特集 7. スライム型分子ロボットとその応用

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Vol.108 No.11 (2025/11) 目次へ

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特集

     7.

スライム型分子ロボットとその応用

Slime-type Molecular Robots and Their Applications

浜田省吾

区切り

浜田省吾 東京科学大学情報理工学院情報工学系

Shogo HAMADA, Nonmember (Department of Computer Science, Institute of Science Tokyo, Yokohama-shi, 226-8501 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.8 No.11 pp.1078-1085 2025年11月

©2025 電子情報通信学会

abstract

 DNAを材料にした構造作製アプローチのうち,近年,その高分子としての特徴を生かした「DNAハイドロゲル」が注目されている.我々は,その中でも独自に開発した「成長するDNAゲル」を使い,自律的に動的な構造生成と消失を行う「人工代謝系」を構築,これを基盤とした「スライム型分子ロボット」を開発した.本技術の基礎,及び現在展開中のロボティクス・医療・材料などへの各種応用事例について紹介するとともに,本技術によって可能となる新たなコンピューティングへの展望について議論する.

キーワード:分子ロボティクス,DNAハイドロゲル,マイクロ流体デバイス,人工代謝系

1.は じ め に

 生命システムは,ナノスケールで生体分子を合成し,これらを動的かつ階層的に組み合わせることで,マイクロ,メゾ,そしてマクロスケールに至る複雑な構造を創出している.生命は非平衡開放系として,外部からエネルギーや原料を動的に取り込み,自律的に合成・分解を行う「代謝」システムを構築することに成功しており,この代謝を基盤とすることで,上記のような散逸構造の形成をはじめとする,生き物を生命たらしめる多様な創発的機能を実現してきた.

 このような観点からも,生命を模倣した材料生成・エネルギー処理システムの人工的な再構築,並びにそれを活用した動的構造の創出法の確立は,人工分子システムの複雑化・大形化を目指す上で極めて本質的な問いの一つであると言える.

 我々,日本の分子ロボティクスコミュニティでは,生命システムの進化になぞらえる形で技術的なハードルを越え,複雑化してゆく「進化シナリオ」を提唱,これに倣う形で開発を進めてきた(図1(1).中でも,第2世代に位置付けられている「スライム型分子ロボット」は,ハイドロゲルを駆体とする構造により「スケールの壁」を越えることをその開発課題の一つとして掲げた.本稿では,成長するDNAハイドロゲル(用語)を材料として「人工代謝系」を構築し,これを基盤とすることで駆動などの創発的な挙動を獲得するに至ったスライム型分子ロボットについて概説する.更に,現在進行中の各分野への応用,特に本技術によって開けると期待される新たなコンピューティングへの展望について議論する.

図1 日本の分子ロボティクスコミュニティが2010年頃に提唱した分子ロボットの「進化シナリオ」  スライム型分子ロボットはこの中で,「スケールの壁」を越える第2世代と位置付けられている.(文献(1)から許諾を得た上で転載)

2.スライム型分子ロボット

2.1 DNA材料とDNAハイドロゲル

 現在,生体分子の中でも,DNAは汎用的な材料としての応用が期待されている.一般には「遺伝子」としてのイメージが強いDNAであるが,生物学的な文脈における情報担体としての役割にとどまらず,配列情報と構造が表裏一体の関係にある分子として捉えることで,「プログラマブルな材料」としてものづくりの観点からも注目されている.実際,DNAを用いた構造体の構築は,ナノスケールからマクロスケールに至るまで可能となってきている(図2(2)

図2 DNAを使った構造作りの代表的なアプローチ  (a)DNA二重らせんを筒とみなし,これを組み合わせて作られるナノ構造,(b)DNAを配列選択的なコネクタとして用いることで作られる結晶構造,(c)DNAのポリマーとしての特徴を使いネットワークを構成することで作られるゲル.(文献(2)から許諾を得た上で転載)

 中でも,DNAの高分子としての性質を生かして作製されるハイドロゲルは,配列設計を駆使することで分子内の折り畳みをはじめとした設計どおりの高次構造をナノスケールで有しつつ,バルク材料として活用可能なマクロスケールのネットワーク構造の形成が可能であり,スケールの壁を超えるアプローチとして注目されている.我々は,このようなDNAゲルのうち,新しい作製アプローチとして近年開発された酵素反応による物理ゲル作製法に着目,これを基にした材料開発やその応用に広く取り組んでいる.

 2012年に開発されたオリジナルのDNA物理ゲル作製法は,2段階のプロセスを経て構造を作り出している(図3(3).第1段階として,Rolling Circle Amplification(RCA)と呼ばれる手法を使い,環状のテンプレート分子から,Primer 1を起点として,その相補となる配列を繰り返し持った一本鎖の長鎖DNA(ssDNA1)を合成する.ある程度この反応が進んだ後に,今度は第2段階として,最初に合成されたssDNA1に対して相補となるPrimer 2,更にはその相補となるPrimer 3を過剰量入れ,合成されるDNA量を指数関数的に増やすとともに,DNA同士のハイブリダイゼーションや絡み合いを起こす.その結果,バルクスケールのネットワーク構造が形成され,ハイドロゲルとなる.この手法をベースに配列や作成条件などの改良を行ったことで,我々はワンステップ(RCAのみ)で形成されるDNAゲル作成手法の開発に成功した.人による追加操作を加える必要なく,自発的に「成長する」DNAゲルを実現できたことで,これを使った分子ロボット開発への道が開けた.

図3 オリジナルのDNA物理ゲル作成法(文献(3)から許諾を得た上で転載)

2.2 人工代謝系とスライム型分子ロボット

 前節で紹介した成長するDNA物理ゲルの技術を基にして,我々は,代謝の概念を人工的に模した材料システム「DASH: DNA-based Assembly and Synthesis of Hierarchical materials」を開発,これを基盤にしたスライム型分子ロボットを作製した(図4(4)

図4 DASHシステム<sup>(3)</sup>  (a)システムの概要.DNAの合成・分解(下部のサイクル)と,散逸的集合(上部のサイクル)の二つを組み合わせて作られた.(b)合成はDNAポリメラーゼを利用したDNA合成反応により,(c)集合はマイクロ流路内での渦の発生を利用して行われる.(文献(4)から許諾を得た上で転載)

 DASHシステムは,材料システムとして代謝の概念を模倣することで実現した.生命の材料作りは,同化と異化のパスウェイから成る複雑な代謝により行われている.

 この材料システムの本質的な概念を単純化して捉えると,代謝とは,分子の動的な合成・分解・集合・散逸が組み合わさった非平衡開放系であると言える.そのうち,同化は合成・集合を通じて単純な材料から複雑な構造を作るプロセス,異化は散逸・分解により複雑な構造を単純な材料へと壊すプロセスとして捉えられる.

 このような動的な材料システムを,細胞など生命のブラックボックスに依存せずに人工的に実現することができれば,分子レベルから自律的に自らの構造を構築・成長・更新・維持する,正に「生きたロボット」への第一歩となるのではないかと,我々は着想した.DASHシステムでは,成長する物理ゲルの仕組みを用いた「分子の合成・分解」と,これとマイクロ流路を組み合わせることによる「集合・散逸」を一つのシステムにカップルした形で実装している(図4(a)).これにより,合成・集合からなる同化(生成)プロセスと,散逸・分解から成る異化(消失)プロセスという,代謝を構成する2種類の経路(パスウェイ)が一つのシステム内に構築された.

 本システムの実装は,極めてシンプルな形で行われている.同化プロセスの場合,成長するゲルの反応系(RCA反応)を行う溶液を準備し,これを一定流量下でマイクロ流路に流し込む.マイクロ流路の中には数十µm程度の大きさのマイクロピラーが配置してあることで,ここを溶液が通り過ぎる際に渦が発生する.この渦が合成されている長鎖DNA同士の絡み合いや相補となる配列同士の分子間相互作用(ハイブリダイゼーション)を促進することで,結果,ピラーのサイド部を接続する形態でDNAネットワークが形成され,サブミリメートルスケールのパターンが構成される(図5).ここでのポイントは,反応系は一定流量下でマイクロ流体デバイス内に流れ込むだけであり,人為的に一切操作を加えることなく,分子の合成及びそれらの設計どおりのパターンへの集合が行われている点である.

図5 DASHシステムにより生成されたネットワーク構造(パターン)(文献(4)から許諾を得た上で転載)

 異化のプロセスは,これに加え,DNAを分解する酵素(DNase I)が含まれた消失反応溶液も利用することで実現される.ただし,構造を生成し,その後消失するという一連のプロセスを実現するには,この両者の反応がタイミング良く切り替わる必要,つまり,代謝で言うところの「パスウェイの切替」を行う必要がある.(ただ両者を混合しただけでは,構造ができる前に単純にDNAが分解されてしまうことになる.)そのため,DASHシステムではこの切替を,構造の生成自体を利用した簡単なフィードバック機構として実装した.具体的には,生成反応と消失反応,2種類の溶液を並行にマイクロ流体デバイス内に流し込む.溶液はデバイス内で層流として流れるため,初期状態では相互に混ざり合うことがほぼない状況となる.この条件下で生成反応溶液によってRCA反応が進むことで,パターンが生成される.ゲル状の構造であるパターンは,その成長が進むことで次第にサイズが大きくなり,デバイスを「塞ぐ」構造となってゆく.このような状態になると,これまで障害がないことで層流として流れていた2種類の溶液の流れに干渉することとなり,結果として,二つの溶液が混ざり合う.結果として消失側の反応が優勢となり,異化プロセスに切り替わり,構造自体も全て分解されることで初期状態に戻る.

 ここで我々が注目したのが,結果,一連の生成から消失のプロセスが自律的に行われており,かつ,それぞれのパスウェイ上における「動的な」状態(生成・消失・初期状態)間がある種の遷移を伴う現象になっている点である.これを踏まえ,我々はこの一連の挙動を単純化し,有限オートマトン(Finite State Automaton)で表現することを試みた.この状態機械によるモデル化を行うことで,今度はこのFSAで表現された一連の挙動をユニット化し,これを連動させる形で複数を組み合わせることで,更に複雑な挙動を設計する,という発想に至った.

 具体的には,創発的な移動現象と,更に複数の移動するボディ間による競争現象,この二種類の挙動を設計することで,「スライム型分子ロボット」となる一連のシステムを構築した(図6).

図6 DASHによるスライム型分子ロボット  (a)移動.(b)競争,といった挙動を人工代謝系で実現した.(文献(4)から許諾を得た上で転載)

 まず,移動現象については,先の3状態が切り替わる遷移のうち,そのパラメータとして利用可能なピラー側部の渦度を調整することで生成のタイミングを調整し,一方で消失については,隣接ユニット間の消失の挙動を連動させた(図6(a)).具体的には,デバイス上流の領域で消失に遷移した影響(溶液の混合)が下流へと流れて伝搬することで,確実に構造の消失が行われる.これにより,複数のFSA(それぞれがマイクロ流路内の領域に対応する)のうち,下流部分から順次生成が始まり,自律的な消失への切替が起きると,下流部分が順次確実に消失する挙動,つまりは,ボディにおける頭部が常に新たな構造を生成し,一方で尾部が常に古い構造を消失する挙動を実装することで,あたかも動いているかのように見える創発的な挙動を実装した.人工代謝系を使って擬似的に動く,ある種の「機械(からくり)」が実現したと言える.

 更に,この移動するマシンを並列に組み合わせることで,スライムマシン同士が「競争」する挙動を作り出すことにも成功した(図6(b)).このとき,相互に影響を及ぼすことができることを狙い,デバイス内に流入する溶液を,中心部分に消失反応溶液,これを挟む形でそれぞれの生成反応溶液,という形で流す.これにより,上流に向かって動く二つのボディのデバイス内における対称性が一旦崩れると,先を進むボディがライバルの消失を促すことで,他方の歩みが更に遅くなり,二体の動きの差が広がる.結果として,片方の勝者のみがゴールにたどり着き,敗者はそのボディごと最終的には消失してしまう.一連の挙動を解釈すると,2体のスライム型のマシン同士が競争し,更にその結果,敗者は淘汰される,ある種生き物が持つような挙動が人工代謝系を使うことで実現できたと言えよう.

2.3 走光性をもつスライム型分子ロボット

 人工代謝系を利用することで移動や競争といった挙動を獲得するに至ったスライム型分子ロボットだが,近年我々は,ここに更に簡単な知能を実装する試みを進めている.ロボティクスAIのれい明期における反応型ロボットアーキテクチャに対するアナロジーとして「反応型分子ロボティクス」と呼ばれる枠組みを提唱,この発想に基づいた知能実装を目指している.その第1段階として,Braitenberg Vehicle 2a/2bにインスパイアされた,擬似的な走光性を持つスライム型分子ロボットを構築した(図7(5)

図7 スライム型分子ロボットへの擬似的な走光性の実装 (文献(5)から許諾を得た上で転載)

 我々の反応型分子ロボットのアーキテクチャは,非平衡開放系の反応を制御することで,単純な熱力学的な安定に至るプロセスを利用した知能構築とは異なる「繰り返し可能,かつ動的」なプロセスによる知能構築を目指す,という戦略に基づいている.そのため,まずは人工代謝系における同化プロセスに注目し,これに光による制御を実装することによって,構造生成の調節を行うこととした.これを実現するための鍵として,光架橋性人工核酸である3-シアノビニルカルバゾール(cnvK)をPrimer内に導入した.cnvKは相補側の特定の位置にあるピリミジン塩基(チミン,若しくはシトシン)と特定の波長(360nm)光照射時に超高速で共有結合し,また,ほかの波長(312nm)の照射時にその架橋が開裂する特性を持つ.つまり,360nmの光照射時には,PrimerはTemplateと共有結合することにより,その後のRCA反応が停止する.一方で,312nmの照射時には,RCA反応は従前どおり進む,という調節が可能となる.これを先のBraitenberg Vehicleに置き換えてみると,センサとアクチュエータ(この場合は同化プロセス)を接続することで,360nmの光を「好まず」,312nmの光を「好んで」構造成長とそれに付随した移動現象を行う,正に走光性に対応するような挙動が実現できる.実際に,それぞれの波長を使った事前の光照射による実験では,Y字流路の中を312nmの照射を行った方向に進むスライム型分子ロボットの観察に成功している(図8).しかしながら,現時点では,あくまで事前照射による方向性の実装にとどまっているため,「擬似的な」走光性を示すものとなっている点は注意されたい.これを解決するため,現在,本手法を改良することで,可逆的,かつ繰り返し制御可能とする機構について開発を進めている.

図8 310nmの光を「好み」,360nmの光を「嫌う」擬似的な走光性(文献(5)から許諾を得た上で転載)

3.スライム型分子ロボットの応用

3.1 医療・診断用途―その場核酸検出

 スライム型分子ロボットのために開発された人工代謝系「DASHシステム」や,成長するDNAゲルの技術は,現在,ロボティクスの枠を超えて様々な分野への応用が進みつつある.本章では,特に我々が注目している医療(診断)分野及び材料開発への展開について,その概要を紹介する.

 分子ロボットのための基盤技術が「診断」分野に応用可能であるという点は,一見すると直感的には理解しづらいかもしれない.しかしながら,DASHシステムの本質は,「動的かつスケーラブルな構造(パターン)の生成と消失」にある.このうち構造の生成に着目すると,それはDNAの増幅(ナノスケールのプライマーやテンプレートから,サブミリメートルスケールの可視的パターンへの展開)と視覚化(パターンの観察)にほかならない.すなわち,DASHは,PCRなどの核酸検出手法における「増幅」と「蛍光シグナルの観察」に相当するプロセスを,物理的な構造生成とその観察として実装していると捉えられる.

 加えて,DASHでは反応が室温で進行し,かつパターンによって検出結果が視覚的に得られるため,非常に高いSN比でのその場検出が可能である.この特性は,特別な装置を必要としない簡便な診断キットとしての応用に非常に有利である.

 こうした特徴を生かし,現在我々はDASHを応用した新たな核酸検出手法「DASH核酸検出法」の開発を進めており,これを基盤としたその場診断用キットの開発に取り組んでいる.既に,2塩基の差異を識別可能な特異性(図9)や,15fMレベルからの高感度検出(未公開)といった技術検証を完了している.

図9 DASH核酸検出法による2塩基ミスマッチ識別 (文献(4)から許諾を得た上で転載)

 これらの成果を基に,現在は研究室発のスピンオフ企業として株式会社ダッシュマテリアルズを設立し,米国コーネル大学及び東京科学大学からの公式ベンチャーとして,実用化に向けた開発を推進している(6)

3.2 材料応用

 更に近年では,これらの技術を応用した機能性材料への展開も可能となりつつある.これまでバルクスケール材料として利用するのが困難とされてきたDNAであるが,成長するDNAゲルの技術が実現したことで,現実的に利用できるスケーラビリティと塩基配列による物性・機能性のプログラム性,これらの両立が可能となった.

 その一例として,建築用材料であるセラミック素材とDNA物理ゲルを組み合わせたハイブリッド材料を作製,更にこのゲルのテンプレートに遺伝子を組み込んだ環状DNAを用いたことで,そこからその場でたんぱく質発現を行った(図10(7).この実装例では,セラミック素材の素焼きと釉を塗った部分を3Dプリンタで作り分け,そこにDNAゲルで作られたマイクロパッドを振りかけた.素焼きの部分は吸水する性質を持つため,DNAゲルも素焼きの表面部分にのみ吸着する.この現象を利用することで,パッドを振りかけることによる様々な形状へのパターニングと,そこからのその場でのたんぱく質発現(図中ではGFP)が実現した.更に,このパターニング法を応用することで,2種類のゲルからのそれぞれ異なるたんぱく質発現による固定されたグラジエント(図中ではGFPとRFPの2色)も実現している.これらの技術は,実世界におけるDNA材料の利用を現実のものとするプロトタイプとしての側面のみならず,将来的には人工代謝系を拡張することによるたんぱく質発現などの機能実装に向けた第一歩とも捉えられる.

図10 DNAゲル―セラミックハイブリッド材料とそこからのたんぱく質発現(文献(7)から許諾を得た上で転載)

4.スライム型分子ロボットの将来展望

 最後に,現在我々が取り組んでいる新たな系の紹介を通じ,スライム型分子ロボット及び人工代謝系がもたらす可能性のある今後の展望について考えたい.

 従来のDASHシステムでは,マイクロ流路内に渦を発生させ,それによってDNA同士の絡み合いやハイブリダイゼーションを促進し,構造化を実現する手法を採用していた.ここで鍵となっていたのは,DNAが流れを介して接続され,同時に固定化されたパターンへと集合する点である.しかしながら,この構造化はマイクロ流路という閉じた環境とそこに配置したピラーに依存していたため,設計における自由度が制限されるという課題があった.

 この課題に対し,近年我々は,異なる物理的駆動原理に基づく新たな構造化手法の開発に取り組み,分子モータとの組合せによるシステムを構築した(京大・角五研,東北大・野村研との共同研究)(図11(8)

図11 成長するDNAゲルと分子モータ系を組み合わせた動的な二次元ネットワークの作製(文献(8)から許諾を得た上で転載)

 本システムでは,流れ場の代わりに,RCA反応で成長させたDNAによって形成されるマイクロゲルが接続された微小管を作り,それらをガラス基板上で運動させる(図11(a)).従来のDASHでは,流れによって生じた渦が構造形成の起点であったのに対し,本系では,運動する微小管同士が出会うことで,それぞれが運ぶDNAが接続される(図11(b)).この接続が基板上で多数同時に起こることで,結果としてランダムなDNAの二次元ネットワークが形成される(図11(c)).DNAポリメラーゼと分子モータを用いて,動的にサブミリメートルスケールでDNA材料のパターンを創出した例である.

 このようなシステムの実現により,生体分子を用いた可塑性を有するネットワーク構造の構築,更にはそれを活用したコンピューティングに向けて,新たなアプローチが開かれたと我々は考えている.本構造生成系は,ATPをエネルギー源とした微小管の運動と,DNAポリメラーゼによるDNA合成を統合し,動的なパターン形成を可能にしている.将来的には,ATPの有無に応じて場所特異的なパターン形成を制御したり,これまでのDASHシステムの拡張により,人工代謝系における異化パスウェイを導入することで,形成されたパターンを自律的に消失・変化させることも可能となるだろう.このように散逸的に維持・更新がなされる動的構造によって,繰り返される入力に対して「学習」する性質を持つネットワークが実現される.この動的なDNAネットワーク上で情報を伝達・処理することで,生体分子を用いた人工的なニューラルネットワークの実装が期待できる.

 これは,従来の電子計算機上で模倣したAIとは異なり,分子モータとDNAから成る生体分子デバイスを素子とし,人工代謝系を利用して汎用的なコンピューティングを実現し得る「ケミカルAI」(9)の新たな実装アプローチを意味する.生体分子による動的な情報処理を行う人工システムが実現することで,この先,実世界における材料そのものが「成長し,考え,恒常性を持ち,究極的には進化する」生き物のような特徴を持つ―すなわち,材料そのものが“生きた”分子ロボットとなる未来,という新たなパラダイムの創出とその応用につながるだろう.生命システムとのインタフェース構築をはじめとした,生き物のような特徴を持った人工物によるものづくりとその応用の幕開けになることが期待される.

5.お わ り に

 スライム型分子ロボットは,スケールの壁を乗り越えることを目指す中で,「人工代謝系」という新たな概念に基づく分子ロボットの実現に至った.このアプローチにより,DNAをプログラマブルなバルクスケール材料として活用しつつ,生き物のような動的な特徴を備えた分子システムによる,医療(診断)や機能性材料などへの新たな応用展開が可能となった.今後は,基礎研究と応用展開の両輪を進めることで,更に高度な生命らしさを模倣した分子ロボットの開発と,そこから派生する多様な応用の実現を目指している.

文     献

(1) S. Murata, A. Konagaya, S. Kobayashi, H. Saito, and M. Hagiya, “Molecular robotics: A new paradigm for artifacts,” New Generation Computing, vol.31, pp.27-45, 2013.

(2) S. Hamada and D. Luo, “Enzyme-based fabrication of physical DNA hydrogels: new materials and applications,” Polymer Journal, vol.52, no.8, pp.891-898, 2020.

(3) J.B. Lee, S. Peng, D. Yang, Y.H. Roh, H. Funabashi, N. Park, E.J. Rice, L. Chen, R. Long, M. Wu, and D. Luo, “A mechanical metamaterial made from a DNA hydrogel,” Nat Nanotechnol, vol.7, pp.816-820, 2012.

(4) S. Hamada, K.G. Yancey, Y. Pardo, M. Gan, M. Vanatta, D. An, Y. Hu, T.L. Derrien, R. Ruiz, P. Liu, J. Sabin, and D. Luo, “Dynamic DNA material with emergent locomotion behavior powered by artificial metabolism,” Science Robotics, vol.4, eaaw3512, 2019.

(5) S. Hamada, S. Kumagai, S.M. Nomura, and S. Murata, “Quasi-phototaxis in slime-type molecular robots,” International Conference on Manipulation, Automation and Robotics at Small Scales (MARSS), Full paper, 2025.

(6) www.dashmaterials.com (Accessed 2025/06/30)

(7) Y.A. Pardo, K.G. Yancey, D.S. Rosenwasser, D.M. Bassen, J.T. Butcher, J.E. Sabin, M. Ma, S. Hamada, and D. Luo, “Interfacing DNA hydrogels with ceramics for biofunctional architectural materials,” Mater., Today, vol.53, pp.98-105, 2022.

(8) F. Afroze, R. Archer, M. Mustakim, R. Das, A.M.R. Kabir, Y. Miura, R. Rashid, T. Hiraiwa, S.M. Nomura, S, Hamada, and A Kakugo, “[Preprint] Dynamic assembly of complex hierarchical DNA polymer networks by biomolecular active agents,” ChemRxiv, doi: 10.26434/chemrxiv-2025-v85sb, 2025.

(9) S. Murata, T. Toyota, S.M. Nomura, T. Nakakuki, and A. Kuzuya, “Molecular cybernetics: Challenges toward cellular chemical artificial intelligence,” Adv. Funct. Mater., vol.32, 2022.

(2025年6月30日受付 2025年7月22日最終受付) 

浜田省吾

(はま)() (しょう)()

 2011東工大博士課程早期修了.博士(工学).同年東北大工学研究科助教.2013米コーネル大カブリナノスケールサイエンス研究所カブリポストドクトラルフェロー.2016から同大学生物環境工学科リサーチアソシエイト,2018から同大学講師(兼任).2020東北大工学研究科特任講師(研究).2023東工大情報理工学院助教.2024から現職.CBI研究機構生体分子デザイン研究所所長,及び(株)ダッシュマテリアルズCTO兼任.

用 語 解 説

DNAハイドロゲル
DNAをその構造材料として用い,水を取り込んだ高分子ゲルの一種.特に,ネットワークがDNA分子のみで構成されている場合を指す.


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