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2. サイバーとフィジカルが融合した都市の未来(日本機械学会連携企画)
小特集 2-1
都市のビッグピクチャとしてのシン・スマートシティ
“SHIN”(New)Smart City as Urban Big Picture
我が国は,戦後の高度経済成長と人口増加に伴い,経済力の高い先進国にふさわしい国土に向けて,日本列島改造(1)を行い都市部への人口集積も進んだ.しかし21世紀になり,この状況は一変し,現在の最大の課題の一つは急激な人口減である.現在,人口の最大のボリュームゾーンである,団塊ジュニア世代と更にそのジュニア世代の間の1世代による人口の差異を比較すると,約60%程度に減少し,40%もの人口が吹き飛んでいる.既に地方の人口減や過疎化が急激に進み,通常の社会機能の維持にも困難が生じつつある.一方,大都市への人口集中は,COVID19流行の時期に一時緩和されたように見えたが,現在は再び進展し,大都市の過密状況は解消していない.こうして見ると,日本は都市部も地方部もうまくいってはいない.それらも原因の一つとなり都市におけるウェルビーイング向上も大きな課題である.
こうした急激な人口減に,我が国の「からだつき」を合わせる必要がある.成熟する日本社会にふさわしい,いわば,「日本列島改造2.0」である.物理的には,開発と拡大を進めるだけではなく,筋肉質と評される国土,例えば,コンパクトシティを進める必要もあろう.更に,我が国は拡大を想定した社会制度になっており,縮小する局面での制度不備が既に露呈している.例えば,不動産の相続とリンクした空き家問題がある.また,少し分かりやすく極端な例を挙げれば,仮に村に自動車が1台になれば,旅客と物流,郵便や救急搬送も同じ自動車でやる必要がある.現在のような機能分化された制度,縦割りの規制の中ではこうした融合は困難が生じることがある.
また,日本経済における公的支出の割合も急激に増加している.本来日本は,小さい政府の国であり,1960年代はGDP全体に占める公的支出の割合は20%程度であったが,今や40%ほどにもなっている(2).もはや我が国は小さい政府の国とは言い難い.それにもかかわらず,現在の公的社会サービスは,エネルギー,交通,教育をはじめ,民間部門が多くを担っており,小さい政府が前提のままである.これらの民間による公的サービス事業が,特に,地方において継続が困難となっている.官民分担の在り方も見直す時期にあり,デジタル田園都市国家構想では,「共助」という官民連携による公的社会サービスの運営が提唱されている(3).
拡大から縮小,小さい政府から大きな政府へと,日本社会の基盤は急激に変化しており,それに合わせて,国のグランドデザインを見直す時期に来ている.成長から成熟に転換するための,まさに日本列島改造2.0が求められている.その現代において,重要なツールがディジタル技術やデータであり,それを都市計画やまちづくり,地方創成に適用する取組みが「スマートシティ」である.
歴史的に見ると,都市計画には常にその時代のフロンティアがあり,例えば,建築の高層化,つまり「空」の場合や,埋立地による「海」,地下街化による「地下」などがフロンティアとなる時代があった.現代の都市計画のフロンティアは明らかに,ディジタル技術による仮想空間,つまり「スマートシティ」(図1)であり,スマートシティには,日本列島改造2.0というビッグピクチャが求められている.
本稿では,スマートシティを以下のように定義したい.
「スマートシティとは,グローバルな諸課題や都市や地域の抱えるローカルな諸課題の解決,また新たな価値の創出を目指して,等の新技術や官民各種のデータを有効に活用した各種分野におけるマネジメント(計画,整備,管理・運営等)が行われ,社会,経済,環境の側面から,現在および将来にわたって,人々(住民,企業,訪問者)により良いサービスや生活の質を提供する都市または地域のことを指す.」
これは,内閣府の「スマートシティ・リファレンスアーキテクチャ」(4)における定義であるが,立場によって,スマートシティの必要条件は様々な論がある.
(1)プログラムできる都市
スマートシティでは,都市の様々な機能をプログラムが制御し,動的な振舞いが可能である.それにより,従来構造物というハードウェアでは実現が困難であった,都市のコンテキスト(用語)に応じて都市が動的に変化することや,多様性がある個人に対して都市を最適化することが可能になる.また,ソフトウェア化された建物や道路,交通機関,都市の多様な機能を,我々はHackできるようになる.
(2)人に合わせる都市
構造物で作られた都市は,固く頑固なハードウェアであり,人と構造物の間にミスマッチが生じたときは,人の側でミスマッチを乗り越える必要がある.スマートシティは,プログラムで動的になった都市の側が,人に合わせることができる.そのためには,都市の側が,合わせる対象である人の特性を知る必要があり,パーソナルデータを扱うことが不可欠となる.
(3)全体最適化
人の最適化能力には限界があり,都市規模での最適化はおおむね困難である.スマートシティで,大量のデータを入手でき,それらのデータを用いた膨大な連立方程式が計算可能であれば,これまで人手では不可能であった全体最適化が期待できる.
(4)構造と機能のアンバンドル化
ディジタル化やDXの本質的な部分は,構造と機能のアンバンドルである.構造と機能を分離し,純化された機能を取り出しディジタル化する.ディジタル化によって,劣化せずに複製が可能になり,しかも複製に必要な時間やコストが限りなくゼロになり,複製場所も問わない(限界費用ゼロ).スマートシティでは,成功した都市機能をディジタル化し,限界費用ゼロでそれらを横展開することが期待される.
(5)ミラーワールド・ディジタルツイン
アンバンドルされた機能がディジタル化されることでディジタルサービスとなる.一方で構造もディジタル化すると,ディジタル空間内に実世界の機能と構造の両方,まさに実世界の複製ができあがる.これがミラーワールドやディジタルツインと呼ばれるものである.スマートシティにおいては,物理的な都市構造での実現に大きなコストが必要な機能は,仮想空間で実現して補えるような相補性が期待される.現状のミラーワールドやディジタルツインの出発点は,現実の複製であるが,最終的には現実世界を補完し,更に現実を超えたアンリアルクオリティーを目指すべきである.
スマートシティの取組みは,時間とともにそのコンセプトやフロンティアが変化している.本稿では,スマートシティの変遷を1.0,2.0,3.0という世代に分けて説明をする.一方,当該分野では,他の世代分けも見られ,本稿の世代分けは,筆者の個人的な見解であるとお考え頂きたい(図2).
スマートシティ1.0とは,スマートシティのれい明期である.ディジタル技術や情報通信技術,データなどの新しい技術をまちづくりに導入して,新しい機能やサービスを構築する時期である.つまり,主たる論点は,“What to make”である.既に我が国では政府のリーダーシップもあり,スマートシティ施策やスーパーシティ,デジタル田園都市国家構想など,多くのサービスが提案され,実証実験等を経て,実現している.
以前は,斬新と感じられる機能やサービスの提案が多かったが,近年のスマートシティの機能やサービスは,以前見たことがあるものの焼き直しが増えている気がする.これは悪いことではなく,スマートシティサービスをビジネスとしている企業があり,自治体に向けて営業されているからこそ,こうした現象になっている.つまりスマートシティがビジネス化されている証左でもあり,むしろ望ましいと考えている.
多く生まれたスマートシティサービスをサステナブルにするためには,その作り方をよく考える必要がある.つまり“How to make”が重要である.そのスマートシティの設計図がスマートシティ・リファレンスアーキテクチャ(4)である.その中では,ビジョンをつくり,基本計画を立て,実現上は,アプリケーションやサービスと,プラットホームをしっかりと分離することが望ましい.そのプラットホームには,都市OSやデータ連携基盤が含まれる.近年のスーパーシティやデジタル田園都市国家構想では,都市OSやデータ連携基盤の構築が条件または推奨とされた.
現在スマートシティの状況は,スマートシティ3.0であると考えており,筆者はこれを「シン・スマートシティ」と呼んでいる.これまでの1.0,2.0もスマートシティを,存在しないところから構築,つまりmakeする段階であった.それまでは,スマートシティの機能やサービスも存在しなければ,都市OSやデータ連携基盤もまだ存在しないため,それをいかに作るかが課題であった.しかし現在では,既にサービスや機能が導入され,地域によっては都市OSやデータ連携基盤の整備も済んでいる.これからのスマートシティは,新しく構築するだけでなく,既にあるコンポーネントをいかに使うかが重要となる.2024年に設立されたデジタル化横展開推進協議会(5)では「『作る』から『使う』」ことが標榜され,三井不動産株式会社では「経年優化」(6)というコンセプトが提唱されている.構築されたスマートシティの機能やサービスを,その都市に適合する内容や規模にフィットさせることも重要である.
現在のスマートシティの取組みを,自己評価も含めて少し手厳しく評するなら,先にソリューションありきで,あるものやできるものから取り組んでいる.したがって,ソリューションを提供する企業が実現可能な範囲で課題設定されており,都市で顕在化している課題からニーズドリブンで課題設定をしているわけではない.
逆に今まで数十年間と課題であり続けている,都市の過密の問題,住宅問題,交通ラッシュ,交通渋滞,介護,ウェルビーイングの低さといった,都市全体にわたる課題には,余り手が着けられていない.むしろこうした課題は,考えることすら放棄している気がする.特に現代では,これらの課題は,解決すべきものではなく,適応すべき課題であると考えられてはいないだろうか.
東京のような大都市では,エリアマネージメントの範囲で扱える地域の課題解決や価値の創出には,事業的に熱心に取り組まれている.一方,東京全体にわたる都市課題は,もはや考えることすら放棄しているとしか思えない.スマートシティとは,こうしたことでよいのだろうか.これまで取り組まれてきた物理的手法では到底実現できないビッグピクチャを実現する唯一の手段がスマートシティなのではないだろうか.そこに何ら貢献しようとしないスマートシティであるならば,厳しく批判されなければならない.
日本最大の都市「東京」は,1590年に徳川家康が入府してから,人工的に作られた都市である.その後,江戸城を整備し,東京湾の埋め立てが実施され,河川の流れまでも変える大土木工事の上,江戸という都市が作られた.その後,現代につながる東京全体の都市計画には,大正時代の関東大震災後の後藤新平による震災復興計画や,第二次世界大戦の空襲で焼け野原となった東京都の戦後復興計画がある.また,高度経済成長期に,成長しやすい柔軟な東京の姿を提唱している丹下健三氏の「東京計画1960」(7)もよく知られている.東京計画1960では,「都心」を中心とした同心円状では柔軟な拡大が困難なため,機能中核を線上に配置する「都線」を提案している.そうして左右にスムーズに拡大できるようになり,その延長線は東京湾上の新しい埋立地とした構想である.まさに,これから発展し拡大する東京の在り方として大胆なビッグピクチャを描いている.
現代とは,これまでの震災復興,戦後復興,高度経済成長に匹敵する,日本列島改造が求められる重要な転換点であり,それと同様に,都市のグランドデザインを見直し,ビッグピクチャを描く時期にあると筆者は認識している.
そこで,筆者らの研究室が参画している日立東大ラボでは,これからの成熟都市としての「東京スマートシティ2030」の構想立案に取り組んでいる(図3).その中の構想の一部に「東京24区構想」がある.土地を持たない,完全オンライン上のバーチャル自治体を,東京の24番目の区として「東京24区」と呼んでいる.もちろん行政種別としては,市区町村いずれでもよいが,東京24区という名称が分かりやすいということでそう呼んでおり,余り深い意味はない.現在,東京24区の構想は立案中であるが,本稿でその一部を紹介したい.
(1)サイバー都市サービス
都市サービスは原則的に全てサイバー空間上で実現する.手続きは完全オンライン化し,そのための新しいシステムは全てオープンソース化し,他の都市と共有する.それによって,自治体ITの刷新のきっかけとしたい.
オンライン都市サービスは,都市サービスID(ユニバーサルメニュー(8))とマイナンバー(カード),個人ポータルを活用して実現する.個人ポータルとして,PDS(パーソナルデータストア)(用語)や情報銀行(用語)のシステム資産を活用して実現し,個人のニーズと行政サービスの自動マッチングをAIが実施する.
都市サービス主体はインターネット上にあり,定常業務の大部分をAIが担う.窓口は,LLM(大規模言語モデル)(用語)を用いたシステムが担う.これが自治体であるとするならば,現状比で職員数1/5程度で運営できる組織を目指す.
“Rule as Code(RaC)”の技術を導入し,法や条例,社会制度などを,ソフトウェアコードまたは機械可読式の形式で記述し,AIを用いて機械的にエンフォースメントできる仕組みを整備することで,その時々の社会情勢や住民要求に合わせて,法制度の変更に柔軟に対応できるようにする.
(2)サイバー“ノマド”特区民
日本国民であれば,どこに居住していても住民登録可能とし,海外に居住していても登録して都市サービスを享受できる.またエストニアのE-Residencyのように,外国人登録も可能にする.こうしたサイバーノマド特区民として100万人を目指す.
(3)サイバーエコノミー特区
東京24区では,サイバー特区として,良好なディジタル環境を整備する.まず,インターネット特区民には,クラウド環境が提供される.また,AI特区として,日本が持っている良好かつ膨大なデータを用いた,機械学習環境を提供する.
更に,ディジタル環境を活用した良好なビジネス環境も整備する.東京24区では都市サービス運営が低コストでできるため,他の自治体と比べて圧倒的に安い住民税・法人税とする.また,容易な起業を可能にするために,企業設立・登記が,オンラインで簡単に30分でできるようにする.これらの手続きは全て多言語でできるようにする.言語の壁を超えるためにAIの自動翻訳機能を活用する.世界中からの多くのネット企業の誘致と仮想自治体の税収拡大を目指す.
更に,ブロックチェーンを用いた地域仮想通貨(TOKYO_COIN)を発行して,独自経済圏を確立する.このTOKYO_COINで,都市サービスの利用料や行政手数料の支払いを可能とする.
(4)サイバーコミュニティ
東京の大きな社会問題の一つに,地域コミュニティの崩壊がある.そこで,東京24区では,地域コミュニティの衰退を,新しいサイバーコミュニティによって再生する.具体的には,都市データを住民の間で共有する都市データスペースや,若年層や来街者・関係住民のまちづくりへの参加手段を提供,それらをディジタル町内会として組織する.その際,AIもコミュニティの一員として参加する.その基礎として,Decidim(9)に見られる参加型合意形成プラットホームを構築する.
(5)スローディジタル
東京24区では,ディジタル技術を経済活性化や効率の向上だけではなく,人々の幸福,ウェルビーイング,Wellnessの向上にも最大限活用する.我々がスローになるために,ディジタル技術をフルに活用する.
本稿では,我が国におけるスマートシティを巡る背景から,スマートシティに求められることを論じた.その上で,スマートシティの定義とともに,これまで取り組まれてきたことをスマートシティ1.0,2.0,3.0という流れで説明した.しかし,今スマートシティに求められていることは,今後縮小期または成熟期を迎える日本の都市において,都市計画のフロンティアとして,ディジタル技術やデータがあるからこそできる,新しいグランドデザインやビッグピクチャを描くことであり,その一例として筆者が取り組んでいる東京24区構想の一部を紹介した.
(1) 田中角榮,復刻版 日本列島改造論,日刊工業新聞社,東京,2023.
(2) 齋藤 潤,“日本は『小さな政府』か『大きな政府』か,”日本経済研究センターコラム,2021.
https://www.jcer.or.jp/j-column/column-saito/2021101-2.html
(3) 牧島かれん,“デジタルから考えるデジタル田園都市国家構想,”第一回デジタル田園都市国家構想実現会議,Nov. 2021.
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/dai1/siryou4.pdf
(4) 内閣府,スマートシティ・リファレンスアーキテクチャ第2版,2023.
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/smartcity/architecture.html
(5) デジタル化横展開推進協議会,Webページ.
https://www.digital-yoko.jp/
(6) 三井不動産東大ラボ,“経年優化する都市―afterコロナを見据えたデジタル革命による次代の価値創造―,”三井不動産東大ラボWebページ.
https://mfut-lab.ducr.u-tokyo.ac.jp/about/
(7) 東京大学丹下健三研究室,“東京計画1960,”1961.
https://www.tangeweb.com/works/works_no-22/
(8) ユニバーサルメニュー普及協会,Webページ.
https://universalmenu.org/
(9) Decidim,Webページ.
https://decidim.org/ja/
(2024年10月19日受付 2024年10月27日最終受付)
■ 用 語 解 説
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