知識の森 ハイスループット衛星(HTS)

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Vol.106 No.7 (2023/7) 目次へ

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知識の森

衛星通信研究専門委員会

ハイスループット衛星(HTS)

三浦 周,大川 貢(情報通信研究機構)

本会ハンドブック「知識の森」

https://www.ieice-hbkb.org/portal/doc_index.html

1.ハイスループット衛星(HTS)とは

 近年,衛星通信分野ではハイスループット衛星(HTS : High Throughput Satellite)と呼ばれる,マルチスポットビームによって大容量通信を実現する衛星通信システムが計画,運用され,注目されている(1).HTSは,ビット当りのコストを削減するために大容量化を目指している.図1に示すように典型的なHTSは,Kaバンド(20/30GHz帯)以上の周波数を使用して広い周波数帯域幅を確保し,マルチスポットビームを使用して周波数を再利用することにより周波数利用効率を高め,また,複数のゲートウェイ(GW)地球局を使用してフィーダリンクの通信容量を拡張することにより,大容量通信を実現する.典型的なHTSはビーム数が80~100ビーム級,トータルスループットが数十~100Gbit/s程度である(2)

図1 HTSの大容量化の仕組み  従来のシングルビーム衛星(a)に対して,HTS(b)では多数のビームを使用して,周波数の再利用を行い周波数利用効率を改善し大容量化を実現する.説明の都合上,GW局からユーザ局への回線(フォワードリンク)について示す.ビーム数と周波数の関係図の説明はユーザリンクのみを説明する.

 HTSによって大容量化とビット単価の低減を実現することにより,ユーザからの様々な通信需要に対応することが期待される.航空機,船舶といった移動体向けのブロードバンド通信については,機内の乗客・乗員向けブロードバンド通信サービス,海洋資源調査のための大容量のデータ伝送といった高速通信のほか,運行管理情報(オートパイロットや機体のヘルスチェック)の伝送,自動管制や自律航行のための制御情報の伝送などの利用も考えられる.陸上通信では,災害時の臨時回線や通信事業者のバックホール回線としての利用や,農業・インフラ監視等のセンサ情報収集などMachine to Machine(M2M)/Internet of Things(IoT)の利用,消費者向けブロードバンド,地方や遠隔地での医療,教育への利用等が考えられる.

2.HTSの動向

2.1 大容量化の動向

 図2に,近年打上げまたは計画されているHTSの通信容量の動向について示す.2004年頃からGbit/s級の静止衛星(GEO衛星 : Geostationary Orbit Satellite)のHTSの打上げが開始され,近年は数百Gbit/sの通信容量にまで向上している.また,2023年以降にTbit/s級の衛星の打上げを計画するオペレータも存在する(3)(これらはVery High Through­put Satellite(VHTS)と呼ばれる).このことから,HTSの導入により,衛星通信の通信容量が飛躍的に増大していることが分かる.

図2 HTSの動向  通信容量は年々向上しており,Tbit/s級の衛星を計画するオペレータも存在する(各社ホームページ等から引用).

2.2 今後の更なる進展

 従来のHTSはKaバンドの利用が中心であるが,より高周波帯のQバンドやVバンドを含め国際電気通信連合(ITU : International Telecommunication Union)への軌道・周波数の申請が多数行われており,将来的な電波資源の枯渇を踏まえた大容量化が課題である.そこで次世代HTSには,電波に比べ本質的に飛躍的な大容量化が可能となる光通信を適用する技術が鍵となる.特に大容量化が必要なフィーダリンクに光通信を利用することが期待される.

 従来のHTSは,マルチビームの各ビームに対する通信容量の割当が固定的であることから,運用期間中の通信要求の要求帯域や利用地域等の変化に対応できず,通信容量の不足や無駄が発生することが課題である.そこで次世代HTSには,通信資源を効率的に利用するための衛星中継器のフレキシブル化・ディジタル化が鍵となる(ディジタルチャネライザ,ディジタルビームフォーマ(DBF : Digital Beam Former),ビームホッピング等).フレキシブル化・ディジタル化により,衛星打上げ後の通信需要の変化に合わせて通信帯域,ビームサイズ,カバレージが柔軟に変更可能となる.また,このようなディジタル化によって時間・空間・周波数軸での通信資源の柔軟な割当変更を実現する衛星通信システムは近年,Software Defined Satellite(SDS)と呼ばれている.

 我が国では,技術試験衛星9号機(ETS-9 : Engineering Test Satellite-9,2025年度打上げ予定)において,次世代HTSの通信ミッション技術としてKaバンドと光通信による衛星通信の大容量化とチャネライザ/DBF技術による衛星通信のフレキシブル化,フレキシブルな衛星通信システムの統合的な運用制御を主眼とした通信ミッションを開発目標に設定し,通信ミッションの開発を推進している.図3にETS-9の通信ミッションの概要を示す.総務省/NICTが固定ビーム系通信ミッションとしてチャネライザ技術とマルチビーム給電部技術の開発(4),可変ビーム系通信ミッションとしてDBF技術(5),光フィーダリンク系通信ミッションとして光衛星通信技術(6),次世代HTSのフレキシブル化に対応した地上の制御技術(7)を,文部科学省/JAXAがフルデジタル通信ペイロードの研究開発(8)を推進している.

図3 ETS-9の通信ミッションの概要  次世代HTSのKaバンド・光による大容量化,フレキシブル化,フルデジタル化等の技術実証を目指す.((C)JAXA)

 大容量化が進む一方で,GEO衛星に加え非静止軌道衛星(NGSO衛星 : Non-Geo stationary Orbit satellite)も活用して複数の軌道の衛星を用いたマルチオービットにより通信の効率性・安定性向上を図る取組みも見られる.GEO・MEO(Medium Earth Orbit satellite)の衛星を用いたマルチオービットの実証例(9)や,近年開発が進むLEO衛星を利用したマルチオービットの構想も発表されている.また,GEO衛星だけでなくNGSO衛星にもHTSが採用され大容量化していく方向にある.

文     献

(1) “High throughput satellites : On course for new horizons,” A Euroconsult Executive Report, Nov. 2014.

(2) https://www.inmarsat.com/service/global-xpress

(3) https://www.viasat.com/products/high-capacity-satellites

(4) 三浦 周,久保岡俊宏,坂井英一,“技術試験衛星9号機による次世代ハイスループット衛星の通信技術確立に向けた取組み,”信学誌,vol.102, no.12, pp1080-1084, Dec. 2019.

(5) 坂井英一,堀江延佳,須永輝巳,角田聡泰,尾野仁深,金指有昌,稲沢良夫,草野正明,“Ka帯広帯域デジタルビームフォーミング機能による周波数利用高効率化技術の研究開発―研究課題と計画―,”2018信学総大,B-3-11, March 2018.

(6) T. Fuse, M. Akioka, K. Dimitar, Y. Koyama, T. Kubo-oka, H. Kunimori, K. Suzuki, H. Takenaka, Y. Munemasa, and M. Toyoshima, “Development of a space laser communication terminal for an optical feeder link from geostationary orbit,” 2017信学総大,B-3-15, March 2017.

(7) 三浦 周,ほか,“多様なユースケースに対応するためのKa帯衛星の制御に関する研究開発―研究開発全体の課題と計画―,”2020信学ソ大,B-3-1, Sept. 2020.

(8) https://www.satnavi.jaxa.jp/ja/project/ets-9/

(9) https://www.airforce-technology.com/news/gaasi-ses-hughes-satcom-mq9b/

(2023年2月27日受付 2023年4月21日最終受付) 


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