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「今,だからこそ!」電子工作のすすめ――未来の技術者を育てる電子工作ブームを再び――
1. 電子工作の源流――アマチュア無線の今――
小特集 1-2
21世紀の趣味,アマチュア無線
――人材育成のための現代アマチュア無線俯瞰図――
Amateur Radio as Hobby in the 21st Century: Bird’s-eye View of Modern Amateur Radio for Human Resource Development
Abstract
かつて脚光を浴びたアマチュア無線という趣味が,2020年頃から,将来のワイヤレス技術を担う人材の育成のための活用,という文脈で再び注目されている.実際,アマチュア無線は,ワイヤレス技術だけでなく広範な科学技術をカバーし,また21世紀に必須な多様なリテラシーを持った人材を育成する,有用なプラットホームになり得る.実際の事例を基に,主に10~20代の若者をターゲットにした人材育成のためのアマチュア無線について,最新の事情と今後の展望を述べる.
キーワード:アマチュア無線,人材育成,21世紀型スキル,科学教育,STEM教育
21世紀も20年以上が過ぎた.人々は,インターネットとスマートフォンを通じて人やサービスといつどこでもつながることができる,という権利を当然のこととして享受し,あるいは自覚のないままにつながっており,そして世の中のシステムはつながることを前提に駆動している.
一方,アマチュア無線は最もプリミティブな通信方法の一つである.無線機と無線機が,それぞれから発せられる電波の伝搬のみを頼りにして,ピアツーピアで通信を行う.通信という意味では,いささか時代遅れのように感じられるかもしれない.
しかし近年,アマチュア無線が二つの理由でにわかに注目を浴びている.一つは,コロナ禍における「かつての趣味への回帰」現象の一環としての注目.そしてもう一つの理由のキーワードは,「人材育成」だ.
本稿では,アマチュア無線と人材育成,特に若手人材の育成との関わりについて,近年の動向について述べ,更にこれを元にして,21世紀にふさわしい新しいアマチュア無線の捉え方について,新たな視点をもたらしたい.
なお,本稿では専らアマチュア無線について述べるが,小特集テーマである電子工作はアマチュア無線の一つの楽しみ方として部分的に含まれている,という筆者の認識の下,本稿は執筆されていることを御了承願う.
2022年8月,総務省から一通の提言書が発表された.「ワイヤレス人材育成のためのアマチュア無線の活用に関する提言」というもので,「特に未来を担う青少年などの初心者にとってアマチュア無線を始めやすくなるような環境の整備を重要な視点」として位置付けている(1).
実は2020年頃から,総務省や内閣府は「IoT人材」「ワイヤレス人材」という文脈でアマチュア無線に注目している.例えば2020年4月には,無線従事者資格を持たない人も一定の条件の下アマチュア無線局を「体験」できる制度がスタートし,その約1年後には主に小中学生を対象にして条件が緩和され,制度が拡充された.また2021年11月には,内閣府の規制改革推進会議のワーキンググループにおいて,「Society 5.0時代のワイヤレス人材の育成に向けて」と銘打たれたアマチュア無線に関する要望提案がなされた(2).今回の提言も,その一連の流れの一部と言えるだろう.
ここで,アマチュア無線がなぜワイヤレス人材の育成という文脈で語られ得るのか,という事情をこの提言書から引用する(1):
「アマチュア無線は無線技術の中でも一番身近に触れることができ,入門レベルのIoTや無線通信技術の知見を体感的に身につける手段として,また,国際コミュニケーション能力の向上を図る有効な手段になり得る.このことから,社会全体のデジタル変革の加速が今後一層進み社会経済活動の基盤としてますます電波の重要性が高まっていく中において,ワイヤレス人材育成におけるアマチュア無線の活用は,将来の技術研究・開発に携わる人材の裾野拡大につながる重要な取組と期待されており,アマチュア無線を『ゆりかご』に,電波の楽しさ・大切さ・使う責任を学び,協調性や感覚的に電波の伝わり方などを身につけた青少年が,将来,グローバルに活躍する技術者・研究者へと育っていくことが期待されている.」
更に,アマチュア無線においては,無線機器やアンテナ,ソフトウェアを,自ら設計・製作し,使用することもできる.こうした,現代ICTの基礎となるエンジニアリングの全体を網羅し,ひいてはSTEM(注1)各分野につながる枠組みとしてアマチュア無線が注目されている,と言い換えてもよいだろう.
実は上記のようなストーリーは特段新しいというわけではなく,はるか以前から「実証」されてきたことである.Appleを創業した「二人のスティーブ」のうちの一人,スティーブ・ウォズニアック(Stephen Gary Wozniak)氏は,2017年頃のインタビューで,アマチュア無線を通じて楽しみながら学んだ知識やスキル,体験が,彼のエンジニアとしてのキャリア,ひいてはApple創業の原点にあった,と述べている(3).
アマチュア無線は,単なる「趣味としての無線通信」にとどまらず,未来のテクノロジー革命の担い手を育てる遊びでもあるのだ.
21世紀型スキル,という言葉がある.このディジタル時代を生き抜くために必要なリテラシー型スキルの総称で,具体的には以下の10個が挙げられている(4):
〈思考の方法〉
1.創造性とイノベーション.2.批判的思考,問題解決,意思決定.3.学び方の学習,メタ認知.
〈働く方法〉
4.コミュニケーション.5.コラボレーション(チームワーク).
〈働くためのツール〉
6.情報リテラシー.7.ICTリテラシー.
〈世界の中で生きる〉
8.地域とグローバル社会で良い市民であること(シチズンシップ),9.人生とキャリア発達,10.個人の責任と社会的責任(異文化理解と異文化適応能力を含む).
既に述べたように,アマチュア無線は情報リテラシーやICTリテラシーを身につけるのにもってこいのツールであるし,更に自分で機器やソフトウェアを設計・製作したり(創造性とイノベーション),あるいは何かトラブルがあれば自力で修理したり(問題発見,問題解決),といったスキルも,遊びの中で習得することができる.
そして,アマチュア無線の人材育成活用は,エンジニアリングの面だけにとどまらない.
ここで,ヨーロッパを中心としたアマチュア無線を通じた若手育成プロジェクト,Youngsters on the Air(YOTA)を紹介しよう.YOTAは2011年,有志により発足し,2014年に国際アマチュア無線連合に編入.現在では北南米,日本,タイなどにも活動が波及している.
YOTAでは,主に16歳以上26歳未満を「若者」と位置付けており,YOTAの企画,運営等も全て26歳未満の若者の手によってなされている.「若者が,若者の視点で,若者を育てる」というのが重要なアイデアだ.毎年夏に開催される1週間の国際合宿,サマーキャンプでは,国境を越えて集まった80名以上の若者が,電子工作や各種の無線通信をはじめとする多種多様なアマチュア無線の楽しみ方を体験し,若者同士がお互いの得意分野を教え合う光景が随所で見られる(図1).また,参加者同士の文化交流や,現地の観光といったアクティビティも含まれているのが特徴だ.
YOTAに参加する若手は,このような健全で楽しい,理想的なコミュニティを土壌にして,国際コミュニケーション,国際コラボレーションや,異文化への理解,多文化社会への理解といった,多様な21世紀型スキルを獲得し,また育み合うのである.
アマチュア無線は,携帯電話やインターネットの普及によって,過去に置き去りにされた,20世紀の趣味であると思われてきた.しかし今述べたように,視点を僅かに変えることによって,21世紀の,現代の若者を輝かせる趣味として,今,世界的に注目されているのである.
さて,ここまであえて「アマチュア無線とは何か」ということを書かなかったのであるが,それは従来認知されてきたような「アマチュア無線」と,上に書いたような事情を加味した「現代のアマチュア無線」の実態に,大きくかい離があったからである.この章で,21世紀のアマチュア無線を特徴付ける幾つかの要素を挙げ,21世紀のアマチュア無線が持ち得る社会的価値を更に深く探り,今後の議論の足掛かりとしたい.
アマチュア無線は,法的には国際電気通信連合(ITU)の規定によって「金銭上の利益のためでなく,もっぱら個人的な無線技術の興味によって行う自己訓練,通信及び技術的研究」を行う無線業務を指す,と世界共通に定義されている(国内法では電波法施行規則第3条第1項第15号).
この定義は,難しく書いてはあるが,その実,非常に漠然としており,1.営利目的ではない(金銭上の利益のためでなく),2.自分の興味に基づいている(個人的な無線技術への興味によって),3.向上心を持つ(自己訓練,通信及び技術的研究)の3要素を満たすことのみを要求しているにすぎない.
この3要素は,確かに,アマチュア無線を特徴付ける上で最も基本的な概念であって,アマチュア無線を語る上で大前提となるだろう.一方,この定義を文字どおり解釈すれば,アマチュア無線はあくまで「無線通信」の域を出ないものとなってしまう.
それでも,電離層通信や天体反射通信など,アマチュア無線以外には(少なくとも積極的理由では)用いられないような通信方式は科学的価値があるだろうし,今やアマチュア無線でしか見られないモールス符号による通信には文化的価値があるだろう.しかし逆に言えば,趣味として楽しめるかどうかを別にすれば,「無線通信としてのアマチュア無線」の大部分は,それ単独では現代において価値のないものであると断ぜざるを得ない.無線通信,特にアマチュア無線の基盤である人対人のコミュニケーション手段としては,現代において携帯電話やインターネットにほとんど勝てないからだ.
だからこそ,「人材育成のためのアマチュア無線」をより深く理解するには,アマチュア無線をもっと広い観点で捉え直す必要があるのである.
アマチュア無線では,長波帯からミリ波帯に至るまでの幅広い周波数において世界中の愛好者同士による通信が行われている.その方式は,音声通話だけでなく,伝統的なモールス符号から,画像,映像,そしてデータ通信まで網羅しており,またその出力電力も,最小ではミリワット単位から運用され,(使用周波数や国によるが)最大では1kW程度まで許可される.このように,アマチュア無線の運用には,相当の自由度が許されている.そればかりではなく,先述のとおりアマチュア無線においては,無線機器やアンテナを自分で設計・製作し,実際の通信に使用することができる(図2).また,近年はコンピュータを用いたディジタル符号による通信も盛んであり,またSDR(注2)を筆頭とした,無線機器のソフトウェア制御化も進んでいる.すなわち,ハードウェアのみならず,ソフトウェア,通信プロトコルに至るまで,自作,改造,修理が可能なのである.やや極端に言えば,アマチュア無線家(アマチュア無線愛好者)はOSI参照モデルにおけるレイヤ1から7までの全てを操るフルスタックエンジニア(の卵)なのだ.そして,そういった体験を通じ,物事に科学的に向き合う態度を自然と身につけることができる.
残念なことに,我が国のアマチュア無線の制度においては,自作した無線機器やオリジナルの通信プロトコルの使用のためには難しい手続きを踏まねばならない.しかし多くの先進諸外国においては,自作機器等の使用については,各国のアマチュア無線コミュニティの責任の下,大枠でその自由が認められている.「ワイヤレス人材育成のためのアマチュア無線」を我が国で本当に実現しようとするならば,このような旧来からの制度の改革も必至であると言えるだろう(注3).
アマチュア無線家は,その一人一人が,無線技術に関する研究者であると言うことができる.たとえ無線機を自作することは難しくとも,アンテナの設置方法,高周波雑音の少ない電源,EMCトラブルへの対処など,実に多方面の技術・スキルを有している.
そして,人間同士のコミュニケーションがその基盤にあるアマチュア無線において,その研究者同士のコミュニティは実に強力である.多種多様な国籍,バックグラウンド,職業を持つ人たちが,「アマチュア無線」「Ham Radio」の一言でつながっており,愛好家同士で盛んに開かれた情報交換が行われており,初心者であっても情報や人脈を得ることがたやすい.そして,その中では,仮に職業上プロの無線技士であっても,皆同じ「アマチュア」なのである.
こうした開かれたコミュニティの存在は,ひとえにアマチュア無線の「趣味」としての側面の恩恵であって,重要な特徴の一つである.
アマチュア無線家は全国・全世界に所在しており,独自の通信ネットワークを形成していると言える.重要な点は,アマチュア無線家一人一人は(その人の社会的立場によらず)民間の一市民であって,そのネットワークはいかなる企業,政府,軍とも独立している,ということだ.
この特性によって,災害時,他の通信インフラが途絶えたときの「最後の手段」として,アマチュア無線が役割を果たすことが期待されている.従来型の音声による通信のみならず,(オフラインの)コンピュータと無線機を接続し,データをやり取りするためのプロトコルも開発され,米国等では既にこれを用いた通信訓練が行われている.また国内では,NPO法人などが非営利の社会貢献活動のためにアマチュア無線を使用できることが,近年法令に明文化された.
また,別の側面として,アマチュア無線は民主主義の象徴の一つである,とも言える.市民が,自由に,国内外と通信できるというのは,民主的自由,政治的安定がないと許されないことなのである.
アマチュア無線は,他の趣味や社会活動を容易に組み合わせて,自ら新しい価値を生み出していくことができる.そしてアマチュア無線には,そうやってそれ自体の範ちゅうを広げてきた経緯がある.
例えば,オリエンテーリングとアマチュア無線を組み合わせたARDF(Amateur Radio Direction Finding)は,一つのスポーツとして世界中で愛好されている.ARDFの競技者は目標から発せられる電波を受信するだけであり,電波を対等に送受することを前提とする従来のアマチュア無線とは全く形の異なるものである.しかし南アフリカでは絶滅が危惧される野生動物の追尾にARDFを応用した事例があり,まさに「掛け算」がアマチュア無線に新しい価値を生んだ好例といえよう.
これを更に発展させたアイデアが,2020年にYOTA Japanの深井雄介氏が発表した「きっかけとしてのアマチュア無線」のアイデアである(5).これは,あらゆる社会活動にアマチュア無線を「ネタ」として取り入れることで,アマチュア無線が持つ多様な人材育成的メリットを,更に多くの人に享受してもらう「きっかけ」にすることができる,という考えである.実際,米国では科学教育や市民科学へのアマチュア無線活用の取組みが既に始まっている.
こういった社会活動との協業の例はまだ多くはないが,アマチュア無線が社会に新しい価値を付与する「掛け算の作用素」として機能することが,21世紀後半に向けてのアマチュア無線の在り方として期待されている.
アマチュア無線家の間では,「アマチュア無線を広める」という言い方がよくされる.面白いのは,「広める」と言うからには何か御利益がある,ということを暗示しているのだが,その御利益が一体何なのか,という点については,これまで余り深く議論の対象になってこなかった.
しかしここ数年で,「人材育成」というキーワードが(以前から提唱はされていたが,多くの人にとっては突然)出現し,アマチュア無線の在り方に関する議論が一気に進もうとしている.本稿の議論を通じ,より多くの人が,人材育成のためのアマチュア無線,人材育成のための電子工作,という概念に興味を持って頂ければ,筆者冥利に尽きる.
最後に,本稿の執筆機会を筆者に御紹介下さった,早稲田大学基幹理工学部嶋本薫教授,同大学グローバルエデュケーションセンター講師齋藤恵氏に,この場を借りて深く感謝申し上げます.
(1) 総務省,「ワイヤレス人材育成のためのアマチュア無線の活用に関する提言」の公表,Aug. 2022.
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban14_02000554.html
(2) 内閣府,第4回 経済活性化ワーキング・グループ議事次第,資料4-1,Nov. 2021.
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/econrev/211119/agenda.html(別ページに議事録あり)
(3) iPhone Mania,“Apple共同創業者ウォズニアック氏が語る! 人生を楽しむ法則を見つけよう①,”April 2017.
https://iphone-mania.jp/news-164735/
(4) 白水 始,“新たな学びと評価は日本で可能か,”21世紀型スキル:新たな学びと評価の新たなかたち,三宅なほみ(監訳),益川弘如,望月俊男(編訳),pp.207-223,北大路書房,京都,2014.
https://www.nier.go.jp/shirouzu/publications/pub_20.pdf
(5) 須田璃久,橋本 柊,深井雄介,“YOTA Japanわかもの企画:みんなで考えるアマチュア無線の未来,”バーチャル・ハムフェス2020, Nov. 2020.
https://www.youtube.com/watch?v=8jiDhdTMUPs
(2022年10月31日受付 2022年11月26日最終受付)
(注1) Science, Technology, Engineering, Mathematicsの頭文字で,科学技術人材育成につながる教育各分野のこと.
(注2) Software Defined Radio:ハードウェア(すなわちアナログ回路)的処理を極力行わず,ソフトウェアによるディジタル信号処理を主軸にした無線機器のこと.
(注3) なお,この辺りの事情については,(執筆現在)徐々にではあるが制度改正が試みられているところである.
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