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ヒューマンコミュニケーション基礎研究専門委員会
オンラインコミュニケーション
人から人へ情報が一方方向,または双方向に伝達されることを対人コミュニケーション(Interpersonal Communication)という.情報工学や通信工学の世界では,遠隔地に存在する電子端末間における信号の送受信を電子コミュニケーションと言うが,ヒューマンコンピュータインタラクションや心理学の分野では,それと区別するために対人コミュニケーションと呼び,信号の技術的な送受信の方法論よりも,人同士の互いの情報のやり取りにおける社会性や心理特性に注目する.本稿では,単にコミュニケーションと呼ぶ.
人類は,その種の誕生から,様々な手段を用いてコミュニケーションを行ってきた.種の誕生の当初は鳴き声や身振り手振りで,相手に情報や意図を伝えてきたが,二足歩行をするようになると,言葉という音響的なシンボルにより音声に多様な意味を持たせるようになった.更に,この話し言葉は,地面や粘土板などに絵や記号で表記されるようになり,文字と紙の発明につながった.文字(言語)により,人々は時間や空間を超えた情報伝達が可能になった.その後,郵便や電話などの発明により,遠く離れた人とも非同期や同期式のコミュニケーションを行えるようになった.ここで,同期式とは,互いに同じ時間を共有しないといけないコミュニケーションを指し,非同期式は互いに時間がずれていても可能なコミュニケーションを指す.このように,人は技術の進化とともに,多様な媒体でコミュニケーションを行うようになった.このような歴史の中,コミュニケーション様式に大きな変革をもたらしたのはインターネットの誕生である(1).
インターネットの誕生により,人々は電子メール,チャットアプリケーション,ビデオ会議,SNS,VR空間など,様々なアプリケーションやプラットホームを通じてコミュニケーションを行うようになった.このように,インターネットとディジタルテクノロジーを介して行われるコミュニケーションをオンラインコミュニケーションと言う.オンラインコミュニケーションは,従来から存在していた対面,手紙,電話などのコミュニケーションに比べると,数多くの点において異なっている.それらの特徴があることから,社会学や心理学の文脈でも研究対象とされ,媒体の欠点や障害は情報工学の分野で技術的方法論により解決されてきた.
ここでインターネット誕生以降のオンラインコミュニケーションが,それ以前のアナログのコミュニケーション(対面,手紙,電話など)と,どのように異なるのかを紹介する.インターネット誕生後,誰もがオンラインでコミュニケーションを行うようになったのは,スマートフォンとソーシャルメディアが発明されてからと言える.そこで,本稿ではソーシャルメディアを用いたコミュニケーションとメールなどの従来型のコミュニケーションの違いに注目する.
人は社会ネットワーク(すなわち人と人とのつながり)の中で生きている.コミュニケーションとは,そのつながり(グラフ理論で言う「エッジ」)を活性化することに相当する.従来のコミュニケーションは,対面にせよ電話にせよ,時間的・空間的・経済的なコストが発生するため,そのエッジを活性化させることは簡単ではなかった.一方,ソーシャルメディアは一度の投稿で多くの人に情報を伝えることができるため,エッジの活性化に必要なコストを劇的に下げることができた.そのため,社会ネットワークにおけるエッジの活性化の頻度が極めて高いという性質を持つ.
従来型のコミュニケーションでは,時間的・空間的制約があることから,コミュニケーションが行われる場に集う人たちの多様性が低かった.同じ組織の集まりであったり,同じ地域の集まりであったりである.また,その場に入るのにも出るのにも自己紹介や挨拶などの社交辞令が必要なため,部外者がコミュニケーションに参加するには,相応の努力を必要とした.一方,ソーシャルメディアは,その場の出入りに必要なコストが極めて少ないため(一方的なフォローやハッシュタグの付与などにより場に入ったり,場を形成したりできる),一つの場に多様な観点でのつながりを持つ人々を集結させることに成功した.
従来型のコミュニケーションでは,対面では自己紹介や挨拶から始まり,電話でも名前をまず名乗るものである.すなわち,コミュニケーションの相手が,どこの誰であり,また対面ではその顔や姿が見えていることが当たり前であった.一方,ソーシャルメディアは,アカウントは実名である必要はなく,プロフィール画像には,どのような画像を設定しても構わない.そのため,世間では語られるのがはばかられるような内容や意見についても述べることができる.これが時に特定の対象に対して批判が殺到し,収拾がつかなくなる「炎上」という現象を引き起こすこともある.
ソーシャルメディアは,メールやチャットなどのインターネット初期のアプリケーションと異なり,テキストに加えて,画像や動画など,様々なディジタル表現を用いることができるようになった.とはいえ,対面コミュニケーションに比べると,ソーシャルメディア上で,相手の感情や意図を知覚して理解することは簡単ではない.本稿では,最後にオンラインでのコミュニケーション媒体の発展に照らし合わせて,オンラインでの自己呈示が,どれだけ相手に自分の印象を伝えられるのかについて,人間の最も基本的な心理特性であるパーソナリティ(性格特性)に注目して紹介する.
最も古典的なオンラインでのコミュニケーション媒体にメールが挙げられる.Fullerは,メールのみでコミュニケーションしている相手に対して抱いた印象が,その人と実世界でもコミュニケーションしている人が抱いている印象と異なるかどうかを調査した(図1(a))(2).彼は,相手に対して抱いたパーソナリティを,自己回答式のMBTI(マイヤーズ・ブリッグズ式性格検査)を他者への評価に使えるように修正して,読み手に尋ねた.その結果,メールのみのコミュニケーションで抱いた印象と実世界での知り合いの印象とは異なることと,メールでは感情が少なく論理的であるとみなされがちであることが分かった.
Webが誕生して間もない頃,一部のユーザの間で個人のホームページを持つことが流行した.VazireとGoslingは,個人のホームページを見て,その著者に対して抱いた印象が,その人と実世界でもコミュニケーションしている人が抱いている印象と異なるかどうかを調査した(図1(b))(3).彼らは,相手に対して抱いたパーソナリティを,Big Five(the 44-item BFI)を他者への評価に使えるように修正して,読み手に尋ねた.また,ホームページの著者にも,自己回答式で上記のパーソナリティに回答してもらった.その結果,実世界での知り合いと著者の回答に相関があっただけでなく,ホームページを見ただけの人も著者の回答との間に相関があった.
最後にSNSが誕生してからは,Goslingらは,SNS(Facebook)に対しても同様の実験を行った(図1(c))(4).パーソナリティは,Big Five(TIPI)を他者への評価に使えるように修正して,読み手に尋ねた.その他の実験方法は,概ね文献(3)の方法と同様である.その結果,SNSのプロフィールページを見ただけでは,外向性以外は,その著者のパーソナリティを推定することが困難であることが分かった.すなわち,SNSは個人性の最も高いメディアであるにもかかわらず,その人のパーソナリティを推測するには,情報が十分(適切)でないことが分かった.このことから,人はSNSでは,かなりの印象操作を行っている可能性がある.
若者に最も人気のあるSNSとしてInstagramがある.Instagramは,画像(写真)を中心としたSNSで,投稿に使われた写真も,読み手の印象形成に影響を与える可能性がある.森本と土方は,Instagramにおいて,投稿(写真と本文)のどのような特徴がエンゲージメントの一つである「いいね!」獲得に影響するかを調査した(5).フォロー・フォロワ数共に100~1500人で,これまでの投稿数が20件以上の若い女性という条件下で,800人のユーザの投稿を無作為に近い形式で収集し,「いいね!」の数と投稿の特徴の相関分析を行った.
その結果,本人の顔写真を用いていると「いいね!」を獲得しやすいが,その人の身体的魅力は必ずしも「いいね!」獲得につながるとは限らないことが分かった.従来の心理学研究では,身体的魅力がカップル成立の最も重要な要因であったり(6),子供のコミュニティでの人気度と高い相関があったりしたが(7),上記の研究結果は,これらとは異なるものになった.このことから,SNSが自己表現やコミュニケーションを行うのに,万人に対して開かれた場である可能性が示された.学術界(特に社会学)では,ソーシャルメディアにおけるコミュニケーションは時として否定的に捉えられる傾向にあるが,対面コミュニケーションが苦手な者であっても活躍できる場になり得るポジティブな側面を併せ持つことも忘れてはいけない.
(1) 土方嘉徳,ソーシャルメディア論―行動データが解き明かす人間社会と心理―,サイエンス社,2020.
(2) R. Fuller, “Human-computer-human interaction : How computers affect interpersonal communication,” Computers, Communication and Mental Models, Taylor & Francis, pp.11-14, 1996.
(3) S. Vazire and S.D. Gosling, “e-Perceptions : Personality impressions based on personal websites,” Journal of Personality and Social Psychology, vol.87, no.1, pp.123-132, 2004.
(4) S.D. Gosling, A.A. Augustine, S. Vazire, N. Holtzman, and S. Gaddis, “Manifestations of personality in online social networks : Self-reported facebook-related behaviors and observable profile information,” Cyberpsychology, Behavior, and Social Networking, vol.14, no.9, pp.483-488, 2011.
(5) 森本雅也子, 土方嘉徳,“Instagramにおける投稿の特徴といいね! 獲得数に関する基礎的調査,”信学技報,HCS2021-27, pp.57-62, 2021.
(6) E. Walster, V. Aronson, D. Abrahams, and L. Rottmann, “Importance of physical attractiveness in dating behavior,” Journal of Personality and Social Psychology, vol.4, no.5, pp.508-516, 1966.
(7) K.K. Dion and E. Berscheid, “Physical attractiveness and peer perception among children,” Sciometry, vol.37, pp.1-12, 1974.
(2024年2月3日受付)
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