーとなり,勝ち残るための戦略的な取組みが必要である(図5).
技術戦略答申では,国として注力すべき三つの重点技術分野を特定し,集中投資による研究開発の加速化,予算の多年度化を可能とする枠組みの創設を一体で取り組むことを「研究開発戦略」として整理している.
次に,研究開発の推進のみならず,「社会実装戦略」として,重点技術分野の研究開発成果を2025年以降順次,国内ネットワークに実装し市場投入していくこととしている.また,Beyond 5G(6G)のマイグレーションシナリオを具現化し,大阪・関西万博なども含め成果を産学官一体でグローバルに発信していくこととしている.
そして,これらの取組みと一体的に,「知財・標準化戦略」として,重点研究開発プログラムの開発成果がガラパゴス化することがないように国際標準化に取り組みつつ,日本の競争力の源泉となるようなコア技術を特定し,権利を確保するオープン・クローズ戦略に取り組むこととしている.
更に,「海外展開戦略」として,早期に国内社会実装を進め,技術の有用性をいち早く世界に発信し,グローバルデファクト化を推進するとともに,主要なグローバルベンダとも戦略的に連携していくことにより,世界の通信キャリヤへの導入も促していくこととしている.
この四つの戦略を一体で進めることで,Beyond 5G(6G)に向けた研究開発や社会実装を強力に加速化していくこととしている(図6).
総務省ではこれまで,Beyond 5G(6G)の実現に必要となる要素技術を確立するため,2021年2月に施行した「国立研究開発法人情報通信研究機構法の一部を改正する法律」に基づき国立研究開発法人情報通信研究機構(以下「NICT」)に設置した時限の研究開発基金(2020年度第3次補正予算)等により,企業や大学等への研究開発支援等に取り組んできた.
こうした中,政府が策定した「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」(2022年10月28日閣議決定)において,将来の社会や産業の基盤となるBeyond 5G(6G)の研究開発を抜本的に強化し,革新的な情報通信技術の研究開発推進のための恒久的な基金を造成する方針が示された.
総務省では,技術戦略答申及び総合経済対策を踏まえ,NICTに恒久的な基金を設置し,電波利用料財源も同基金に充てるため,2022年度第2次補正予算に関係予算を計上するとともに,「国立研究開発法人情報通信研究機構法及び電波法の一部を改正する法律案」を2022年の臨時国会に提出した.同補正予算及び同法律は,同年12月に成立・公布・施行した(図7).
世界の情報通信産業ではグローバルな市場を前提とした規模の経済を最大限活用した競争が進展してきた.その中で,海外の主要企業がグローバル市場を見据えて大規模な開発投資や戦略的な市場獲得に取り組んできた一方,我が国の企業は国内市場での対応を重視する傾向にあり,グローバルな動向への対応が必ずしも十分ではなかったとの指摘がある.
また,我が国の情報通信産業は,国際的に見て総じて高い技術力を有している一方で,必ずしもそれを大きな事業やビジネスの成果につなげることができてこなかったとの指摘がある.
こうした教訓を踏まえ,新基金事業では,従来の研究開発を主目的とする発想や国内市場中心の発想から脱却して,グローバルな視点に立って世界で活用されること(いわゆる「グローバル・ファースト」)を念頭に置き,企業の自己投資も含む思い切った開発投資を行い,社会実装・海外展開を強く意識した戦略的なプロジェクトを重点的に支援することが重要である.
このため,総務省では,新基金事業を実効性ある形で推進すべく,情報通信審議会情報通信技術分科会技術戦略委員会に,主として経営やビジネスを専門とする外部有識者により構成される「革新的情報通信技術プロジェクトWG」を新たに設置した.同WGにおいて,研究開発プロジェクトについての事業面からの評価項目,評価及び進捗確認・助言等(以下「モニタリング」)に当たっての視点や留意事項等について検討を行い,2023年3月10日に「革新的情報通信技術(Beyond 5G(6G))基金事業に係る事業面からの適切な評価の在り方等について」(以下「WGとりまとめ」)を取りまとめた(表2).
時限の基金等を活用した従来事業は,主にBeyond 5Gの要素技術の早期確立を目的とした研究開発を実施してきた.
これに対して新基金事業は,その後の国際的な開発競争の激化,従来事業の進捗状況,技術戦略答申等を踏まえ,我が国が強みを有する技術分野を中心として,社会実装・海外展開を目指した研究開発に対する支援の強化を主たる趣旨とするものである.
このため,新基金事業では,①研究開発プロジェクトの実施者による自らの投資も含め社会実装・海外展開に向けた戦略とコミットメントを持った取組みに対する重点的な支援(社会実装・海外展開志向型戦略的プログラム),②中長期的な視点で取り組む要素技術の確立や技術シーズの創出のための研究開発(要素技術・シーズ創出型プログラム),及び③電波の有効利用に資する技術の研究開発(電波有効利用研究開発プログラム)について実施することとしている(表3).
その中で,重点支援対象(上記①)となるプロジェクトの実施に当たっては,従来事業における技術面を中心とした評価に加え,社会実装・海外展開を見据えた市場や経営・ビジネスの観点など,WGとりまとめを踏まえた事業面からの評価・モニタリングを適切に行い,基金事業全体としてメリハリのついた支援を実施することとしている(図8).
総務省では,こうした考え方に基づき,必要な諸手続も経て,2023年3月24日,NICTに新基金(情報通信研究開発基金)を造成するとともに,新基金事業に係る支援対象,評価・モニタリング,実施体制等について整理した基金運用方針を策定・公表した.
新基金事業をはじめとするBeyond 5G(6G)の技術開発に当たっては,特に海外展開を見据えた場合,我が国が開発する技術が広く国際的に受け入れられるための環境整備が重要となる.
このため,我が国が目指すBeyond 5G(6G)ネットワークのビジョンについて,広く国際社会の理解・賛同を得られるよう,米国,EU,ドイツ,シンガポールといった国々との政府間対話を通じて,発信に努めてきている.
特に,DXに加えて,GXの実現にも資する,極めてエネルギー効率の高い光電融合技術や,オープンで相互運用可能なネットワーク構成の推進といった分野で,我が国が世界で主導的な立場を確保することを目指し対話を進めてきている.
2023年4月に開催された「G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合」においては,議長国として「安全で強靱なネットワークインフラ構築」等について議論を行い,各国の理解・賛同を得て,「G7デジタル・技術閣僚宣言」が採択された.同宣言では,Beyond 5G/6G時代における将来ネットワークビジョンとして,無線通信だけでなく有線通信等も含めたネットワーク全体のアーキテクチャを考慮した設計・開発,地上系通信だけでなく海底ケーブルや非地上系通信(低軌道衛星,HAPSなど)を含む複層的なネットワークの開発・実装等,我が国のネットワークビジョンと整合した内容で合意されている.
総務省としては,我が国が注力するBeyond 5G(6G)研究開発成果の円滑な社会実装・海外展開に向けて,国際標準化の推進や国際的なコンセンサス作り・ルール作りなど,グローバル市場で競争していく我が国の企業を後押しするための環境整備に努めていく考えである.
Beyond 5G(6G)は,国の神経系となっていく次世代の基幹インフラであり,その基盤技術をしっかりと育て,将来の世界市場で日本が存在感を発揮していくためには,これからの取組みにかかっており,重要な局面を迎えていくと考える.
このため,総務省は,技術戦略答申に基づく取組みを着実に実行に移し,これまでの政策手段を抜本的に強化し,社会実装・海外展開までを見据えた研究開発等の戦略的な取組みを力強く推進している.
こうした取組みを通じて,審議会,産学官組織,企業,大学,国研,府省等の関係する皆様から,多大なる御尽力や御協力を頂いていることに,改めて感謝を申し上げたい.
(2023年6月26日受付 2023年8月7日最終受付)
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