業績賞贈呈

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Vol.107 No.7 (2024/7) 目次へ

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2023年度 第61回 業績賞贈呈(写真:敬称略)

 本会選奨規程第9条イ号(電子工学及び情報通信に関する新しい発明,理論,実験,手法などの基礎的研究で,その成果の学問分野への貢献が明確であるもの),ロ号(電子工学及び情報通信に関する新しい機器,又は方式の開発,改良,国際標準化で,その効果が顕著であり,近年その業績が明確になったもの),ハ号(電子工学及び情報通信並びに関連する分野において長年にわたる教育の質向上に資する教育施策の遂行,教育の実践(教育法,教材等の開発を含む),著述及びその普及を通じて,人材育成への貢献が明確になったもの)による業績に対し,下記の6件を選び贈呈した.

空間伝送型ワイヤレス給電の研究開発と実用化

受賞者 篠原真毅

 空間伝送方式ワイヤレス給電は,20世紀にはマイクロ波送電と呼ばれており,マイクロ波を介して無線で電力を送る技術である.21世紀に入り,磁界を用いた結合型ワイヤレス給電(WPT)の研究や実用化が進み,マイクロ波送電の研究開発にも注目が集まるようになって,近年空間伝送方式ワイヤレス給電と呼ばれるようになった.空間伝送方式WPTは,通信,リモートセンシング,加熱に次ぐ第4の電磁波応用技術であるエネルギーのワイヤレス伝送の学問領域を開拓する先駆的なものであり,学界や産業界において波及効果の大きい研究である.

 受賞者は学生時代の1990年代から空間伝送方式WPTの研究を始めた.研究当初から現在まで宇宙太陽光発電SPS(1)という,宇宙空間に設置された発電所から地上へマイクロ波ビームを用いて電力をワイヤレスで送電するシステムの研究開発を行っている.2009年以降は経済産業省が行っているSPSの研究開発プロジェクトの委員長を長年務め,日本のSPSの研究開発をリードしている(2).現在は宇宙太陽発電学会理事長や,国の宇宙政策委員会委員等も務めている.2000年以降は空間伝送方式ワイヤレス給電の実用化を進めるための研究活動を行い,早い段階から電気自動車へのマイクロ波ビームによるワイヤレス充電,ユビキタス電源と名付けた室内での携帯電話無線充電(図1)等の実証実験を行っている.現在はミリ波ビームフォーミングを用いたWPTと通信との融合技術に関する実証実験等も行っている(図2(3).2013年からは全てのワイヤレス給電のビジネスを加速するためのコンソーシアムWiPoT(ワイヤレス電力伝送実用化コンソーシアム)を代表として立ち上げ,2024年現在企業会員39社,研究機関会員3機関,学識会員56名を擁する重要なワイヤレス給電に関するコンソーシアムとして,活動を行っている.2022年の国内電波法省令改正による空間伝送方式WPTの適法化(920MHz,2.4GHz,5.7GHz)(4)や,同年のITU-R(International Telecommunication Union Radiocommunication Sector)での勧告化(5)にもWiPoTが一翼を担ってきた.

図1 2.45GHzを用いたワイドビームWPTによる携帯電話の充電実験(2004)

図2 28GHzを用いたビームフォーミングによる情報・電力同時伝送実験(2023)

 受賞者は多くの空間伝送方式WPTの実証実験を実施し(6),空間伝送方式WPTの有用性を世界中に示し,新しい産業を立ち上げることにも成功した.また受賞者は既存の電波応用とは異なるエネルギーという視点で電磁界理論を見直させた上で学問の基礎に立ち返り,新しい電波工学を普及させた(7).これらの研究成果は世界で認められ,2023 IEEE Journal of Microwaves Best Paper Award(8),2022年電気科学技術奨励会文部科学大臣賞,2018年本会教育功労賞ほか,教授就任の2011年以降12年で指導学生の国内外での受賞93件等,国内外で高い評価を得ている.

 以上のように受賞者は世界的な空間伝送方式WPTの研究開発の発展と実用化に多大な貢献をし,日本が世界をリードし続ける土壌を作ってきた.未来を担う子供たちに100年後の情報通信が支える未来予想図として「いつでもどこでもでんきがつかえるせかい」の夢を見てもらえるようにもなった(9).新しい電波応用としてマイクロ波技術の進歩,発展,実用化における受賞者の功績は大きく,本会業績賞にふさわしい.

文     献

(1) 宇宙太陽発電(知識の森シリーズ),篠原真毅(監修),電子情報通信学会(編),オーム社,東京,2012.(中国語訳もあり)

(2) 篠原真毅,“宇宙太陽光発電の実現に向けた我が国のビームマイクロ波送電システム開発プロジェクト,”信学論(C),vol.J105-C, no.1, pp.11-18, Jau. 2022.

(3) N. Shinohara, B. Yang, W. Shao, K. Itoh, N. Sakai, and N. Hasegawa, “Novel energy harvesting and SWIPT system at 28GHz with a simple phased array,” Proc. IEEE International Conference on RFID Technology and Applications (RFID-TA2023), pp.209-212, Sept. 2023.

(4) ワイヤレス電力伝送運用調整協議会(JWPT)参考資料.
https://jwpt.jp/activities/

(5) Recommendation ITU-R SM. 2151-0, Sept. 2022.
https://www.itu.int/dms_pubrec/itu-r/rec/sm/R-REC-SM.2151-0-202209-I!!PDF-E.pdf

(6) N. Shinohara, “Beam control technologies with a high-efficiency phased array for microwave power transmission in Japan,” Proc. IEEE, vol.101, no.6, pp.1448-1463, 2013.

(7) N. Shinohara, Wireless Power Transfer via Radiowaves (Wave Series), ISTE Ltd. and John Wiley & Sons, Inc. States, 2014. (中国語訳もあり)

(8) C.T. Rodenbeck, P.I. Jaffe, B.H. Strassner II, P.E. Hausgen, J.O. McSpadden, H. Kazemi, N. Shinohara, B.B. Tierney, C.B. DePuma, and A.P. Self, “Microwave and millimeter wave power beaming,” IEEE Journal of Microwaves, vol.1, no.1, pp.229-259, 2021.

(9) 篠原真毅,“ワイヤレス給電の研究開発現状と未来,”信学誌(1200号記念特集「100年後の情報通信が支える未来予想図」),vol.107, no.3, pp.222-225, March 2024.

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シリコン基板上メンブレンレーザの先駆的研究

受賞者 松尾慎治 受賞者 武田浩司 受賞者 藤井拓郎

 光インタコネクションは光ファイバの低損失と広帯域という特長から広く適用されている.インターネットトラヒックの増大が続いていることから光インタコネクションの短距離化が伝送速度の増大と消費電力の削減の観点から大きく期待されている.このためには,光電変換素子の消費電力,つまり半導体レーザの低消費電力化,及び,低コスト化が重要な課題となる.

 半導体レーザの直接変調は最も低コストな方法であり,低消費電力化に向けてレーザ活性層の体積削減は長年研究されてきた.本受賞に関するメンブレンレーザは,図1(a)に示すように膜厚を従来の約1/10の200~350nm程度に薄膜化し,その上下を低屈折率材料で挟んだ構造となっている(1),(2).これにより,結合係数が大きい表面グレーティングを用いることで短共振器化が可能となることに加え,従来の約3倍の光閉込め係数を得ることができるため,直接変調レーザの低消費電力化に適している.特に受賞者のグループでは,図1(b)に示すInPフォトニック結晶共振器内に数µmの活性層を埋め込んだ波長スケール埋込みヘテロ構造フォトニック結晶レーザ(LEAPレーザ)を提案して,世界で初めて室温電流注入で発振するフォトニック結晶レーザを実現した(3).更に,1ビット当たりの変調エネルギーが,面発光レーザの1/10のエネルギーとなる4.8fJで動作できることも示し,将来のチップ間・チップ内光インタコネクション適用の可能性を示した(4)

図1 メンブレンレーザとフォトニック結晶レーザの構造

 また,低コスト化に向けては,シリコン(Si)フォトニクスデバイスとの高密度集積が重要である.Si基板上への化合物半導体の集積には,格子定数と熱膨張係数の違いによる結晶欠陥の発生という課題があり,コンセプト提案から30年以上解決されていなかった.本業績では,Siに直接接合された薄膜InP上で,従来のInPデバイス作製プロセスと同様に再成長を行うという独創的なメンブレン構造及び作製方法のコンセプトを発案(図2(a)),実証した(図2(b))(1),(5),(6).熱膨張係数の違いによるレーザ活性層の劣化が発生しない厚みまでInPを薄膜化したSi基板上InP薄膜へのエピタキシャル成長技術の確立と,薄膜内での横方向電流注入構造の実現により,高性能な半導体レーザに不可欠な埋込みヘテロ構造をSi基板上に高い設計自由度で作製することを可能とした.

図2 Si基板上メンブレンレーザ

 更に,選択エピタキシャル成長を活用し,異なるバンドギャップ波長を持つ複数の半導体レーザ活性層を150nmの波長幅にわたって一括成長可能なことを示した(図2(c))(7).これはレーザと変調器の集積や,波長多重を用いた光集積回路の実現に向けて欠かすことのできない技術である.更に,熱伝導率の良いSiC基板上への集積も実現されており(8),次世代の800Gbitや1.6Tbitのイーサネットに適用可能な送信素子への展開,更にはリザーバーコンピューティング用素子など幅広い応用分野への展開が可能である(9)

 更には,NTTのIOWN構想を支えるキーデバイスとして実用化を見据えており,将来的には,データセンター省エネ化の根幹を成し,カーボンニュートラルな社会実現に大きく貢献できるものである.本技術は,センシングやコンピューティング向けのデバイスへの応用も可能であり,光通信分野にとどまらず,他分野を含めた学術的貢献は極めて大きく,受賞者らの業績は極めて顕著であり,本会業績賞にふさわしいものである.

文     献

(1) S. Matsuo, T. Fujii, K. Hasebe, T. Takeda, and T. Kakitsuka, “Directly modulated buried heterostructure DFB laser on SiO2/Si substrate fabricated by regrowth of InP using bonded active layer,” Opt. Express, vol.22, no.10, pp.12139-12147, 2014.

(2) S. Matsuo, A. Shinya, T. Kakitsuka, K. Nozaki, T. Segawa, T. Sato, Y. Kawaguchi, and M. Notomi, “High-speed ultracompact buried heterostructure photonic-crystal laser with 13 fJ of energy consumed per bit transmitted,” Nature Photonics, vol.4, pp.648-654, 2010.

(3) S. Matsuo, K. Takeda, T. Sato, M. Notomi, A. Shinya, K. Nozaki, H. Taniyama, K. Hasebe, and T. Kakitsuka, “Room-temperature continuous-wave operation of lateral current injection wavelength-scale embedded active-region photonic-crystal laser,” Opt. Express, vol.20, no.4, pp.3773-3780, 2012.

(4) K. Takeda, T. Sato, A. Shinya, K. Nozaki, W. Kobayashi, H. Taniyama, M. Notomi, K. Hasebe, T. Kakitsuka, and S. Matsuo, “A few-fJ/bit data transmissions using directly modulated lambda-scale embedded active region photonic-crystal lasers,” Nature Photonics, vol.7, no.7, pp.569-575, 2013.

(5) T. Fujii, T. Sato, K. Takeda, K. Hasebe, T. Kakitsuka, and S. Matsuo, “Epitaxial growth of InP to bury directly bonded thin active layer on SiO2/Si substrate for fabricating distributed feedback lasers on silicon,” IET Optoelectronics, vol.9, pp.151-157, 2015.

(6) K. Takeda, T. Tsurugaya, T. Fujii, A. Shinya, Y. Maeda, T. Tsuchizawa, H. Nishi, M. Notomi, T. Kakitsuka, and S. Matsuo, “Optical links on silicon photonic chips using ultralow-power consumption photonic-crystal lasers,” Opt. Express, vol.29, 26082, 2021.

(7) T. Fujii, K. Takeda, H. Nishi, N. -P. Diamantopoulos, T. Sato, T. Kakitsuka, T. Tsuchizawa, and S. Matsuo, “Multiwavelength membrane laser array using selective area growth on directly bonded InP on SiO2/Si,” Optica, vol.7, no.7, pp.838-846, 2020.

(8) S. Yamaoka, N. -P. Diamantopoulos, H. Nishi, R. Nakao, T. Fujii, K. Takeda, T. Hiraki, T. Tsurugaya, S. Kanazawa, H. Tanobe, T. Kakitsuka, T. Tsuchizawa, F. Koyama, and S. Matsuo, “Directly modulated membrane lasers with 108GHz bandwidth on a high-thermal-conductivity silicon carbide substrate,” Nature Photonics, vol.15, pp.28-35, 2021.

(9) T. Tsurugaya, T. Hiraki, M. Nakajima, T. Aihara, N. -P. Diamantopoulos, T. Fujii, T. Segawa, and S. Matsuo, “Cross-gain modulation-based photonic reservoir computing using low-power-consumption membrane SOA on Si,” Opt. Express, vol.30, pp.22871-22884, 2022.

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ネットワーク情報理論ならびに情報理論的セキュリティに関する先駆的研究

受賞者 大濱靖匡

 ネットワーク情報理論は,現在の無線通信,センサネットワークや分散ビデオ符号化などの技術を支える基礎理論であり,多数のユーザや通信端末における通信効率を同時に最適化することが求められる.一般に情報理論の研究は,ある通信レートの符号が存在することを示す「符号化順定理」と,ある通信レート以上の符号は存在しないことを示す「符号化逆定理」に大別される.ネットワーク情報理論の多くの問題では,符号の存在が保証されている通信レートの領域と,符号が存在しないことが証明されている通信レートの領域の間に隔たりがあり,符号化効率の真の限界が明らかにされていない.この隔たりを埋めることは,通信システムを設計する立場からも強く望まれている.この問題の解決には,順定理・逆定理の双方を改善する必要があるが,特に逆定理においては,証明に使用できる既存の数学的テクニックが少なく,順定理に比べて難易度が著しく高いことが知られている.

 受賞者は,このような符号化逆定理の研究に果敢に挑戦し,確かな成果を上げている数少ない研究者として世界的にもその名を知られている.受賞者が大きな貢献をした未解決問題の一つに,アナログ・ディジタル分離符号化の最適性に対する符号化逆定理の証明がある.これは,例えばセンサネットワークのように多数のノードから成るシステム(図1)において,図2に示すようにアナログの観測データを圧縮する場合に,まずはアナログ信号をディジタル信号に量子化し,得られたディジタル信号に対して分散データ圧縮を行うことが最適であることを証明するという問題である.このような符号化法は古くから用いられており,システム設計の容易さの観点からも非常に優れていると考えられているが,本当に最適な符号化法であるのか,1970年代から未解決問題として残されてきた.受賞者は,一連の論文(1)(3)において,観測信号がある種の相関構造を有する場合には,アナログ・ディジタル分離符号化が最適であることを証明した.これらの研究成果は,理論研究者のみならず,応用研究を行っている研究者からも注目されている.実際,3編の論文で合計1,000件程度の引用実績があり,情報理論の分野において,これほどインパクトの大きな研究成果はほかに類を見ない.

図1 センサネットワーク

図2 アナログ・ディジタル分離符号化

 受賞者は情報理論的セキュリティの分野においても画期的な成果を上げている.例えば,受賞者は,中継機を含むネットワークにおける盗聴通信路のモデルを提案し,これらのネットワークにおける最適な符号化法を明らかにしている(4).この研究は,公開鍵暗号のような上位層ではなく,下位層でセキュリティを担保する物理層セキュリティにおける重要な成果として知られているが,高い注目度に加え,2000年代後半になって物理層セキュリティが注目される以前に研究成果が発表されていたという点で,時代を先駆けた研究成果であるといえる.

 最近では,受賞者は1970年代から未解決であった分散符号化における指数的強逆定理に対して,全く新しい独自の解析手法を提案して解決した(5)ほか,共通鍵暗号のサイドチャネル攻撃に対してこの解析手法を適用した安全性解析を行っている(6).この結果はネットワーク情報理論の手法を情報理論的セキュリティの安全性解析につなげたという点で非常に重要である.

 以上のように,受賞者は数々の未解決問題に対して成果を上げており,その業績は国内外で高く評価され,今後の発展も期待されている.受賞者の業績は極めて顕著であり,本会業績賞にふさわしいものである.

文     献

(1) Y. Oohama, “Gaussian multiterminal source coding,” IEEE Trans. Inf. Theory, vol.43, no.6, pp.1912-1923, Nov. 1997.

(2) Y. Oohama, “The rate-distortion function for the quadratic Gaussian CEO problem,” IEEE Trans. Inf. Theory, vol.44, no.3, pp.1057-1070, May 1998.

(3) Y. Oohama, “Rate-distortion theory for Gaussian multiterminal source coding system with several side informations at the decoder,” IEEE Trans. Inf. Theory, vol.51, no.7, pp.2577-2593, July 2005.

(4) Y. Oohama, “Capacity theorems for relay channels with confidential messages,” Proc. IEEE Int. Symp. Inform. Theory, pp.926-930, June 2007.

(5) Y. Oohama, “Exponential strong converse for one helper source coding problem,” Entropy, vol.21, no.6, p.567, June 2019.

(6) B. Santoso and Y. Oohama, “Information theoretic security for Shannon cipher system under side-channel attack,” Entropy, vol.21, no.5, p.469, May 2019.

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映像符号化技術の研究開発とそのMPEG国際標準化の推進

受賞者 松尾翔平 受賞者 坂東幸浩 受賞者 高村誠之

 インターネット上の映像コンテンツの流通量は年率31%のペースで急激に増加中であり,映像以外も含む全帯域のうち実に73%を占めている.更に近年はIoT(Internet of Things)技術とAI技術の発展により,AI映像監視等,人以外が映像を受信・処理するM2M(Machine to Machine)通信は年率19%で増加しており,2023年に147億接続となると予想されている.現在流通している映像信号は,非圧縮サイズの数百分の一程度にまで圧縮されており,映像圧縮技術がなければ世の映像サービスはもとより通信サービス全般が破綻することは明白であるし,その通信サービスの持続的発展のためには,より効率的な映像圧縮技術の継続的な研究開発が不可欠である.受賞者らは,1996年から現在に至るまでNTT研究所において一貫して映像符号化技術の高能率化に関する研究開発とその国際標準化・実用化・普及活動に従事し,継続的かつ精力的に本分野の発展に尽くした.

 標準化に関し,画面間予測技術は,国際規格MPEG-4に必須特許認定され(1)図1),各社がLSI化し携帯端末で動画像の長時間送受信を可能ならしめ,全く新しい映像文化「モバイルパーソナルコミュニケーション」を切り開いた.画面内予測技術(2)(5)図2)は,国際規格MPEG-H HEVC及びその後継規格MPEG-I VVCに必須特許認定された.特にHEVCはその性能の高さから新4K/8K衛星放送サービスを可能ならしめ,スマートフォンの映像記録・ストリーミング等で世界に普及しており,従前規格MPEG-4/AVCと併せ2020年には100億個の規格準拠端末が使われ,世界の映像データの9割を圧縮している.またVVCも業界団体MC-IFが普及を推進中であり,リアルタイム4Kコーデック等も複数発表されており,更に次世代地上波デジタル放送での利用も決定し実作業が進められている.

図1 改良型画面間予測技術(グローバル動き補償技術)

図2 改良型画面内予測技術(左)傾斜予測,(右)複数参照ライン予測

 実用化に関し,局所未定乗数最適化技術(6),(7)は,映像圧縮における無数のパラメータの組合せ爆発を回避し,ごく少数(映像全体に3個)のパラメータを調整するのみで高速・高効率な圧縮を可能とする汎用技術であり,かつ符号化方式に依存しない基本技術でもある.このため,国際規格の作成と同時に開発される参照ソフトウェアにおいてはもちろん,第三者団体のソフトウェア・ハードウェア,プロ向け・民生,商用・非商用を問わず符号器において普遍的に用いられており,今後も必須たり得る符号化最適化の中核技術である.

 普及活動に関し,受賞者らはJPEG/MPEG標準化を所掌するISO/IEC JTC 1/SC 29の日本団長(HoD)や国内専門委員長,幹事等として,MPEG-H HEVCも含む570以上の規格投票案件の調整や解説記事の執筆,セミナーの企画を行っている.また共編著教科書(8)は広く技術者や学生に膾炙し規格の制定と普及を強力にけん引しており,この続編(H. 266/VVC教科書)も監修/執筆中である.更に,極めて多くの標準技術講演・解説記事執筆(9)・国際符号化コンペティション主宰等を通し,本分野の発展に貢献している.

 今日の映像通信は,高い基本性能を持ち標準化された圧縮技術と,その性能を発揮させる高度な符号化最適化技術の双方なくして実現できない.本分野への受賞者らの貢献は社内・学会・国からの表彰84件,講習会等発表304件,国内外特許出願558(成立360,標準必須認定16)等として認められる極めて著しいものであり,本会業績賞にふさわしい.

文     献

(1) A. Shimizu, H. Jozawa, K. Kamikura, H. Watanabe, A. Sagata, and S. Takamura, “Motion vector predictive encoding and decoding method using prediction of motion vector of target block based on representative motion vector,” US patent 9154789, granted Oct. 2015. (MPEG-4必須特許の一)

(2) S. Matsuo, S. Takamura, K. Kamikura, and Y. Yashima, “Image encoding device and decoding device, image encoding method and decoding method,” CN patent 101822062, granted Feb. 2013. (MPEG-H HEVC必須特許の一)

(3) S. Matsuo, S. Takamura, K. Kamikura, and Y. Yashima, “Video encoding method and decoding method, apparatuses therefor, programs therefor, and storage media which store the programs,” US patent 8472522B2, granted June 2013. (MPEG-I VVC必須特許)

(4) S. Matsuo, S. Takamura, and Y. Yashima, “Intra prediction with spatial gradient,” Proc. SPIE-IS & T Electronic Imaging, Visual Communication and Image Processing (VCIP) 2009, vol.7257, pp.72571R-1-72571R-9, Jan. 2009.

(5) S. Matsuo, S. Takamura, and Y. Yashima, “Intra prediction with spatial gradients and multiple reference lines,” Proc. Picture Coding Symposium (PCS) 2009, pp.1-4, May 2009.

(6) S. Takamura, “Frame-wise N-pass video clip coding optimization and rate control algorithm,” Proc. Picture Coding Symposium (PCS) 2001, pp.171-174, April 2001.

(7) 高村誠之,小林直樹,“繰返し画像符号化を用いた符号量―ひずみ最適化方式と符号量制御,”信学論(D-Ⅱ), vol.J85-D-Ⅱ, no.9, pp.1425-1435, Sept. 2002.

(8) H. 265/HEVC教科書,大久保 榮(監修),鈴木輝彦,高村誠之,中條 健(編),インプレス,東京,2013.

(9) 坂東幸浩,“映像符号化技術の最前線:HEVC,”信学FR誌,vol.7, no.3, pp.186-196, Jan. 2014.

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オープンRANの世界的な先導と推進

受賞者 安部田貞行 受賞者 増田昌史 受賞者 ウメシュ アニール

 従来のRAN(Radio Access Network,無線アクセスネットワーク)は,全ての構成要素が同一ベンダ装置で構成されるクローズドな垂直統合形であった.受賞者らは,5G(第5世代移動通信システム)時代には,通信性能の向上だけでなく,より拡張性が高く柔軟に展開可能なネットワークが必要であることを見いだし,RAN構成要素ごとに異なるベンダ装置の選択を可能とするオープンな水平分業への構想転換を提案・推進してきた(図1).

図1 基地局構成要素の従来形態とオープン化による変化

 実現にあたっては,世界の携帯電話事業者と連携し2018年2月にRANのオープン化やインテリジェント化を目的とした業界団体「O-RAN ALLIANCE」(O-RAN)を設立し,標準化をリード(1)してきた.また,2021年2月にはオープンRANの世界展開を目的とした「5GオープンRANエコシステム」(2)をグローバルベンダとともに開始(3)し,2022年2月には海外から遠隔で仮想化基地局の検証が可能なシェアドオープンラボを開設(4),2022年10月に英Vodafone Group PlcとオープンRAN推進の協業に向けた協力に合意(5)(その後,インテグレーション課題,及びサービス運用・オーケストレーション課題に関する共同ホワイトペーパーを公開),2023年9月にはTCOを最大30%削減,消費電力を最大50%削減可能にする「OREX® 」サービスラインナップを発表(6)し,海外通信事業者のオープンRAN導入支援体制を強化するなど,RANオープン化を世界でリードしている(図2).

 更に,受賞者らは,O-RAN仕様を用いてマルチベンダで構成した5G基地局装置の相互接続を世界で初めて成功させ,ドコモは2019年9月からO-RAN ALLIANCEの装置間インタフェース仕様を用いて5Gプレサービスを開始(7)した.2020年3月には5G商用サービスを開始,2020年9月にはマルチベンダRANでの5G周波数キャリヤアグリゲーションの商用化を世界に先駆けて実現(8)させた.更に,2022年8月には送受信とも最大値が1Gbit/sを超える5G SA商用サービスを開始(9),2023年9月に仮想化基地局(vRAN)及びインテリジェント化(RIC)の商用運用を開始する等,O-RAN仕様の普及・拡大をけん引している(図2).

図2 ドコモオープンRANの取組み

 このようなRANオープン化の拡大により,RAN構成要素ごとに複数ベンダから選択が可能となる.これにより,機能拡張における自由度が向上し,競争促進によるコスト削減,サプライチェーン・地政学リスクの回避が実現できる.また,透明性向上によるセキュリティ確保も可能となる.

文     献

(1) 永田 聡,巳之口 淳,ウメシュ アニール,小熊優太,竹田真二,“5G標準仕様策定における貢献,”NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル,vol.28, no.2, pp.16-23, July 2020.

(2) 5G Open RAN Ecosystem Whitepaper, 28. June. 2021.
https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/technology/whitepaper_5g_open_ran

(3) ドコモ報道発表(2021.2.3),“海外通信キャリアに最適なオープンRANを提供する「5GオープンRANエコシステム」を協創,”Feb. 2021.

(4) ドコモ報道発表(2022.2.28),“海外通信キャリアが遠隔から5GオープンRANによる仮想化基地局の検証環境を利用できる「シェアドオープンラボ」を提供開始,”Feb. 2022.

(5) ドコモ報道発表(2022.10.25),“NTTドコモとボーダフォン,オープンRANのシステム接続と運用効率化で協業,”Oct. 2022.

(6) ドコモ報道発表(2023.9.27),“「OREX® 」のオープンRANサービスラインアップを発表―TCOを最大30%削減,消費電力を最大50%削減可能に―,”Sept. 2023.

(7) ドコモ報道発表(2019.9.18),“世界初,O-RAN国際標準仕様を用いた4G・5Gマルチベンダー基地局を5Gプレサービスで運用開始,”Sept. 2019.

(8) ドコモ報道発表(2020.9.30),“世界初,マルチベンダーRANによる5G周波数帯のキャリアアグリゲーションに成功,”Sept. 2020.

(9) ドコモ報道発表(2022.8.23),“スマートフォン対応「5G SA」を提供開始,”Aug. 2022.

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高速な発見型映像検索技術の開発と実用化

受賞者 劉 健全 受賞者 山崎智史 受賞者 佐々木洋平

 発見型映像検索技術は,従来と異なり検索対象の事前登録なしに他人と行動が異なる人物を自動的に発見する世界で初めて開発された技術である.本技術は,映像内の全人物それぞれを新たに定義した「生体移動ベクトル」で表すことで,登録なしに他人と行動が異なる人物を発見することができる(図1).更に,新開発の「階層化ベクトル木構造」で,100万人に対して,発見時間を1/10,000に削減する.生体移動ベクトルは,移動の方向・速度・時刻で定義される移動ベクトルと,人物の同一性を表す生体特徴ベクトルから構成される.そして,移動ベクトルの時間変化が他人と低相関であるときに,他人と行動が異なる人物であると判断する.階層化ベクトル木構造は,生体移動ベクトル間の相関を指標として,全人物の生体移動ベクトルを類似グループに階層的に振り分ける(図2).これにより,従来と同等の精度を維持したまま,木構造の枝刈り効果で累進的にベクトル照合回数を削減できる.従来の総当り計算量mathが枝刈りでmathまで削減され,検索が高速化される.本技術は,他人と行動が異なる人物を,刻一刻変化する映像から瞬時に発見・提示できるため,雑踏警備や防犯支援,迷子捜索に対して有効である.本技術は製品化され,警察や空港を含む5か国の海外施設における安全管理,テレビ局における映像内出演者同定に導入されている.

図1 (左)他人と行動が異なる実例,(右)提案した「生体移動ベクトル」による行動の相関性の可視化

図2 (左)ベクトルを構造化する発想,(右)提案した「階層化ベクトル木構造」の構成イメージ

 本技術は,テキストを用いたキーワード検索,話者と発話音声の識別分類,画像検索等のマルチメディア応用を支える革新的要素技術であり,また,生成AI技術において重要な高次元ベクトルの探索に大きな効果を有し,波及効果が極めて大きい.本会論文誌(1),ACM Multimedia,SIGGRAPHなど当分野の最高峰国際会議(2),(3)での論文発表48件,特許出願53件(うち国内登録27,海外登録19)(注1),学会表彰(注2),(注3)によって,学術的先進性と優位性が証明されている.産業的には,本技術を映像解析AIソフトウェア「NeoFace® Image data mining」として2016年に製品化した.また,雑踏警備や防犯支援,迷子捜索,マーケティング,放送映像編集など幅広い産業分野に適用でき,社会的意義は非常に大きい.更に,2018年度情報処理学会業績賞,同2020年度情報処理技術研究開発賞,2018年度日本新聞協会技術開発奨励賞,2021年度関東地方発明表彰発明奨励賞,2021年度電気科学技術奨励賞最高位の文部科学大臣賞の受賞で,価値が認められている.

 以上のように,受賞者の業績は誠に顕著なものがあり,本会業績賞を受賞するにふさわしいものである.

文     献

(1) J. Liu, S. Nishimura, T. Araki, and Y. Nakamura, “A loitering discovery system using efficient similarity search based on similarity hierarchy,” IEICE Trans. Fundamentals, vol.100-A, no.2, pp.367-375, Feb. 2017.

(2) J. Liu, S. Nishimura, and T. Araki, “AntiLoiter: A loitering discovery system for longtime video across multiple surveillance cameras,” ACM Conf. on Multimedia (ACM MM), pp.675-679, 2016.

(3) J. Liu, S. Nishimura, and T. Araki, “Visloiter: A system to visualize loiterers discovered from surveillance videos,” ACM SIGGRAPH Posters (SIGGRAPH), pp.47: 1-47: 2, 2016.


(注1) 特許第6183376号,US 10713229,EP 2945071ほかDE,FR,GBなど.

(注2) 2015年度本会システム数理と応用研究会年間優秀論文賞.

(注3) 2016-2019,2023年日本データベース学会年次大会にて連続受賞(2019年最優秀賞,2023年優秀論文賞),ACM MM 2022最優秀BNI論文賞.

区切


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