小特集 1. メタバースのこれまでとこれから

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Vol.106 No.8 (2023/8) 目次へ

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接近するバーチャルとリアル――メタバース・ディジタルツインの現在と未来――

小特集 1.

メタバースのこれまでとこれから

Metaverse: Past and Future

廣瀬通孝

廣瀬通孝 正員 東京大学先端科学技術研究センター

Michitaka HIROSE, Member (Research Center for Advanced Science and Technology, The University of Tokyo, Tokyo, 113-8656 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.106 No.8 pp.698-704 2023年8月

©電子情報通信学会2023

Abstract

 昨今,メタバースが社会的にも注目されるようになってきた.本稿ではこの領域の技術的成り立ちから説き起こし,なぜ今これだけの注目を集めるのかを解説した上で,この領域の広がりについて概説する.その上で幾つかの技術的話題,例えばアバタ,ノーモーション型インタフェースなど最近の技術的話題について触れる.最後にこの領域がどんな応用分野を見いだしていくか,もしそれが完全に普及した場合,どんな新しい社会像が見えるのかについて述べ,まとめとする.

キーワード:VR,アバタ,ノーモーション型インタフェース,ポストコロナ社会,Society5.0

1.は じ め に

 メタバースという言葉が世間を騒がせ始めたのは一昨年ぐらいからであろうか.Facebook社がMeta Platforms社へと社名変更した頃から,注目の度合いが一気に急上昇し,雨後の竹の子のように企業コンソーシアムや勉強会が開催されるようになったのは記憶に新しいところである.

 「メタ:Meta」とは「あとに」という意味を持つ古代ギリシャ語の接頭語であり,転じて,ある学問体系や視点の外側に立つことを意味するようになった.「バース:verse」とは,「Universe」のように世界を意味する言葉である.雑な言い方をすれば,メタバースとはコンピュータネットワークの中に構築されたバーチャルな活動空間を指す言葉である.こう書くといわゆるバーチャルリアリティ(VR)と同じではないかという人がいるかもしれない.確かにVRとメタバースは非常に近い関係にあるが,あえてその区別を行うならば,VRは自分と外部の「もの」世界とのインタラクションを中心とする自己中心的体験に軸足を置くのに対し,メタバースの軸足は人々が集うコミュニティ体験にある.たくさんの人々が入り込んだVR世界がメタバースであるということもできるだろう(図1).

図1 メタバース上に再現された東大VRセンターのディジタルツイン

 メタバースという言葉の起源としてしばしば引き合いに出されるニール・スチーブンスン氏による小説「Snow Crash」の出版が1992年である.当時,既にVRという言葉は存在していたが,「あとがき」を読むと,VRとは異なる概念としてコンピュータ上のバーチャル世界を描きたかったのではないかと思う.

 筆者はVRの研究者であるので,どうしてもVRという技術の延長上にメタバースを位置付けてしまうが,やはり,ここで述べたような理由から,それが全てではないことを常に頭に置くべきであろう.

2.VRからメタバースへ

 とは言うものの,VRとメタバースが密接な関係にあることは言うまでもない.VRという言葉が使われるようになるのが,1989年のことである.米国西海岸のベンチャー企業であるVPL(Visual Programing Language)Research社が,「未来の電話」という触れ込みで,RB2(Reality Built for Two)というシステムを発表し,そこでバーチャルリアリティ(VR)という言葉が使われたのである.

 システムでは,HMDと呼ばれるゴーグル状のディスプレイが使用され,眼前に広がる3DのCG世界をぐるりと見回すことができた.更に,データグローブと呼ばれる手袋上のデバイスを用いて,手指の動きをトラッキングし,CG世界に存在する様々な物体をつかんだり動かしたりと意のままに操ることができたのである.まさにコンピュータで作られた現実世界の中に入り込み,そこでいろいろな体験ができるようになった(図2).

図2 最初の商用VRシステム(RB2)

 VPL社の社主であるジャロン・ラニアー氏は,このプレスリリースにおいて,「この日はコロンブスのアメリカ大陸発見と同じぐらい重要な日であって,コロンブスデーと同じく,VRデーとして祝うべきである.」と述べている.既にVRで作られる空間は新しい可能性をはらんだ新大陸であるという概念が登場しており,これはメタバースの目指すところそのものである.

 もっとも,VR技術のその後の発展は,個人的体験が中心に置かれ,インタフェース研究に重点が置かれ過ぎたきらいがある.その結果,ネットワークを中心とした世界構築の議論はネットワークVRという領域が存在したものの,やや後回しにされたように見える.メタバースというキーワードが登場したのは,そこを敏感に感じ取ってのことではないかと筆者は思っている.

 VRのやや外側に視点を移し,ネットワーク世界におけるコミュニティ生成の観点からメタバースの歴史を語るとすれば,その技術的ルーツとして,1986年にLucas Filmのゲーム子会社が開発したHabitat(のちに富士通Habitatとしてサービス開始)から話を始めなければならないだろう.2001年に登場する「どうぶつの森」シリーズは,元々はRPG(ロールプレイングゲーム)であったが,だんだんとコミュニケーション重視の方向に軸足を移し,「あつまれどうぶつの森」へと進化する.こうした系統の流れは,VRが必須としたような高臨場感の三次元世界の空間創出や直観的操作,身体的感覚のリアルさなどについては余り重要視していない.しかしながら人々が集まり,そこで密度の高いコミュニケーションが円滑に行えるかなどについてははるかに大きな注意を払っている.更に言えば,もっと極端に空間性や身体性を捨象したコミュニケーション方式としては,LINEやTwitterなどの現在既に一般化している一連のSNSの潮流にたどりつくことになるだろう.

 さて,VRに話を戻すと,第1期と第2期のブームがあった.第1期は,まさに1989年からのブームである.VRという言葉や概念自体が目新しく,そこに衆目が集まった.課題としては,高臨場ディスプレイ,多感覚インタフェースなど,VRを創出する技術そのものが中心であった.それに対し,プレステVRやポケモンGO!などの発売を端緒とする2016年頃からの第2期VRブームは,サービス業等を中心としたVRを利用するための技術を中心とするブームであった.

 個人的には,ストレートなVR技術の研究開発は,2000年以前の第1期で一段落したと思っている.2000年以降はコンテンツ開発などの技術の外枠に話題がシフトする.心理学的知見を活用して効果的なインタフェースデバイスを工夫する研究などが活発化していくこともその流れで説明がつく.そしてそれに続く形で上記の第2期ブームが到来する.その成果を踏み台として,ネットワーク上に広くVR世界が展開し,サービスの基盤として発展していくというのが2030年以降であろうというのが漠然としたロードマップであった(1)

 実は,このネットワーク上への展開こそがメタバースということになるわけであるが,2020年以降に全世界を襲った新型コロナ禍によって,このロードマップは大幅に前倒しされることになったわけである.

3.新型コロナ禍がもたらしたもの

 我が国では2020年3月の緊急事態宣言の発出以来,国民のほとんどがTV会議等によるリモート生活を強いられる結果となった.筆者の所属する東京大学でも,講義は全面的にZoomによるリモート講義へと移行した.我が国の社会全体が,リアルからバーチャルに移行しないと活動の停止が強要されるという異常事態を一時的であるにせよ体験したのである.

 完全にリモートに封じ込まれたのは僅か数か月であり,それ以降は経済活動とのトレードオフを考えた社会の試行錯誤が現在にまで続いているわけだが,もしもこのコロナ禍がなかったとしたら,これだけ強烈に一般の人々の意識の中に「リモート」とか「ディジタル」とかいう概念が刷り込まれることはなかっただろう.業種によってリモートへの踏み込み方には差があるものの,リモートが業種継続において不可欠なキーワードであることは誰もが思い知ったはずである.

 実は今回のメタバースブームはVR同様2回目である.2003年にサービスを開始した「Second Life」を中心としたブームが1回目であり,その後沈静化している.今回のブームもそれと同じではないかという意見もある.しかしながら,20年間という時間はネットワーク環境や端末などの技術を大いに変えた.そして何より大きいのが,ここで述べている新型コロナ禍の経験のあるなしであろう.社会の受け止め方が全く違ってしまったのである.

4.メタバースのいろいろ

 第1回のブームの際,既にメタバースについていろいろな考察がなされている.よくまとまっているのが,“Metaverse Road Map”(2)であるが,そこにメタバースを分類する際の二つの軸が記されている(図3).図中のy軸は,現実の拡張/シュミレーション軸,別の言い方をすればリアル/バ-チャル軸である.VRにおいて,その世界がコンピュータの内部で完結した世界か,外部のリアル世界と混合した世界であるかを示す.x軸は,外部/内部軸で,外部環境に重点を置いているか,それとも自分を中心とした個人的体験に重点を置いているかを示している.

図3 メタバースの分類

 この二つの軸によって張られる二次元空間は,第1~第4の4象限に分けられ,これがメタバースの基本的分類ということになる.一番分かりやすいのが第4象限(自分の体験中心,バーチャル)のバーチャルワールドで,これは計算機によって作られたバーチャル世界における自己中心的体験ということだから,ほとんどVRの世界である.第3象限は,ミラーワールドである.バーチャルな世界であるには違いないが,外部環境の方に力点が置かれる.例えば,Google Street Viewなどは,バーチャル空間に作られた実世界の環境であり,力点はそれを体験する個人々々というよりは,そこに作り込まれた空間の方にある.いわゆる都市のディジタルツインなどはこの領域の話題であり,国土交通省が推進する都市空間のモデルPlateauなどは良い例と言えよう(3)

 これら第4,第3象限は,現在最もスポットの当たっている分野と思われるが,こうしたバーチャル世界と現実の物理世界とが融合した世界もメタバースに含まれる.第2象限はオーグメンテッドリアリティ(拡張現実)である.ディジタルツインの世界をリアルの世界において同時体験しようという試みであり,その名のとおりVRに対するARということになる.この場合,現実空間の中を動き回りながら,バーチャル世界にアクセスすることがポイントである.

 第1象限はライフロギングとあるが,このネーミングには多少の説明が必要だろう.この領域は自分の体験が中心で,リアルとバーチャルが同時に存在する領域だから,自分自身がバーチャル世界と融合することに寄与するものであり,「自己」拡張の領域と考えればよいだろう.例えばライフログ技術を使えば記憶能力の拡張が可能であり,それゆえのネーミングである.ロボティクスによる身体拡張などもこのカテゴリーかもしれない.

 この定義によれば,メタバースの概念はかなり広く,少なくともVRやARはもとより,一般的なモバイルアプリなども包含されてしまうだろう.

 いたずらに定義を拡張するのはいかがなものかとする意見もあろうが,筆者は関連する技術マップを整理するという意味では広めの定義が望ましいと思っている.例えば,先の図3の下半分のバーチャルを中心とする領域ではモデリングや没入感/臨場感などのVR系技術が重要である.図の右半分は個人に近い領域であり,自己操作感にかかわるインタラクション技術やユーザ同定やプライバシー保護などの個人関連技術がクローズアップされる.

5.メタバースとアバタ

 さて,メタバースという電子空間がリアルになればなるほど重要度を増してくるのが「アバタ」である.アバタとは,ゲームやネット空間で活動するための自分自身の「分身」である.VR的な立場をとれば,バーチャルな空間の中で動いたり,何かを操作しようとすれば自分の身体が必要であり,インタフェースを行うための統合的な仕掛けがアバタであるという見方もできる.それと同時に,その世界の中で他人から見られる自分であるから,統合的に表現された個人情報であるということもできる.

 図4は,アバタの様々な例である.一番右側は筆者自身のものであるが,多数台のカメラから得られた多視点画像から作られた3Dモデルに骨格付けを行い,歩いたり手を振ったりと動作をつけられるようにした手が込んだものである.

図4 アバタのいろいろ

 しかし,アバタが本人の実写であることは必ずしも必須ではないし,ここまでリアルである必要はないかもしれない.むしろ本人と全く異なるアバタを操れるからこそメタバースは面白いのだ,という意見も少なくない.

 アバタと本人の関係は,実身体と本人の関係に比べてはるかに複雑である.SNSユーザの多くが複数のアカウントを使うように,一人で複数のアバタを持つことも可能である.

 逆に複数の人間が1体のアバタを使う場合も考えられよう.「融合身体」と呼ばれる状況,例えば二人の人間の動作を平均して1体のアバタを制御するような場合を考えてみよう.二人がばらばらな動作をしたのではアバタはまともな動作をしないが,目的を共有する場合,精度が向上するなどのパフォーマンスの向上があることが知られている.

 図5は,二人で1体のアバタの手を操作して目標を指さすという融合身体状況の下で,それぞれの関与の比率をプログラム上で変化させたとき,自分がどれだけ操作しているかの感覚(行為主体感)がどう変化するかを聞いたものである.

図5 融合身体への関与の比率と行為主体感

 面白いことに,自分の関与率が50%のとき,行為主体感は70%ぐらいとなる(4).この特性はトレーニングなどの場合,自己達成感が得られることを示しており,こういうトレーニングは良い効果をもたらすことが期待されている.

 アバタという「新しい」身体は,我々の生活を大きく変化させるかもしれない.一例として働き方,特に高齢者の就労問題について考えてみよう.ここで問題となるのが,高齢者は若者と比べて多様だということである.例えばフルタイム就労が難しい,スキルが個別化し過ぎていて新しい職場にマッチするのが難しいなど,数え上げればきりがなく,少なくとも新卒者のように均一な労働力ではない.要するに高齢者の労働力はエントロピーが高いということである.

 高エントロピー熱源の利用が難しいように,こういう労働力も利用が難しい.この高エントロピー状態を吸収するのが情報技術というわけである.例えば,高齢者のスキルを因数分解し,必要に応じて適切な労働力を合成することができないだろうか,というのが「高齢者クラウド」(5)というアイデアである(図6).リアルな世界だとこういう働き方は難しいかもしれないが,メタバース内で職場が確保されアバタで働くことが可能となれば,あながち荒唐無稽というわけでもないだろう.

図6 高齢者クラウド:労働力の仮想化

6.ノーモーション型インタフェース

 冒頭に,メタバースがVRと一線を画する点は,多人数のユーザがその中に入り込む点にあると書いた.そのためには,当然パブリックな利用が前提となるわけで,研究室などの特殊な施設で体験できればよいVRとは比較にならないほどハードルの低いインタフェースを準備する必要がある.HMDが低廉化してきたとは言うものの,一般社会への普及力は十分とは言えない.スマホの見回し機能の充実などは今後強力な援軍となるであろう.

 今後の技術課題の一つが多感覚への拡張であるが,これには様々なアイデアの集積が必要であろう.例えば,現在のVRで使われている機械的ハプティクスデバイスや,大きな空間を動き回らねばならないモーションキャプチャシステムなどは,そのまますぐにメタバースで使えるとは思えない.もっとずっと小形化して手軽なタイプのものでなければならないだろう.

 大規模なインタフェースの一般普及が難しいことは,この30年来のVR研究が証明している.そこで期待されるのが錯覚現象の利用を駆使したインタフェースデバイスである.大きな身体運動を伴わずに身体的感覚を生成できるようなタイプのインタフェースをノーモーション型インタフェースと呼ぶ.

 例えば図7はYubi-Tokoと呼ばれるシステムで,タブレット上を指でスワイプすると,ザクッザクッという音とともに雪道の画面がスクロールしていくシステムである.雪が深いところに行くと,指の動きに比べてスクロール量が減少するようにプログラムされている.画面には雪が舞っており,先述の音とあいまって,雪道の歩きづらさを感じることができる.面白いことに,ここには抵抗力の発生装置は一切なく,実は指が画面上を滑っているだけである.こうした心理効果を活用した触覚提示手法をpseudo-haptics(擬似触覚)というが,こういうコンパクトなタイプの触覚ディスプレイが,メタバースでは重宝されることになるであろう(6)

図7 擬似触覚を利用したシステム(Yubi-Toko)

 同じような意味で,これまではだいぶ先になると予想されていた電極刺激型インタフェースなども,インタフェースとしては電極だけが必要であり,メタバースの潮流が本格化していけば,存外早く実用化されるかもしれない(7)

7.メタバースが作る新しい世界

 メタバースとは,我々にとっての新しい活動空間であると書いた.その空間にどう意味を付けていくかはこれからの問題であり,図8に示すようにいろいろな使い方を考えることができる.

図8 メタバースの応用

 ゲームなどのエンタメ分野はVRの応用先としてまず語られる分野であるが,これが一歩進んでコミュニケーションの空間として発展していくことは当然考えられる.先述の「どうぶつの森」もそうであるが,RPGやネットワークゲームがコミュニケーションツールへと発展を遂げていくことは想像に難くない.

 シリアスな応用分野としてすぐ考えつくのはシミュレーションでの利用である.これはVRの延長上にある考え方であろう.とりわけメタバース向きと言えるのは,都市建築空間における人流シミュレータなど,多数の人々が関与するようなシステムのシミュレーションではないだろうか.

 更に言えば,そこで計画された商業空間がシミュレーションにとどまらず,そのまま実運用に入ることも十分考えられるであろう.こうしたシミュレーションを超越した考え方こそがまさにメタバース的ということになる.メタバースが破壊的イノベーションといわれるゆえんである.

 そうした活動が本格化していけば,そこに価値の循環,決済が発生することは当然である.バーチャルな世界で完結する商品が出てくることであろう.その嚆矢がNFT(Non Fungible Token)商品である.これは情報に唯一絶対性の価値を付ける技術であり,「こと」である情報に「もの」と同様の価値を持たせるための仕組みとして評価できる.もっとも当初のブームはNFTという仕組み自体に人々が反応し,本来の価値以上の価値がついてしまい,混乱が生じたきらいがある.いずれにしても仮想通貨・ブロックチェーンなどの技術とメタバースが関連付けて語られる場合があるのはこうした事情からである.これらWeb3系の技術は本来,メタバースなどの仮想空間系の技術とは独立した存在ではあるが,相性が良いことは確かである.

8.Society5.0とメタバース

 電子空間の中に我々の活動空間を移行することによって,様々な社会的問題が全く新しい視点から解決できるという期待が語られるようになってきた.例えば,メタバースをリモートワークの究極であると考えれば,それによって人々の移動は極少化され,エネルギー問題や環境問題にも良い影響を与えることになるだろう.先述のようにメタバースは,高齢者に新しい就労や社会参画の機会を与えることになるに違いない.

 メタバースへと向かうムーブメントは,ある種の社会的なシステム変更の試みであるとさえ言える.現在の都市構造,ひいては国土の構造をはじめ,様々な社会の仕組みを変えていくことになるかもしれない.

 もちろん,そのためにはここで我々が頼ろうとしているメタバースが,新しい活動空間として頼れる存在であることが絶対条件である.現在のディジタル化とは比べられないほどの基盤的信頼性が要求されることになるであろう.

 数年前,内閣府が提唱したSociety5.0という言葉がある.狩猟社会(Society1.0),農耕社会(Society2.0),工業社会(Society3.0)と社会が進歩し,我々は今情報社会(Society4.0)の真ん中にいる.そしてその先に存在するのがSociety5.0である.

 図9に示すように,Society5.0の主役が何であるかはまだ見えない.Society4.0において,一つ前の主役である「工業」が基盤化したのと同様に,「情報」が基盤化した先にその主役が見えてくるはずである.

図9 社会はSociety5.0へ

 我々情報コミュニティにおいて,「基盤化」という言葉がしばしば話題に上るようになってきた.しかし,このことについて我々はどれだけ深刻に考えているだろうか.新しいパソコンが出るたびに電源の取り出し口やスイッチの位置が変わる,ソフトのバージョンアップごとに画面配置や操作方法が変化する現状は「情報に興味のない」人々に支持されるはずがない.情報基盤はどれだけの安定を保証するのだろうか.

 先端技術においては,変革こそが命であり,変化は手放しに美徳である.しかし,基盤技術においては話が違う.考えてみれば,VRは面白おかしい先端技術として登場した.しかしそれがメタバースに進化していくために克服せねばならない最大のハードルは基盤化である.

 心理学に「図」と「地」という概念がある.図は視野の中に置かれた「もの」であり,自分が見つめている主題である.「地」は背景であり,主題ではないが,地が揺らぐと体の平衡が保てなくなるなど,大変なことが起こる.「図」は,もしも不都合なことがあれば視野の外に出すこともできようし,あるいは捨てればよい.ところが「地」はそういうわけにはいかないのである.

 メタバースはこういう問題を我々に問い掛けている.「メタバースは地の技術である.」この言葉の意味について,もっと我々は深く考えるべきであるし,覚悟を決めなければいけないのではないか.

文     献

(1) テクノロジー・ロードマップ2021-2030 全産業編,日経BP,東京,2020.

(2) https://metaverseroadmap.org/MetaverseRoadmapOverview.pdf

(3) https://www.mlit.go.jp/plateau/

(4) R. Fribourg, N. Ogawa, L. Hoyet, F. Argelaguet, T. Narumi, M. Hirose, and A. Lécuyer,“Virtual co-embodiment: evaluation of the sense of agency while sharing the control of a virtual body among two individuals,” IEEE Trans. Vis. Comput. Graphics, vol.27, no.10, pp.4023-4038, Oct. 2021.

(5) 廣瀬通孝,いずれ老いていく僕たちを100年活躍させるための先端VRガイド,星海社,東京,2016.

(6) 宇治土公雄介,鳴海拓志,伴 祐樹,谷川智洋,広田光一,廣瀬通孝,“背景移動量操作を利用した視触覚間相互作用生起によるタッチパネルでの擬似触力覚提示,”日本VR学会論文誌,vol.22, no.3, pp.305-313, Sept. 2017.

(7) K. Aoyama, “Novel display technology using percutaneous electrical stimulation for virtual relaity,” Proc. HCII 2019, Orland-USA, July 2019.

(2023年3月3日受付 2023年3月13日最終受付) 

廣瀬通孝

(ひろ)() (みち)(たか)(正員)

 昭57東大大学院博士課程了.工博.東大名誉教授,先端研サービスVRプロジェクトリーダー.専門はシステム工学,ヒューマンインタフェース,バーチャルリアリティ.主な著書に「バーチャルリアリティ」(産業図書).総務省情報化月間推進会議議長表彰,大川出版賞など各受賞.


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