知識の森 テラヘルツ時間領域分光法

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Vol.108 No.12 (2025/12) 目次へ

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知識の森

マイクロ波テラヘルツ光電子技術研究専門委員会

テラヘルツ時間領域分光法

斗内政吉(岡山大学)

本会ハンドブック「知識の森」

https://www.ieice-hbkb.org/portal/doc_index.html

1. テラヘルツ時間領域分光法とは

 近年,テラヘルツ帯(300GHz~30THz)が注目を浴びている.Beyond 5Gへの期待が大きく,それに続いて安全・安心応用,バイオメディカル応用など,主には,テラヘルツ通信(1)とセンシングの二つの分野に分かれて発展している(2), (3).両者にとってテラヘルツ時間領域分光法(THz-TDS : Time-Domain Spectroscopy)(4)は重要な分析ツールを提供する.1980年代にベル研・IBMなどで,フェムト秒(fs)パルスレーザ(当初はピコ秒)を用いた時間領域計測法が開発され,1990年代にはTHz-TDSとして様々な材料評価に適用された.2000年に入り,英国ケンブリッジ大学からスピンオフしたTeraView社がTHz-TDSの市販化を進め,現在でも大きなシェアを握っている.我が国では,栃木ニコンから始まり多くのベンチャーも続いている.一方,大きなマーケットはまだ存在せず,産業応用は苦戦している.以下THz-TDSの原理と応用,並びに展望について紹介する.

2. テラヘルツ時間領域分光法の原理と適用例

 THz-TDSの特徴は,(1)fsレーザ(パルス幅20~200fs程度)を用いること,(2)レーザの一つのパルス(励起光と検出光)を分割し,時間差(光路差)を与えることで時間領域の計測(遅延ステージを用いる)を行うこと,(3)レーザパルスにより光―THz波変換を行うこと,(4)レーザとテラヘルツ波パルスのアンド検出(同時に入射したときだけ信号を検出)を行うこと,(5)短パルス電磁波のフーリエ変換による広帯域分光を行うこと,などが挙げられる.

 fsレーザパルス―THz波変換には様々な手法が開発された.光伝導アンテナ(PCA : Photoconductive Antenna)スイッチ,半導体ウェーハ表面,非線形結晶,プラズマ励起が主な手法であり,原理は光励起された自由電子光電流の時間微分か,拘束電子の分極の2回微分(非線形効果)で説明される.市販THz-TDSには安価なPCAが用いられことが多い.また,高強度レーザによる高輝度や広帯域THz波の発生には,非線形結晶や大気プラズマが用いられる.図1(a)にプラズマ光源を用いたTHz-TDSの構成図を示す.高強度レーザパルスを,基本波と2倍波を混合・集光することで空気あるいはガスを電離させ,放出された自由電子のレーザ電界加速による光電流がテラヘルツ波として励起される.検出には空気バイアスコヒーレント検出(ABCD : Air-Biased Coherent Detection)法を用いている.原理は4波混合モデルで記述できるが,発生・検出のプラズマ現象は単純な理論では説明できず,今も研究対象である.

図1 典型的なTHz-TDSの構成とYAG基板の測定例  (a)では,レーザの基本波とBBO結晶を用いた2倍波の混合により,プラズマを励起しテラヘルツ波を発生させる.レーザ光が試料に当たらないように,高抵抗シリコンなどのフィルタを用いる.(b)は,時間を掃引したときの信号で,試料の有無で振幅と位相が変化している.(c)はそれらに対するフーリエ変換データ.

 光経路長を徐々に変えながらロックイン検出することで,放射電磁波電界振幅の時間領域計測が可能となる.図1(b)の参照データは試料のないときの波形で,時間は掃引距離から計算される.例として,(001)配向Y3Al5O12(YAG)基板(厚さ0.2mm)をサンプルポイントに配置したときのデータを示している.このデータから,振幅の変化と遅れを同時計測できている.このフーリエ変換は図1(c)となり,その割り算から複素光学定数(math, math)を求めることができる(4).また,同図には,YAGのフォノンTO1が観測されており,フーリエ変換赤外線分光(FT-IR : Fourier Transform Infrared Spectroscopy)に比べて,容易に低周波フォノンの振舞いを知ることができる.

 一旦,(math, math)が求められると,複素導電率,複素誘電率などを求めることができる.更に半導体のような自由電子モデルで記述できる材料では,直流導電率,移動度,平均散乱時間などが求められる(5).半導体ウェーハの物性値マッピングが非接触で簡単にできるなど,6Gデバイスの開発には有効な手法である.例として高周波材料として重要な環状オレフィンポリマーの一種であるCOP E48Rの1THzにおける複素誘電率や誘電正接などの分析例を表1に挙げる.様々なサンプルを瞬時に測ることができ,物質探索応用における機械学習との融合も期待される.

表1 COP E48Rの1THzにおける複素誘電率など

 以上のように,THz-TDSは,優れた分析手法であるが,簡単さと引換えに,周波数分解能や数値の精度を犠牲にしてる面もある.対象も,透過できる物質に限るなど,吸収の大きな物質は不得意であり,薄膜分析や導電性物質の反射測定では不確実性が残るなど,今後も取り組むべき課題は多くある.

3. 産業応用への課題

3.1  THz-TDSの弱点と克服

 大きな弱点は,THz光源の強度・輝度不足と空間分解能である.波長限界からビーム径が大きくエネルギー密度が小さいため,微量・高感度の分析が困難である.当初から現在に至るまで,高輝度化の研究は盛んに行われている(6).分析域の高分解能化は,走査トンネル顕微鏡(STM : Scanning Tunneling Microscope)と組み合わせて,ナノスケール物性評価が始まっている(7).それらは非常に高価で普及にはまだ時間が必要で,並行して従来手法の近接場イメージング手法(8)やメタマテリアルを組み合わせた微量高感度化も進んでいる.図2に,走査テラヘルツ点光源顕微鏡による近接場イメージング概念図とそれを用いた乳がん細胞の非染色イメージング事例を示す.将来のオンサイト診断に利用できるのではないかと期待される.

図2 走査テラヘルツ点光源顕微鏡の概念  非線形結晶(ここでは(110)配向GaAs)にfsレーザを集光し,高密度テラヘルツ波を励起し,レーザを二次元的に走査することで近接場イメージングを行う.観測例は,非浸潤性乳管がん(DCIS : Ductal Carcinoma In Situ)の内部に壊死した領域を非染色で明瞭に画像化できている.

3.2  手法の拡張

 fsレーザを用いた時間領域計測の特徴を生かすことで,飛行時間(ToF : Time of Flight)法によるTHzトモグラフィーがある.応用分野には,絵画分析や塗装検査がある.前者は,元NICT研究者福永香博士が開拓した高付加価値分野であり,今後も発展するであろう.日本に後継者がいないのは残念である.一方,世界的には車の塗装をターゲットとした実用化が,TeraView社を中心に広がっている.全数検査への応用が実現すれば大きなマーケットとなるであろう.

4. もう一つのTHz-TDS

 THz-TDSから派生した手法に,テラヘルツ放射分光(TES : THz Emission Spectroscopy)とイメージング法(LTEM : Laser THz Emission Microscopy)がある.様々な物質をfsレーザで励起することで光電荷が励起され,高速電流変調によりTHz波が放射される.そのTHz波から,電子材料・デバイスの本質的な高速物性を分析するもので,空間分解能が光のビーム径で決まることから,1990年代から現象論的議論及びイメージングツールとして用いられてきた.例えばナノチューブにおけるエキシトン励起とその解離を放射特性から解明することができる(9).最近では,定量的半導体ウェーハ・デバイスパラメータ抽出法として有効であることが示され(10),2023年THzロードマップに初めて独立した項目として採用された(3)

5. まとめ

 THz-TDS技術は,1990年代に確立し,2000年代の装置市販化により広がりを見せ,2010年代にはナノ科学への適用や通信デバイス開発支援として発展してきた.現在では分析手法としての地位は確立しているが,医学・バイオ・化学・薬学分野への適用例がまだ少なく産業化にはつながっていない.今後の低コスト化と利便性の向上や異分野融合に期待したい.

 THz-TDSは関連技術の進化に伴って適用範囲が大きく広がってきている.STMとの融合によるテラヘルツ波ナノ科学,レーザの高強度化よる高電界テラヘルツ波非線形効果などの分野創成が始まり,メタマテリアルによる高感化や,新たな高強度光源材料の開発なども急速に進展しており,新しい科学分野や応用分野の誕生が期待される.

 また,TES及びLTEMは,高速物性科学分野のみならず,半導体R&D及び工程管理にも利用できる定量評価分析手法(10)として,その事例が多く出てきた.今後大きなマーケットに展開できる可能性があり,期待する分野である.

文     献

(1) 永妻忠夫,“テラヘルツ通信,”信学誌,vol.106, no.5, pp.444-445, May 2023.
https://www.ieice-hbkb.org/ieice_portal/wp-content/uploads/2023/09/k106_5_444.pdf

(2) 斗内政吉,“テラヘルツ技術,”電子情報通信学会100年史,2017.

(3) A. Leitenstorfer, et al., “The 2023 terahertz science and technology roadmap,” J. Phys. D, vol.56, no.22, 223001, 2023.

(4) J. Neu and C.A.S.chmuttenmaer, “An introduction to terahertz time domain spectroscopy,” J. Appl. Phys., vol.124, 231101, Dec. 2018.

(5) 斗内政吉,テラヘルツ時間領域分光,内田老鶴圃,2021.

(6) S. Mansourzadeh, et al., “High-dynamic-range broadband terahertz time-domain spectrometer based on organic crystal MNA,” Photonics Research, vol.13, no.9, pp.2510-2519, 2025.

(7) V. Jelic, et al., “Atomic-scale terahertz time-domain spectroscopy,” Nat. Photon., vol.18, pp.898-904, 2024.

(8) K. Okada, et al., “Terahertz near-field microscopy of ductal carcinoma in situ(DCIS)of the breast,” J. Phys. Photonics, vol.2, 044008, 2020.

(9) M. Wais, et al., “Transition from diffusive to superdiffusive transport in carbon nanotube networks via nematic order control,” Nano Lett., vol. 23, no. 10, 4448, 2023.

(10) F. Murakami, et al., “Non-contact and nanometer-scale measurement of PN junction depth buried in Si wafers using terahertz emission spectroscopy,” Light Sci. Appl., vol.14, 216, 2025.

(2025年10月4日受付) 


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