知識の森 AIエージェント

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Vol.108 No.5 (2025/5) 目次へ

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知識の森

ライフインテリジェンスとオフィス情報システム研究専門委員会

AIエージェント

中辻 真(日本電信電話株式会社)

本会ハンドブック「知識の森」

https://www.ieice-hbkb.org/portal/doc_index.html

1.AIエージェントとは

 AIエージェントとは,与えられた目標を達成するために環境を観察し,適切な行動を自律的に選ぶ人工知能である.近年はLLMの発展により,より高度な判断や応用が可能となり,実社会での活用が進んでいる.

2.AIエージェントとの協調が開く未来の可能性

 深層学習の発展により,対話AIなどのチャットボットが身近なものとなり,更に,作業代行へのAI適用が進んできた.例えばAIエージェントの研究の一例として「Human-AI協調基盤構築」の研究(1), (注1)は,AIエージェントを人間と協調して作業する者として位置付け,より高度な創造的活動を可能とする基盤の構築を試みている.図1に従来のAIから「Human-AI協調」への変遷のイメージを示す.今後,AIと人間が共に新しいサービスや研究開発に取り組むことで,従来にはない創造的な価値が生まれると指摘している.

図1 従来のAIから「Human-AI協調」への変遷

3.技術課題と解決策

 「Human-AI協調」の取組みには,大きく以下の三つの技術課題が存在する.

3.1 AIが状況を理解する技術

 AIが人間と同様に,自身が置かれている状況を正確に理解することが求められる.これを実現するため,AIは会話の主題や,会話がなされた時間,場所などの複数の異なるオブジェクトで構成されたコンテキスト(多次元コンテキスト)を考慮して応答を生成する必要がある.こうした多次元の情報は多次元アテンションモデルとして処理できると指摘している(2)

3.2 AIが人とともに協調し成長する技術

 人と協調するAIエージェントは,コミュニケーションを通じて自律的に成長することが期待される.関連研究として,AIエージェントが行動を整理し記憶化する技術が注目されている(3).文献(3)は,人間の脳のように,AIが記録を階層的に整理し,セマンティック記憶とエピソード記憶(プロジェクトや会話の記録)を分離して保持する仕組みを提案している.これにより,AIは知識を再利用し,過去の経験を動的に参照する能力を獲得する.人間は,AIエージェントが自分とともに取り組んできた出来事を正確に記憶し,共有してくれることで,親近感と信頼を感じるだろう.

3.3 AIが連携して生産活動を行う技術

 文献(1)は,AIエージェントが自律的に活動し,人や他のAIエージェントと連携して,例えばマーケティング戦略などの創造的な生産物を産み出すための技術開発をしている.文献(1)が実施しているのは,人間とAIエージェントが複雑なタスクを分担し統合的に解決策を生成するプロセスにおいて,AIエージェント知識を共有し協調作業を実現するフレームワークの開発である.以下,本フレームワークについて説明を行う.

4.知識保有型AIエージェントの連携と生産活動

 まずこのフレームワークでは,AIエージェントが人間に代わり,複数AIエージェントで構成されるチーム内での議論や会話を行う.各エージェントは専門知識を持ち,議論を通じて知識を共有する.最終的には,ビジネス企画書のような高度なアウトプットを生産する.

 最初に,現在の関連研究(4)の技術課題は以下である.

与えられるタスクの複雑さと曖昧さ:複雑なタスクがエージェントに与えられる際,その全体的な文脈が不明確な場合がある.

エージェント間の知識共有の欠如:エージェントが他のエージェントの解決アプローチを十分に理解する仕組みがなく,各エージェントの出力を統合する際に一貫性の欠如などの問題が生じる.

 これらを解決するため,人間のチームコラボレーションのアプローチ(5)から着想し,文献(1)は「知識を持つエージェントによる複雑なタスクの設計と遂行」を提案している.

知識の構造化:各エージェントが自身や他のエージェントのタスク解決方法を構造化された形で記述し,これを参照しながら各自のタスク解決を進める.

タスク設計の明確化:エージェントが協力して複雑なタスクを再設計し,タスクを全員で理解するとともに,各自の役割を明確化することでタスク全体の精度を向上させる.

動的な知識更新:エージェントは他のエージェントとの対話を通じて自身のタスク解決や,他エージェントの抱えている課題などの新しい知識を獲得し,それを次のタスク解決の遂行に反映する.

 具体例として,「“プロジェクト管理”と“ストレス軽減”の統合」という複雑なタスクを考える.従来の方法では,「プロジェクト管理」と「ストレス軽減」をそれぞれ異なるエージェントに割り当て,それぞれの視点で部分的に解決を試みるだけにとどまる.そのため従来のアプローチでは,協業するエージェントが「プロジェクト管理とストレス軽減」という複合タスクについて,「共通の複合タスク」の認識ができていない.更に,各AIエージェントに割り当てられたタスクについての理解もできていないため,両者のタスクを統合し,解決に向けてシナジーを行った包括的かつ実用的な解決策を構築するのは困難である.

 文献(1)は,このような複雑なタスクを効果的に処理するために,エージェント間の高度な対話と知識共有の仕組みを活用する.図2は,その仕組みの概要を示している.

図2 提案手法のプロセス概要

 まず,先ほどのタスクを,「プロジェクト管理の効率化を図りながら,チームメンバーのストレスを軽減する」といったタスクを個々のエージェントが理解できる複合タスクの形に,エージェント同士が議論し再設計する.このように,複合タスクを再設計することが,両者のエージェントにとって,「共通の解かなければいけない複合タスク」の共通認識を持つことにつながる.更に,セマンティック記憶とエピソード記憶の形式で構造化された「知識」を活用することで,AIエージェント同士が,それぞれのタスクに対してどのように対応しているかの議論を通じて共有し,その知識を効率的に保持でき,生産活動においてエージェント間で認知シナジーが促進可能となる.

5.結論

 AIエージェントは,AI技術の可能性を広げる存在として注目されており,人間とともに学び,協力して作業を行う新たな枠組みの一端を担い始めている.今後,人間とAIが互いの特性を補完し合いながら,単なる補助関係を超えた協調を実現することで,創造性を高め,より質の高い成果につながる可能性が期待される.

文     献

(1) 中辻 真,“Aiと人のインタラクションが新たな世界へ導く「human-ai協調基盤の構築」,”NTT 技術ジャーナル,2024.

(2) M. Nakatsuji, Y. Fujiwara, A. Otsuka, N. Nomoto, and Y. Sato, “Tensorized attention for understanding multi-object relationships,” Proc. AAAI ’25, 2025.

(3) J.S. Park, J.C. O’Brien, C.J. Cai, M.R. Morris, P. Liang, and M.S. Bernstein, “Generative agents : Interactive simulacra of human behavior,” Proc. UIST ’23, pp.2: 1-2: 22, ACM, 2023.

(4) Z. Wang, S. Mao, W. Wu, T. Ge, F. Wei, and H. Ji, “Unleashing cognitive synergy in large language models : A task-solving agent through multi-persona self-collaboration,” CoRR, abs/2307.05300, 2023.

(5) J. R Hackman, Leading teams : Setting the stage for great performances, Harvard Business School Press, Boston, 2002.

(2025年1月18日受付) 



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