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実用化が迫る空間伝送方式ワイヤレス電力伝送システムの進展と展望
小特集 1.
空間伝送方式無線電力伝送の動向
Latest Trend of Spatial Transmission Wireless Power Transmission/Transfer Systems
Abstract
空間伝送方式ワイヤレス電力伝送システムは実用化の期待が高まる中,国内では2022年に省令改正により構内無線局として世界初となる制度化が行われ,制度のステップ1として現在その実用化が進められている.更には,ステップ2として供給電力の増加や使用環境の拡大など,より使いやすいシステムとするための様々な研究開発が行われている.また,グローバルでも,同年ITU-Rにおいて利用周波数のガイドラインが策定され勧告として発行された.本稿では,空間伝送方式ワイヤレス電力伝送技術の最新動向として,我が国での制度化の状況,ITU-Rにおける協調議論の最新の状況,ステップ2に向けた研究開発の最新動向などについて紹介する.
キーワード:ワイヤレス電力伝送,マイクロ波送電,Beam WPT,制度化,標準化
サブGHz以上の電波を用いて長距離の電力伝送をする空間伝送方式ワイヤレス電力伝送システム(以下,特定名称以外では空間伝送方式WPTシステム)の研究は日本が世界をリードしてきたが(1),(2),従来,空間伝送方式WPTシステムは日本の電波法では分類がなく,実験試験局としてのみ扱われてきた.
しかし,空間伝送方式WPTシステムはIoT(Internet of Things)社会を支える次世代インフラ技術として期待されており,近年では工場などで使われるセンサ機器への給電に利用され始め,世界に先駆けて工場などで使われるセンサ機器への給電の実用化に向けた環境整備や,日本が強い競争優位を獲得できる体制づくりが重要となっている.
このような背景から業界が協力して関係省庁に要望を出すとともに,空間伝送方式WPTシステムが既存無線局と共存できる条件等についての検討を行ったことで,2022年に世界に先駆けて「無線電力伝送用構内無線局」として省令化された.
一方,世界的にもITU-R(International Telecommunication Union Radiocommunication Sector)においてBeam WPTという名称で,他の無線機器や人体への影響に関する研究について議論し,同じく2022年にその内容をReportとするとともに,使用する周波数帯ガイドラインを策定し,勧告として発行に漕ぎつけた.
筆者はこれらに関わってきたことから,本稿では,国内及び海外の制度化・標準化動向について解説し,また,国内の研究・開発の最新動向としてより幅広い用途に利用できるステップ2の制度化に向けて,産学官で取り組んでいる二つの国家プロジェクトを紹介する.
一つ目は,2018年から2022年度末までの5か年をかけて進められた戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期についてである.SIP第2期の中では,空間伝送方式WPTシステムに関連して「IoE社会のエネルギーシステム」の主要な研究テーマとして「センサネットワーク・モバイル機器向けWPTシステム」の研究開発が行われた.
二つ目は,総務省が2022年度から4か年の予定で実施している「電波資源拡大のための研究開発」の研究開発テーマ「空間伝送型ワイヤレス電力伝送の干渉抑制・高度化技術に関する研究開発」である.こちらも,前述のSIP同様に,空間伝送方式WPTシステムのステップ2の制度化に向けたより具体的な研究開発プロジェクトである.
国内のWPT界を代表するブロードバンドワイヤレスフォーラム(BWF)(3)とワイヤレス電力伝送実用化コンソーシアム(WiPoT)(4)は,工場内等で使用されるセンサデバイスへの給電を世界に先駆けて実用化し,日本が強い競争優位性を獲得するため,業界を代表して総務省に制度化の要望書を提出するとともに2019年1月に情報通信技術委員会陸上無線通信委員会の下に設置された空間伝送型ワイヤレス電力伝送作業班に参画し,検討を進めてきた.同作業班でまとめた報告書を踏まえ,2020年7月に「空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの技術的条件」のうち「構内における空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの技術的条件」として情報通信審議会が一部答申(5)を出した.この答申を受けて改正される省令案が電波監理審議会で審議・答申された結果,2022年5月に空間伝送方式WPTの導入に向けた制度整備の一環として晴れてステップ1として省令化された.
省令ではステップ1における空間伝送方式WPTシステムは,「無線電力伝送用構内無線局」として,920MHz,2.4GHz,5.7GHz帯が割り当てられている.表1に,三つの周波数帯のそれぞれの特徴と用途を示す.
WPTシステムの制度化により,これまで実験局のみに認められていたサブGHz以上を用いた電力伝送が無線界で市民権を得た.表2に空間伝送方式WPTシステムの概要を示す.ステップ1で規定された空間伝送方式WPTシステムは,920MHz帯,2.4GHz帯,5.7GHz帯の三つの帯域が割り当てられている.
(1)920MHz帯
図1に920MHz帯の利用シーンを示す.920MHz帯は伝搬損が少なく,構造物の影でも伝搬できるため,低消費電力でありながら広範囲に設置されたセンサへの電力伝送が期待される.このため,工場や介護施設のセンサネットワークの電源として適している.
920MHz帯の電気的仕様はRFIDと同等であり,既に市場にあるRFIDシステムとの連携・応用が可能で,人体で遮蔽されやすいバイタルセンサや位置センサ,ロボットなどの可動により一定方向に空中線を向けることが難しい機器に用いられるセンサへの電力供給への利用が期待される.
使用周波数は917.8~919.4MHzとし,使用チャネルはRFID 1W局が使用する4チャネルのうち2チャネルである.
(2)2.4GHz帯
図2に2.4GHz帯の利用シーンを示す.受電側には既存の無線システム(Bluetoothなどの特定小電力データ通信)をビーコン信号や給電情報等伝送に利用し,安価な機器で位置推定や制御通信を可能とする.このシステムは,ビームフォーミングにアレーアンテナを使用し,1対1の電力伝送を実現する.このシステムは,2,410~2,486MHzの帯域で4チャネルを使用し,最大EIRPは65.8dBm,無変調波(CW)伝送で,送信電力15W,アレーアンテナ64素子を想定している.
(3)5.7GHz帯
図3に5.7GHz帯の利用シーンを示す.5.7GHz帯は周波数が高く波長が短いため,アンテナサイズを更に小形化でき,2.4GHz帯よりも更に小形・軽量な機器の開発が可能となる.受信機が専用機器からのビーコン信号を受けアレーアンテナを用いたビームフォーミング制御により,長時間・高出力で電力を送信することができる.使用帯域幅は5,738~5,766MHzの9チャネルで,最大EIRPは70dBm,無変調波(CW)送信とし,送信電力32W,64素子アレーアンテナ使用を想定している.
運用調整とは,制度化の前提として2021年に総務省がまとめた「空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの運用調整に関する基本的な在り方」(6)を基に空間伝送方式WPTシステムが既存無線システム等との混信防止を効率的かつ効果的に実現するもので,設置時に求められるものである.
運用調整では与える干渉の回避・軽減,設置条件,周波数の有効利用の視点から,必要な情報の集約・提供,効率的な連絡・協力体制の確立,共用・運用に係る専門知見・ノウハウの活用等が求められ,これらを円滑に行う仕組みを持つ団体としてワイヤレス電力伝送運用調整協議会(JWPT)が設立され,運用調整の支援を行っている.
JWPTが実施する運用調整支援等を,図4に示す.具体的には空間伝送方式WPTシステム局の免許人(WPT局免許申請者)から提出されたシステムの諸特性及び設置環境が制度に適応しているか確認をするとともに,既存の共用無線システム免許人への照会及び,情報公開することで,運用調整の要否についての確認などを実施している.また,他の無線システムから運用調整の要望があった場合,または,空間伝送方式WPTシステム局が,既設無線システムとの離隔距離内に設置されていると判断された場合には,既設無線システムとの干渉検討を実施し,具体的な干渉量等を評価してその影響評価を先方に示すことで,開設時の運用調整の支援をしている.
一方,開局後に既存無線システムからの干渉に関する問合せなどに対しても,空間伝送方式WPT無線局への照会と,必要な情報提供や干渉計算など,開局後も運用調整を支援することで,混信防止と電波の適切な利用環境を維持しつつ,新たな電波利用領域となる空間伝送方式WPTシステムの利用機会の拡大につながる活動をしている(7).
BWFでは現在ステップ2としての制度化に向けた取組みを進めている.こちらの実用化により,工場内や倉庫内,産業用途向けセンサ,物流用途,介護用途,IoTデバイス向けなどの利用範囲の拡大,免許手続きの簡略化,また,新たな利用形態による産業が創出されると考えている.
ステップ2の制度化のポイントは以下のとおりである.
・屋内利用から,屋外利用も可能にする.
・WPT管理環境から,一般環境でも利用可能にする.
・受電対象は,センサ・表示器など小電力デバイスから,携帯端末を含めたディジタルデバイスに(受電電力をより大きく)する.
・人のいる環境でも安全に送電可能にする.
・利用拡大に対応できるよう,新たに24GHz帯も利用可能にする.
ステップ2の制度化議論に向け,この後述べる研究開発の成果などを基に,他の無線システムとの共用化検討,電波ばく露に対する適合性などについての検討を進めており,共用化の対象となる他の無線システムの関係者と協議等を進めている.この協議で双方合意の道のりが見えたところで,総務省情報通信審議会陸上無線委員会下の空間伝送型ワイヤレス電力伝送システム作業班の再開を総務省にお願いする予定で,2024年度内の再開を目指している.
SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)第2期の中の「IoE社会のエネルギーシステム」の主要な研究テーマとして「センサネットワークおよびモバイル機器へのWPTシステム」をテーマとして,産官学のステップ2に向けた技術開発が2022年度末までの5か年で実施された.
この研究開発では,図5に示した分散アンテナによる協調ビーム制御方式及び高度ビームフォーミング方式の二つの送電方式と複数の要素技術開発を実施し,ともに,電波ばく露が人体防護指針を超えないよう人を検知・回避したり,既存の無線を検知して有害な干渉を回避したりして共存条件下でより多くの電力を伝送できるようにする研究である(8).
総務省が実施する「電波資源拡大のための研究開発」の一つとして2022年度から4か年の予定で「空間伝送型ワイヤレス電力伝送の干渉抑制・高度化技術に関する研究開発」が実施されている(9).
この研究開発での研究テーマは図6に示すとおり大きく三つに分かれ,課題アとして,新たな高周波数帯を活用した電力伝送効率化技術,課題イとして空間環境に応じた多数デバイス給電制御技術,課題ウとして共存性評価技術の研究がされている.具体的には新たな高周波数帯を活用した電力伝送効率化技術としてステップ2で目指す24GHz帯の受電デバイスを含む装置の技術,多数のデバイスへの給電効率を向上する給電制御技術,空間伝送方式WPTシステムと他の無線システムとの共存性を高めるための評価技術などの研究開発が実施されており,その成果をステップ2の制度化・標準化に向けて活用していく予定である.
空間伝送方式WPTシステムは,我が国では先に述べたとおり電波法令によって明確に電力伝送用構内無線局として制度化されたが,国際的に見ると国によってISM(Industrial, Scientific and Medical)機器やSRD(Short Range Device)機器とみなす等,取扱いが異なっている.しかしながら,利用周波数などは国際的にできる限り統一されることが望ましい.このことから,ITU-Rを中心に国際協調の議論が行われている.
ITU-Rでは,Question(研究課題)の承認によって審議が開始され,情報を収集してまとめたReport(報告),法的拘束力はないものの推奨されるRecommendation(勧告)が作成され,必要により国際的に法的強制力のあるRegulation(規則)策定の議論が行われる.
ITU-R内ではSG(Study Group)と呼ばれる研究グループとその下のWP(Working Party)と呼ばれる作業部会にて議論がされる.WPTは周波数管理にかかわる研究を行うSG 1とWP 1Aで議論をしており,近年Beam WPTに関する議論が活発になってきている.
ITU-R SG 1及び傘下のWP 1A会合は主にスイスのジュネーブにあるITU本部で行われることが多く,そのITU内での議論の様子を図7に示す.
2016年にはBeam WPTの技術や応用に関する調査結果をまとめたレポートITU-R SM. 2392-0が承認・発行された(2021年に改訂版SM. 2392-1(10)が発行).
また,同年,他の無線システムとの共用化検討に関するレポートの作成が,2019年には,利用周波数の勧告化に向けた作業も開始され,数年にわたる議論の結果,2022年にReport ITU-R SM. 2505-0(11)と,Recommendation ITU-R SM. 2151-0(12)として発行された.更には,2023年にはRR(Radio Regulation)改訂に向け,WRC(World Radiocommunication Conference)-23で議論が行われ,次々回のWRC-31での暫定議題として承認されたことから,今後,活発に議論が行われていく.
以上,空間伝送方式WPTの開発に関わる制度化・標準化の最新動向について説明してきたが,空間伝送方式WPTに関して,2022年に国内制度化,ITU-Rでの勧告成立という大きな進展があった.現在では,BWFを中心として第2ステップの制度化についての検討を進めている.
空間伝送方式WPTによって電線や電池の心配をすることなく,あらゆるところにワイヤレスでエネルギーを送れ,利便性だけでなくIoT技術と組み合わせて電池や電源線から解放されたネットワークシステムは脱炭素にもなり,あらゆるDXにも活用できることから新しい未来につながる.また,近い将来,携帯端末も空間伝送方式WPTによって充電できることが期待される.
一方,今後の発展には,他の無線システム全般との共用検討などの議論が重要で,関係する皆さんの御協力をお願いしなければならない.そのため関係者の更なる努力に期待したい.
謝辞 本研究は,総務省の「電波資源拡大のための研究開発(JPJ000254)」における委託研究「空間伝送型ワイヤレス電力伝送の干渉抑制・高度化技術に関する研究開発」により実施した成果を含む.
(1) H. Matsumoto, “Research on solar power station and microwave power transmission in Japan: Review and perspectives,” IEEE Microw. Mag., vol.3, no.4, pp.36-45, 2002.
(2) N. Shinohara and H. Matsumoto, “Experimental study of large rectenna array for microwave energy transmission,” IEEE Trans. Microw. Theory Tech., vol.46, no.3, pp.261-268, 1998.
(3) ブロードバンドワイヤレスフォーラム(BWF).
https://yrprd.or.jp/bwf/
(4) ワイヤレス電力伝送実用化コンソーシアム(WiPoT).
https://www.wipot.jp/
(5) 総務省情報通信審議会情報通信技術分科会陸上無線通信委員会,“「空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの技術的条件」のうち「構内における空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの技術的条件」,”July 2020.
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban16_02000240.html
(6) 総務省 空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの運用調整に関する検討会,“空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの運用調整に関する基本的な在り方,”May 2021.
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban16_02000260.html
(7) JWPTワイヤレス電力伝送運用調整協議会,“運用調整の手引き運用調整等手順の概要.”
https://jwpt.jp/guidance/
(8) 梶原正一,“iTAFによる高効率で安全なマイクロ波空間伝送方式WPTシステム,”信学誌,vol.103, no.10, pp.1023-1029, Oct. 2020.
(9) 総務省,“空間伝送型ワイヤレス電力伝送の干渉抑制・高度化技術に関する研究開発”令和3年度事前評価書.
https://www.soumu.go.jp/main_content/000766956.pdf
(10) ITU-R:Report ITU-R SM. 2392-1, “Applications of wireless power transmission via radio frequency beam,” June 2021.
https://www.itu.int/pub/R-REP-SM.2392-1-2021
(11) ITU-R:Report ITU-R SM. 2505-0, “Impact studies and human hazard issues for wireless power transmission via radio frequency beam,” July 2022.
https://www.itu.int/pub/R-REP-SM.2505
(12) ITU-R: Recommendation ITU-R SM. 2151-0, “Guidance on frequency ranges for operation of wireless power transmission via radio frequency beam for mobile/portable devices and sensor networks,” Sept. 2022.
https://www.itu.int/rec/R-REC-SM.2151/en
(13) 篠原真毅,庄木裕樹,“ワイヤレス電力伝送の技術,制度化,標準化最新動向,”信学誌,vol.101, no.1, pp.79-84, Jan. 2018.
(14) 篠原真毅,“ワイヤレス給電の研究開発現状と未来,”信学誌,vol.107, no.3, pp.222-225, March 2024.
(2024年6月30日受付 2024年8月19日最終受付)
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