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水中無線技術特別研究専門委員会
水中における無線技術
水中無線技術とは,信号の伝搬経路を水中・海中とする通信技術であり,電波,音響,光がそれぞれ信号の搬送に用いられている.以下では,それぞれの搬送波について紹介する.
海中電磁波の利用を考える上で,どの程度の減衰を受けるのかを見積もることは大切である.例えば,マイクロ波領域では,減衰が非常に大きく,せいぜい数cm到達するのみである.しかし,海水では100kHz以下,河川のような淡水では100MHz以下で,数十m到達するようになり,電磁波を利用した水中無線が現実味を帯びる(1).
海中通信の研究開発について,2000年代になると,欧州で海中通信に関する研究が報告されるようになる.国内では,2023年時点で,ハーフシースアンテナの開発,擬似スケールモデル水中伝搬実験,海底埋設物探知装置の試作,海中位置推定計算,海中電力伝送などの研究が精力的に行われている(1).
浅海で海中通信実験を行う際に注意しないといけないのは,ラテラル波と呼ばれる形態の波の存在である.図1に示すように,海中の2点A,D間での電磁波の伝達を考える.2点が非常に近接している場合は,A点とD点を結ぶ海中の直線経路に沿って電磁波は進行する.このような形態の波を直接波と呼ぶ.これに対して,2点がある程度離れると,電磁波は,送信点Aの鉛直上方の海面の点Bまで進行し,海面に沿って受信点の鉛直上方の海面の点Cまで進み,更に,その点Cから受信点Dまで進行するようになる(2).この際,送信点Aと点B,点Cと受信点Dの間は海中を伝わるので,大きな減衰を受けることになるが,海面上の点Bから点Cまでは海面上の空気中を伝わるので,BC間では海水による減衰は受けない.このような形態の波がラテラル波である.浅海での海中伝搬においては,直接波とラテラル波の形態が存在可能であるが,送受信点がある程度離れると,ラテラル波が優勢となる.この性質をうまく利用できれば,長距離通信が可能となる.なお,ラテラル波は海面だけで発生するのではなく,損失が大きく異なる二つの媒質の境界で生じる現象であり,例えば,海底でも起こる現象である.
とはいえ,ラテラル波のレベルは直接波のレベルに比べて一般に小さい.実際に海中で利用できるのは長波帯であり,直接波は距離ととも指数関数的に減衰するので(3),その到達距離は数十mと想定される.しかし,河川・港湾の設備点検など,浅海の作業フィールドにおいては,マルチパスの影響によって音波は使いづらく,その装置の高コスト化が問題になる.このようなシーンでは,電磁波を利用する余地があろう(1).
陸上では電波を用いる無線通信が一般的であるが,海中では電波を用いた無線通信の利用可能な領域は大きく制限される.その主な理由は,海中では電波の吸収減衰が極めて大きいためである.他方,光による無線通信は,大容量化へのポテンシャルは高いが,海中の濁り等の影響を受けやすいことが課題となる.その結果,水中で長距離通信や移動通信を実現するためには,音波を用いた水中音響通信が主流となっている(4), (5).
水中音響通信は陸上の無線通信に対して,①伝搬速度が電波と比較して20万分の1となること,②使用可能な周波数が数MHz以下となること,の二つの大きな差異を有する.①により,水中音響通信は,遅延時間広がりとドップラーシフト広がりが大きい二重選択性と呼ばれる厳しい伝搬環境となる.この二重選択性伝搬環境の厳しさゆえに,水中音響通信は無線通信のラストフロンティアと呼ばれている.②により,使用可能な周波数帯域幅が狭くなり,水中音響通信では,高い周波数利用効率を実現できないと大容量化が困難となる.
水中音響通信で大きな課題となる二重選択性について簡単に説明する.図2に,水平方向の水中音響通信の運用イメージを示す.送波器から受波器に至る音波は,直接到来する直接パスと海面で反射して遅延して到来する遅延パスから構成される.図2では,受波器が送波器に向けて移動速度で移動するものとし,遅延パスと移動方向の成す角度をとする.この場合,ドップラーシフトに影響を与える実効的な速度は,直接パスはであるが,遅延パスはとなる.その結果,直接パスと遅延パスには,ドップラーシフト差が発生する.他方,直接パスと遅延パスには距離差が発生し,この距離差から遅延時間差が発生する.①に記載したとおり水中では音波の伝搬速度が遅いため,水中音響通信は陸上の無線通信と比較して,ドップラーシフト差と遅延時間差が大きくなる.その結果,水中音響通信の伝搬環境は,厳しい二重選択性を受けることになる.なお,この二重選択性環境を克服するために,水中音響通信に用いられる無線伝送方式としては,複数の受波器を用いたアレー合成やOrthogonal Frequency Division Multiplexing(OFDM)が用いられることが多い.
水中において,青色から緑色の波長帯の光は,他の波長帯と比べて減衰が小さいことが示され,この波長帯を信号の搬送波とする研究が盛んとなっている.1990年代には,航空機と潜水艦の間での光通信の実験が行われ(6),2000年から2010年代にかけて青色LEDを用いた多数の実験が実施された.その成果として,数十~数百mの距離で数M~数百Mbit/sの通信が報告されている(7), (8).また2020年代になると,海中でのスマートフォンの映像伝送や,青色LEDによる距離100mで伝送速度1Gbit/sの通信が成功している(9), (10).現在は,Autonomous Underwater Vehicle(AUV)やRemotely Operated Vehicle(ROV)など,水中活動における重要な機能を相互接続する高速なデータ伝送手段として,光通信の適用に期待が寄せられている.
図3に水中を伝搬する光の様子を示す.図3中,実線の矢印は光の伝搬方向を示し,破線及び一点鎖線は,それぞれ受信機の視野角の範囲を表している.送信では,鋭い光を射出することにより,受信側に高い電力密度で信号を届けることができる.しかし懸濁物が浮遊する環境では,図3中に示すように,光の伝搬経路が遮断される場合があるため,安定して信号を伝送するには対策が必要となる.その手段としては,例えば射出する信号光の直径を大きく設定することや,複数の光をアレー化して伝送することなどが挙げられる.また通信相手が移動する場合,通信相手を捕捉し追尾する機能に高い精度での角度制御が必要になる.この角度制御への要求は,伝送する信号光の広がり角を大きくし,視野の広い受信機を用いることにより緩和できる.しかし広がり角が大きい光は伝搬損が大きく,また視野の広い受信機は意図しない方向から到来する散乱光等の影響を受けやすい.したがって,強い背景光が存在する環境や周囲で複数の光通信が行われる場合には,光フィルタの適用に加えて受信機の視野を制限する必要も生じる.このように水中における光通信を高速なデータ伝送手段に採用するには,光の遮断を回避しつつ受信側を効率的に照射する光の伝送方法と,通信相手との相対位置が変化する場合には光回線を形成維持する方法の確立が必要となる (10), (11).
(1) 吉田 弘,“最新の水中無線技術の研究動向と将来展望,”信学通誌,vol.15, no.4, pp.262-270, 2021.
(2) R.W.P. King, et al., Lateral Electromagnetic Waves : Theory and Applications to Communications, Geophysical Exploration, and Remote Sensing, Springer-Verlag, New York, 1992.
(3) 石井 望,ほか,“海中電磁界応用における研究動向とポイント,”2021信学ソ大(通信),BS-2-9, Sept. 2021.
(4) 出口充康,樹田行弘,渡邊佳孝,志村拓也,“水中音響通信の課題と研究開発,”信学誌,vol.105, no.4, pp.286-293, April 2022.
(5) 久保博嗣,“水中音響通信の厳しい二重選択性伝搬環境に有効な無線伝送方式,”信学誌,vol.106, no.5, pp.421-428, May 2023.
(6) J.J. Puschell, et al., “The autonomous data optical relay experiment : First two way laser communication between an aircraft and submarine,”Proc. Nat. Telesyst. Conf., vol. 14, pp. 27-30, 1992.
(7) Z. Zeng, et al.,“A survey of underwater optical wireless communications,” IEEE Commun. Surv. Tutor., vol. 19, pp. 204-238, 2017.
(8) P.A. Hoeher, et al., “Underwater optical wireless communications in swarm robotics : A tutorial,”IEEE Commun. Surv. Tutor., vol. 23, pp. 2630-2659, 2021.
(9) “世界初,青色LED光無線通信技術を用いた海中のスマートフォンとの通信実験に成功,”信学誌,ニュース解説,vol.103, no.3, pp.341-342, March 2020.
(10) 鈴木謙一,“水中光ワイヤレス通信技術~BL積1 Gbps×100 mへの挑戦~,”信学技報,CAS2022-103, pp.41-46, March 2023.
(11) A.S. Fletcher, et al., “Undersea laser communication with narrow beams,”IEEE Commun. Mag., vol. 11, pp. 49-55, 2015.
(2023年12月9日受付)
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