1200号記念特集 1 100年後の情報通信技術を妄想しよう

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1200号記念特集 1 100年後の情報通信技術を妄想しよう Let Us Fantasize What May Come about Information and Communication Technologies in 2124 A.D., 100 Years from Now 辻岡 哲夫

辻󠄀岡哲夫 正員:フェロー 大阪公立大学大学院工学研究科電気電子系専攻

Tetsuo TSUJIOKA, Fellow (Graduate School of Engineering, Osaka Metropolitan University, Sakai-shi, 599-8531 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.107 No.3 pp.199-206 2024年3月

©2024 電子情報通信学会

1.は じ め に

 100年後の情報通信技術を妄想し,それを明文化しておくことは重要である.近年の情報通信技術は著しく進展し,現在はまさに情報過多の時代の渦中にある.このような状況において,我々は,つい直近に実現できそうな技術開発に取り組んでしまいがちである.しかし,まだ実現のめどが立っていないような技術であっても,未来の情報通信社会の姿を予測・想像し,それを明文化して記録・共有することは(1),(2),実は,その技術の実現可能性を高めることにつながる(3),(4).実際,100年前,50年前に想像された未来技術を参照すると,その多くが現在実現されている.本稿では,価値の推移(5)について振り返りながら,情報過多の時代に求められること,記録の変化について考え,100年後の情報通信技術を想像・妄想し,それを明文化することの必要性を提唱する.

2.技術進展による価値の推移

 図1に,価値の推移について示す.まだ,電気通信技術がなかった時代においては,通信できることそのものに価値があった.電話線や光ファイバが敷設されたり,通信衛星が打ち上げられたりして,インフラが整備されてきた.続いて,製品に価値のある時代が到来した.A社の端末は高性能である,B社の端末は軽量であるなどと評価され,製品そのものに大きな価値があった.しかし,徐々に,製品の商品寿命が短くなり,例えば,パソコンにおいては,当初は2年以上のサイクルで新製品が発売されていたが,現在においては,春モデル,夏モデル,秋冬モデルを出さないと売れなくなってきている.製品に代わって,現在は,データに価値のある時代となっている.性能の飽和によって,もはや端末の価値は低下し,‘もの’ではなくデータが商品の主軸となっている.今後は,ますます大容量の情報が行き交い,情報過多となって,人が扱える量を超える情報を処理しなければならないことが慢性化するようになる.こうなると,大容量の情報から必要な情報だけを選別・集約するアプリケーションに価値が移る.一方で,製品の商品寿命が短くなったのと同じように,データの賞味期限は短くなる.生成AIでは,機械学習などの技術によって,人が情報収集をする代わりに,アプリケーションが情報収集を行い,整理して回答を提示する.改善が図られているものの,人が作ったデータを学習・加工して回答を生成しているため,人の想像の範囲を超える回答は得られにくい.ここからは予測になるが,今後は,学習から脱却し,人の想像の範囲を超えるものが得られるシステム・アプリに価値が移行するかもしれない.人は20年前後,学校で学習し,その結果,創造性を養い,新しい技術を作り出してきた.人以外が創造性を持てるようになれば,100年後は,様々なドラスティックなアイデアが生み出される社会となっているだろう.

図1 価値の推移  物からデータに,データからアプリや創造に価値が移っていく.

3.情報過多の時代に求められること

 図2は,データの活用の変化について示している.図2(a)のネット検索では,人が能動的にキーワードを与え,適合した情報へのリンクを結果として得た後,人がリンクをたどって情報を得てそれを整理をする必要がある.この作業を簡略化するために,情報過多が進むにつれて,生成AIなどの活用が進んでいる.図2(b)に示すように,情報収集と整理をアプリケーションが担当し,整理結果を人に回答する.人の負担は軽減されるが,取捨選択をアプリケーションに委ねることになり,全員が同一の結果しか得られなくなる危険性がある.また,学習により回答を導き出しているため,人が作ったデータの範囲の回答しか得られない.図2(c)のように,今後,思考AIや創造AIのような新しい技術が出現すれば,既存のデータから新しい知見やデータを作り出し,思考結果・創造結果の回答が得られるようになるかもしれない.このほかにも,人の創造の手助けになるような技術が次々と出現し,データが活用されるようになると考えられる.

図2 データ活用の変化  情報検索から思考や創造の手助けにデータの活用が変化していく.

4.記 録 の 変 化

 これまで人が記録してきた情報は,図3(a)に示すように,文字,音声,画像,映像であった.これらは,主に,視覚,聴覚に関する情報である.他の感覚に関する記録技術はそれほど進んでいないことが意外である.今後は,図3(b)のように,様々な感覚の記録技術が進み,体験そのものを共有できるようになるかもしれない.また,図3(c)に示すように,将来,人の思考を記録できるようになると,その人がいなくても対話や質問ができるはずである.例えば,あの人はこのような性格だったとか,このような考え方だったとか,そういう断片的な情報を記録しておく.今後,これらの細切れの断片情報を処理できる新しいプログラミング言語技術が出現すれば,思考の記録が実現可能になるかもしれない.このためには,ノイマン形ではない,新しいアイデアが必要となるだろう.

図3 記録の変化  文字/音声/画像/映像の記録から,感覚・体験の記録や,思考・考え方を含めた様々なものの記録へと変化していく.

 理学は真理の探究を目的としているが,工学は産業界への寄与が重視される.つまり,役に立つ技術を創造することが今後も必要とされる.図4のように人は様々な欲求を有し,それを満たすための技術が創出されてきた.生活を豊かにし,人の要求を満たすための技術が開発され続けることは今後も変わらないと考えられる.この観点から,未来社会の妄想を深めることで,新しい着想点が得られるかもしれない.

図4 人の要求と探究  生活を豊かにし,人の欲求を満たすための技術が開発され続けることは今後も変わらない.この観点から妄想を深めてはどうだろうか?

 ドラスティックな技術革新は,ソフトウェアとハードウェアの両面で起こり得る.図5に示すように,これまでの歴史を振り返ると,突拍子もない新しい発想や理論,新しいデバイスやセンシング法が出現し,それまで夢だと思われていたことが実現できるようになり,これが繰り返されてきた.実現できるかどうかは抜きにして,今,未来について考え,妄想したことを箇条書きにすることから始めてみよう.妄想は誰にも邪魔されないし,それは楽しい時間となり,皆さんの様々なモチベーションを高められるはずである.

図5 ドラスティックな技術革新  突拍子もない技術が突然出現するのかもしれない.実現できるかどうかは抜きにして,100年後のことを考え,妄想したことを箇条書きにしてみよう.

5.応募作品を拝見して

 作品38の「「あの人ともう一度話したい」を叶える魔法のチップ,『テレホープ』」では,考え方の記録と人工知能が実現し,亡くなった人と通信できる未来を想像している.この技術が確立されれば,故人からアドバイスがもらえるようにもなるだろう.作品40では,リモート社会が進み,また,言語や空間の壁がなくなることを予測している.世界統合が進み,AI主導の時代がくるのかもしれないと予見していて,実現性が高く,大変興味深かった.作品48は,未来の記憶の管理についての作品で,記憶を記録しておき,過去の体験を振り返ることができるようになると予想している.作品49では,ロボットの自分がいる社会を予見し,記録技術が進んだ最終形態ではないかと思われた.

作品38 越前さくら(北海道札幌市立札幌開成中等教育学校5年)

作品40 小谷真輝(東京都芝浦工業大学附属高校2年)

作品48 匿名希望

作品49 匿名希望

 脳波通信については,複数の作品が寄せられ,その期待の大きさがうかがえた.例えば,作品23では,以心伝心が可能な装置を使って思ったことが入力できるようになる技術,作品44では,BMI(Brain Machine Interface)のようなものを使ってネット検索ができる技術,作品34では考えたことがそのまま相手に伝わる技術が使われる時代の到来を予測している.

作品23 服部純玲(滋賀県大津市立中央小学校3年)

作品44 仲田賢生(東京都巣鴨高等学校1年)

作品34 齋藤悠真(福井県坂井市立坂井中学校2年)

 また,警鐘を鳴らしている作品の応募も見られた.作品41では,全自動化が進められる中においても,人の心の豊かさが維持できるように注意が必要と訴えている.また,作品45では,争いのない未来のために必要なことについて述べられていた.情報の取捨選択が技術依存になると,ヒットソングが生まれやすくなるのと同じで,皆が共通の考えを持ってしまう傾向が強くなる.創造性と利便性が両立できるような技術を考える必要がある.未来社会において,平等で平和な生活を支える技術であることを確認しながら考えていく必要があると感じた.

作品41 加藤純玲(奈良県奈良高校3年)

作品45 匿名希望

6.50年前の50年後予想と100年前の100年後予想

 実は,過去において,未来社会の予想を公表した記録が残っている.有名なものは2例であり(6),一つ目は,1964年にNewYork Timesに発表された,Isaac Asimov氏の記事である(1).1964年に開催されたニューヨーク万博の時期の寄稿であり,その50年後の万博では何が展示されているのかを予測している.間接照明,調光照明,自動調理器,冷凍食品,シンプルなロボット,自動翻訳機,小形コンピュータ,掃除ロボット,3D映画,コードレス家電製品,カーナビゲーションのようなものと自動運転,インターネット検索,電子書籍,光ファイバ通信,薄形テレビなどの出現を予測し,かなりの確率で予測が実現している.二つ目は,1901年に報知新聞で発表された「二十世紀の豫言」という記事である(2).23項目にも及ぶ予言については,科学技術白書(平成17年版)(4)で検証され,「かなりのものが現実となっており,驚きとともに感銘深い」と述べられている.具体的には,外国との通信技術,戦地で撮影されたカラー写真を新聞社に届ける技術,7日間で世界一周旅行ができること,エアコンの発明,植物工場,ガンマイクのようなもの,テレビ電話,時速240km以上の鉄道,台風予報,自動車社会,大学卒の一般化などが予言されていた.

 このように,未来について考え,それを公表し,記録として残すことは大変有意義である.ある意味,これらの明文化によって,技術進展が加速されたとも考えられる.今回の「100年後の情報通信が支える未来予想図」の特集についても,記録として残され,後年に検証されることになるかもしれない.

7.お わ り に

 100年後の情報通信技術を考えることは重要である.人任せにしないで,機会があるごとに各自で考え,また,その予想を文書に書き残して皆で共有することも大切である.皆で考えれば,技術進展が加速し,早期に実現されるはずである.

 教科書などに掲載されている偉人の肖像写真というのは,なぜか老人のときに撮影されたものが多い.これを見ると,晩年に偉業を達成したと思いがちであるが,実際に彼らが大きな仕事をした時期というのは,20歳代などの若い時期であることが多い.皆さんにおいても,若いときの仕事が将来に評価されることは変わらないと考えられる.特に若手の読者の皆さんには,今,100年後の情報通信技術を妄想し,いろいろなことを考え,明文化しておくことを推奨する.そして,できれば,その実現に向けた仕事に携わってほしいと期待している.

文     献

(1) I. Asimov, “Visit to the World’s Fair of 2014,” The NewYork Times, Aug. 1964.
https://archive.nytimes.com/www.nytimes.com/books/97/03/23/lifetimes/asi-v-fair.html

(2) “二十世紀の豫言,”報知新聞,1901年1月2日~3日.

(3) 横田順彌,百年前の二十世紀 明治・大正の未来予測,筑摩書房,東京,1994.

(4) 文部科学省科学技術・学術政策局調査調整課(編),“知の創出と知の活用,”科学技術白書(平成17年版),pp.3-14, 2005.
https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/287175/www.mext.go.jp/b_menu/houdou/17/06/05060903.htm

(5) 辻󠄀岡哲夫,“インターネットメディアと付き合うための心構え―メディアと人権,”pp.86-87,人権問題の最前線,大阪市立大学人権問題委員会,2019.
https://www.osaka-cu.ac.jp/ja/education/life_support/humanrights/about

(6) 玉城絵美,“メタバース空間上のBodySharing,”第35回情報伝送と信号処理ワークショップ予稿集,Nov. 2023.

(2023年12月12日受付 2023年12月15日最終受付) 

辻岡 哲夫

(つじ)(おか) (てつ)()(正員:フェロー)

 1992電通大・電気通信・電子卒.1994阪市大大学院工学研究科電気工学専攻前期博士課程了.同年日本電信電話株式会社入社.NTT光ネットワークシステム研究所,NTT未来ねっと研究所を経て,2000から阪市大・工・情報・助手.2004同講師.2011同准教授.現在に至る.コンピュータ通信システム,無線応用に関する研究に従事.学会貢献活動として,電子情報通信学会研究会システムの設計・開発に従事.IEEE,日本機械学会,計測自動制御学会,ITヘルスケア学会各会員.博士(工学).


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