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マイクロ波テラヘルツ光電子技術研究専門委員会
光ファイバ無線
光ファイバ無線(RoF : Radio-over-fiber)とは,光ファイバを利用して無線通信のための波形を伝送するシステムのことである.スマートフォンなどの小形の無線装置では無線信号の波形を生成する無線装置本体とアンテナが同じきょう体に収められているが,アンテナと無線装置が離れた所に設置されている場合も少なくない.身近な例としては,テレビが挙げられる.図1に示すように,テレビ本体は屋内に設置されるのに対して,アンテナは屋根の上などに据え付けられており,これらはケーブルで接続されている.放送局からの電波がアンテナで電流に変換され,無線信号の波形がケーブルを介してテレビ本体へと伝えられる.テレビの場合,無線信号の波形を伝える媒体は導体(同軸ケーブル)が使われているが,電波の周波数が高くなると,その周波数に対応したケーブル内での損失が大きくなる.携帯電話の基地局など多数のアンテナが必要となるシステムでは,無線装置本体とアンテナを離れたところに設置することがあるが,同軸ケーブル内での損失が非常に大きくなるために,波形を効率的に伝えることが困難となる.光ファイバ無線を用いると,この課題は解決できる.波形を一旦光信号に変換する必要はあるが,光ファイバの損失は非常に小さいので長距離の波形伝送が可能となる(1).
図2に携帯通信のための基地局のネットワーク構成を示した(2).BBU(Baseband Unit)は電波波形をディジタル信号に変換する部分で,無線装置本体に相当する.RAU(Remote Antenna Unit)は無線装置本体から離れた所に設置されるアンテナである.BBUはユーザからの情報信号を電波波形から取り出し,ネットワークに送出する役割を担う.ネットワークからユーザへの通信の場合には,逆に情報信号から電波波形を生成する.つまり,BBUは無線通信のための電波波形と情報を担うディジタル的な情報のインタフェースの役割を担っていることが分かる.BBUとフォトニックネットワークのやりとりはディジタル情報でなされる.この部分のネットワークをモバイルネットワークと呼ぶ.他方,BBUとRAUの間では,無線通信のための電波波形がやりとりされる.この部分を,モバイルフロントホールと呼ぶ.効率的な波形伝送のために光ファイバ無線が用いられる.
高速鉄道や空港滑走路監視などインフラ向けシステムや,電波天文などの科学分野への応用に向けた光ファイバ無線システムの開発も精力的に進められてきた(1),(2).電波波形を光ファイバで伝えるためには,電波波形に対応した光信号の発生と検出が必要となる.電気から光への変換を担う光変調器と光から電気への変換を担う光検出器が大きな役割を果たす.光デバイスの高速性を生かした高い周波数の電波波形の発生に関する研究も進められている(3).
アンテナは電波を送受する場所に設置する必要があるが,波形の転送ができれば無線装置本体はどこにでも自由に設置できる.上記のテレビの例ではユーザの屋内にあるディスプレイと同じきょう体に無線装置本体を収めることで設置の容易性や利便性を確保している.図1は地上波と衛星放送(BS)のアンテナがテレビに接続された構成を示している.テレビ地上波放送は周波数470MHzから710MHzの極超短波帯(UHF)が用いられているのに対して,BSでは周波数12GHzのマイクロ波帯が用いられている.地上波放送では空中の電磁波をアンテナで導体内の電圧電流変化に変換し,同軸ケーブルでテレビまで伝えているのに対して,BS放送では受信した電波をアンテナに備えられている周波数変換器で低い周波数の中間周波数(IF)信号に変換する.BSは地上波と比べて周波数が10倍以上であり,ケーブル内の損失が大きく,受信した波形をそのまま屋内まで伝えることは困難である.IF信号の周波数は3GHz以下であり,一般的な家屋であれば,ケーブルで伝送が可能である.
光ファイバ無線はBSで採用されている受信直後に信号の形式を変換するという方式と同様の考え方をベースとするシステムである.受信した電波を光信号に変換し,光ファイバ内を低損失で無線装置まで伝え,光信号を電気信号へと戻した上で処理する(2),(3).図3に構成例を示した.光変調器に電波波形を入力し,電波波形で強度変調された光信号を発生させ.これを光ファイバで光検出器まで伝える(4)~(6).光検出器は光強度に比例した電流を発生させる.これを電気信号として取り出し,無線装置で処理する.30GHz以上の高い周波数を持つミリ波帯では,同軸ケーブルでの損失が少なくとも1m当り2dB程度であるのに対して,光ファイバでは1km当り0.2dB程度である.同軸ケーブルを用いた波形伝送に比べると,光ファイバ無線システムにおいて光ファイバ内の伝送損は無視できるほど小さいと言える.他方,光変調器における電気から光への変換と,光検出器における光から電気への変換の効率が低いことが課題である.また,これらの変換や光ファイバ内での波形劣化が電波の質に与える影響についても注意が必要である.光変調器は動作原理に基づく非線形性を持つが,その動作は高い精度でモデル化されており,計測の基準となる波形を発生させることも可能である(7),(8).
光ファイバで波形を伝える方式として,アナログ光ファイバ無線(A-RoF : Analog Radio-over-fiber)とディジタル光ファイバ無線(D-RoF : Digital Radio-over-fiber)に大別される.アナログ方式の代表例は図2で説明した光強度変調を用いるものである.電波波形による光強度変調は,電波の周波数の2倍の帯域幅を持つ.光変調により,変調信号の周波数分だけ周波数が加算された成分(上側波帯)と減算された成分(下側波帯)が発生するためである(4)~(6).このような変調方式を両側波帯(DSB : Double Sideband)変調と呼ぶ.伝送距離が長くなると分散の影響で強度変調が位相変調に変換される.光検出器は光位相変化には応答しないので,位相変調成分は電気信号に変換されず,信号劣化が生じる.上側波帯,下側波帯のうち一方を取り除くことでこのような分散の影響を抑えることができる.このような変調方式を単側波帯(SSB : Single Sideband)変調と呼ぶ.マイクロ波やミリ波の波形を転送するためには,広帯域信号に対応した光変調器と光検出器が必要となる.また,上記の分散の影響を受けやすいという課題もある.これらの解決には,BSの受信にも用いられている周波数変換を併用が有効である.例えば,300GHzの通信規格であるIEEE802.15.3d準拠のテラヘルツ帯通信システムは,基本となるチャネルの帯域幅は2.16GHzである.300GHzに対応した光変調器,光検出器の報告例はあるがいまだ開発途上である.周波数変換を用いて,中心周波数30GHz程度のIF信号に変換すると,実用となっているデバイスで十分カバーできる帯域となる.また,光信号の帯域幅も,周波数変換しない場合の600GHzから60GHz程度に大幅に削減され,分散の影響も抑えることができる.
ディジタル光ファイバ無線(D-RoF)では,無線波形を量子化して得られたディジタル信号を光ファイバで伝送する.電波の質が光ファイバ内での波形劣化の影響を受けづらいというディジタル伝送の特徴を持ち,設計や設置の容易性から,現在のモバイルフロントホールでは,D-RoFが広く用いられている(2).A-RoFに比べて,必要となる光信号の帯域幅が大きくなるという課題がある.A-RoFでは周波数変換とSSB変調を併用し,各デバイス特性が理想的であると仮定すると,光信号と電波波形の帯域幅は同じになるが,D-RoFでは数十倍程度になる.例えば,第4世代(4G)移動通信システムで使われている信号の基本チャネル(帯域幅20MHz)を広く普及しているD-RoF規格であるCPRI(Common Public Radio Interface)準拠のシステムで伝送するには,1.23Gbit/sの伝送速度が必要になる(2).現在,10Gbit/s程度の光通信であれば,低コストで実現可能であるため,4Gシステムでは専らD-RoFが用いられてきた.しかしながら,次世代の移動通信システムでは,帯域が不足することが懸念される.第5世代(5G)移動通信システムでは,BBUの機能の一部をRAUに移して,モバイルフロントホールで必要となる伝送容量を抑えるという対策が取られている.その次の世代の第6世代(6G)移動通信システムでは,ばく大な数の基地局を使って高速・低遅延通信を目指すとされており,RAUに多くの機能を持たせることが得策であるかどうかは議論の余地がある.
A-RoFとD-RoFの中間的な性質を持つ光ファイバ無線としてデルタ・シグマ変調を用いた方式も提案されている(2).電波波形を量子化して,光のディジタル信号として送信するという点では,D-RoFの一種と言える.一般的なD-RoFでは,複数のビットを持つディジタルアナログ変換(DAC : Digital-to-analog Converter)を用いるが,デルタ・シグマ変調では1ビットのDAC,つまりオンとオフだけで信号を表現する方式を用いる.サンプリングレートを非常に速くすることで,オンとオフの密度で波形を高精度に表現する.光信号から,電気信号に変換する部分では,光検出器で光強度を電流に変換するのみで波形を再生することが可能である.高い周波数域に高速のサンプリングの影響が生じるが,適度な応答速度を持つ光検出器を用いるか,フィルタを挿入することでアナログ的に電波波形が得られる.高いサンプリングレートを用いることで波形伝送の精度を高めることが可能であり,数千を超えるシンボルを使った多値変調が実現されている(9).また,光領域での波長多重を組み合わせることで,サンプリングレートを抑えつつ,高精度波形伝送を目指した研究もなされている(10).
(1) 川西哲也,“マイクロ波・ミリ波フォトニクス技術の最新動向,”信学誌,vol.101, no.2, pp.131-137, Feb. 2018.
(2) T. Kawanishi, Wired and wireless seamless access systems for public infrastructure, Artech House, 2020.
(3) T. Kawanishi, “THz and photonic seamless communications,” J. Lightwave Technol., vol.37, pp.1671-1679, 2019.
(4) 川西哲也,高速高精度光変調の理論と実践:電気光学効果による光波制御,培風館,2016.
(5) 榎原 晃,川西哲也,フォトニクスの基礎,コロナ社,2019.
(6) T. Kawanishi, et al., Electro-optic modulation for photonic networks, Springer, 2022.
(7) T. Kawanishi, S. Sakamoto, and M. Izutsu, “High-speed control of lightwave amplitude, phase, and frequency by use of electrooptic effect,” IEEE J. Sel. Top. Quantum Electron., vol.13, pp.79-91, 2007.
(8) T. Kawanishi, “Precise optical modulation and its application to optoelectronic device measurement, photonics,” Photonics, vol.8, 160, 2021.
(9) J. Liu, et al., “8192QAM signal transmission by an IM/DD system at W-band using delta-sigma modulation,” IEEE Photonics Technol. Lett., vol.35, pp.207-210, 2023.
(10) Z.-K. Weng, et al., “Robust dual-wavelength DRoF link by quasi-2-bit 256-QAM OFDM with delta-sigma modulation,” J. Lightwave Technol., vol.41, pp.7067-7074, 2023.
(2024年8月15日受付)
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